ダンジョン主の転生者
現在ダンジョン主を務めている私アラクネは、前世はれっきとした人間でした。
ある日唐突に会社をクビにされ、やる事も無い暇な日々を過ごしていました。食材の買い出しに向かう途中で青信号の交差点を渡ろうとした所、バッと通ったトラックに引かれてしまい、気が付けばこのダンジョンの中でした。まーる。
「はぁぁぁぁ。暇。」
ダンジョン主になってから数か月が経過しているんですが、ダンジョンに入って来るのはごく少数の冒険者と鉱石目的で戦闘も出来ない一般人のみ。これでも最初よりましな方で、誰も来ないから近くの町にこのダンジョンの事を周知しに行ったんですよね。
「はぁぁぁぁ。早く勇者来ないかなぁ。」
私、これでもまぁまぁゲームもかじっていたので、この状況からこの世界はRPGゲームみたいなもので、自分はやられ役なのでは?と考えました。だから勇者が来た時点で私の二度目の人生ゲームオーバーになると思いながら過ごしております。終わるなら早く終わらせてくれぇ。
「暇だぁ~。」
自作のベッドに顔をうずめて暇な時間を過ごす。そうしていると通知音が聞こえて来た。これはダンジョンに誰かが入って来た証拠だ。
「おっ、暇つぶしが来たかな。」
パッとモニターを確認してみるとつるはしを持ったおっちゃんが一人。鉱石を掘りに来たっぽい。
「な~んだ。つまんないの。…ん?」
再度通知が聞こえたと思ったら今度は3人組の冒険者達が入って来た。フードを被って顔とか見にくいけど剣とか持ってるから冒険者ではあるはず。
「でもやたら身軽だなぁ?」
暇だからずっと見てるとどうやらこの冒険者たち先に来たおっちゃんを尾行してるっぽい。なんかきな臭いと思った私は現場にテレポートして見ている事にした。そしたら鉱石を掘り終えたおっちゃんの事を冒険者が取り囲み、脅し始めた。
「よお。その鉱石全部俺達に譲ってくれないか?」
「そんな!これは私が掘ったものだ!」
「じゃあ力ずくで頂くとするぜ!」
「ひぃぃぃ!」
とりあえず腹が立ったので冒険者達に我が部下をけしかけた。冒険者達は突然の出来事に慌てふためき逃げて行った。おっちゃんの方は部下にビビッて気絶。まぁ、自分と同じかそれ以上のサイズの蜘蛛を見たらそりゃ気絶もするよね。私はもう慣れたけど。
「さて、どうしようかなぁこれ。」
時は過ぎ、おっちゃんが目を覚ました。混乱しているおっちゃんに魔物に襲われている所を助けたと説明するとお礼を言ってくれた。すぐ騙されそうだなぁこの人。話を聞くとどうやら彼らは最近悪名高いパーティーらしく、警戒してても気付けなかったという。
「本当にありがとう。じゃあ私はこれで。」
「待っておっちゃん。今出てもさっきの奴らが待ち伏せしてるかもしれない。安全な場所知ってるからさ、1日待ってみない?」
「確かに、でも家にいる家族が心配してしまいそうで。」
「私が説明しに行くからさ、ね?」
「…わかりました。どうかよろしくお願いします。」
おっちゃんを安全地帯に案内してから私は町へと向かった。別に人助けしたい訳じゃないんだけどさぁ。あいつらのせいで前世の会社思い出したからさぁ。クッソ腹立ってしょうがないんだよね~。っと、おっちゃんに教えてもらった場所はここら辺かな?家の前で泣き崩れている奥さんとそれをなだめるお子さんがいるね。
「どうしたの君?」
「さっきね、怖い人たちが来てね、お父ちゃんが死んだって。」
「ふぅん。どんな人達?」
「真っ黒な大きい服着た人たちが3人いたよ。」
「そっか。ありがとう。」
この人達がおっちゃんのご家族っぽい。とりあえず私はその場を後にして冒険者ギルドに向かった。冒険者ギルドに入った瞬間凄い視線を向けられる。まぁ、こんなひ弱そうな女が来るところじゃないでしょうしね。受付に行ってあの3人組について聞いても言葉を濁してあまり教えてくれない。しょうがないので周りの人に駄賃代わりのダンジョンの鉱石を渡して聞いてみると、あいつらは『ハイエナ』という名前のパーティーで、名前の通りの活動をしているご様子。現在この町のトップだそうだ。本当はもっと強い人達がいたらしいけど不慮の事故で皆死んでしまったらしい。それらが全てハイエナの仕業だと言われているけど、明確な証拠が見つからず訴える事も出来ないんだとか。
