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『黒き滅びの魔女』その1 修行編

長い作品です。四〜五冊分ぐらいになると思います。まずは一冊分。お暇ならお読みください。


1

 いったい何人の人が『剣と魔法の世界』に転生したのだろう?

 かく言う私も今、目の前に剣を突き付けられている。

 私の名前は松島アヤ。二十一歳。大学三年生だ。いや、だった。

 身長百七十センチ、体重六十五キロ。小学生から柔道を始めて中高大と柔道部。高校では全国優勝している。ちょっとした自慢。剣道もやっていた。

 今日は世界王者と練習試合ができるはずだった。急いで走っていたが、不覚。車に轢かれた。

 気づいたらここにいた。訳がわからない。

 両腕を甲冑を着た男二人に掴まれ、膝を突かされている。

 目の前には金髪イケメン。勇者風。鎧をつけた人物が長剣を持って立っている。

 十メートル先では、金髪クセ毛ボブの女が、両手をこちらに向けている。私の魔法を封じているらしい。私を押さえつける横の甲冑の剣士が「聖女様ありがとう」なんて言っている。確かにその聖女の手に向けて私の力が抜けて行っているのがわかる。でも、彼らの甲冑から覗く目もイケメン。

 聖女の横にはまだ幼い男の子。軽装なので魔法使いなのだろう。聖女を守る役目か。

 「黒き滅びの魔女ガブリエラ!お前を反逆罪で処刑する!」

 金髪イケメン男子が私の目を見てイケボで言う。うう、違う言葉が良かった。

 ぬかるんだ地面に薄く雨水が溜まって反射して自分の顔が見える。

 見慣れたやや釣った目。黒いストレートヘア。高二の時に前髪を作るのをやめたワンレンロング。体を動かす時は首の後ろで紐かゴムで縛っていたのだが、どこかに行ってしまったらしい。でもこれは確かに自分だ。

 でも自分の顔の横に青っぽい黒髪が見える。珍しい色。黒に近い青色か。コレ地毛だよね?

 掴まれた両腕が痺れてきた。夢にしてはリアルだ。やっぱりここは異世界なんだ。


 でも「ガブリエラ」の記憶もちゃんとある。ガブリエラ二十歳。この髪色が嫌いだ。でも魔法で変えるのも恥ずかしいのでそのままだった。

 死んでたまるか!死を前にして頭がフル回転し始めた。いや、私・松島アヤの知能に、このガブリエラの記憶情報が急速ダウンロードされ始めた。

 私が何をした。

 ガブリエラは元々この剣を突きつけているイケメン金髪王子に仕えていた。肩書は『王子付き魔法使い』。王子の命令で動く。

 魔法は聖魔法を除く全ての魔法が使える。『地水火風』の四属性に加えて闇魔法まで使える。それぞれのレベルは魔法使いとしては達人といわれる「百」。五つの属性全てがレベル百という人は前例がないそうだ。生物兵器として保有されているドラゴンがレベル二百から五百だそうなので、私もかなり人間離れしている。

 私は『王子好き魔法使い』でもある。王子が好きで好きでたまらない。感情が乱れると魔法パワーが溢れてしまうので、王子から離れて力を発揮したかった。下手をして怪我をさせたくなかった。国を出て行こうかとまで思っていた。

 そんなに魔法制御ができないのか、と言ったらそうではない。あいつのせいだ。「聖女」と言われて連れて来られた、あの金髪女がとっても嫌なことを言う。ムカつく。感情が乱れる。粗暴なパワーが出てしまい王宮の備品が壊れる。しかし、あいつに流され気味な王子を叱って守るために、国を出ず仕方なく『王子付き』を続けるしかなかった。

 あいつが何を言った?要約すれば「ガブリエラは国を乗っ取る気だ」「王子の命を狙っている」「王様の命を狙っている」など、聖女にあるまじき「嘘」を並べる。あいつは嘘つきだ。その度、私は潔白を訴え、王国への恭順を示すために危険な任務をこなした。

 ガブリエラのイライラ感が私・松島アヤに直に自分の事のように伝わってくる。

 しかも、ガブリエラは思考スピードがすごく速い。心地いいほど速い。無詠唱で魔法陣をイメージして、すぐに魔法を発動できる人なので、この速さも頷ける。一方的に言われてる感はあるが。


 聖女と言われて連れて来られたあいつも、あの話術でのし上がる感じといい、私への嫉妬心といい、国に殉ずる私の方がよっぽど聖女だ。私は王子のためならいつでも身を引ける。しかしあいつは良くない。一歩引けば一歩入ってくるような奴。餌をあげたら家に入ってきちゃうような野生動物みたいな奴。あいつの方がよほど魔女っぽい女だ。あれがいたら身を引けないじゃないか。

 あいつは聖魔法レベル百二十。「高すぎない?」と王宮付きの魔導士に訊いたら「全然高くない。昔の勇者とか魔女にはレベル千以上の人がゴロゴロいる」という答えだった。レベル百になるのもすごく苦労したのに。

 聖魔法なら闇魔法を封じることができる。たとえアイツに封じられても、私なら他の属性魔法で反撃できるはずだが、それでも二十もレベルが違えば押さえ込まれるのは同じこと。

