不思議な青年
グレン殿下と街へ出掛けてから、暫くが経った頃。
我がベルシナ国では、晴れが続くことにより水不足が深刻化していた。
ベルシナ国は昔から水が豊富にある国ではない。
最近の天候は、水不足を深刻化させるには十分だった。
グレン殿下は忙しそうにしていらして、最近はあまり顔を合わせられていない。
私は少しでも自分に出来ることをしようと、フォンリース公爵家の領地に視察に来ていた。
「作物の痛みが激しいわ・・・・」
状況は思ったよりも深刻で、すぐにでも手を打つべきものだった。
「どうしたの?」
声を掛けられ振り返ると、見たことのない青年。
青年は私の見ていた作物に目を向ける。
「ああ、これは大変だね」
領民であるはずなのに、まるでその作物を初めて見たような反応だった。
「あの、私はフォンリース公爵家長女のエイリル・フォンリースです・・・貴方のお名前を伺っても宜しいですか?」
青年は私と目を合わせ、ニコッと笑った。
「リベス。呼び方は好きにして」
私を公爵家の者と知っても、青年はあまりにも飄々《ひょうひょう》としていた。
「あの、この作物が痛み出したのは水不足が起きてからですか?」
「・・・?さぁ?俺も初めて見たから」
「っ!?領民ではないのですか!?」
「うん。たまたま旅行中にこの領地を通りかかっただけだよ?」
リベスの服装は身軽で、とても旅行中には見えない。
「どちらからいらしたのですか?」
リベスは、少しだけ考えた後、クスッと笑って答える。
「秘密・・・・あ、でもエイリルが可愛くお願いしてくれるなら教えようかな?」
「っ!」
とてもただの領民には感じられない。
公爵令嬢にそんなことを言えるのはこの人ぐらいだろう。
「あの・・・・リベス。貴方は本当にただの旅行客なのですか?」
「・・・・・」
「リベス?」
「さぁ、どうだろうね。ただ俺、人を見る目はあるから。君が公爵令嬢でありながら、俺がどんなに不遜な態度を取ろうと罰しないことは分かるよ」
リベスが私と目を合わせる。
「でも、俺は優しさだけじゃ貴族はやっていけないと思うよ?俺みたいな態度のやつがいたら一応多少の罰は与えないと」
その言い方はまるで、小さな子をしかる様だった。
「それにしても、この作物どうするの?エイリルの領地でしょ?」
お父様もグレン殿下も、今はこの水不足を解消するために一生懸命動いている。
しかし、私にはお父様の手伝いは出来ても、政策を一から作り出すことなど出来ない。
「私に出来ることは何なのでしょうか・・・・?」
「知らないけど」
「え・・・・?」
「だって俺はエイリルの持っている考えも要領も知らない。今、エイリルに出来ることはまず自分の立場をよく知ることじゃない?」
「私の立場・・・・?」
「国は優しさだけじゃどうにも出来ない。回っていかない。だから、まずは自分の実力を知って出来る範囲を考えることだ。今の君は、「何も出来ない」と分かっている人間よりも下だ。だって、自分の出来る範囲を知らないのだから」
リベスの言葉はあまりにも正しかった。
私はリベスの方へ向き直り、深く頭を下げる。
「助言ありがとう。私に出来ることを考えてみるわ」
「怒らないんだ?」
「え?」
「俺、貴族令嬢に対して大分叱ったけど」
「どうして?今のは怒ったんじゃくて、助けてくれたんでしょう?」
「ははっ!もっと弱くてただ慈悲深い女かと思ってた。なんだ、エイリル結構良い女だね・・・・ちょっと欲しくなっちゃったかも」
リベスが私の頬に手を触れる。
「キスしていい?」
「っ!だめに決まってますわ!」
私はリベスの手を振り払う。
「なんだ、ちゃんと拒否して、俺の手を振り払えるじゃん。エイリル、それが大事だよ。優しいだけじゃ、すぐに俺みたいなやつに食われちゃうよ?」
「・・・・リベスが優しいことは分かりましたわ」
「俺が?冗談でしょ?」
「さっきから私に助言しかしていないもの。からかうフリをして、意地悪なフリをして。ただ優しいだけなのは、リベスの方ですわ」
「ははっ!じゃあ、俺もまだまだだね」
その時、木の影から誰かがリベスに声をかける。
「リベス様、そろそろお時間が・・・・」
「分かった。すぐに行く」
その光景を見れば、どう見てもリベスがただ者には見えなくて。
「リベス、本当に何者なの・・・・?」
「次に会う時も「リベス」って呼んでね」
その時、初めてリベスの本当の笑顔を見れた気がした。
その後、リベスはすぐに何処かへ消えてしまう。
だから、その後のリベスとリベスを迎えに来た者の会話をエイリルは知らない。
「リベス様、ご機嫌ですね。何か楽しいことでもありましたか?」
「ああ。面白い【聖女】に出会った」
また物語がカチッと音を立て動き始める。