先触れは死を纏いて
……………
或人は有穂と宇美部に連れられて護送車の中へと運びこまれる。
護送車内は傷ついた有馬や森が瞑想するように休んでおり、戦いの苛烈さを物語っていた。
一方、課長は先ほど大きな傷を負っていたはずだが、今見れば軽傷、賀茂に関しても少しばかりの切り傷や火傷で済んでいた。
或人の無事を確認した賀茂が、傷ついた森へ心配げに訊く。
「森さん怪我は大丈夫ですか? 火傷でしたら一応護符がありますけど」
森はその声に驚いたのかびくりと背を震わせた後、頭部の画面にNOの文字を映して機械音声で答える。
『大丈夫です。それはもしもの時に取っておいてください』
課長は全員が席に着くなり或人の隣に座る有穂と宇美部へ話す。
「有穂、宇美部、よくやった。遅刻は免除する」
彼女の言葉に対して、二人のうち有穂は欠伸混じりに返答した。
「んじゃあ、おれら帰っていいスかね。徹夜明けで眠いんです。――もう黄金の教示は来ないでしょ」
彼の言葉に課長が首をふる。
「ダメだ。まだ緊急任務は終わっていない」
その言葉の反論を宇美部が割って入るように口にする。
「課長、私の『感知』では逃げていく黄金の教示二人以外には、周囲10km圏内に『一級以上の違法魔術師や怨霊』は掛かっていません。
国内外の魔力を探ってもこちらに向かう者はほとんど無いと言えます。
金剛さんと春沙さんはこのままの速度であと一分2秒ほどでこちらに到着しますし、我々は今日も任務があるんですよ?
休息が必要です」
「休息が欲しいならここで寝てくれ。お前たちは抑止力として必要だ」
「しかし――」
彼が反論を続けようとするのを黒フードの方が肩に手を置いて止める。
「来希、やめとけ。――どこでも休息できるのもまた『一流』ってなもんだろ。違うか?」
「……。ああ、そうだな」
そう言った彼は気を取り直すように或人の方へ振り返って微笑する。
「失礼。仕事続きで気が立っていてね。――今後が思いやられるかな?」
彼はそう言って少しばつが悪そうに自分の髪を弄っていた。手癖なのだろう。艷やかでやや長い黒髪の先を右手の指でくるくると巻きつけたりしている。
或人は彼の癖をちょっと見ながらも先ほどから会話にある違和感について訊く。
「――今後っていうのは……?」
宇美部はその言葉を聞き、課長へ振り返って訊く。
「同僚として働くこと、まだ彼に伝えてなかったんですか?」
或人はその一言にびくりと驚き声を上げる。
「え? 同僚?」
すぐさま最奥に座る課長がその疑問に答える。
「ああ、或人。
君には違法魔術師や怨霊に対抗するために抵抗力を身に着けてもらう必要がある。
だが、我々は多忙を極める、常に時間と人手が足りていないのだ。
――そこで君には我々・魔界府秘匿一課の新人として業務に参加することで魔術の腕を磨いてもらう……。ちなみにこれも国連の決定だ」
「そ、そんな……。いや、でも……。
僕がさっきみたいな戦場に……?」
「すまないな。
だが、君を狙う違法魔術師や怨霊、そしてもう一つ、先程言いそびれた『外神』は君が力に覚醒してしまったため、避けては……」
『ビーッ! ビーッ! ビーッ!』
その時、課長の話を寸断し、車内に警報音が鳴り響くとともに赤いパトランプの光のようなものが点滅しだす。
すぐさま入ったアナウンス、その運転手の声は焦りによってか、震えていた。
『現実鋲計測に異常検知! ヒューム計測値がマスター・セリオン基準を突破した!』
「「「!!」」」
全員が即座に臨戦態勢として魔力を全身に張り詰めさせる。
一瞬で緊張が車内を走った。
そして次の瞬間、或人は思わず声を漏らす。
