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5.「お兄様」

 ルドルフ視点です

 私――ルドルフ・フォン・ヴァスタブルクは、ある人に会うため、メイドのエリーザベトと共に、長い通路を渡っていた。

 通路の両脇には、帝国の象徴である“狼”の像が等間隔に並んでいる。

 その威厳ある姿を見ても、アイツはかつて一度も興味を示したことがなかった。私は好きだが。


「エリーザベト、花は?」

「こちらにございます、ルドルフ様」


 彼女から花束を受け取り、軽く抱えたまま扉の前で足を止める。

 それからゆっくり深呼吸をして息を整えた。


 ――コンコン。

「アルブレヒト様、エリーザベトです……」

「……うん、入っていいよ」

 ――ガチャ!


 アイツの了承を得ると、エリーザベトは扉を静かに開く。

 すると、部屋の奥で、窓辺から差し込む光が、白い寝台の上に横たわる痩せた男の姿を照らしていた。


「アルブレヒト」

「お兄様……」


 彼は帝国の第二皇子にして、私の弟――アルブレヒト・フォン・ヴァスタブルク。

 歳は私より五つ下で、ちょうど、マリーと同じ二十歳だ。

 見た目は、白髪の私とは対照的な黒髪。瞳の色は私と同じ青だが、弟の方が水色に近く、明るい青をしている。


「エリーザベト、ありがとう。下がっていい」

「……はっ!」

 ――ガチャ!


 エリーザベトが扉を閉め、部屋には私と弟の二人だけになる。

 私は花束を手に、ゆっくりと弟の元へ歩み寄った。


「ハァ……兄さん……また来たの?」

「何だ、嫌そうな顔することないだろう?」

「嫌そうな顔じゃなくて、呆れた顔しているんだよ……知らないよ。兄さんまでクローナペストにかかっても」

「ハハハ……構わん。除菌魔法を徹底しても、病にかかるときはかかるものだ。ならば、病に怯えて待つよりも、お前との時間を大切にしたい」

「……また、そう言って……兄さんにはもう少し、自分の立場を自覚してほしいよ。兄さんにもしものことがあったら……ヴァスタ帝国にとっては大変な損失となるからね。僕と違って」


 いつものように他愛ない話。

 だがこれでいいのだ。私も、そして弟自身も、こうした飾らないやり取りを望んでいる。


「アルブレヒト、ほら、お見舞いの花だ。受け取れ」


 そう言って花束を差し出すと、弟はそれを受け取り、目を見開いた。


「……これは!?」


 弟が驚くのも無理はない。一見ただの青い花束に見えるが、この青い花は特別なのだ。


「高貴な青――“エーデルブラウ”と呼ばれる花だ。花言葉は、“平穏を取り戻す”。お前の病が治るように、そして今クローナペストによって荒れつつある世の中にも、必ず平穏は訪れる。いや――病を克服して、絶対に平穏を取り戻してみせると思い、探したのだ」