 この国では光魔法と聖魔法は同じ属性だ。光魔法は光や熱を使う魔法。聖魔法は目に見えない光やエネルギーを使う魔法。神とか天使とかに属する魔法だ。この世界的に見ても聖魔法を使える人は少ない。私ガブリエラも聖魔法は使えない。聖魔法は教会関係の相当修練した人でないと使いこなすのは難しいと言われている。中央教会から派遣されてくる教会魔導士のレベルが四十から八十。聖女様は大きく超えている。

 聖魔法を発動できる条件は「世のため人のため」だ。でも聖女のクセにあの女の行動はどう見ても自分のためだ。なのに、どの魔導士が見ても「白いオーラが出ている」と言うのがムカつく。私には見える能力はない。

 でもこの聖女様は、傷を治すヒーリングと対人結界能力に特化していて、魔法書にあるような人間や地域の浄化の技はできない。最近は私を押さえ込む魔法しか使っていない。

 対する闇魔法の発動条件は「破壊」だ。でも私はいつも人のために破壊活動をしていた気がする。聖魔法だって使えてもいいはずだ。他の『地水火風』の属性魔法は自然や環境と本人の念力で複合的に発動するので、これといった心がけはない。ただ、これは習った魔法学園の先生の流派なので、「属性ごとに精霊を呼び出す」という流派もあるそうだが、私の場合は集中力と繰り返しの熟練度だけ。

 ガブリエラの記憶と私松島アヤの思考が融合してきた。ガブリエラの感覚を現代日本の知識で言うと中国拳法で言う「気功」の「気」がこっちで言う「魔力」に一番近い。てゆうか、ほぼ一緒。同じものを違う人が説明してる感じだ。


 前回は南沖合から来た魔王軍の「人喰いゴブリン」に占領された南部の街を飛行魔法と雷撃魔法で壊滅させて王国の危機を救ったし、今回は魔王城ができた島に隣の岩山の島から、念動魔法で岩を何百何千と浮かして降らし、その「魔王島」を壊滅させた。その後、この岩の島で休んでいたら、王子たちが来て、「王子が陸軍と攻め込んで魔王討伐に成功した」と聞かされて、その後こうなった。なんで?

 島への攻撃を独断でやったせいだろうか。それが反逆だろうか。いや、あの嘘つき聖女様なら「ガブリエラには反逆の意思があります」ぐらいは王子に吹き込むだろう。何度も王子を叱ったこともいいように曲解させることもできるだろう。裏で何を言われてもそれを防ぐことはできないし。

 王子は軍を出すのを渋っていた。なぜなら、この聖女様が革命的な嘘を言ったからだ。「ゴブリンたちは元は人間です。魔法でそうなっているのです。彼らを救わねば。」とか言い出した。そんな事実も噂も過去の史料もない。教皇様も過去の偉人もそんなこと言っていない。大体、アイツそんな勉強してないだろ?

 しかし王子は「聖女様が言うのならそうなのだろう。」と同調するからどうしようもなかった。王子は今やすっかり聖女様に籠絡されている。

 ゴブリンは、この国ではでかい。いや、小さいのもいるらしいが私はまだ見ていない。身長三メートルはある。でも、あいつらは下位魔族に属する食人種族であって、元が人間だろうが魔法や神罰でそうなっていようが、上陸されたら戦闘力の弱い女や子供から食べられるのである。だから早く独断でやった。それが聖女の罠にかかることだったのかもしれない。


 王子が剣をさらに突きつけてきた。頬に冷たい剣が当たる。気持ちも冷える。王子のために必死で魔法レベルを上げて国を護ってきたのに。あんな女に負けたくないぃ。

 あいつ本当に聖女か?だいたいこの国の魔力測定具はいい加減なのだ。先生は「聖魔法はレベル測定に左右されない。なぜなら、それは極めれば『神の御技』と同じになるからだ。限界はないのだ」と誤魔化す。

 私だって聖魔法が使えそうな感じはある。闇魔法の逆をやればいい。私の場合、悪魔を召喚したりはせず、マイナスエネルギーの根源をイメージしてパワーを引いてくるので、逆にプラスエネルギーの根源をイメージすれば良いのだ。

 しかしもう手遅れか。王子のために従容として従順に死んでいこう。もう魔王は居ない。護ってあげなくても良い。聖女様も王子のことは護ってあげるだろう。王子があいつを好きなのだから。まあこれでいい。

 王子が言う。

 「せめてもの慈悲だ。最後の言葉を言ってみよ。」

 ああ、この後、「愛しています。」と言って斬られる。そんな美しい最期を・・・

 いやいやいや!ちょっと待て待て!私松島アヤは、そんな馬鹿ではないぞ。現代人らしくもっとゲスイ人間だ。

 大体、聖女様?が気に食わない。ガブリエラは、はらわた煮えくり返っていたのに王子のために許してきた。私だって、はらわた煮えくり返って来た。こんな奴に負けてたまるか!死んでも負けたくない!