「は?」
或人の視界には白い部屋が広がっていた。タイル張りの床、天井、壁。影はなく、部屋全体が穏やかな光を発しているように明るく、すべてが白いために、やや眩しささえ感じられる。
護送車の車内は一瞬にしてそのような世界に塗り替えられていた。
車内にいた全員、そして運転手の『琉戸洲』と覚しき黒スーツをまとった恰幅が良い車椅子の男性が或人と共に、横一列で並んで部屋に立っていた。
その光景を察した有穂は、いの一番に状況判断し、呪文を詠唱。
「来たかッ! ――ひと、ふた、み、ふるべゆらゆら」
瞬間、彼は呪文と共に先ほど美のミハイルの光弾による爆発を防いだ時以上に堅牢な力を放つ防護領域を広げ、味方全員を守る。
『パリ……。パリパリパリ……』
しかし、その音と共に強固なはずの防壁はいとも容易く崩れ去った。
「……??!?」
それと同時に或人たちは全員、車椅子に乗っているものも含め、跪くような姿勢を自然と取り始める。自らの意思によらず身体が勝手に動き出したのだ。
或人を含め、全員がその異常に対して何一つ声を漏らすことはなかった。
いや、できなかった。
或人は瞬き一つ自由にできない状態の中で混乱している。
――何が起きている……!?
この部屋は、何かの『魔術』なのか?
だとしたら、あの有穂さん達よりもずっと強力な魔術師が!?
『否。ここを創り出したのは人間では無い』
……?
なんだ? 誰かの声が頭に……。
『ここにいるのは外宇宙より来る存在。今に君の目の前に現れ、そして理解できるだろう。それがいかに外なる存在かを』
或人が頭の中に響く謎の声に混乱する中、彼は他の全員と同時に頭を上げる。
またも身体が勝手に動いたのだ。
見上げた先は白い部屋の白い天井。だがそこには黒い点があった。
その黒点は天井にあるのではない。天井よりも手前、空間に浮遊するようにぽつんと存在している。
やがてその点は広がり、その黒の内に青白さや黄色を帯びた無数の輝きを映し出していく。
或人を含めた全員が、その輝きが『星々の煌めき』であることを覚る。
それは宇宙であった。
遥か数百、数千、数万光年先の輝きがその黒い空間一杯に広がる光景は白い部屋を覆いつくし、全てが宇宙と繋がる。
それは単なる驚愕や圧倒ではない、奇妙な感覚を或人たちに呼び覚ました。それは郷愁。彼らは初めて見た故郷の景色に懐かしさを覚え、帰郷の喜びさえ覚え始めた。
――僕は、僕たちは、生命は、ここから生まれ、ここから始まり、ここへと帰っていく。これが、全ての根源。
すべての答え。
そうして、全員の脳裏に訊いたことも無い音が響く。
それは外なる神より発せられた『言葉』による交信。『テケリ』とした音や濡れた三叉の舌が口内で回転し何度も打ち付けられるような音、水音や破裂音など凡そ人間の口にすることの適わない音で構成された言葉が全員にするりと理解される。
『歓待せよ。歓喜せよ。無貌の神がここに来る。歓接せよ。歓笑せよ。先触れが子らに伝える』
全員の心には一様に喜びの情が沸き上がる。幸福と感動、素晴らしい救済をもたらされるかのように。
戸惑いはなかった。
する必要がない。恐れも困惑も疑念も無い。
なぜならそれは許されていないから。
『バキッ!』
突然、空間がひび割れる。
『バキッバキバキバキィイイッ!』
宇宙空間を破り、魔力に満ちた拳が現れる。そうしてできた空間の裂け目を、その腕はこじ開ける。
「|開けゴマ《Open Sesame》♡」
時空の裂け目から満面の笑みを浮かべた破戒僧・金剛破戒居士が現れ、裂け目を人間が通れるほどにこじ開けて、広がる宇宙へと無断侵入してきたのだ。




