9.「追放」
お待ちかねのざまぁ展開です
(ククク……あの日、婚約破棄してやったマリーの無様な顔――実にケッサクだった!)
(あの顔を思い出すだけで、シャンパン何本開けたことやら……どれくらい飲んだか覚えていないくらいたらふく飲んでやったわ!)
この僕――キュリス王国第三王子、ダス・イスト・ベトルーク・キュリスは、ソファーで本日もシャンパンが入ったグラスをクルクルと回す。
そしてその隣には、我が婚約者――リーベ・ファウレキントが座っている。
リーベの美しく長い赤毛は、見た目も手触りも艶やかで、見ているだけで心が浮き立つ。
(お子ちゃまみたいなピンク髪のマリーとは違う……やはり女はこうでなくてはな)
僕たちは今宵も、優雅な晩酌を楽しんでいる。
テーブルには、王都でも手に入りにくい最大級のソーセージと、特定の農地でしか採れない最高級のジャガイモ。部屋の片隅では音楽家たちが静かに演奏し、僕とリーベの愛の時間をさらに格調高いものへと昇華させている。
まさに、最上級のくつろぎのひとときだった。
「ところでぇ~~ダス様ぁ。一つ聞いてぇもぉよろしいでしょうかぁ?」
「ん? どうした、リーベ?」
リーベが猫なで声で僕の肩に頬を寄せながら問いかけてくる。
「毎日毎日ぃ、こんなに豪華な暮らしをしてぇ……大丈夫なのでしょうかぁ?
ホラ? あの病のせいでぇ、国の財政は大打撃を受けているとかぁ~~」
「ああ……確か……クローナペストか……コローナペストか……そんな名前だったな」
不安でいっぱいであろう可哀想なリーベ。
優しい僕は、彼女のそんな不安から救うために、キリッと顔を決めて言ってやろう。
「安心しろ。たとえキュリスの民が明日食べるものを失ったとしても――
お前だけは、ずっと贅沢な生活を続けさせてやる……だから、何も心配するな!」
……決まった。これぞ、僕の口説き文句。
これで落ちない女など、この世にいるはずがない。
「まぁ♡ ダス様ったら♡ 本当にス・テ・キ♡」
リーベは、頬を染めながら勢いよく抱きついてくる。
その柔らかな感触と香りに、僕は上機嫌で笑みを浮かべた。コイツのこういうところは、本当に可愛いのだ。
(やっぱり、マリーなんかより断然いい。アイツは見た目は悪くなかったが、可愛げがなかった。
つくづく僕はこのリーベを選んで正解だったな!)
窓の外では、王都の街灯が弱々しく瞬いていた。今のご時世、この時間に外を出歩く者などそうはいない。
世界中で蔓延している不治の病――それが、とうとうこのキュリス王国にも広がってきたらしい。
実に迷惑な話だ。おかげで、碌に外も出歩けやしない。
だが、僕は不安など微塵も感じていなかった。
(しばらく不便にはなるだろうが……まぁ、放っておけばそのうち誰かが薬を作るだろう)
(我々貴族は、その薬が完成するのを待っていればいい……
なにせ、食料も生活雑貨も、すべて我々が優先的に手に入れているのだからな)
そう――キュリスの民がどれほど飢えようと、僕には関係のない話だ。
悪いのは、すべて病のせい。
病さえこの国に来なければ、民が厳しい生活を送ることもなかった。
それに、世界中の研究者がさっさと薬を完成させてしまえば、この不便な生活だってすぐに終わる。
(だから、民の恨みの矛先は病と……未だに薬を完成できない、のろまな研究者どもに向けるべきなのだ)
グラスに残ったシャンパンを一気に飲み干す。
そして僕とリーベは、音楽家たちが奏でる演奏に合わせて優雅にワルツを舞い――王子と淑女らしい夜を楽しんだ。
***
「ダス様……ダス様、起きてくださいませ」
「ん? なんだ、リーベ? 眠い……もう少し寝る」
もう朝なのか。だが、まだ眠い。
本日は特に予定もないし、僕は二度寝しようとする。
だが――
「お願いです。至急起きてくださいませ」
「……寝かせろと言っているだろう……リーベ、今日は別に急ぐ予定など――」
しかしリーベの表情は、いつもの甘えん坊のそれではなく、緊張と恐怖が入り混じっていた。
「……王宮から緊急通達が届きました。至急、謁見の間へお越しくださいとの“陛下”のご命令でございます」
「……ん? パパ――じゃなくて父上が? こんな朝早くから呼びつけるなど、どういう風の吹き回しだ?」
なぜ陛下から呼ばれたのかは分からない。だが、呼ばれた以上、無下にはできない。
僕とリーベは急いで支度を整え、謁見の間へと向かった。
大きな広間の謁見の間には、見知った貴族たちが何人も集まっていた。
(呼ばれたのは、僕だけじゃないのか!?)
