表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/93

悦進

──退院の朝。


 少年は病院の表に立ち、少女を待っていた。白く磨かれた床が窓から差し込む淡い光を反射し、外の景色は相変わらずの雪原だった。


 四か月もの間、この場所で過ごしてきた。いつしか、雪景色が”日常”であるかのように感じ始めていた。だが、それが恐ろしく思えることもある。


 本当に自分は、この世界の人間なのか?──


 その疑問が、少年の胸を静かに締め付ける。


 正面玄関の自動ドアの向こうには、どこまでも続く白い風景が広がっている。

 行く当てがあるわけではないが、院長が手配してくれた場所へ向かわなければならない。

 それが”新しい人生”の第一歩となるのだから。


「行ってらっしゃい。何かあれば、いつでも戻ってきて構わないから」


 院長は柔和な表情でそう告げた。


 病院のスタッフたちも、それぞれに温かい眼差しを向けてくれている。

 だが、その視線の奥には、純粋な優しさだけではない、何か別の感情が滲んでいるようにも思えた。


 少年は、改めて名刺を手に取る。

 そして、その裏に刻まれたマークを指でなぞった。




 病院の扉を開いた瞬間、冷たい風が容赦なく吹きつける。肺の奥まで染み込む雪の匂い。

 少年は思わず目を細めた。


 ──そのときだった


 胸の奥が、鋭く突き抜けるような感覚に襲われる。痛みではない。

 だが、それはどこか懐かしく、そして恐ろしい感覚だった。


 遠くに見える街並みは、白銀のヴェールに包まれている。その先には、何が待っているのか——希望か、それとも絶望か。


 少年は静かに唇を引き結び、前へと進んだ。


 粉雪が舞う。その光景は、祝福のようにも、新たな試練の合図のようにも見えた。




 ──二人は静かに歩く。


 足音が湿った地面に吸い込まれ、空気の重さを際立たせる。

 少女は、どこか壊れた人形のようにふわりと微笑んだ。だが、その笑顔には色がなく、目の奥には深い影が潜んでいた。

 少年もまた、沈黙を守りながら歩き続ける。


 夜なのか、朝なのかすらわからない曖昧な空の下、彼らは振り返ることなく進んでいく。


 ふいに、少女が少年の袖をそっと引いた。冷えた指先の感触が、少年の皮膚に残る。


 大丈夫か——


 問いかけようとするが、喉がひりついて声にならない。少女は小さく首を振り、再び歩き出した。


 少年は、自分の上着をそっと少女に掛け、その小さな手を握りしめる。


 彼の指も、少女の指も、ひどく冷たかった。


 ———進み続けなければならない。

    失われたものを取り戻すために。

    立ち止まってはならない。

    喪われたものを取り戻すまでは

    私は進み続ける———


 雪がやみ、陽光が影を照らすときこそ、すべての謎が解き明かされるのだろうか





— μετά—

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