「情報ありがとうございます。」
「こんないいもの貰ったんだ。これぐらいお安い御用だぜ。」
再び受付に向かって何か証拠を残せそうなものは無いか問い合わせたところ、あるにはあるが現在在庫がないらしい。全てハイエナが借りて持って行っているそうだ。尚更怪しくなったなぁ。ハイエナが現在最高戦力の為ギルドもむやみに断れないのだと受付の人が教えてくれた。
「あっ、もしかしたらあの人であれば持っているかもしれません。」
「あの人?」
「最近この町に来た人なのですが…」
その人は一人で活動していて、剣も魔法も強くてありとあらゆる道具を集めてるんだとか。
「中にはアーティファクトも持っていて貴族の方々に売るよう詰められても確固たる意志で跳ねのけるんだとか!それでいて…」
このひとその人のファンなのかな。段々鼻息が荒くなってきたぞ。私はとりあえず区切りよく話を終わらせてその人が泊っているらしい宿屋を訪ねる。今日は活動がお休みだったらしくすぐに出てくれた。あら、まぁまぁイカしたお顔をしてらっしゃる。
「ん?君は誰だい?」
「あ、その、私クラーネという者なんですけど、あなたが色んな道具をお持ちと聞いて、その、お借り出来ないかなぁと思いまして。」
「一体どういう物を借りたいんだい?」
「出来ればカメ…現場を記録できるようなものがいいんですけど。」
「あるけど、理由を聞かせてくれないかい?」
「知り合いが事件に会いまして、その犯人の証拠を手に入れたいと思ったんですよ。」
「1人で?」
「1人で。」
じっと目を見てくる。別にやましい事じゃないし逸らす必要も無いけど。
「君1人では心配だし、僕も同行するよ。」
「え”。」
「どうしたんだい?」
いやね?やましくは無いんだけど他に人が居ると面倒というか、撮影場所マイダンジョンだからさぁ。
「…なぜ目を逸らすんだ?」
「お気持ちは嬉しいですが大丈夫です。1人の方が楽なので。」
「だが…」
「お借りだけします!じゃ!明日か明後日には返しますのでー!」
「お、おい!…大丈夫だろうか。」
とりあえず証拠の準備はオッケー。捕獲用のロープも手に入れてっと、後は家に帰って撮影準備をしよう。テレポートで帰れるので時間はかからない。ダンジョンから町までは歩きだけど。
翌日、準備を終えた私はギルド前でハイエナ達を待ち伏せた。少しすると姿を見かけたので駆け寄る。
「あの。すみません。この辺で一番強いパーティーの方々とお聞きしたんですけど、お願いを聞いて貰えませんか?」
「あぁ。いいぜ。どんなお願いだ?」
「昨日知り合いのおじさんがダンジョンに行ったまま帰って来ないらしいんです。一緒に探して貰えませんか?」
「へぇ、そいつは大変だ。俺達がついて行ってやろう。」
親切ですよ的な顔してるけど視線が明らかに体目当てなのが丸わかりなんだよなぁ。まっ、扱いやすくて助かるけど。
「じゃあ、よろしくお願いしますね。」
そして連れてきましたマイダンジョン。そのうちの一部屋に入った瞬間指令をぽいっ。ハイエナどもに休む事を提案するといきなり襲い掛かってきた。
「な、何するんですか!?」
「お前が探してる奴は昨日死んだよ。モンスターに囲まれてなぁ!俺達はお前を襲う為についてきたんだよ!」
「だ、誰か助けてー!(棒)」
再度指令をぽいっ。その瞬間天井から数匹の蜘蛛のモンスター、もとい私の部下が襲来。
「なっ、天井からだと!おい!とっととずらかるぞ!」
「だめだ!入り口が蜘蛛の糸で封鎖されてやがる!き、切れねぇ!」
「いつの間に!?」
おーおーパニクってるー。いやー面白いなこいつら。少し遊ばせてもらおうかな。両手をこぶしにして顔の下に置いてぶりっこポーズして。
「きゃー!モンスター怖ーい!」
「おい!お前が囮になれ!」
「きゃー!人間の方がもっと怖ーい!」
「ふざけてんのかテメー!!」
「わー怖ーい!じゃあ捕まえるね!」
「は?おわぁ!?」
まずひとーり。足を縛って逆さまにして宙ぶらりん。
「は、離せ!離せぇ!!」
ふたーり。手足を拘束して空中で大の字。
「んーーー!ん-----!!」
最後は鼻と目以外を糸でぐるぐる巻きにしてミノムシの完成。いや~我ながら悪趣味なオブジェだねぇ。
「くそ!なんでお前は襲われないんだ!」