 私が力説している傍ら、弟は一輪の花を手に取り、じっくりとその高貴な青を見つめていた。


「エーデルブラウか……本では見たことがあるけど、実物は初めてだ。険しい高山にしか咲かない花を……」


 そう言って、弟は私に顔を向けた。


「兄さん、ありがとう!」


 素敵な屈託のない笑顔。


「……フッ、お前が喜んでくれたなら、苦労して取った甲斐があるな」


 だが、弟が感謝の言葉を伝えた直後――


「ゴッホ、ゴッホ、ゴッホ!」

「アルブレヒト!」


 突発的に苦しそうに咳をする弟。私は、すかさず背をさする。

 そして、症状を和らげる薬と水を手渡す。弟は咳をこらえながら、なんとか薬を口にする。


「ゴッホ、ゴッホ……」


 やがて薬が効き、咳は徐々に収まっていく。咳が止まると、弟はゆっくりと口を開いた。


「取り戻せるといいね……平穏。いや、兄さんや研究員、民の皆が協力し合えば、きっと取り戻せる」


 前向きな言葉だが、その声はいつもより弱々しく、続けてこう告げた。


「……でも、その頃には僕はいないかもしれないけど……」

「……アルブレヒト」


 弟は以前、会ったときよりも、より一層痩せていた。

 元々身体が弱く、よく病気になりがちであったため瘦せ型ではあったが、クローナペストにかかってからより拍車をかけた。

 弟は、今、クローナペストの末期症状である、臓器不全が起こりつつあり、食事を取るのもままならない状態なのだ。

 私は弟の手をそっと握り、言った。


「心配するな弟よ……お前の病は必ず治る」


 私の言葉に、アルブレヒトは半信半疑のような表情を浮かべた。


「気休めで言っているわけではないぞ。確かな根拠があるのだ。昨日、キュリス王国で私は凄い人に会ったのだ」


 そして、彼女の名を告げる。


癒しの(ヒーリング)錬金術師アルケミストと呼ばれた――マリー・フォン・キュリスベルク元令嬢だ」

「ヒーリング? マリー? 元令嬢?」


 弟にとっては、聞き慣れない言葉の数々だった。


「お前が知らぬのも無理はない……彼女の功績は薬学を学んだ者にとっては有名ではあるが、逆にそれ以外の者にとっては無名。キュリス王国でも、婚約破棄された没落令嬢としての身分の方が貴族にとっても民にとっても有名だったのだろう」


「だが、実力は確かだ。クローナペストの治療法について――ヴァスタの研究員の頭脳や最新技術でも辿り着けなかったところに、彼女一人だけがたどり着いていたのだ」


 私は気づいたら拳を握りしめていた。そして、心からの確信を込めて言う。


「だからこそ彼女なら治療薬を完成させられる――私はそう信じている」


 私の話を聞いた弟は、なぜかぽかんと口を開けて私を見つめていた。


「……どうした、アルブレヒト?」

「兄さん……すごいその人を信用しているんだね」

「当然だ。彼女のような人は滅多にいない」

「それに、その人を語るとき兄さん楽しそう……もしかして」

「うん?」

「もしかして、彼女のことが好きなの?」


 弟は温かい目をしながらも、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべ、突拍子もないことを言った。


「なっ……!? か、勘違いするなよ! わ、私はただ――」


 思わず声が裏返る。


「マリーのことを純粋に尊敬しているだけだ!」

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 ツボに入ったのか、弟は突然大声で笑い出した。まるで、先ほどの咳が嘘のように、元気いっぱいの笑いだ。

 その姿に安心する面もあるが、コイツ、私の話をしっかりと聞いているのか心配になってくる。


「ほ、本当だ! 確かにマリーは、着飾ることなく、自分の芯があって、素敵な女性だと思うがそれは別に恋しているという意味ではなくてな……」

「ハハハ……わかったわかった」


 思う存分笑い終えたのか、笑い声は徐々に収まっていった。

 弟は、ニンマリと口元を緩めながら、目線を少し落として言った。


「……でも、兄さんが言い分もわかるよ。兄さんは、貴族が権力を握って才ある者が埋もれる――そんな旧体制が嫌なんだよね?

 血筋や地位に恵まれなくても、それこそ……マリーさんみたいに、才ある者が頑張り次第で日の目を見られる――そんな誰もがチャンスに満ちあふれた社会を作りたいんでしょ?」

「ああ……まあそうだ」


 やはり、弟は私の理解者だ。

 特に子供の頃から、人の気持ちを理解する力は、私より上だ。

 拳を握って、あらためて気持ちを伝える。


「そうだ。アルブレヒト。これからの時代は、各々が決められた人生を歩むのではなく、より自由に、個の意思が尊重される――そういう時代でなければならない。どんな人間も、才能と志次第で未来を築ける――私は本気でそれを信じている」


 言うは易く、行うは難し。実現するには、途方もない苦労が伴うだろう。

 それでも、自分に言い聞かせるように、私は次の言葉を口にした。


「甘ったれた理想主義者かもしれないが、クローナペストによって、人々の生活が物理的に制限される時代。精神こころだけは、大きく自由でありたい――そのためにも、まずはこのヴァスタ帝国から変える!」

「うん……兄さんならきっとできるよ」


 弟は穏やかに微笑む。だが――


「それはそれとして……マリーさんが独り身なら、兄さんが“結婚相手”としてアタックしてみたら? そういう自由恋愛として、“新しい時代”を兄さん自身から作ってみるとか」

「なっ!?」

「そうなったら、僕も挨拶しないとね――未来の義姉さんに!」


 片目をつぶりながら、私をからかうような態度を見せる。


「な、何を言っている! 私は今、クローナペストの対応で手一杯なんだぞ! とても恋愛などしている暇はない!」

「それに、マリーにはマリーの意思があるだろう! 私だけが決めていい問題ではない!!」

「ハハハ……そう言うと思ったよ」


 弟はまた、楽しそうに笑った。

 その笑い声が、いつもと変わらない兄弟わたしたちの時間を明るく輝かせる。


 高貴な青――“エーデルブラウ”は青い彼岸花と同じように、現実には存在しない花です(そのため、花言葉も朝月のオリジナル)。

 この花の元ネタは、「高貴な白」を意味するエーデルワイスです。

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