 聖女を見た。ガブリエラは目を合わせるのも嫌だったのだが、最期に王子のためになる良い言葉が浮かばないかと思って見てみた。

 大きい目だがツリ目。美人だとは言いたくない。同じツリ目でも私の目の方が丸くて可愛げがある。あの目を細めて遠くから睨んでいた事に気づいた時は心底嫌な奴だと思った。じっと何かを念じているようで不気味だった。

 髪は天然パーマの金髪を肩までのボブにしている。横に広がった髪が遠くからでもこいつの存在を分からせるのでウザかった。普通の貴族令嬢は大体ロングヘアと決まっているのに存在を主張している。

 デカパイなのも腹立たしかった。私のはほぼ筋肉だし。あいつのは推定Fカップぐらいか。なかなかご立派なものをお持ちだわ。体型を見るのは柔道家の悪い癖だね。体重と投げ方を考える。胸は関係ない。いや、ある?

 なんて言ってたら、ガブリエラの記憶が暴走し始めた。

 男の気を引きやがって!聖女のクセに許せない!だから王子も!許せない!うらやましいッ!と、心が動揺して泣き叫ばんばかりだ。松島アヤの私としては笑っちゃうが、ガブリエラは王子が好きすぎる。

 昔のTV番組の動画で『洞窟で飼っていた犬は、餌をくれる主人の言うことしか聞かない。』というのを思い出した。ガブリエラの記憶は王子のことばかりでちょっと気が引けて来た。

 大体「うらやましい」と言っている時点で負けている。自分で自分に慰めを言うのは情けないが、私松島アヤは柔道の試合で負かした相手から「私にあんたみたいな身長があったら負けなかった」などとやっかみを言われたこともある。体型は選べないし、もし選べたのなら、自分は別の選択をしたのだと思ったほうが良い。そういう時は褒めたほうが心が濁らず、それ以上相手のことを考えなくて良くなるので良い。『あんたは神に祝福されてるのよ』ぐらい言ってやれたら気分的には勝ちだ。そう思っていたら気分が落ち着いてきた。だいぶガブリエラと同化してきたような感じがしてきた。

 『ぐじゃぐじゃ考えてないで早く死ねよ!』

 強い言葉が思考に割り込んできた。視線を上げた。

 聖女が曇った表情で私を見ている。嫉妬、敵意、害意が感じられる。

 目からあいつの心の言葉が伝わって来た。

 『早く斬られて死ね!』

 ええ?なんだよう!仮にも聖女でしょうが!そんな思いじゃなく「愛と許し」の思いを出すのが聖女ってもんじゃないの?先生に「自分が言われたくない事を言うな。」って言われなかったんか?

 ガブリエラのイライラも理解できた。何が神の祝福だ。こんな奴に負けたくない。

 でも、今のはアイツの「思い」だ。思いを伝える『伝達魔法』だろうか?でも聖女がこちらの思いを読み取る事は知っているが、今まで聖女のテレパシーを感じ取ったことはない。アイツの考えが読めないからジレていたのである。

 『斬りたくない。でも、斬らねばならない・・・』

 あ、今のは王子だ。こっちが人の心を読めるようになったのか?

 この局面で?追い詰められて新能力が開花したのか?

 しかも聖女の頭に半透明の角が生えているように見える。何じゃこりゃ?

 背中から、でっかいコウモリの翼が出ている。後ろに何かいるのか?いいや、聖女に魔物がオーバーラップしている。これは『憑依』というやつだ。しかも全身から黒い煙のようなオーラがでている。真っ黒けだ。

 聖女は白いオーラが出ているはずだよね?

 『精神干渉魔法だ!幻術だったのか!』と、難しい単語が出た。これは同化しているガブリエラの思いだな。

 『幻術でみんな騙されていた。精神干渉魔法はガチの闇魔法だ。アイツは聖女じゃない。魔女だ。ハハッ!』

 私は見えないものが見えるようになった。見えてはいけないもの、か?

 王子を見上げた。ええ?半透明の黒い牛のような角が生えている。やっぱり背中にコウモリの翼。尖った尻尾。いわゆる悪魔のスタイル。いや、あのツノは何度か戦った『魔王』のものだ。う〜ん・・・倒した魔王の霊が憑依しているのか?他のニ人も種類は違うが同じようなものが憑いてる。聖女の横の子供に至っては真っ黒けで本人が見えない。何じゃあこりゃあ?夢なの?


 ガブリエラの知識に憑依の観点はない。十五歳になると教会で『守護霊を宿す儀式』というのがあるが、ガブリエラは受けていない。教会とは関係してこなかった。王様も元は教会守護騎士団だったはずだ。この世界は現代日本よりはるかに宗教的なのだ。でも、聖女様なのに魔王が憑依って?それに王子に憑依とかって最悪じゃん。

 王子に言ってやる。

 「王子?魔王に憑依されてますよ?」

 「何ィ?ハハハハッ!最後の言葉がそれか!ふざけるな!」

 なんて言ってる。憑依に気づいていない。でもこれじゃあ、今後王国は魔族の支配下になって食い物にされてしまう。こいつら五人とも魔王がついている。何とかしないといけないのかな?