「ん~なんでだろうね~分からな~い。」
「こんなことしてただで済むと思うなよ!!」
「ただで済まないのはどっちだろうね~。ほら。」
部下たちはそれぞれ糸からハイエナ達に向かって行く。
「ひっ。死にたくない!」
「やめてくれぇ!」
「んーーーーー!!」
ハイエナの元に着いた部下たちはゆっくりと口を開き、その口をそれぞれの視界一杯になる様に近づけていく。
「「ギャーーーーーーーーー!!」」
と、言った具合で全員ノックアウトで気絶しました。小さい部下から撮影道具を回収。他の部下は天井に戻しておいて、後は馬鹿どもを降ろしてロープで足、手、口に巻き付けてっと。オッケー確保ぉ。あっ、武器…ん~持ち帰ってぶっ壊しとくかぁ。一応リソースになるし。
「大丈夫かい!?」
「はい?」
突然かけられた言葉にびっくり。後ろを見ればかのイケメンが立っているではありませんか。あれ?入り口は封鎖中じゃ…って壊されてるー!おいこらぁ!タダじゃないんだぞ!?しっかりリソース減るんだからな!
「君がハイエナと一緒にダンジョンに向かったと聞いて急いで向かって来てみれば、これは一体?」
「えっと~…襲われたから撃退した…みたいな?」
「1人で?」
「………1人で。」
ヤバい。自然と視線が壁の方に向いてしまう。
「どうやって?」
「わ、私これでも結構強いから~…的な?」
バレては無い。バレては無いけどとてもよろしくない。どうする?なんか強いらしいから部下をけしかけるのは得策ではない気がする。よし、とりあえずここから連れ出そう。
「と、とりあえず犯人捕まえたので町に戻りましょう。これ運ぶの手伝ってくれませんか?」
「…構わないけど。」
早くこのイケメンをここから遠ざけなくては。急いで出口に向かっているとイケメンが一言ポロっとこぼした。
「…ここは随分とモンスターが少ないんだね。」
(ぎくぅ!)
今日はこの作戦の為に皆に休暇を与えたんだよねぇ。どうせ人来ないし。それが裏目になりかけてるのやるせない…。
「普段はいるんですけどねぇ~。あは、あはははは…。」
「……………。」
すんごい気まずい!とっとと出よう!
町まで戻った後はイケメンに丸投げした。あのイケメンならちゃんと報告してくれそうだし、疑いの目が向けられている以上しばらく町には行けない。だからハイエナと撮影した証拠映像を渡して視界を切ってから即テレポートで帰還した。
「た、ただいま~。」
「おっ、お帰りクラーネさん。」
おっちゃんは生活面の問題もあってダンジョン内の部屋じゃなく私の拠点、マスタールームとでも言えばいいのかな?とりあえずここに居てもらった。代わりに私の正体もバレたけど。
「1日って言ったのに2日になってごめんねー。何も変なのは触ってない?」
「あぁ、必要な行動以外は極力動かない様にしていたよ。この子達も遊んでくれてたしね。」
どうやら部下たちが見張りもとい暇つぶし相手になってくれていたらしい。…おまえらトランプ持てたのかい。やたら器用だな。
「よし!これであがりだ。」
負けとるやないかい。皆うなだれちゃってぇ。楽しそうだな~。
「あらかた片付いたから明日帰れるよ。」
「本当かい!?あぁ、妻と子供は無事だろうか。」
「説明はしてないけど泣いてたからね~奥さん。あいつらに死んだって言われてるから早めに顔を見せてあげよう。」
「ありがとうクラーネさん。なんとお礼をすればいいか。」
「まぁ、私の事言いふらさなければそれでいいよ。別に腹が立ったからあいつらシめただけだし。」
別に善意じゃないからお礼も不要。とりあえず私もトランプに混ざって過ごしました。おい部下、そこで革命はヤメロォ。
日は変わっておっちゃんを町に届ける事に。できれば行きたくないけどおっちゃんを一人で戻らせるのもね。道中なんかあったら水の泡になる。というわけでおっちゃんの家に到着。おっちゃんは家族と感動の再会を果たして、おっちゃんの家族からも感謝された。私一応モンスターなんだけどなぁ。ま、いっか。別に嫌な気分じゃないし。
おっちゃんと別れた私は人気の無い路地裏に移動。もちろんテレポートで帰る為である。さて、いつも通り帰って暇でも食い潰して…
ガシッ
ん?ガシッ?なんか腕掴まれてるんだ…け……ど?
