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第一章一節 オリエンテーション 【兵器人間・瓦斯倫男】

     ……………


 千葉県船山市山林にて。

 季節外れの豪雨が土を泥に変え、腐りかけた切り株の根が音をたてて寸断されて行く。


 自然の驚異、暴風雨による崖崩れは連鎖的に泥を崩し、根を崩し、草木を倒し、重力に引かれて80年以上の歴史を持つ未補修のコンクリートを破壊した。


『ガララララ……』


 山奥の軍用防空壕。

 資料にもほとんど残らず、その存在を知るものは口を噤み、80余年という悠久の時によって人々から完全に忘却されていたその棺は今、自然によって雨風の元へ晒された。


 金属の棺を、風にあおられ弾丸の如く降り注ぐ雨粒が叩き付ける。


 だが、それでも棺が守る悠久の眠りは醒めない。

 その夢を醒ますのはただ一つ。


『ドガァアアアアアアアアアアアアアン!』


 運命は棺を敲く。

 春雷。


 自然が創り出す巨大な力より生じてほとばしる電気はその鉄の棺が持つ本来の機能を、そして内部のものが持つ機能をよみがえらせた。


『プシュゥウウウウウウウ』


 80年以上前の空気と共に、棺は開き、それは外へと出る。

 未だ夢の中を彷徨う、哀れな存在。

 頭部は歯茎と鋭い牙がむき出しとなり、鼻腔も眼孔も鋼鉄によって覆われる。

 胸部にはレシプロ機に積むようなエンジンが人体の形状に馴染むような補修が施されて埋め込まれ、四肢は鋼鉄の義手となった、機械人形(オートマタ)がごとき姿。

 

『ドルン……。ドルン……。ドルルルルル……』


 その改造された男は発動機エンジンを鳴らし歩き始める。微睡むように、彷徨うように、何かを探して。


 豪雨が彼を打ち、その身体に錆びを這わせようとする中で、彼は発見する。探し求めていた第一のものを。

 それはゴミ捨て場に置かれた燃えないゴミ。

 彼は一目散にそこへ駆け寄ると袋を破り、ぎこちなく動く義手でゴミを掻きだす。


『ガシャガシャガシャシャシャッ! ガタン!』


 そして、彼は一つの物品をようやく手にする。古い携帯式チェーンソーである。彼はそのまま、その錆びて使い物にならないチェーンソーを口に運び、ヴァリヴァリと音をたてて食らいつくす。

 たちまちチェーンソーを平らげた瓦斯倫男ガソリン・マンは両腕の義手をみるみるうちに巨大な二つのチェーンソーへと変貌させた。


『グゥウン、ギャリリリリリリリリリリリリリ……』


 凶悪な刃が回転し、アスファルトを削る。長い二つのチェーンソーはだらしなく下げられ、地面を掠めていた。


『ゴロゴロゴロ……。ドガァアアアアン!』


 雷鳴の光が、彼を照らす。


 その瞬間に、彼の感性は次なる目標を既に発見していた。

 狂気の悪夢を終焉させる最も簡単な方法を。


 彼は軽々と飛び上がると近くの電柱に飛び乗り、一気に頂点へ上ると、次なる電柱の先へと飛ぶ。


 闇夜に怪人が跳梁する街のはずれ、彼が眠っていた鋼鉄の棺に刻まれた銘には【兵器人間・瓦斯倫男(ガソリン・マン)】の名があった。

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