秘密を隠す青年
「グレン殿下!雨を、雨を降らせることが出来ましたの!」
私は、グレン殿下のいらっしゃる部屋に急ぎ足で戻った。
「この雨はエイリル嬢が降らせたのか・・・・!?」
「ええ。リベス殿下が御助言を下さり、降らせることが出来ましたの!しかし、何故急に願いが叶ったのかが分からなくて・・・・」
私が申し訳なさで俯くと、グレン殿下はいつもの優しい笑みを見せる。
「前も言ったが、エイリル嬢が全ての責任を背負う必要はない。それは、王族である私の役目だ」
「ゆっくりと前に進めばいい。急がずとも共に頑張れば良いだろう?」
グレン殿下が私の頭を優しく撫でる。
「グレン殿下、私ももっと自分の出来ることを探しますわ」
「疲れた時はいつでも私に甘えにおいで」
グレン殿下が私の頭を撫でていた手をそっと頬にずらす。
「私にはどれだけ甘えてもいいんだ。愛する者に甘えてもらえることほど幸せなことはないのだから」
グレン殿下の眼差しは、優しさに満ちていた。
「・・・・グレン殿下。私はグレン殿下に以前に会ったことを覚えていません。グレン殿下に愛してもらう資格など・・・・」
「エイリル嬢、昔と今の君は何も変わらない。ずっと優しくて強い「エイリル」のままだ」
グレン殿下が初めて私を「エイリル」と呼び捨てで呼んだ。
「本当は、もっとゆっくりとエイリルと距離を近づけたかったのだけれど。リベス殿下に嫉妬してしまったようだ」
「出来るなら、私が君の聖女の力を開花させたかった。エイリルを助けるのはいつでも私でありたい」
グレン殿下が私に顔を近づけ、寸前で止める。
街へ出掛けた日に口づけのフリをした光景を思い出し、顔に熱が集まる。
「嫉妬深い私は、次は「フリ」だけでは嫌だよ?」
そう仰って、いたずらっ子みたいにクスッと笑ったグレン殿下は幼い子供のように見えた。
その日は屋敷に戻った後も暫く頬の熱が取れず、私は窓の外をぼーっと見つめていた。
私の降らせた雨は夜になってもまだ降り続いていた。
あの日、私の降らせた雨は暫く続き、水不足に大いに役に立ったらしい。
私の降らせた雨により状況が改善しつつある間に、グレン殿下は水不足に関する政策を進め、一旦水不足問題は落ち着きつつあった。
そんなある日。
「もう一度、雨を降らせて下さいませ・・・・!」
今回の水不足問題が落ち着いたからといって、次がないとは限らない。
だから、次に備えてもう一度雨を降らす練習をしていた。
しかし・・・・
「何故、もう降ってはくれないのかしら・・・・?」
窓の外を見ても、雨は降って来ない。
しかし、これを機に私はもっと自分の聖女の力を知るために頑張ると決めた。
だから、もっと自分に何が出来るのか試さないと・・・・!
「このコップを水で満たして下さいませ・・・・!」
「この服にリボンをつけて欲しいですわ!」
「この部屋の掃除をして下さい・・・・!」
しかし、目を瞑り、胸の前で両手を組んで祈っても、どの願いも叶わない。
「麗しき姫君、お困りですか?」
声がして振り返ると、リベスが立っている。
「どうして私の屋敷にいらっしゃるのですか・・・・!?」
「俺、これでも隣国の第一王子だよ?公爵家であろうと、訪問を断れないに決まってるでしょ?」
「っ!だからと言って急にいらっしゃられると困りますわ!」
「急だから、良いんでしょ?」
「・・・・?」
「エイリルのそのびっくりした可愛い顔が見れるんだから」
「からかわないで下さいませ!」
私が注意しているのを、リベスがただクスクスと笑いながら聞いている。
「それで、エイリルは何に困っていたの?俺、力になってあげようか?」
私はまだリベスが何を考えているのか分からない。
ここで安易に力を借りても良いのだろうか?
