キックスターター
……………
「ええっ!? 有馬さん今回も『秘匿結界の護符』持ってきてないんですかぁ?! もう、任務に出るときはまず持つべきものでしょう!」
車が山中の道路にさしかかったが、賀茂の苦言は止まらない。売り言葉に買い言葉、有馬は心底いとわしそうに右手でシャツの襟をいじりながら返答する。
「オレがそんな爆破だの何だのと派手な術式を使わねーのは知ってンだろ。どうせ必要なのはお前だけだ」
「派手な術だけでなく音とかなんだとかも隠してくれますし、そもそも義務なんですよっ! 確かに奇襲時にはそんな暇無いのかもしれませんけどねぇ、基本は……」
賀茂の説教を全く聞かずに有馬はふと、バックミラーで後部座席の或人を見て口を開く。
「……お前ら。戦闘で使う術式情報を共有しといたほうが良いんじゃねぇのか? 俺は別にいいが……。或人は任務もチームアップも初めてだろ、聞きたい事があンなら聞いとけ」
それを聞いた賀茂はさっきまでの怒りはどこへやら、けろっとした様子で、さっきまでの興奮を切り替えて或人へ顔を向けて言う。
「あ、それはやっといた方がいいですね。私つい、いつもの調子でいました」
或人は初めての任務ということもあり、やや緊張していたのか、ちょっと焦りながら返事をする。
「え、あ、はい、お願いします。
でも僕、魔力操作とかの基礎は金剛さんに教わっているんですが、魔術についてはまだ『浮遊術』ともう一つぐらいしか満足に扱えなくって……。それだけじゃあ戦力になるかどうか……」
バックミラーでしっかりと或人を見ていた有馬は前方に目を移し、ハンドルをゆっくりと道に沿って切る。
陽光を受ける彼の2番目のボタンまであけられた白いシャツは意外にもアイロン掛けされてしっかりとした形を保っていた。
そんな彼はやや柔和な声色で答える。
「お前にはその面で期待してねぇ。金剛から修行のことを訊いたがな。
飽くまでメインは賀茂とオレ。お前がやるべきことはそれ見て、やれそうな雑魚や行けそうな場面で刺せばいい。もっとも、今回は別に何もしていなくても問題はない。初日の新人なんてそんなもんだ」
またまた意外にも優しい言葉を語る有馬。それに続いて賀茂が口を開く。
「でもあれだけの魔力量ですから、基礎的な魔術でもすごい『出力』を長時間出せますよ!
私は前の護送車での戦いだと式神の出力が足りなくてあまり活躍できなかったですからねー」
或人はそんな賀茂の評価にやや焦りを覚える。彼が今日まで金剛の下で受けた修業は座禅や瞑想といった動きのほとんどない修行と魔力や魔術理論知識の座学ばかりであった。
戦闘向きの魔術を会得したのは正につい昨日、成功率もまだまだ芳しくはなかった。
そんな事から彼は賀茂の期待を否定する。
「いやそんな、僕はまだ……」
「ああ、教わって二週間だ、俺たちみたいな生まれた時から教育と一緒に魔術使ってるのとは感覚が違えよ。――教えてる金剛は『世俗出』らしいがな」
有馬はそう言って話題を切り替える。賀茂はその話題に乗る。
「え、そうなんですか、あの金剛さんが。あの人確か『特等魔術免許』でしたよね?」
ぱっと驚いた声を出して彼女は運転席の有馬に顔を向ける。
或人は話題となった『特等級魔術師免許』という言葉について質問する。
「魔術師免許……。そう言えばその等級について僕はよく知らないんですよね……」
有馬はちょっと驚いたように答える。
「んああ? 金剛から説明なかったか?