貴族たちの表情も、何のために呼ばれたのか分かっていないらしく、少しざわついている。
「……ようやく来たか、馬鹿息子め。このメンバーの中でお前が一番遅いぞ」
突如、低く威厳のある声が広間に響いた。
声の方へ目を向けると、玉座には僕と同じ緑髪に翠眼のあの方が座っていた。
「父上……」
そう、あの玉座に座るのは――僕のパパにして、ヴァールハイト・イスト・ベトルーク・キュリス国王陛下だ。
あの玉座は、パパの次に僕が座ろうと決めているが。
パパは僕の顔を見ると、深いため息をついた。
(ちょっと待て! さっきの『馬鹿息子』って、僕のことを呼んでいたのか!?)
「父上! いきなり、馬鹿息子とは何事ですか!」
「馬鹿な息子に馬鹿と呼んで、何が悪いのだろうか」
僕が言い返そうとする間もなく、パパは僕から目をそらし――
「だが、お前と無駄話をしている暇はない。本日お前らを呼んだのは、ある宣言をするためだ」
パパはそう言うと、静かに広間を見渡した。
その険しい目つきによって、緊張が広間を支配する。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「まず初めに、キュリス王国にとって朗報を伝えよう」
(朗報?)
「先日ヴァスタ帝国において、例の疫病――クローナペストの治療薬が完成したとの報告が届いた。
これにより、治療薬をヴァスタ帝国から各国へと供給を開始し、いずれキュリス王国にも届くだろう」
(おお……ついに治療薬が! フン、随分と待たせやがって……)
僕はほっとした。
そろそろ、城の引きこもり生活も飽き飽きしていたところ。これでようやく外にも安心して出られそうだ。
流石はヴァスタ帝国。伊達に大陸の半分を治める巨大国家ではないということか。
(もちろん、その治療薬も民より先に――僕たち貴族が優先的に手に入れることになるだろうが)
薬の到着に期待を膨らませていると――
「ただし、ここらからが本題だ!」
相変わらずの威厳のある声。だが、どこか怒りが混じっているような気がする声だった。
「我が国にクローナペストが侵入したと聞いたとき――どうやら、食料や日用品の買い占めが行われたそうだ。そのため、民に十分に行き渡らない事態となった」
「幸い、ヴァスタ帝国のルドルフ様が食料および日用品の支援に乗り出してくれたおかげで、事なきを得た。
しかし、もし支援がなければ、今頃は餓死者が出ていたかもしれん。
果ては、食料の奪い合いにまで発展していた可能性もある」
「なら、結果オーライじゃないですか、父上。しかも、我が国が負担することなく、ヴァスタ帝国が代わりに負担してくれたのです。むしろ、喜ばしい出来事では?」
「愚か者め。キュリス王国の有事は、キュリス王国で解決すべきこと。他国に頼るのは、あくまで最終手段であるべきだ」
「そもそも、我々王政が買い占めの規制をきちんと敷き、民への分配を徹底していれば――ヴァスタ帝国に頼ることもなく、民に十分行き渡る量は確保できたはずだ。
だが、現実はどうだ? どこかで独占が生まれたせいで、充分な量が届かないという事態を招いてしまったのだ」
――ギクリ!
僕はパパがこれから何を言うのかわかった気がする……。
「言わずとも分かるだろう……ここに集まった大馬鹿者ども――お前たち貴族が、民のためではなく、保身のために独占していたのだ」
(しまった……パパにバレた!? どうすれば――)
僕が動揺したその時――
「しょ、証拠は!? そこまでおっしゃるなら、証拠はあるのですか!」
ある貴族がパパに言い返す。おお! いいぞ言ってやれ!
「無論だ。カンマよ、証拠を示せ」
「……はっ!」
広間の片隅で静かに立っていた侍従のカンマが応じると、僕たちとパパの前に立つ。
その手には、大きな羊皮紙を持っていた。そしてカンマは羊皮紙を広げ、説明する。
「こちらが、調査の結果でございます。各地の倉庫における備蓄量、貴族たちへの配分記録、そして民たちへの市場に届いた量の差異をまとめたものです」
カンマが次々と読み上げる。物資がどこに流れていったのかを。
「あっ、あああ……」
自分でも顔が青ざめていくのが分かる。どうやって言い逃れすればいいのか、まるで思いつかない。
隣のリーベや貴族たちに目を向けるが、同じように顔を青ざめ、何も言い返せない雰囲気だった。それが余計に絶望感を増した。
「ご覧の通り、王政の指示通りならば民に充分行き渡るはずの物資が、特定の貴族の手元に集中しておりました。その結果、民には極めて少量しか届いていないのです」
パパは深いため息をついた。そして続ける。
「我が王国の民が苦しむ中、顧みることもせず、己の保身しか考えない者たちよ……もうこの王政にいるべき人間ではないな……」
「よって、この件、責任を取るために我は宣言する! お前たち貴族は、即刻、このキュリス王国から“追放”とする!」
「「「「「ええっ!?」」」」」
それは処刑宣告のようだった。
「そして、お詫びとして、民たちとヴァスタ帝国に対し、今回行き渡らなかった経緯を私自ら説明する。