 魔王とか悪魔とかは『ゴブリンの頭が良い版』のようなものだと聞いている。でもそれはこの世界の肉体を持った『魔族』のことで、霊的存在の魔王なんて話題に登ったこともない。ガブリエラも今日までそれを感知したことはない。もちろん松島アヤも同じだ。

 いまだ経験した事のないヤバい状況。でも何とか勝たないといけない。さもないと彼らの暗黒政治が始まるだろう。騎士の二人も公爵家の後継だ。これはヤバい。歴史に王子の汚名が残る。知っている人がそうなるのは避けたい。いやガブリエラの記憶は『たとえ命を失っても。たとえ刺し違えても勝たねば』と言っている。

 この状況は私にしか分からない。私しか見えている人はいない。ならば、私にしか打開できないということなのだろう。

 とにかくあの聖女もどきにだけは絶対負けたくない。どうする?

 死を前にして異常なスピードで考えている。あとで白髪になったら意外に綺麗かもしれない。


 闇魔法の逆の聖魔法。聖は闇を押さえ込む。悪魔を倒すのは神。

 神様?イエスキリストとか?この世界にいるの?

 たしか、魔法の神がいたはずだ。

 ガブリエラがたまに詠唱魔法をする時、定型句で唱えるのは、この国で信仰されている魔法神モーリーンの名。

 でもそれは嘘つき聖女様も唱える名前だよね。それ以上でないとダメだよね?

 世界があるのなら創造主がいるはず。

 実は大学では宗教学科を選択していた。それは文系では珍しくない選択だと思う。

 それは、母の影響もある。実は私の母は新宗教をやっていた。よく献金のしすぎで一家離散するようなやつよりソフトなやつらしい。母は私の異世界マンガを見て「すぐに転生するなんて変よね。あの世での反省とか生活があるはずよ」などと、のたまっていた。知らんけど、じゃあ今の状況は死んでしばらくしてガブリエラに生まれ変わっていた訳か?で死ぬ寸前に前世松島アヤの記憶を思い出した?

 まいい。母は「天なる父、創造主を信仰する」と言っていた。「それはパラレル世界を含むすべての世界の神なのよ。」などと聞いたこともないブッ飛んだことを言っていた。その神なんつったかな?

 大学生の頭をフル回転させて思い出す。

 大学の宗教学の教授が面白かった。普通は「信仰は持たず、客観的に見ろ」と言われるらしいが、教授は「信仰を持て」と言っていた。

 それはまあいい。とにかく、イエスの父はヤハウェ。旧約聖書の神はもう一人いる。エロヒムだ。エローヒムとかエルヒムとも言う。エルは大天使ミカエルのエル。エルは光を指す。エロヒムはエルの複数形だとも言う。

 母はそれが創造主だと言っていた。

 ギリシャ神話のエロスは性愛の神。エロは愛という意味するとする。エロヒムは愛の神となる。一方のヤハウェは裁きの神。母は「ヤハウェは中東の魔法界と関係がある」とか言っていた。う〜ん、聖魔法で言うと裁きより愛の神の方が当たっているような気がするが、

「ガブリエラ、もういい。我は王子としての責務を果たす。」

 王子が剣を振り上げた。ヤベえ!

 一か八かだ!母は「本気で困ったら神の名を呼べ」と言っていた。

 「神よ!エロヒムよ!我を救いたまえ!」

 これは魔法というより祈りだ。でも魔力がない今、魔法は難しい。

 祈りなら、たとえ病人でも奇跡が起きることはあるはずだ。助けてー!

 雲が裂けて太陽の光が差した。

 え?ウッソ、かっこ良すぎる。

 しかし、ドガアアン!と雷が落ちた。私に。周囲を覆う特大の雷。

 周りの五人は吹っ飛んだ。後ろの悪魔も吹っ飛んだ。

 五人は倒れて動かない。

 勝った・・・みたいだ。

 自分の体が倒れるのが感じられた。気が遠くなる。


 2

 気づいたら目の前に大きな天使がいた。身長五メートル。大きな翼で白い服。でかいがイケメン。

 「我は天使と神の中間的存在。テリットと名乗っておこう。」

 「はい。は?」

 周りは雲の上。上は青空。

 「ガブリエラよ。よく信仰に目覚めた。」

 「へ?信仰って?・・・ああ、でも、そういう事になっちゃうのかなあ・・・」

 「異世界はどうだった?」

 「ん?ああ、思い出した。」

 松島アヤとして死んだ時、ここに来た。そんで、早く死んでしまって後悔した。

 この人、人?に言われて、悔し紛れに「よくある異世界転生ができない?」と無理を言ってみたんだった。

 あの時、このテリットという存在の『含み笑い』が不気味だった。絶対何か隠してる。

 テリットは、私の思いなど読めるのだろうが構わずマイペースで話し始めた。

 「お前は今回の一生で人間としては限界の能力を身につけていることを証明した。もう後は天使の世界に入るしかない。その進路に進むべきだ。」

 「ええ?天使ぃ?やだよ。また転生するよ。」

 「バカだなあ。それは人間の魂の大きな修行目標の一つだぜ。もう少しで天使になれるのに。こらあ、君スーパーチャンスやで。」

 「なぜ関西弁?」

 「それは知らん。君の言語中枢で私の想念を翻訳しているからだろう。」

 「日本に戻りたい。」

 「いやあ、日本だとまた松島アヤの一生を繰り返す可能性が高いな。『格闘技とかに打ち込んで、不注意で死ぬ』の繰り返しだ。魂に行動パターンが刻まれているので、別の環境で転生して別のパターンを身につけた方がよかろう。このパラレル世界でもう一度『死に戻り』してみてもいいんじゃないかな?」

