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ルート邑23

なろう作品らしい表現でふわっと投稿するなろう特有の少年の一人称視点的作品が見たい人はこちらもどうぞ。

     → 恢攘のフォクシィ https://ncode.syosetu.com/n3085kf/

*現在投稿休止中

 男の向かったその先には聖架に架けられた少年がいた。

 

 それは、血潮をすっかり失ったかのように青白く、凍てついた月光にさらされた亡骸のようであり、肌の上には生気の影すら差すことはなかった。

 周囲の空気は死の静寂で固まり、時がそこだけ止まったかのような凍りついた静けさが支配していた。


 男は無言で手袋を外すと、血まみれの縄をそっと緩めた。

 氷のように冷えた少年の皮膚が指先に触れ、男は一瞬眉をしかめる。

 脈は弱いがまだ鼓動はある。

 霧の向こうで微かに梟が鳴き、遠雷の残響が地を震わせた。

 どこかで薪が爆ぜ、乾いた火花が暗闇を短く照らす。

 その瞬間、男の瞳に宿った決意だけが、霧よりも濃く確かだった。


 兵士たちはその光景に胸奥の鼓動を取り戻した。

 寄せ集めの焚き火に小さな炎が上り、湿った靴底をわずかに乾かす。

 明日が来る保証などない。

 そんな中それでも今だけは凍った希望を掌に包み、再び立ち上がる支度をした。

 霧は深く沈み時をも飲み込む。全てを飲み込む。闇も。


 少年の白い首筋には、黒鉄の隷属の首輪が冷たく食い込み、その鎖は鈍い光を放ちながら聖架、祈りの象徴であるはずの十字の杭へと結びつけられていた。

 硬い木板には乾いた血が黒く染み込み、指でなぞればざらついた感触が伝わる。

 ランプ油の甘い煤が鼻腔を刺すたび、兵士たちは肩を震わせながらも、決して視線を少年から逸らさない。


 吹き込む隙風が、少年の汗ばむ髪をわずかに揺らす。

 頬に流れ落ちた汗は顎で雫となり、地面に静かに吸い込まれた。

 先の大暴走を再び起こさせまいと、十余名の兵が半円陣を組み、槍の穂先を少年の方へ常に向けている。

 鎧の隙間から漏れる荒い呼吸は、吐くたびに白く曇り、互いの恐怖と緊張を露わにした。


 一見すればまだ声変わりすらも来ていないただの幼い少年にすぎない。

 しかし深紅の外套を羽織ったその男にとって、そのあどけない顔は、幾十もの部下の命を奪い、死体すら霧散させた忌まわしい仇であった。

 男が重い軍靴で踏みしめるたび、昨日まで肩を並べて笑い合っていた仲間たちの面影が浮かび上がり、熱い胆汁が喉奥に逆流するような怒りが胸を焦がす。


「ガキの方はどうだ?」


 低く濁った問いが石壁に反響し、副官の若者は肩を跳ねさせた。

 返答と同時に、鋭く打ち鳴らされる敬礼の音が空気を震わせる。


「お疲れ様です。ボス‼︎」


 男の背に集まる兵の視線は熱を帯び、そこには絶対の信頼と依存が渦巻いていた。

 油灯の光が副官の頬の汗を鈍く光らせる。


「このガキ、ついさっきまでは意識があったんすけど、また昏睡したみたいで」

「そうか。で、何か言っていたか?」

「いいや、なんもっす。どうやら記憶に支障がありそうな様子でして」

「そうか」


 返事とともに男は舌の上で苦い鉄分の味を噛みしめる。

 湿った沈黙のなか、松明がパチパチと爆ぜる音がやけに大きい。





— μετά—

ふわっと現れ、ふわっと投稿。良きかな良きかな…


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