水音
夏のホラー2025参加作品。
全ての社畜な皆様に男女どちらの視点でも読めるつもりで書いてみた。
٩(๑òωó๑)۶社畜負けない。
水が流れる音がする。
水音が聞こえるのは院内のトイレからなので水音自体はおかしな話ではない。
私の勤務する病院のトイレはセンサーで人を感知し点灯する仕組みになっている。
灯りのついていないトイレ、つまり人がいないはずのトイレにある手洗いの蛇口から水が流れる音がするのがおかしいのだ。
「センサーが壊れている?」
水音のする男子トイレに近づくと先ほどまでしていた流水音が聞こえなくなった。
私以外居ない廊下にぴとん…ぴとん…と蛇口から滴り落ちる水滴の音が響く。
同じ現象が続くなら設備課に連絡しないと…
残務の続きをするため自部署に戻ろうと目線を動かしたときエレベーターのドアが開いた。
看護師が押すベッドにはきちんとシーツに巻かれた患者だった人が乗せられていた。
直通運転で降りてきたということは死亡退院の患者だ。
看護師の会話から年配の男性患者が亡くなったようだった。
先ほどの水滴音もいつの間にか聞こえなくなっていた。
入力作業部屋の隣が霊安室なので時々死亡退院の患者を運ぶ所に遭遇することがある珍しいことでは無い。
急に疲れを感じて今日は仕事を切り上げて帰宅することにした。
頻繁ではないが水音が無人のトイレから聞こえることは続いた。
最近は事務員の退職者が多く定時で業務が終わらない事が増えた。
残務処理で遅くまで作業して居ると暗いトイレから水音がする、鳴り止むと死亡退院の患者が降りてくる。
奇妙な現象は何度か続くと規則性があるのが分かった。
誰も居ないトイレからまた水音がする…
男子トイレから水音がすると男性患者、女子トイレから水音がすると女性患者が霊安室に降りてくる。
死者があの世に行く前にトイレで手を洗うのか?
霊安室の前で死者の霊が手を洗って葬儀屋が迎えに来るまで待機している…と考えると怖さは感じず少し微笑ましい気持ちになる。
肩に強いコリを感じて大きく伸びをした。
来月から産休に入るスタッフがいるので今以上に作業量が増える…が募集をかけても入職者がいない。
もう少し作業効率を考えなければ…
そんな事をぼんやりと考えていた。
サァァァア…
水音が聞こえる…
私の近くで水音がする…
暗いトイレのなかにいるようだ、薄暗い室内の鏡には疲れた顔の自分が映っていた。
センサーに反応する蛇口から触れてもいないのに水が流れている。
やはり、壊れているのだ。
設備担当は誰かまだいるだろうか…
手動で止めようとボタンに手を伸ばそうとしたら水は止まった。
蛇口から残滓が滴り落ちる。
私は踵を返し設備担当に連絡するため部署に戻ることにした。
途中にあるエレベーターホールを見たが今日は誰かが降りてくる気配はない。
水音と死亡退院は偶然だったのかもしれない。
固定電話に駆け寄るとスタッフの誰かの足が目に入った。
動く気配はない。
コード・ブルーが先か…
状態を見ようと覗き込んだ。
……………
…どうして私が倒れているんだ。
目を閉じた自分を外側から見るのは不思議な感覚だ。
……
…………
引き摺られる様に急に周りが暗く感じる。
暗い空間に水音が聞こえる。
蛇口からの音ではなく川の流れのような。
職場の隣に霊安室があった時期に死亡退院があるときに真っ暗なトイレから水音がするのは本当にあった話。
新棟できて霊安室が移動したら水音がしなくなったのは不思議。