 テリットはまた『ニヤリ』と笑った。

 「テリットさん、絶対何か隠してるでしょ?」

 「ん?ああ、まあ、本当のことを言うと、君は昔ここにいたんだよ。続きをやるべきだ。」

 「ええぇ?やだぁ。こっちは物騒じゃん?また処刑されちゃう。」

 「今回君は地上で霊が見えるようになったから、次回は守護霊がいるのも見えるはずだ。彼女と話して同じパターンを避ければ良い。」

 「守護霊かあ。ますますマンガっぽくなってきた。」

 「天使の世界の上の神の世界は様々なパラレル世界にも繋がっているから、悟れば色々な世界に自由に行き来できるよ。」

 「むう、全然想像できないけど。」

 「例えば水槽が並んでいると考えよう。魚は隣の水槽にはいけない。でも、上が繋がっている、上に行っても少しの時間なら死なない、と悟った魚は隣の水槽に行くことができる。まあそんな感じだね。天使になれば使命はあるが生まれ変わる世界は、ほぼ自由だ。人間の場合は上から『ここにすべきだ』という指定がつく。」

 「はいはいそうすか。で、具体的にはどうすればいい?」

 「この世界を生きてクリアしたら、天使の悟りに到達できるかもしれない。天使の資格は神のために生きること。神の愛を知ること。実績がないと天使にはなれんよ。どうかな?やってみる?」

 「うん!もちろん!」

 「では、もう一度ガブリエラの人生をやってみたまえ。いわゆる『死に戻り』になるが、今度は十四歳で前世の記憶を取り戻す。それでよいかな?」

 「いいけど、私だけ前世の記憶を取り戻してもいいの?」

 「特例だ。でも君の魂は、ほっといても取り戻すよ。それにそれは君一人ではない。」

 「はあ。」

 「では、最後に言葉を贈る。『生きとし生けるものは、神の生み出した子供達である。ゆえに神はあなたを愛している。その魂には神のかけらが入っている。ゆえに努力で越えられないものはない。』」

 「・・・唖然。というか『ぽかん』だけど・・・」

 「以上だ。」


 ハッと目覚めた。

 目の前に女の子がいる。髪の毛は、黒に近い青。かわいい前髪。目は緑に近い青。ややツリ目。

 ああ、多分、若いけど私ガブリエラだ。鏡台でうたた寝か。かわいい、と自分に言うとは不覚。私はナルシストではないぞ。

 声が聞こえた。

 「ガブリエラお嬢様。クリスワード王子殿下がご到着なさいます。ご支度を。」

 「ハ〜イ!」

 メイドの声に、勝手に返事が出て体が跳ね、着替えを急ぐ。胸が高鳴る。ああ、私ガブリエラの気持ちが高揚している。王子が好きだったんだっけ。

 記憶を辿る。

 私はガブリエラ・アクセル。ローデシア王国の下級貴族の一人娘。

 父はアクセル・フォン・アクセル。名前のフォンが表すように元は貴族第二位の『侯爵』の子だった。しかし、アクセル侯爵家は没落し、爵位を返上してしまった。今の父は男爵なので紛らわしいので私はフォンは略すことが多い。しかし困ったことに、父の場合名前と苗字が一緒なので、フォンを抜くと具合が悪い。加えてそのまま名乗っても「没落したアクセル家の子」と宣言しているようで具合が悪い。仕方ないので父は奮起して剣術の腕を磨き王宮主催の大会で優勝、王宮騎士に出世し、ナイトの称号と男爵位を得た。父は苦労人であり男前なのだ。父は四十歳だがローデシアの男爵の中では有名人だ。

 現在の父は王宮騎士団の第三連隊下の第一王子護衛隊隊長をしている。その関係で、五歳上の第一王子はよく我が家にやってくる。我が家と言っても大きな三階建ての邸宅だ。王都に邸宅を構えるのは貴族のステータスだが、王子は「この狭い家に」と冗談を言う。それはそうだ。王宮に比べたら。

 「剣術大会の賞金で父親が手放したこの邸宅と農園の一部の権利を買い戻した」と、父上は言っている。私たち家族だけでは広すぎて空き室だらけなので二階は下宿として貸し出している。それは今は亡き母上の提案で始めたそうだ。下宿代金と農園収入で働かなくても良くなり、残っていた賞金を教会に寄付したら王宮から男爵位を受け貴族に返り咲いた。でも王宮騎士として働くことはやめる気はないらしい。下宿は娘の私がいる関係で女性限定だが、いまのメイドも元は下宿人だったらしい。

 長身のメイドが入ってきた。名前はミラだ。失礼だが本名は思い出せない。

 「あら、お嬢様。王子が来られる日はお早いお着替えですね。髪をお手入れして差し上げましょう。」

 座って髪をブラシでとかしてもらう。いいご身分だな。

 「ミラ、ありがとう。」

 「あら?どういたしまして。でも、いつもはお礼なんて言わないお嬢様が。今日は雷雨かしら。おほほ。」

 嫌味っぽいなこの人。でも、その通りだ。記憶ではこの時期は毎日家の書庫にある魔法書を読んでいるだけで当然のように過ごしてきた。挨拶など気にしたこともない。嫌味の一つも言いたくなる。対する私松島アヤは、小学生から柔道と剣道で礼儀作法を教え込まれているのだ。