――いや、あのオッサンならそう言う事もあるな……。そうだなァ。
魔術免許の等級は『どこまでの強度を持つ魔術を運用できるか』が基本的な指標になっていて、『普通』『五級』『四級』『三級』『二級』『一級』『特級』の七段階になっている。産業魔導機械の一部は五級が操作指導員に必要だ」
賀茂が補足するように語る。
「五級は魔導工学院や大学を卒業すれば全員取得できますよ。
流石に危ない魔術とかは公共の場での使用に制限がありますが、私達、秘匿課員や警備課員などは例外になっています。或人さんも魔術は気をつけて使いましょう」
「はい……。大学の学位と連動しているんですか」
有馬は或人の返答を受け、頭を掻きながら話を続ける。首に掛ったガスマスクのガラス面が日光に反射している。
「ああ、知識は魔術において最も重要な要素だからな。修士号は自動的に四級取得だ。三級以降は知識に加えて戦闘面の評価も重視される。それもあって魔術免許三級以上は一課以外の秘匿課へ編入される最低要件だ。
――ちなみにおれたち秘匿一課は他の課とは一線を画する。
二級魔術師免許でも秘匿一課は入れない、秘匿二課としては十二分な実力だがな。
一級魔術師免許があってもほとんどは門前払い。確かな実力があってはじめて、一課の一員ってこったな……」
賀茂が何かを思いついて語る。
「実は私、秘匿課の他の人がそれぞれ何級か、あまり知らないんですよね……。金剛さんが特級だって、知らなかったですし」
或人はそれに対して尋ねる。
「その特級は、やっぱり違うんですかね」
有馬はハンドルを切り車を進めつつ話を続ける。
「ああ、要求される能力の水準が『Mt』級強度の魔術を操る程度、つまり『現代の大国が保有するような戦術核兵器レベルのエネルギーを操れる個人』がその条件の一つだ。
だが特級が別格なのはそれだけじゃあねえ。一級までは試験を受けるか、より上級の奴らの推薦状で取得できるが、特級はその級の保持者の推薦と『上』、つまり国連秘匿保障委員会による会議の審査が必要……。
国際的に認められた者のみが与えられる免許ってこったな」
車が林の中、やや曲がりくねった道をすすみ、有馬はハンドルを切る。彼は慣れた手つきで運転を続けながら話を続ける。
「――だから、その特級が必要な『秘匿課』は世界でも各州地域に数名のみの配置なんだ。そもそも世界で認定されている特級は30何人しかいないからな。
ちなみにだが、ウチに日本政府から派遣されてる神祇寮の『有穂歩』、ほらあの、フードの黒マスク野郎いただろ、いけすかねえ奴。
あいつは或人、お前と同じ特級より『上』とされている【特異指定存在】ってやつだ。
どうせ、金剛から『特異指定』の話も聞いてないんだろ?」
案の定、或人は金剛から魔術師の戦いの基礎や彼が居住している金剛の寺院周辺の街に関する情報は聞いていたが、そうした制度等についてはほとんど教わっていなかった。
「そうですね……。言葉はたびたび耳にしましたけど、どういう括りなんでしょうか」
彼の質問に呼応して、手を少し挙げながら賀茂が話す。
「あ、それは私も知ってますよ。
『特異指定存在』は『免許』というよりも『重要指定文化財』みたいなもので、あまりにも強大な魔力量・技能から国連が【台風・大地震などの大規模災害と同等のエネルギーを単独で操作し得る】と認定する物品や人物がそう呼ばれるんですよね」
「ああ、そうだ。
要するにお前は『本気出したら単独で大地震起こせるバケモン扱い』されてるってこったな。急にそんなことになってご愁傷様」
或人はその言葉に秘匿課へ来た時のことを思い出す。
そして、『有帆歩』空へ投げ出され『黄金の教示』が賀茂や有馬たちを圧倒する中で『宇美部来希』とともに現れ強大な力を見せた彼、その彼が同じ『特異指定』ということに関心を寄せる。
「あー……。最初の説明的に僕が危険な存在だというのは分かってましたけど……。有穂さんも同じなんですね」
賀茂が頷く。
「あの人は生まれつき莫大な魔力と魔術の才能を有していたそうですからね。抜きんでた実力者として方々で知られているようです」
「生まれつき、な……。それをお前が……。まあいい、兎にも角にも手札を教え合うぞ。目的地が近くなってきてる」
既に車はそこそこ長く道路を走っていた。或人が見る外の景色は林の中で変わり映えが無いが時間的に到着は近い。
だが或人は何となく、そんな外の様子が気になるような感じがした。
――なんだろう。初めての任務だからか、久々の外界だからか……?
彼が窓の外を改めてのぞこうとする中で、賀茂が有馬の話に乗る。
「あ、すみません。じゃあ、私から……」
或人が話始めた賀茂の方を向いた瞬間。
運転席の有馬と賀茂、そして或人も、車内の全員が後部座席向かって右の窓の外へ視線を送った。
恐らくは全員が同じく感じたのだろう、或人が覚えた曖昧な不安以上に確信できる明らかな『瘴気』というべきものを。
死角から振り下ろされる棍棒が頭にぶつかる一瞬前、気配を覚るかのように、『謎の影による攻撃』を察知したのだ。




