秘密の中に鍵は紛れる
……………
突如、ガラスが割れたような音と共に空間の裂け目があった場所に金剛の姿が現れ、床にどさりと倒れ込んだ。
彼は或人の方を見ると血を零しながら笑って語る。
「がフッ……! くくくく……! 或人殿、おかげで助かったぞ……!」
血を吐く金剛のもとへ森が駆け寄り、異なる種類の魔術結合を細長い指先からそれぞれ放ち、緻密な操作を行って診療と治療を進める。それは体の外から内部を透し見て外科手術を行うような様相を呈している。
一方、金剛を見た或人は安堵する。だが同時に、彼の姿を見て暗い面持ちをしてもいた。
その様子を見逃さなかった課長は或人の前に歩み寄り、膝をついて視線を合わせると真剣な面持ちで口を開いた。
「或人、課員の危機に際して君の手助けが無ければ犠牲が出ているところだった、課長として私からも礼を言う。
ただ――我々が一方的に要請することではあるが――同じ秘匿課員として働く以上、今回の行動には看過できないところがあった」
或人は堰を切るようにすぐさま頭を下げ謝罪する。
「すみません……。勝手に行動して……」
「――君が活躍できる場面もある。そこで行動するのは悪いことではない。
我々の作戦行動は各人の柔軟性に委ねられる部分が大きいからな。
だが、問題は君が自身の傷や死をどうも軽く見ているように思えることだ。先程金剛が指摘したようにな……。
我々秘匿課は危険な任務を遂行する玄人、死の危険は常に付きまとう」
或人は重々しい雰囲気にしかと彼女の瞳を見て続く話に耳を傾ける。
「――その中で、我々玄人は死を回避するべく動く。護衛対象は当然として仲間、そして何より自分自身。
自己を犠牲にして仲間を救える状況と言うのは我々玄人にとって完全に手遅れであり、恥ずべき失敗だ。命を落とした者にとっても、そして残された仲間にとっても……。
それでもなお、避けれぬ運命もある。が、まずはその玄人となるんだ、或人。
君が本当の意味で我々の身を案ずるのならばな……」
「……。すみませんでした」
「いい。そこは感謝にしろ、謝る必要はない。我々も君に救われた場面があるのだから。我々もまだまだということ」
課長がそう言った時、ちょうど運転手と覚しき車椅子の男が、或人の席隣にある重厚な扉を開き、運転席へ入って行った。
それと同時に賀茂が何かに気づき、叫ぶ。
「あ、私達或人くんに自己紹介してない!」
座席に座って優雅に長く靱やかな足を組み、寛いでいた宇美部は彼女の方へ振り向いて言う。
「丁度いい。全員そろって自己紹介といこうじゃないか。仲間として改めてね」
車の奥、座席に背を委ねていた有馬が腕を組み煩わし気な顔で口を開く。
「もうだいたいわかってんじゃねーのか? 必要ねーよ」
賀茂はすぐにその言葉を拾い上げて言う。
「よくないですよ、有馬さん。社会人として、というよりも人として、そういうトコロを疎かにするのは」
「あーはいはい。んじゃあさっさと済ませるよ。おう、或人。【海川有馬】だ。趣味はVTuberライブ鑑賞。
はい、次、賀茂」
気怠そうな有馬によって話を振られた賀茂はあたふたしながら或人を見て言う。
「え、ちょっと、あ、あー、賀茂です。
【賀茂瀬里奈】です。陰陽師の本山・伏魔殿から派遣されてきた、伏魔殿筆頭・賀茂家の長女で、趣味は、えーと。読書とか……?」
その様子をはたから見て笑っていた茶スーツのクラビスが話に入る。
「はっはっは! 賀茂ちゃんテンパり過ぎだよ、自分から始めといて~。
――さて、或人くん、私はクラビス。【春沙クラビス】。
アフリカ系英国人と日本人のハーフ。趣味はタロット占いと手品かなぁ。ハイ次、宇美部くん」
パスを受け取った宇美部は余裕しゃくしゃく、やや気障な印象を受ける様子で自己紹介を始める。
「はい、さっきも自己紹介したけど改めて。【宇美部来希】、神祇寮名家・宇美部家の長男。歳は24、趣味は時計集め」
隣の有穂もそれに続く。
「へい、【有穂歩】。神祇寮祓魔部派遣員、来希と同い年、趣味は、とくにないな。次」
その言葉に床に倒れたまま治療を受ける金剛が応じる。
「拙僧、【金剛破戒居士】。社会自由主義の推進による究極の分権化・無政府化を目指す社会主義者無政府主義の破戒僧だ。趣味は詩を書くこととゲーム収集」
続いて森も機械音声を流す。
「【森水都】です。
呪医免許を持っておりますがあまり腕に期待を寄せ過ぎないでいただけると幸いです。秘匿課では装置開発と通信、応急処置を担当しております。趣味は――仕事が趣味ですかね」
割り込むように運転手のアナウンスが響く。
『あー俺はまだ名乗ってすらいなかったか?
現在運転手をしている【琉戸栖玲央】だ。普段は森君と一緒に魔導技術開発・整備担当をやってる。運転ばっかりしてるわけじゃあないぞ。
趣味は機械いじりと論文読み。要するに森君同様仕事が趣味』
一通り課員たちの自己紹介が終わると、最後に課長が口を開く。彼女の自己紹介は少したどたどしかった。
「……。私は魔界府秘匿一課課長、国連秘匿保障委員会特派員のベアトリーチェ・カントルだ……。
改めて鳥羽或人、君は本日をもって我々魔界府秘匿一課の一般課員として働いてもらう。教育担当は金剛。これからよろしく頼む……」
或人はその言葉と今までの自己紹介に返すように答える。
「はいっ……。
僕は、鳥羽或人です。皆さんとは経歴も知識も経験も覚悟も比べ物にならないと思いますが……。それでも、足手まといにならないように頑張りますっ。よろしくおねがいしますっ……!」
「いいぞ或人殿! 拙僧も明日からみっちり修行をつけるぞ~!」
金剛の発破の中で、有穂が冗談めかして言う。
「少なくともやる気は有馬に勝っているな」
「ああ?」
和やかな雰囲気が車内に流れる中で琉戸栖のアナウンスが響く。
『本部より連絡が入った。
『二課』と『神祇寮』、『伏魔殿』がそれぞれ6班ずつ護送車監護に入ったそうだ、レーダー観測と通信もできている。さっきの【外神】による干渉がない限りは概ね平和だろう。
本部到着予定時刻は今から2時間後だ』