 ミラ。黄色い髪のメイド。私が生まれる前から家にいる。

 ミラの耳を見た。変形して餃子のよう。今までは別の種族、魔獣族とかの血が入っているせいだろうと思っていたが、これは柔道家の耳だ。寝技を何年も特訓すると畳で擦れて耳が変形してしまうのだ。この世界に畳があるかは怪しいが、この人強いぞ。

 「どうなさいました?」

 「ミラは強いの?」

 その袖と襟を掴んでガッと、ゆすってみた。柔道家は掴みかかると相手の強さがわかるのだ。

 しかしミラはガシッとして微動だにしない。相当強いぞこの人。十四歳の私に腕力がないのを差し引いても、大学生でも勝てないレベルだと思う。

 「おほほ、お嬢様お戯れを。」

 「あはは、ごめ〜ん。じゃあ、急ぐね。」

 背を向けると一瞬ヒヤッとした雰囲気がした。冷徹な他校の監督のような分析眼を感じた。

ミラが『この子、強いかも』と思っているのが伝わってきた。私は一瞬立ち止まったがそのままタタッと応接室に急いだ。今までのガブリエラとあまり違うと怪しまれるだろう。


 廊下を歩く。ミラは追いついてきた。

 十四歳まで暮らした家。この後十五歳になってから魔法学校に入って寮生活になる。前回のガブリエラが死んだのは確か在学中の二十歳だった。あの大破局まで六年あることになる。もう一度、同じ人生をやる。前回もかなり、魔法修行も含めて人生を頑張ったはずだが、大体『人生のクリア』ってどういう状態を言うんだ?

 横に黒い服の背の高い女性がいる。浮かんでスーッとついてくる。多分、霊だ。

 ワンレンの黒い髪。ミラには見えていない。ちょっと怖い。

 『気づいた?私は守護霊のポーラ。千年前の魔法使いだ。私はお前でもある。』

 ああ、言われると私っぽい。髪もよく見ると青っぽい。前世の私が守護霊?

 『正確には前前前世かな。』

 「思い」で話をする。廊下を歩きながら。

 『この世界で、ある女に魔法で千年飛ばされて、現代日本を霊体としてウロウロしていたら、テリットさんに捕まって日本に転生した。それがお前の前世、松島アヤ。転生して人生を終了すると別の人格を獲得できるのさ。』

 日本に?前の所に戻してもらえば良かったのに。

 『地球人に転生するの久々だったからね。テリットさんに一回平和で治安がいい日本で経験を積んだほうがいいって言われた。すぐ死んじゃったけどね。』

 そうだよ。ここも日本も変わらないよね?日本がよかったのに。

 『それが行動パターンってやつかな。前回はがむしゃらに魔法レベルを上げようとしたね。今回はどうする?魔法は一度やってるし、レベル百まで行ってるからすぐマスターしちゃうけど?』

 すぐにマスターしたら、もっと嫉妬されそうだね。聖女のあれは多分嫉妬だよ。

 『騎士・・・剣士様の方がいいかもね。一応、警察官みたいなものだから、魔法使いよりは普通でしょ?人助けもするから、そんなに嫉妬されないでしょ?』

 じゃあ、その線で行ってみる。

 階段を降りる。

 『学校に入るまでの一年で父上に習ってみようか。』

 あのう、この中世みたいな世界で女子が剣術を習えますかねえ?

 『父上はナイトだよね?王宮騎士団だもん。大丈夫さ。剣術をやっていれば応用の『剣技魔法』に入りやすくなる。その前の「地水火風」の属性魔法とか「闇魔法」とかは復習だし、サラッとおさらいすれば身につくよ。』

 うんうん。良さげ。でもすでに魔法は使える感じだけど?パワー、魔力を感じる。

 『前回、この時期すでに物を浮かせる初級魔法ぐらいできていたよね?物を出したり消したりする魔法に挑戦していたよね?まあ前回レベル百まで来てるからそれを超えるのは早いよ。あの五人に負けるようじゃ論外ですよ。あんな闇魔法すぐ見破れなきゃダメだね。』

 やっぱり闇魔法だったんだ。なんでこの国の人たちは見破れなかったんだろう。

 一階に降りた。玄関横の応接室を目指す。

 『先生や魔導士たちも大した事ないのさ。この国の闇・光魔法の修行には問題があるからね。十五歳で守護神を宿す儀式に問題がある。あ、でもこれは一年後の話だね。まだいいか。』

 え?待って。気になるじゃん。教えてよ。

『あの聖女様は光魔法のレベルが高いとみられて連れてこられたんだよね?本式の聖魔法には信仰が必要なのさ。まあ、まだそれはいいよ。まずは剣だ。』

 どうすれば「人生のクリア」になるの?

