まずは私に愛されてみないか?
「エイリル、目を覚ましたのか」
当主であるお父様が私の顔を覗き込んでいる。
「ええ、御心配をおかけしましたわ」
「それは良いのだが、身体は大丈夫なのか?」
「身体は医者が仰った様に傷一つありませんわ」
「それは良かった・・・・まるで奇跡だな」
きっとこれはあの女神の力だ。
先ほどの女神との会話もまだ受け入れ難いが、この状況が現実だと告げているようだった。
お父様はまだこの事故を大事にはしていないと仰ったので、怪我人もおらず、私も無事であるので大事にしないように頼んだ。
「エイリル、身体が無事で本当に良かった。しかし・・・その・・・本当に大丈夫なのか・・・・?事故の前の出来事を考えると・・・・」
お父様が言葉を濁らせながら、心配そうに私の顔をじっと見つめている。
そうだった。
私は、この事故の前に聖女を虐めたという嘘の罪を着せられた。
私に嘘の罪を着せたのは、まず聖女である【リエナ・シーラック】、そして聖女リエナに心酔しているベルシナ国第二王子である【ルーマス・ヴィルシュトン】、その他にもリエナに心を奪われた多くの貴族子息、貴族令嬢が私を断罪した。
私は多くの貴族子息、貴族令嬢が在籍している学園に通っていた。
しかし、もう通うことは出来ない。
私は罪を償う意味を込め、学園を追放された。
いや正しく言えば、学園を追放される「だけ」で済んだのだ。
第二王子であるルーマス・ヴィルシュトンのほか多くの貴族たちが私にもっと重い罰を与えようとしていた。
しかし「家族には迷惑を掛けたくない」と泣き叫ぶ私を見て、聖女リエナは学園を追放するだけで済ましてほしいと第二王子ルーマスに抱きついた。
周りにいた全ての生徒が、聖女リエナの慈悲深さに感嘆を受けていた。
もう一度言う。
【私は何もしていない】
そして、それを知っていた人間も多数存在していた。
しかし、そこにいる全ての人間が私を悪だと【信じ込んでいた】
それが聖女の力とでもいうのだろうか?
「エイリル・・・・?」
お父様が何も話さない私を見て、さらに心配そうな瞳で私を見つめている。
「・・・・お父様、私は大丈夫ですわ」
「本当かい?」
「ええ。それよりも・・・・」
私はベッドから立ち上がり、深くお父様に頭を下げた。
「この度の一件、我がフォンリース公爵家の名誉を下げたことは間違いありませんわ・・・・本当に、本当に、申し訳ありません」
「エイリル、顔を上げなさい」
私はゆっくりと顔を上げ、お父様の顔を見つめる。
「エイリル、私の愛しい娘。エイリルは本当に聖女リエナ・シーラックを虐めたのか?」
そう尋ねるお父様の声色はいつも通りとても優しかった。
まるで、私が罪を犯していないことなど分かっていると言わないばかりに。
お父様の優しい声に私は涙を堪えながら、なんとか声を出した。
「・・・・虐めてなどおりません。絶対に」
「ああ、知っている。私はエイリルほど優しい令嬢を知らない。我が娘ながら、本当に立派な令嬢に育ったと嬉しいくらいだ」
「エイリル、これだけは覚えておいてほしい。私は親としてフォンリース公爵家当主として、お前を誇らしいと思ったことはあれど、恥ずかしいと思ったことなど一度もない」
「エイリル、自信を持ちなさい」
お父様のあまりに温かい言葉に涙が溢れそうになる。
お父様は私の頭を優しく撫でた後、ある疑問を私に問いかけた。
「しかし、何故聖女であるリエナ嬢を虐めたなどと噂が立ったのだ?」
「それは・・・・」
私は少しためらったが、なんとか口を開いた。
「リエナ様が私に虐められたと証言しましたの」
「っ!?それは本当か!?」
お父様が驚くのも無理はない。
聖女であるリエナ様は人格も素晴らしいと貴族で知らない者はいない。
「・・・・ええ。はっきりと私に虐められたと証言しましたわ」
「勿論、始めはいくら聖女の証言であれど信じる者は少なかったのです。しかし、いつの間にか私の味方は誰もいなくなっていましたわ。友達もクラスメイトも全てが私の罪を信じはじめた」
「そして、ついには私がリエナ様を虐めた場面を見たと言う者まで現れました」
お父様は真剣に何かを考え込んでいる。
「証言した生徒全てが嘘をついているということか?」
「いえ。彼らは本当に私の罪を信じている様でした。嘘をついている様には見えませんでしたわ」
「どういうことだ?」
