魔界府府庁秘匿部秘匿室秘匿一課
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2022年2月2日 14:01
秘匿対象・鳥羽或人護送車の魔界府黄泉平坂市境界結界内への受け入れ完了。
府庁機動警備部隊・第6空中機動警備群全班による護衛を伴い高天原区瓊瓊杵秘匿境門より高天原区上空を45分間移動。
厳戒態勢下の移動乍ら3名の違法魔術師による計画的テロ工作が黄泉区黄泉辺食町にて14:21発生。府庁機動警備部隊・第3陸上機動警備群第3班によって15分以内にテロ工作は鎮圧、違法魔術師2名は捕縛、1名は現場殺傷処分となった。
14:46護送車が黄泉平坂区三途中央台、魔界府府庁に到着。
秘匿対象は府庁地下2階にて秘匿部秘匿保全室秘匿物品管理課人体物品管理班によって健康観察、秘匿部秘匿観測局物品個別観測課によって魔力傾向属性と最大魔力量等の詳細観測を行い、危険度指数・中安定と判定。
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そして16:11、府庁地下1階秘匿部秘匿室秘匿一課事務所にて。
言われるがまま成すがままに流されて様々な検査を受けてきた或人は渡された黒いスーツに身を包んでいた。喪服のようなそれは素材が良いのか着心地は良く、各種検査のおかげか丈なども、ある程度身体に合っている。
事務所はそこそこの広さがあり、広いデスクが10個ほど並び、そこには課員各々の私物や書類などがまとめられているほか、資料用の棚が壁に並ぶ。
そして目を引くのはデスクのある場所とは床材や壁の材質、天井の装置までが全く異なる『作業場』と言うべき一角。事務所の実に半分近い面積を占めるその場所は工具や機械類が並ぶデスクが二つほど置いてある。
また、課長のものと思われる入り口に対して正面を向く独立したデスクの後ろには窓のように草原の風景が映るモニタのようなモノが取りつけられていた。
地下階とは思えない開放感を演出するための措置だろうかと彼は思う。
「お、問題なく着れてますね。丈もぴったりですよ」
賀茂が事務所へ入ってきた或人にそう話しかける。
「そうですかね? あまりスーツを着た事が無くてちゃんとできているか不安で……」
「そのうち慣れますよ。私は、事情あってこの格好ですけど……。あ、有馬さんは事情が特にないけどあの格好です」
有馬が煩わし気に口を挟む。
「うるせえ。おれはそんな窮屈な格好はご免だね」
「制服なんですから着ましょうよ。もし魔術でその恰好が必要なら申請すればいいんですし」
「書類を書いてくれるんなら申請するさ」
「いやです。ただでさえ毎回始末書以外の書類仕事投げられてるんだから……」
そんな中事務所の扉が開かれ、課長とダブルのスーツに身を包んだ恰幅の良い壮年の男性、そしてその男性と並んで歩きながら会話を続けクリップボードを持つ秘書と思しき男性。その後ろに続く二名のスーツ姿の男女が入ってきた。
入ってくるなり課長が或人を見て言う。
「或人、悪いが辞令交付はこの場でやらせてもらう。早速紹介させてもらおう、こちらが魔界府知事・【曲山 馬琴】」
ダブルスーツの男性がそう紹介されて或人の方へずいと近づき、手を差し出す。
「或人クン、よろしく。
今日は辞令と共に特異指定級魔術師免許も交付することになる。
これで君は名実ともに魔界の住人となるんだ。ご家族とはまあ、しばらくは会うことが難しいが、君の努力如何でその力の制御ができるようになれば、自由の身となる事は約束できる。
是非今後とも宜しく頼むよ」
力強い握手と共に彼はそう言う。或人は「はい」と返事をすることぐらいしかできなかった。
知事が離れると課長がつぎつぎにその周りにいる秘書と思しき男性以外を紹介する。
「こちらは秘匿部長の岩動雷太」
課長が中年のスーツの上着を脱ぎシャツの袖をまくった男性を指す。紹介された彼は整髪料でしっかりと後ろに撫でつけられた髪を部屋の電灯に反射させながら笑い皺を歪ませて挨拶する。
「これからよろしく。どうやら有馬君のように始末書ばかりに判を押すことはなさそうだね」
「は、はい、頑張ります」
ベアトリーチェは続いてパンツスーツを着たショートカットにメガネの女性を紹介する。
「彼女は秘匿室長の周香菜」
紹介された女性は微笑んで小さく会釈する。
「よろしく、或人くん。直接会う機会は少ないかもしれないけど、あなた達の仕事の管理で以て支援しているから、忘れないでね。本当はもう少し最前線から遠い物品管理や観測から始めてもいいと思ったのだけれど、決定した以上は十分に支援させてもらうわ」
「はい、ありがとうございます。期待に沿えるように、頑張ります」
彼がそう言うなか、実は彼の関心は別の場所に向かっていた。
知事が部屋の少し離れた場所で金剛と話し合っていたのだ。
或人が気になったのは、どうも知事の方が金剛に対して下手に回っている様子で或ことだった。