 「まずはこの国を救おう。その後はこの大陸の四王国を救う。そのぐらいやれば死後は天使になるんじゃないかな。良いことばっかりできればそこまでしなくても良いけど、戦乱と身分制の世の中じゃ、知らずに犯す罪も大きいからね。」

 ええ?でもそれって勇者だよ。

 『まあそのぐらいだよ。人口が少ないもん。四大陸全部救えたら人間どころか天使も卒業だけど、大陸が四つあることも知られてないし、他の大陸に行くだけで渡航準備に何年もかかるような文明レベルだからね。「人類を救う教えを残す」ぐらいの事やってみる?』

 無理無理。そんなに思い上がってはいないよ。まずは剣だね。剣道もやってたし。

 

 応接室のドアをノックする。

 「入れ。」

 応接室では四十歳になったばかりの父と、若い男が立って話していた。

 身長百八十センチ、金髪イケメン。金の刺繍が入った白い服。十九歳の王子だ。

 第一王子クリスワード・デ・ローデシア。やっぱり美しい。背後に黄金のオーラさえ見える。幼馴染。仲の良い兄のような存在。この頃から恋心があった。

 ダッと駆け出して抱きつきたくなったが、バッと足が止まった。

 フラッシュバックした。あの時の王子が浮かぶ。

 「黒き滅びの魔女ガブリエラ!」

 頬に当たる冷たい剣の感触さえ蘇る。両目から涙が溢れた。

 目の前のクリス王子が言った。

 「どうした?いつもなら抱きついてくるのに。」

 記憶が言う。『そう。王子は懐かしい匂いがするようで好きなのだ』

 でも私はサッと涙を拭いて、貴族風に両手でスカートを少し上げ、膝を折って挨拶した。

 「ごきげんよう殿下。ごきげんよう父上。」

 父上が唖然として訊ねた。

 「ああ?どうしたどうした?お前らしくもない。なぜ泣く?無理はするな。」

 私は笑顔で返した。

 「涙は寝起きのせいです。わたくしも十四歳です。来年度からは王宮魔法学校に通わなければなりませんので、これからは礼儀をわきまえるつもりです。」

 王子が来てグッと腕で肩を抱き、手で私の頭を自分の胸元に引き寄せた。

 ドキッとした。痩せているが腕の筋力が強い。

 いやいやいや、待て。このローデシア王国にも隣国にも『ハグ』の習慣はないはずだよね?ガブリエラの記憶を辿る。『でも王子はいつもそうなのだ。スキンシップ多めなのだ。』と記憶が言う。

 はあ?行きすぎだろ?イケメンだと思って調子に乗ってる。現代日本ならセクハラだぞ。子供みたいに抱きつくからいけないんだぞ。抱き癖がついちゃったんだ。反射的に投げや関節技が出なくてよかった。

 『でも、遠乗りの帰りに家に来て、背中に湿布を貼ってあげたけど、その筋肉の造形美が忘れられない。』

 イメージ映像も心に浮かぶ。確かにまあ、痩せている割になかなかのものだ。いやそうじゃなくて、

 王子「無理するな。お前らしくあればいいんだ。」

 ドキッとする。ドキドキが止まらない。イケボ。イケメン発言。顔が熱い。多分真っ赤だ。心臓がうるさい。

 見上げたら王子の優しい目。ほっとして肩から力が抜けた。惚れる。

 十九歳が十四歳を本気で口説いてるのか?大学生が中学生を?人でなし!

 いや待て。そんな訳ない。「妹だと思っている。」と言われたことがある。じゃあただの「思いやり王子」か?余計惚れる。いや、でも二十歳を過ぎれば五歳差は大したことないぞ。

 動揺する私の背後から黒い服の人の冷静な思いが伝わってきた。

 『前世を考えたら、今回はこの人とあんまり仲良くはできないよね。』

 温度差が。恥ずい。う〜ん、でも今回は仲良くしつつもそうならないようにすればいいんじゃないかな?とは思ったが、今までのガブリエラのように「好っきー!キャー!」のようではない。私の目を見て「お前を処刑する。」と言った人だ。やっぱり怖い。

 私は笑顔で言った。

 「王子、気安くこういうスキンシップもおやめください。周囲の誤解を招いてしまいますから。」

 「?どうした?別にここならいいだろ?それに親しい女性には皆こうしているぞ?」

 「本当ですか?それは大変なセクシャルハラスメントではないですか。」

 「ハラスメントとはなんだ。失礼な。」

 とにかく王子を引き剥がす。

 「殿下は抱き癖があるとか言われませんか?」

 「言われんな。フフフ。」

 父「本当にどうした?かしこまって、」

 父はうろたえている。前回、この時期は人とも話さず魔法書ばかり読んでいた。王子はそんな私にちょっかいを出すのが好きだった。私もその関係が気に入っていた。王子も引きこもりがちの私を心配していたのかもしれない。う〜ん。運命を変えるにはその行動パターンを変えねばね。

 「父上、剣術を教えてください。ナイトの娘たるもの、そのぐらいでなければなりませぬ。」

 「ん?魔法はもう飽きたのか?剣を抜いたら命懸けだぜ。」

 父は言いながらキャビネットの横に立て掛けてあった木の剣二本を取って、片方を投げ渡してきた。

 受け取ったら父は、シュッシュと言いながら剣で突いてきた。行動が早すぎる。乗り気なの?

