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日本国魔界府府庁秘匿部秘匿室秘匿一課  作者: 臆病虚弱
第一章・第一節 【兵器人間は人の夢を見るか? Do cyborgs dream of human ?】
19/54

任務

     ……………


2022年2月17日13:22、千葉県富津市小久保町付近の海上にて。


 東京湾、横須賀の上空を通りすぎて磯根埼へ向かう最中の車窓。

 或人が車の後部座席からそちらを見ると広い海洋から海岸を映しはじめていた。雄大で静かなさざなみの音さえ聞こえてきそうな碧い海。

 車はゆっくりと空中を走り、海岸沿いの道路へと接近しつつあった。


 だが、それとは対照的に車内は騒然として、賀茂と有馬の口げんかが続いていた。


「だから、運転中に耳を傾けるのはまだいいんです、でも専用の機器をこの車に備え付けるのはめ・い・か・くに違法って言ってるんですよっ! 聞いてるんですかぁああ!?」


 ピカピカに磨かれて赤く塗装された、古いフォルクスワーゲン・トランスポーターの車内で、賀茂の怒号が飛ぶ。

 彼女は運転席ラジオ部分につけられた、YouTubeライブを映すモニターを指さし、或人の右どなりの座席から身を乗り出し、運転席の有馬に顔を向けている。


 当の有馬は左のイヤホンから流れる音に耳を傾けながら煩わしそうに眉をひそめて言う。


「チッ……。――流石に魔界内では使わねーよ、てか、そもそも使えねぇよ……」


「使う使わないじゃあないでしょッ! 禁制品なんですってば!」


「うるっせえ! 聴こえねえだろ! おれの唯一の楽しみを汚すんじゃねえ!」


 有馬は運転しながら、イヤホンの外にまで響くほどの凄い音量で、Vチューバーのゲーム配信を流している。

 賀茂はそれに負けじと大声で怒り、興奮した様子で拳を動かしている。


 窓から見える外の様子は、先ほどまでの空中から普通道へ移り変わり、現在は沿岸の道を走っている、左手には太平洋の穏やかな波間が見えた。もうここは千葉である。


 或人にとって初めて秘匿課の【任務】を見学することになるこの機会に、彼は不安と期待で少々緊張していた。

 とくに頼りにするべき先輩二人によるこの喧騒は、これから『戦闘さえある』という任務に向かう中では、果たして連携がうまくとれるのかという不安があった。


――二人ともこの調子だけれど、これで本当に『捜索』はうまくいくのかなぁ……?

 そういえば行く前に春沙さんが何か言っていたな……。


 彼は数時間前、魔界府府庁の秘匿一課事務所での出来事を思い出す。


     ―――――


 2022年2月17日10:30、魔界府黄泉平坂(ヨモツヒラサカ)三途中州(さんずなかす)区1-1-1、府庁B1F、秘匿一課事務所にて。


 先日、或人の簡易任命式が行われた事務所では部屋の奥、全体をみわたす位置に置かれた課長のデスクをはじめ各課員のデスクが部屋の西側半分を占拠する事務スペースの中央に島を作り、ブラウン管モニタやキーボード、書類が置かれている。

 事務スペースはわかりやすく、壁際に事務用扉付き書棚が所狭しと並んでおり、圧迫感があるものの、課長のデスクの後ろにある【窓】が地下だというのに山や草原の景色をリアルタイムで映しており、奇妙な解放感があった。


 そして部屋のもう一方、東側は技術員スペースとなっており大型の換気口や電源装置、はんだごてや加工用機材などがあり、ちょうど技術員の琉戸洲が車椅子に座ったまま、黒一色のスーツのうえに黄色のエプロンをしてはんだ付けを行っている。

 

 課員たちがキーボードを叩き、事務作業を進める中でそのような匂いの出る作業をしていることは【世俗】ではあり得ないこと。

 或人もはじめこそギョッとしたが、スペースの境界に刻印された『結界』によりその煙や匂いは事務スペースに流れることは無いため、或人も今ではこの奇妙な光景が日常となっていた。


 そんな奇妙な部屋で、或人は自分のデスクで任せられた『申請書』の作製作業を続けていた。


 秘匿一課には毎日、他の課では手に負えない怨霊や違法魔術師、呪物の回収や封印といったような『秘匿業務』が日本全国、稀ではあるが周辺他国からも舞い込んでくる。

 毎回の任務で多くの物的被害や物資の消費が起きるため、その補充や補償、人々の記憶操作などのさまざまな申請は山のように積まれていく。

 彼はここ一週間、そんな多数の申請書を作成するため、任務報告書を確認する業務を任されることで、この秘匿課が遂行してきた任務を把握し始めていた。


 『一級相当違法魔術師による魔術事件調査』『一級相当怨霊祓い』『悪魔降霊事件調査』『違法魔術団体【アームズロック工務店】による製造物と考えられる呪物封印・回収・調査』『自然発生呪物封印・回収・調査』……。


 各地において発生する事件の調査、強力な違法魔術師や怨霊の捕縛・排除、呪物の回収。

 そこにおいて消費された物資は『紙』や『木片』といった奇妙ではあるがどんなものか理解できる物資から『魔力波形観測機』や『治癒促進護符(強度300t)』など、文字だけでは想像の付かない物資が表示されていることもしばしばあった。