「――ご無沙汰しております金剛殿。その節はお世話に……」
「いやいや、拙僧の設立した団体とはいえ、意思決定は評議。拙僧の権限は大したものではない」
「ご謙遜を。今後もお力添えをいただく機会もありましょうて」
「ハッハッハ。そのためには仕事をしていただかなくては」
「――勿論ですとも。今期も我々の党連合は文化の推進とより強い魔界府のために邁進して……」
その時、秘書と思しき男性が知事に耳打ちする。
「お時間が押しています……。そろそろ……」
知事は頷き、金剛に頭を深々下げ挨拶した後、部長の方を見遣る。
その彼は手に持っていた鞄から辞令を取り出し知事に渡した、知事はそのまま或人の方へ近づくと辞令と一枚の免許証を渡す。
「本日をもって鳥羽或人を魔界府府庁秘匿部秘匿室秘匿一課スタッフに任じ、同時に魔界府府庁知事として【特異指定存在魔術師免許】を交付する。これから府に貢献し自らの技術と力と知識をしっかりと成長させていってくれたまえ。
簡素な式典で済まないね」
「いえ、期待に沿えるように明日から頑張ります」
或人のその言葉に知事は微笑むと、そそくさと他の者を連れだって部屋をあとにする。
扉が閉まった直後、賀茂の嬉しそうな声が或人に届く。
「これで正式に私たちの仲間ですね、或人くん!」
「はい。そう言えば、一緒に渡されたこの免許証は……」
課長がそれにすぐ答える。
「それは【魔術師免許】だ。この魔界において外部……。こちらでは【世俗】と呼ばれる外の世界に出るときには必要になるものだな。
5,4,3,2,1、特別指定級と階級づけられており、4級以上は試験が必須となるが、君の持つ【特指定存在】の場合は試験は不要。世界でも十数人しか発行されない特例中の特例だからな」
「【魔術】を扱う免許で、魔界に出入りするために必要……。ということですね」
或人の言葉に課長は頷く。
「その出入りをするために明日から君は金剛にみっちりと訓練と教育をしてもらうがな」
その言葉に金剛が反応する。
「ハッハッハッハ! 或人殿! 今日からの生活は拙僧が寮を用意してある。福祉部と提携している生活支援用の寮だが、有馬殿も入っているので心配はないと思われるぞ」
或人は明日からの【訓練】に対してやや不安な直感を覚えた。
――けれど、僕の得た【力】……。実感はまだ薄いけれど、得てしまった責任を僕は負わなければならない。望むと望まないとに関わらず、これを制御し、他の人のために……。
他の人のために命を使えるくらいに強く……。
彼の感じた責任は大きく、そして決意も同じく重たい。その思いは一体どのような結末を見せるのか、物語は始まったばかり。
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17:01分。府庁地下5階北通路にて。
鈍く電灯を反射するビニルの床。もしも足音が鳴れば遠く響くこの廊下を重いブーツを履きながら全く無音で歩く一人の大きな影があった。
秘匿一課課長・ベアトリーチェ・カントル。
彼女は留置場や倉庫が並ぶ府庁のこの階にて、ある場所へ真っすぐ向かっていた。彼女が向かう先にはT字路が開かれている。
だが、彼女はそのT字路の壁に真っ直ぐ近づくと黒革の手袋を外し、五つの指で壁のとある部分を触れる。
途端、触れた個所が液体のような波紋を示し、するりと手が壁の中へ入っていく。そして彼女は全身が全て壁の中へと入っていった。
その中は簡素な個室となっており、壁に向かう形で椅子と机が置かれていた。
彼女は迷うことなくその椅子に腰かけ、壁を真っ直ぐ向かう。
次の瞬間、壁はいつの間にか消えて一人の人間が向かい合って座っていた。
「やあ、ベアトリーチェ。お疲れ。さあ、報告を聞こうか?」
『彼』と思われる人間の声は低く、奇妙な安心感を想起させるような印象を与える。そして、その向かい合う顔はベアトリーチェに確かに見えているが、一瞬でも目を離せば完全に記憶から忘却されるような、そんな気がする顔となっていた。
――恐らくは認識阻害魔術。
だが、この空間自体が現実改変術式や時空間転移術式など人知を超えた術式によって構成されている。『我々』の【長】とは言え、恐ろしい……。
彼女はそんなことを考えつつも口を開く。言葉は奇妙な訛りあるラテン語、彼女の母語である。
「『隠者の薔薇・黄金の教示』による妨害と『外神』による干渉がありましたが、対象・鳥羽或人の確保には成功、指令通り我々の秘匿一課へ編入されました。一週間ほど教育期間を設け、その後任務に教育係が同行したうえで――」
「2月17日に舞い込む任務、千葉県船山町における秘匿物品調査へ海川有馬、賀茂瀬里奈、鳥羽或人の三名で行かせたまえ。以上だ」
「え?」
彼女がそう訊き返した瞬間、彼女はT字路の壁に向かって立っていた。
――やれやれ……。いつも『上』は人遣いが荒い……。
彼女はそう考えながら振り返り、その場をあとにする。
その重いブーツの足音が廊下にはいつまでも反響していた。
〈序章 完〉