そんな私の不安をリベスは感じ取ったようで、私を挑発するように声をかける。
「使える物はなんでも使わないと。優しいままじゃ生きていけないって言ったでしょ?」
「そうですが・・・・」
「大丈夫、お礼をしろとか何か返せなんて言わないから。女の子のことは甘やかしたいものでしょ?」
このまま一人で聖女の力に向き合っていても埒が明かないだろう。
私は一度だけ深呼吸をしてから、リベスと目を合わせる。
「リベス、力を貸して頂けますか?」
「ああ、もちろん。エイリルのためなら」
リベスが私に近づき、隣に座る。
「それで、エイリルは「聖女」の力をどこまで試したの?」
「・・・・リベスはやはり私が聖女だとお気づきなのですね」
「もうあれだけ助言したら、隠す意味もないからね。それで、何を試した?」
私は先程試したことをリベスに述べる。
「なるほどね。でも、なんかコップを水で満たすとか服にリボンを付けるとかって結構大したことない能力だね」
「・・・・どういうことでしょうか?」
「なんか聖女ってもっと凄いこと出来そうじゃない?雨を降らせられたなら、次は雪を降らせるとかを試す方が良さそう」
「しかし、もう雨を降らせることは出来なくて・・・・」
「・・・・なるほどね」
私の言葉でリベスが何かを考え込んでいる。
「この国には、聖女がもう一人いるよね?確かリエナだっけ?彼女に聞いたらダメなの?」
「それは・・・・」
「彼女の聖女の能力はよく各国の来賓に披露しているから知ってるけど、【蕾を花に成長させる能力】だろう?」
リベスは私に質問を問いかけながら、私がどこまで気づいているかを試しているように感じた。
「リベス、貴方は何を知っているのですか?私は貴方の秘密を知りません」
「私には教えられないことなら教えなくとも構いませんわ。しかし、リベスは誰にも心を許していないように感じます」
「どうか頼って下さいませ。いつもからかうように誤魔化していては、リベスの本心が分かりませんわ」
「俺の本心など一生分からなくて良い」
「リベス・・・・?」
リベスは真剣な顔をしたかと思うと、いつもの掴めない性格のリベスにすぐに戻る。
「なんてね。男は秘密が多くてミステリアスな方が女性に人気があるんだよ?」
「・・・・つまり、リベスには秘密があるということでしょうか?」
「さぁね。それよりさぁ、エイリル」
その瞬間、リベスが椅子から立ち上がり、私に顔を近づける。
「俺の国に来ない?」
「っ!」
「パシュル国に来るなら、君のしたいことをすればいい。聖女の力だってゆっくり見つければいいし、誰に甘えたって構わない。もっと言えば、私の妃になってくれるともっと嬉しいんだけど」
そう述べたリベスは、いつものようにからかっているだけには見えず、表情にどこか苦しさが滲み出ていた。
リベスの秘密が私には分からない。
「リベス、貴方は一体何を抱えているのですか・・・・?」
その瞬間、リベスが何かを呟いたが、声が小さくて聞こえない。
「君を殺したのが俺だと知ったら、君は俺を嫌うだろう・・・・?」
「リベス?何か仰いましたか・・・・?」
リベスは苦しそうに微笑んだ後、パッと表情を変える。
「なんでもないよ?パシュル国はいつでもエイリルを歓迎するって言っただけ」
そう仰って笑ったリベスは、もう自分に踏み込ませる気がないようだった。
「今日は力になれなくて悪かった。また、今度エイリルの話を聞かせて」
「リベス、待っ・・・・!」
私はリベスを引き止めようとしたが、リベスは私にひらひらと手を振って帰っていく。
リベスはまだ私を信用していないのかも知れない。
それでも、リベスの言葉が頭に残っている。
「この国には、聖女がもう一人いるよね?確かリエナだっけ?彼女に聞いたらダメなの?」
聖女同士は力が効かない。
それに今、聖女の力について一番詳しいのはリエナ様だ。
もう逃げている場合ではないのかも知れない。
窓の外に見える空が、嫌味なほどに美しく輝いていた。