「私にもまだ分かりません。しかし、聖女の力が関係しているかと思います」
「どういうことだ?聖女リエナの力は、【蕾を成長させ、花を咲かせる】力であるはずだろう?」
そうだ、リエナ様の力は「蕾から花への成長を速める」というもの。
他人の心を操る力などないはずだ。
それでも、女神はこう述べた。
「貴方を陥れた聖女は【とても強い能力】を持っているわ。これはね、一種の実験なの。この【似て非なる】力、本当なら【貴方の方が強かった】はずなの」
あの女神の言い方では、リエナ様の力はきっともっと恐ろしい。
そして、私も何かの聖女の力を持っているということだ。
私がお父様にどこまで状況をお伝えするか考えていると、パタパタと侍女が走ってくる音が聞こえてくる。
コンコン、と慌てた様子でドアがノックされる。
「旦那様、お嬢様。お客様がいらっしゃって・・・・!」
侍女の慌てようが普通ではない。
「誰がいらっしゃったの?」
「それが、第一王子であるグレン・ヴィルシュトン様だと名乗っていて・・・・!」
「っ!?」
「第一王子だと・・・・!?」
お父様も私も驚きが隠せない。
何故なら、第一王子であられるグレン様は17歳でありながら国王の期待が大きく、すでに公務を手伝っていらっしゃると聞く。
公務が忙しく、学園にも社交会にもほとんど顔を出さないので、高位貴族ですら顔を知らない者も多い。
私とお父様は、急いで客間に向かう。
客間には、これまで見たことも無いような美しい顔の青年が椅子に座っている。
その青年は私たちが客間に行くと、ゆっくりと立ち上がった。
「突然の訪問で申し訳ない。フォンリース公爵家当主のジャカル殿と長女のエイリル嬢ですね。初めまして、ベルシナ国第一王子であるグレン・ヴィルシュトン申します」
その青年の胸元には、王族しか付けることの許されないベルシナ国の王族を示すバッジがついている。
この青年は、いや、このお方は間違いなく第一王子でいらっしゃるグレン殿下である。
私とお父様は慌てて最敬礼をしてから、名乗る。
「フォンリース公爵家当主のジャカルです。此度の訪問、フォンリース公爵家当主として歓迎致します」
「長女のエイリルと申します。グレル殿下にご挨拶出来ること大変嬉しく思いますわ」
私たちの挨拶を聞き、グレル殿下は優しく微笑まれる。
「そんなにかしこまらないでくれ。突然の訪問、大変申し訳なかった。実は、愚弟の行いを詫びたくてこの家を訪れたんだ」
グレン殿下はそう仰ると、私に深く頭を下げた。
王族が頭を下げるなど普通では考えられない。
「っ!?頭を上げてくださいませ!」
「いや、此度の愚弟の行い、止められなかった私にも非はある。今からでは遅いだろうが、必ずフォンリース公爵家にこれ以上不利益を生まないことを誓おう。そして、エイリル嬢がこれからも学園にいられる様に取り計らうことも約束する」
「私は・・・・」
「エイリル嬢?」
グレン殿下が私の無罪を信じて下さり嬉しかった。
しかし・・・・
「私は今学園で厳しい状況に立たされていますわ。味方が誰もいない状況です。正直、もうあの場所戻る勇気が今はありません・・・・」
「そうか」
グレン殿下が何かを考え込んだ後、お父様の方に向き直る。
「ジャカル殿、一旦席を外していただいても宜しいですか?」
「・・・・娘を傷つけないと約束してくださるなら、すぐに外しましょう」
「お父様!?」
今のお父様の言葉は、誰が見ても不敬に当たる。
「ああ、約束する」
しかし、グレン殿下ははっきりとそう述べた。
お父様が客間を出ていく。
「エイリル嬢、私は実はこのままでは聖女リエナがベルシナ国を滅ぼすと考えている」
「っ!?」
「聖女リエナは愚弟含め多くの貴族子息や貴族令嬢、王族関係者をあまりにも魅了している。それが聖女リエナの人間性だけとは【考えにくい】」
「・・・・つまり、何かリエナ様には秘密があるということでしょうか?」
「ああ。それにこの国には腐敗した部分が多すぎる。だから、君の力を借りたい」
「私の力?」
「そうだ。共にこのベルシナ国をより良い国に導いてほしい」
「私に出来ることなどありますでしょうか・・・・?」
その次の瞬間、グレン殿下は信じられない言葉を仰った。
「そうだね、まずは私に愛されてみないかい?」
この言葉が私の逆転劇の始まりになるなどこの時は考えもしなかった。