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日本国魔界府府庁秘匿部秘匿室秘匿一課  作者: 臆病虚弱
序章 死を継ぐ者 Inherit The Wind of Death
11/14

嘘は闇に跳梁し

     …………………


 そのミハイルの身体には帯のような、雲の上より伸びている長い『布』が巻きついていた。その布はひとりでに基礎のカイへ向かって飛び込んで巻きついて来る。

 だが、黒騎士カイは呪文をもってしてそれに対処する。その声には冷静さを示すようなどっしりとした重みがあった。


「|真実を語る者《Wer Wahrheit ausspricht, 》|は正義をそこに証明する《tut Gerechtigkeit kund.》」


 カイが口走った呪文は、黒鉄の鎧に刻まれる金の模様に光を宿し、巻き付いてきた布をその光によって跡形もなく消し去る。

 燃えさしすら残さぬその『布』は物体ではなく幻影であったのだ。

 カイは叫ぶ。


「遠隔投射した術式程度! 幾ら強くとも【解呪法】には勝てぬわ!!」


 カイは何を考えたのか、そのままミハイルへ突進。


『ドガアァアンッ!』


 ミハイルを包む布も消し飛ばされ、衝撃によってか、彼は目覚める。


「はっ!?」


 カイは衝突することでミハイルに巻き付く布の幻影を破り、覚醒を促したのだ。


 微睡みより目覚めたミハイルは怒ったような様子で声を荒げる。


「美しくない! 私がッ、油断するなどッ! 気絶するなどッ!」


 光の小さな玉を撒きながら怒るミハイルに、雲上より向かい迫る強敵を見定めながらカイは言う。


「だったらもっと気張れぃ! 来るぞ!」


『キィィイイイ……』


 ジェット機の如き音を立てながら二人の人間が雲上より雲を蹴散らして高速で迫る。


 一人は和弓をその手に携えた、白詰襟の古い軍服に似た服を身に纏う、やや長いストレート黒髪を風になびかせ、やや切れ長な瞳が特徴的な青年。


 もう一人は片方と対照的に染め上げた金髪が頭頂部でやや黒髪交じりになっており、服装も黒一色の厚いフード付きウィンドブレーカー。口元がその長い襟によって隠れているのが印象的である。


 二人が勢いよく飛行する中、和弓を持った方の青年はその手に持った弓を()()()()()()()引き絞り、撃つ動作を行う。

 

 すると突然、基礎のカイが右肩に衝撃を受けた。


「うぐぁっ!? クッ……! 霊矢!

――噂に聞く霊魂操作術の精鋭、『宇美部来希うみべらいき』か!」


 或人が感覚を研ぎ澄ますと、カイの右肩、カミソリ一枚通るかすら怪しい甲冑の隙間にはうっすらと矢のような物が感じ取れた。だが、それは鎧の光にあてられてすぐに消失する。


 音もなく、あのような精密な射撃が可能であり、魔力に満ちた黒騎士にダメージを通す攻撃。涼し気な顔で残心と共に二の矢をつがえる姿。

 それらは全て、その白い制服の青年――『宇美部来希』と呼ばれた彼が相当な手練れであることを意味していた。


 一方、黒いウィンドブレーカーを着た青年は、二人の敵に目もくれず真っ先に或人のもとへ至り、彼を片手で受け止める。

 かなり身長が低めの青年であったが或人を軽々持ち上げる彼を見て、或人は『底知れない力』を即座に感じ取った。


――なんて……。エネルギー……! 今まで見てきた人の中でも一番じゃあないか?

 

 その青年は或人を見て言う。


「よっす或人くん。有穂歩でーす。よろしくねぇ」


 どこか気だるげながら気さくな挨拶に戸惑いつつも或人は返す。


「ど、どうも……」


「ごめんねー。おれら来るのが遅れちゃって。いや、前の任務に時間食っちゃってさ」


 だが、そのあいさつを交わす背後では沢山の光球が押し寄せていた。そのことを知ってか知らずか、話を続けようとする有穂に或人は言う。


「有穂さん、うし、うしろっ!」


「ん。大丈夫」


『ズガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!』


 閃光と爆発。衝撃。

 しかし、或人に衝撃も熱も達することはなく、彼がゆっくり目を見開くと変わらぬ様子の有穂がそこにいた。


「いやぁ、嬉しいよ。おれよりも多い魔力量の人間がこの世に現れるなんて考えもしなかったからさ」


 彼は全くの無傷。爆発を避けることすらせずに耐えきったのだ。

 或人と彼を包み込むように巨大な魔力が広がっている。それは研ぎ澄まされている感触は無く、むしろ大雑把な印象を与えるものの、今まで見てきた有馬や課長による防護では達し得ない力の量がそこにあることが或人に直感される。


 有穂はその爆発の後、ようやっと振り返りミハイルとカイを一瞥する。


牽制(ケンセイ)といきますか」


 彼が掌を二人の敵へ向ける。

 丁度弓を引き絞っていた宇美部がそれに気付き攻撃の準備をやめた。


 そして敵二人が有穂のほうを見遣った時、彼は口を開く。


「ひと、ふた、み、いつ、む、なな、や、ここの、たり。みたまふる。ふるべゆらゆら。やつかのつるぎ」


『サン……。』


 刹那。

 ミハイルとカイは無数の切り傷をその身に受けて音もなくたらりと血を流す。

 ミハイルは即座に目を瞑りつつ、自身の周囲に()()()()()その傷の原因を『感知』していた。


――微細な刃!