「見つけた。」
あぁぁぁぁ!!昨日のイケメン!!み、見つかったぁぁぁぁ!!
「あの!君の事をもっと教えてくれないか。」
「何も!?何も話せることはありませんが!?」
「なんでもいいんだ!何かないか!?」
「無いです!何も無いです!」
くっそ!このイケメン、力がえげつねぇ!その細身の体のどこにそんな力が!?振りほどこうとしてもびくともしない!おかしいな、私これでもボスモンスターぞ?
「ぐおぉぉぉ!は~な~せ~!!」
「す、好きな食べ物は何ですか!?」
「…ほえ?」
思考フリーズ。え?はい?どゆこと?
「えっと、シチュー…ですけど。」
「へぇ~。どんな?」
「お肉たっぷりで野菜が柔らかくなってるホワイトシチュー。」
「うわぁおいしそうだね。じゃあ趣味とか…」
「待った!どういう事?私が怪しいから追っかけて来た訳じゃないの?」
「怪しい?どうして君が?」
なんだこのイケメン、目が輝いている!すんごいピュアな瞳で見てくる!
「先程の君の顔を見て、僕は君に一目ぼれしてしまったんだ!」
「……………。」
ええぇーーーーー!!何それ!?私どんな顔してたんだ!?いつの時!?
「だから君の事をもっと知りたいと思う。」
「……………。」
知りたいって言ってくれることは別に悪い気はしない。それに悪い人じゃないし。でも私達は本来敵対勢力なんだよね。どうしようか。
「…見つけたぞ。このクソ女!」
「ん?」
声の聞こえた路地の奥を見るとボロボロの服でハイエナのリーダーっぽかった奴が睨みつけて来た。あれね、あのミノムシにされてたやつ。
「お前さえ!お前さえいなければ!」
「お前はすでに追われてるはずじゃないか?」
「俺達はまだ終わりじゃねぇ!!お前ら二人ともぶっ飛ばして返り咲いてやる!!」
あ~あ。後ろから他の二人も出て来たしめんどくさいなぁ。もうこの際いいかな。
「あ~めんどくさい。」
「なんだとぉ!今すぐぼこぼこに…」
「黙れ雑魚が。」
ひとまずうるさい口を糸で塞ぐ。
「ん!?」
「これで分かった?あんた達が誰に物を言ってるか。」
ハイエナ達は一斉に震えだした。流石に昨日の出来事ぐらいは覚えてるっぽいね。
「じゃあ、大人しく捕まろっか。」
「んん~~~!!」
それは嫌なんだ。大人しくしていれば…。
「んぐっ!」
わざわざ殴られなくて済んだのにね。ちゃんと手加減して原型は保つようにした。本気だったらお腹に穴開いちゃうしね。でもまぁ、当分立つことも出来ないんじゃないかな。
「どうする?まだやるなら付き合うよ?どうせ一発だし。」
他二人は絶望した顔で崩れ落ちた。どうしようもない事をようやく悟ったらしい。
「君は…。」
後ろのイケメンも流石に感づいたかな。
「本当に強いんだな!!」
「はるぇ~?」
えぇ~?流石に鈍すぎない?もうはっきり言った方がいいかな!?
「あの!私はあそこのダンジョンの…」
「一緒に旅に行かないか!?」
「はえぇ~??」
もう何がなんだか、頭が回らなくなってきた。
「だめだろうか?」
うわぁ~やめろぉ~!その輝かしいお顔で至近距離に来るんじゃない!目が!目がぁぁぁ!!
「い、行かせてもらいます。」
「ありがとう!じゃあ明日ギルド前で待ってるよ!また明日!」
イケメンはハイエナ共を引き摺って、爽やかな笑顔で去って行った。まるで嵐のような勢いだったな。さ~て約束はしちゃったし、一度帰って準備するか。イケメンの旅に同行する。別に私にとっても悪い話じゃない。あのダンジョンはまだまだ人が来ないし、ただ居る時間は暇の一言に限る。だったら少しぐらいこの世界を見て回るのも面白いかもしれない。勇者に会うその時まで。
「ちょっとだけ…楽しみかもね。」
私は再度周りに人が居ない事を確認してからテレポートで帰還した。まだ見ぬいつもと違う明日にほんの少しの期待を込めながら。