 彼がそんな書類作成に一段落入れた頃、ふいに課長が彼を呼んだ。


「或人……。あと賀茂、任務だ。来てくれ」


 或人はそれに席を立ちながら返事する。緊張からか声が少し震えていた。


「は、はいっ」


 彼の返事のあと、隣のデスクで作業していた賀茂も立ち上がり、ふわりと柔らかで輝くような純白の生地に赤い糸が通された袖を揺らしながら、パッと明るい笑顔を向けて彼に声をかける。


「初任務だね! 私も全力でサポートするから!」


 或人はやや緊張しながらうなづく。


「ありがとうございます。ご迷惑にならないよう頑張ります……!」


 二人が課長のデスクの前に来ると、課長は自分の手元で見ていた資料を浅黒くしなやかな指で取り、二人の前に提示した。


【魔力観測報告、波形:呪物・非生物波動、推定最大魔力量:96KMキロマギア、最大瞬間強度:96Mt 千葉県船山町観測点にて2月8日21時34分~16日3時21分までに3回の魔力波動観測】


 「――お前たちには『千葉県船山(フナヤマ)市』にて観測された『呪物反応』を追ってもらう」


 課長はそう言うと細長い人差し指で机に置かれる資料をコツコツと叩き、説明を続ける。


「この資料にある通り、2月13日夜9時頃から観測された魔力反応は昨日までに市内で三度観測されている。

 位置はそれぞれ異なり、強度も徐々に上昇、昨日未明の観測において最も強い魔力観測がなされ、秘匿一課の案件となった。

 また、各観測点で同日に『怪死事件』が発生したとの報告もある」


 彼女は資料を取って二人に差し出しながら話を続ける。


「警察の調査は本日打ち切られ、捜査員の記憶処理と共に事件関連資料が引き渡される。

 お前たちはまず現地に到着した後、その調査結果を引き渡し地点にて回収するように。

 そこからの調査はお前たちに一任される。

 任務最終目標は資料にある魔力波形と同様の波形の物品を確認し回収してくることだ」


 賀茂は資料を受け取って答える。


「はい、分かりました! ――担当は私と或人くんだけですよね?」


 ベアトリーチェはその質問に、ややため息交じりに答える。


「――いや、()()()()()海川もだ……。車は奴に出させるつもりだったんだが、まだ出勤していない。いつも通りなら、そろそろ……」


『ガチャッ』


 事務所の扉が開き、上半身裸の有馬がづかづかと入ってくる。歩く際にゆったりとした生地が複雑なシワをつくるカーゴパンツのポケットに手を突っ込み、不機嫌そうな仏頂面をしている。


 課長は彼にたいして苛立ちを抑えながら語る。


「海川……。任務だ。遅刻は最早、何も言うまい」


「早速任務か。そりゃ良かった。単独……。じゃあねぇのか……。クソッ」


 気怠そうな様子でそう言う有馬は、例によってその言動をとがめようとする賀茂が言葉を発するより前にそそくさと事務所を出ていく。


「あー! ちょっと有馬さん、待ちなさい! 資料も持たずにどこ行くんですか!」


 賀茂はそれを追うように走って出ていく。

 課長がヤレヤレとため息をつき頭を抱えながら忠告するように或人へ言う。


「或人、分かっていると思うが、あいつ等が不安なのでお前に言っておく。

 くれぐれも魔術を世俗人に知らせないように。見られたとしても記憶処理を徹底させるようにな……」


「は、はい!」


 彼はそう返事をすると、必要な資料を有馬と賀茂の分まで持って出発の準備を始める。

 それを見ていた向かいのデスクに座る春沙が冗談まじりに話しかけてくる。


「或人クゥン、あの二人と初任務は中々不運だねぇ。一筋縄じゃぁいかないぜ?

――特に賀茂ちゃんの方がな」


「え? 賀茂さんに何か、あるんですか?」


 きれいに整えられたブラウンの口髭、その端を白手袋におおわれた細長い人差し指でかきながら春沙はやや困ったような様子で言いよどむ。


「うーん何というべきか彼女には……。おおっと」


 彼はやや慌てて口をつぐみ、人差し指を口の中心に立てて置き、内緒といわんばかりのジェスチャーを取る。その時。


『ガチャッ』


 事務所の扉が開き、賀茂が顔を出す。


「或人さん! 有馬さんがもう出発するって! 早くいかないとあの人本当に一人で行く気です!」


「ええ!? はっ、はい!」


 或人は資料の入った鞄を持ち急いで事務所をあとにする。


「――やれやれ……。ま、有馬もいるし、或人クンなら大丈夫か」


 春沙はそう呟きながら書類作業に戻っていった。

 奥のデスクに座る課長は怪訝な表情でその言葉に耳を傾けていた。彼女は内心、自身のミスに気づいていたのだ。


――そうだ。或人に賀茂の『特性』のことをうっかり、言いそびれていた……。まずいな……。


 かくして或人、有馬、瀬里奈の三人組は空飛ぶ赤い車に乗って府庁の地下駐車場より離陸し、そのまま結界門から目的地の千葉県まで直行することとなったのだ。


     ―――――


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