 私と同じ仮想物質の生成術式か?

 いや、違う!

 これは術式を宿した黒曜石、本物の物質を生成している!

 『キロトン級』超えの術式か!


『パシャシャッ!』


 ミハイルが感じ取った微細な黒曜石の刃は無数の強力な魔術結合によって有穂が形成した振り子と結びついており、全て彼の自在に操られていた。

 基礎のカイが纏う隙間のわずかな黒鉄の鎧さえ、網のように無意味と化すその刃。黄金の教示らの魔力と体力は一気に奪われていくのだった。


 一方、或人を抱える有穂は、弓を再び構えて撃つ宇美部のもとへ向かう。


「来希ー、護送車は今、どこら辺だ?」


「今来る。下で課長たちを拾った後、上で森さん達を拾ってるから、私たちが入れば終いだ」


「んじゃあもう牽制射撃いらねーんじゃね?」


「ああ、そうだな――さっきの仕事のストレス発散でちょっとやりすぎたかもしれん」


 そう言うと宇美部は最後の一発と言わんばかりに弓を撃ち、一瞬だけ残心を取ったがすぐに止める。

 彼の放った音も形もない霊の矢はまっすぐ基礎のカイへ向かうが、さすがのカイはその矢を自らの眉間に当たる直前で握り、受け止めた。


『ガシィッ!』


「おのれ……! 嘗めたマネを!」


 基礎のカイはマントを翻し左掌を上空の宇美部達に向け、使役する8体の智天使ケルビムたちに指示を送る。そのまま彼は呪文を口走り始めた。


「|われに求めよ《Fordere von mir》、|さらばわれは《und ich will 》……」


『ピピピピピピ……』


 突如、カイの鼓膜に直接アラーム音が鳴る。同じ音はミハイルにも届いていた。

 彼らの鼓膜に直接刻まれた通信用魔術が作動したのだ。

 通信を開始すると即座に男性の声が彼らの耳へ直接響く。


『――ミハイルさん、カイさん。もう宜しい、撤退して下さい』


 ミハイルがその通信相手に訊き返す。


「『カリオストロ』か。ジュンはどうしたんだ」


『既に撤退しています。彼の足止めが解け、そちらに向けて『金剛』と『春沙』が向かい始めていますよ。形勢は不利。さぁ、撤退を』


 それにミハイルは「――了解」と返し即座に雲海へと消えるが、今度はカイが通信相手に対して反応する。


「カリオストロよ、任務は『高魔力反応体()』の回収だったはず。形勢不利といえどミハイルとジュン、そして私ならば――」


『そちらに【改変鋲反応】が確認されました。ゲドゥラー師による【予言】も【外なる神】が来た、と。撤退は必須です』


「――解った。即時撤退する」


 カイは鎧の隙間より流れる血を振り払いながらそう言うと、彼もまた雲海の中へと消えてゆく。


 同時に周りを囲っていた『智天使たち』は煙のように消え去る。


 その姿を見ていた或人は、賀茂や課長たちが苦戦していたあの二人組(黄金の教示)を軽々と撤退に追い込んだ、有穂、宇美部の二人、その甚大なる力を前にしてやや委縮さえ覚えていた。

 それを察してか、宇美部は弓を背にある筒状の鞄にしまいながら、にこやかに話しかけてきた。


「やぁ、初めまして或人くん。

 僕は歩と同じ、日本宮内庁魔術機関・【神祇寮じんぎりょう】の祓魔ふつま封印特別機動班員兼、秘匿一課に出向させられている。宇美部来希、よろしくね」


「は、はい、よろしくお願いします……」


 或人の様子に、彼を抱える有穂が言う。


「暗いなぁ~。不安がってたらここぞって時に身がすくんじゃうぞ」


「こらこら、茶化し過ぎるのは良くないぞ。

 ――はじめて魔術に触れた日にこんな戦いを見れば不安にもなる。確かに、少し自信が乏しいのは()()()心配だが」


「す、すいません――この先?」


 或人がそれを訊き返したタイミングで、上方から雲間を抜け、運転手によるアナウンスと共に護送車が現れた。


『ノロノロ飛んでんじゃねーぞ。護送中なんだ、ほら早く乗った乗った』

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