さらに、治療薬が届き次第、まず患者から優先、次に民へ、そして最後に我々貴族が受け取ることとする!」
貴族たちは放心したように立ち尽くしていた。リーベでさえそうだ。
(まずい。このままだと僕の身が……そうだ! 親子の情に訴えれば――)
僕はコイツラとは違う。自分だけでも助かる道を探す。
「そんな……嘘ですよね? 父上。可愛いこの息子の僕まで追放するなんて……」
「ハァ……ダスよ。お前にはつくづく呆れたぞ。クローナペストの治療薬だが、誰が作ったと思う?」
いきなりパパから問われた。
(誰って……当然、ヴァスタの研究者の誰かでは――)
僕がそう考え、答えようとしたそのとき――パパの口から、思いもよらない言葉が飛び出した。
「治療薬を作ったのは……お前がよく知る人物――マリー・フォン・キュリスベルク“元”令嬢だ」
「なっ!?」
この場で二度と聞くことはないと思っていた名が、あろうことかパパの口から発せられた。
驚いたのは僕だけじゃない。あの日、婚約破棄を宣言してマリーが去ったあと、共に笑ってやったリーベや他の貴族たちも、同じように目を見開いていた。
「馬鹿な――だって、マリーは今頃、ボロい館で一人暮らししていると聞いて――」
「そうだ。お前に捨てられてから、彼女は国の辺境で暮らしていた。
だが、彼女には薬学の才があり、自ら治療薬の研究を進めていたのだ。
そしてその成果をルドルフ様に認められ、ヴァスタの研究員たちと共に完成させたということだ」
衝撃の真実。
まさか、マリーにそんなことができたなんて……。
夜な夜な実験のようなことをして、難しそうな調合の本を読んでいた変な奴、くらいにしか思っていなかったのに。
「彼女を知ろうとしなかったお前には分からないだろうがな……」
パパは僕から目をそらし、吐き捨てるようにそう言った。まるで、僕を救うつもりなど微塵も感じられないような口調だった。
(冗談じゃない! このままだと本当に追放されてしまう! コイツらと一緒に道連れなんて御免だ!)
(考えろ、考えろ……何か、いい方法は――)
そのとき、奇跡のように頭に一つの単語が浮かんだ。
(……マリー?)
(そうだマリー……アイツを利用するんだ!)
僕はキリッと顔を決めて言い返してやる。
「お言葉ですが父上。僕はマリーの才能を知っていましたよ」
「……ほぅ」
パパが、今日になって初めて僕に興味を示したような顔をする。よし、ここからが正念場だ。
「なにせ、かつて愛した女性――元婚約者のことを知らないはずがないじゃないですか?」
「……ダス様?」
隣でリーベが不安げに呟くが、今は無視だ。無視。とにかく僕だけでも助かる道を探さなくては。
「僕は、マリーの薬学の才を知っていたからこそ、あえて婚約破棄を言い渡したのです……
すべては治療薬の完成のために……そして、貴族の決められた人生から彼女を解き放つために……
心を鬼にして破棄したのです――そう! すべては、この時のためにあったのです!」
……決まった。我ながらなんといいアドリブ力。これで――
「ハァ……ダスよ。つくづくお前は大馬鹿者だ。
ここで問題になっているのは、民に行き渡るはずの物を“お前たちが独占した罪”だ。
百歩譲ってお前の婚約破棄が彼女のためだったとしても、その罪は消えることはない」
パパは蔑んだ目で、僕に言い放った。
「なっ、違う! 独占したのは、このリーベが贅沢したいと騒ぐから――」
「はぁ? ダス様、何を言ってんの!?」
そうだ。こうなったら、リーベのせいにしてなすりつけるんだ。
「やはり……ルドルフ様の言う通りだな。
貴族が権力を握りすぎている体制は、もう限界なのかもしれん……。
これからはマリーのように、誰もがチャンスに満ちた時代を作っていかねば……ルドルフ様と共に」
だが、パパは僕の話を聞かず、ぼそぼそと独り言をつぶやいていた。
そして――
「下がらせろ」
そう言って、騎士たちが僕たちを追い出そうとする。
「そんな! 待ってください!!」
僕が叫んでも、パパは顔を合わせてくれない。抵抗しても騎士たちの方が力強く、このままだと退場させられそうだ。
「パパ! これから僕はどうやって生きていけばいいのですか――」
そう尋ねた時だった。
パパは僕に顔を合わせた。
「それこそ、お前にとって参考になる人物がいるではないか……マリーという女性が」
「……マリーだと?」
「彼女のように、どん底に落ちたとしても、そこからやり直せばいいじゃないか?
まあ、最も、マリーは今まで薬学を研究してきた経験や実績があった。
地位に胡坐をかき、碌に勉学もしなかったお前にとっては、彼女以上に険しい道になるだろうがな」
「さらばだ……息子よ。
願わくは、やり直す道を選んでくれることを、父として望む……」
その後、僕がいくらパパを呼んでも反応してくれなかった。
申し訳ございません。全9話予定とあらすじに書いておりましたが、気づけば1話増え、全10話での完結となります!
次回、感動のエピローグとなります! この物語の行く末は――果たしてどうなるのか!?
ぜひ、あなたの目で見届けてください!
いつも読んでくださる読者が、大好きです!!