 応戦する。十四歳の手には木剣でも重たい。剣先が下がったまま突きを横に払った。

 父は「うん。悪くない。」と言ってニヒルに片方の口角だけ上げて笑った。

 まあ、当然の事。前回も我流だが剣は実戦で使っていた。魔法が効かない相手には、手っ取り早いのは剣だった。剣が折れたら格闘しかない。レベル百の頃は、お互い魔法が効かない場合、自然と格闘になった。反射的に相手を抱えて「すくい投げ」が出ることもあったが、魔王とか大ゴブリンとかは握力が半端ないので接近戦は避け、剣かボクシングスタイルの戦い方に徹した。

 王子「ハハハッ。面白い。女剣士を目指すのか?」

 王子の笑顔を見て顔が熱くなる自分。相当好きなのね。

 父「まずはこれでも振って腕を鍛えるといい。」

 空の酒瓶を投げ渡された。木剣を持ったままなので危うく落としそうになった。

 父「腕の振りを鍛えるのだ。特に左手をな。初めは空で、次は水や砂を詰めて重くするといい。」

 「はああ。実践的方法なのですね?」

 父「うん。素直で良い。男子は瓶など渡すと「バカにするな」と怒る奴もいる。なあ王子。」

 王子は横を向いた。そんな事があったらしい。

 私はウエイトトレーニングの効果を知っているのでバカにしているとは思わない。早速振ってみた。

 王子「でも、剣も振らぬと剣士を目指すなら寂しかろう?木剣も素振りするといいぞ。」

 「はい、殿下。」

 冷静に答えることができた。この瞬間から何かが変わった。瓶を振る先に光が見える気がした。

 王子「我が国では、ここ数年、騎士の人数を確保するため女性剣士も養成しようという話が出た。それで王宮騎士団を魔法学園に派遣して講師をしてもらっている。」

 「わたくしも剣士となって国を守りたく存じます。」

 王子「フフフ。いい子だ。まだ入学年齢ではないが、学園に来たまえ。一年早いが構わん。私から言っておこう。騎士団や父上に教えてもらえば良い。」

 「ありがとうございます。」

 王子「正式にナイトになる日を楽しみにしている。」


 王子が帰って自分の部屋に戻った。

 『では、魔法の手ほどきをしようか。』

 ポーラね?いきなりくるのね。

 『いつもそばにいる。守護霊とはそういうものだよ。』

 ええ?ちょっとそれ恥ずかしい。

 『何が恥ずかしいか。見られても恥ずかしくない生き方をすれば良い。』

 ん〜、それって厳しいね。

 『お前は私であり、私はお前でもある。同体と思えば良い。お前のことは深く理解している。』

 わかった。ポーラを信じるよ。

 ポーラが笑った気がした。そう思ったら後ろにいたポーラは前に来た。微笑んでいた。

 黒マントの女性。中は黒い乗馬服。私と同じ黒に近い青の髪

 『じゃ、まず人差し指を立てて指先に集中しなさい。』

 しばらく続けた。

 『他と違う感触になってこない?』

 うん。確かに。

 『それが魔力。私の霊眼にはこう視える。』

 ポーラが私の後頭部に触れると指先がポワッと光っているように見えた。

 『それを手首に移動してみよう。』

 この考え方は太極拳とかの練功とかに近いな。

 『移動したら次は肘へ。肩へ。胸に。腹に。へえ。早いね。じゃあ、それを空中に出してみよう。魔力を手のひらに集中して。手のひらを上に向けて。』

 手のひらの上に直径一センチぐらいのぼんやりした透明の球体が現れた。

 『それをイメージで変化させる。燃やしたり、水にしたり、回転する風にしたり、土球にしたり、ああ、できるね。さすが私と同じ魂だ。早いね。』

 光らせたり、黒くしたりも自由自在。金属風にもできる。

 『自分が持つ魔力の使い方はマスターできそうだ。自分の力で足りなければ、それを自然の力でやったり、人の魔力でやったり、神や精霊の力を借りたり、それはパワーを感じ取ることができれば可能になると思う。』

 ほおお。面白い。前回はこういう基本はやらずに出来そうな魔法からマスターして行ったから、魔力の流れがイメージ出来なかったり、結界の張り方、破り方も魔力任せな所があった。今回は魔力が視えるのでわかりやすい。

 『あとは感じ取る系統の魔法だけども、霊眼とか読心魔法とかね。さっきミラの気持ちが分かったでしょ?それは私の感性と同通しているから今回は努力はいらないね。心を鎮めるといい。心を静かに清く保つこと。』

 具体的には?

 『まずは欲深くせず、怒らず、バカなことを思わない。『思い』をセルフコントロールして自己管理することだね。』

 なんか、すごいね。今まで聞いたことがない話。「言葉を正しく」ぐらいは言われたことがあるけど。

 『心は清くしようと思わなければ清くならない。どうしてもダメな思いが出る時は、人生を振り返って懺悔とか瞑想的反省とかが必要になる。』

 ああ、そっちなのね。ずいぶん宗教的ね。

 『懺悔することがないなら感謝の祈りをするといいよ。聖魔法の準備だ。神を信じる者は聖魔法が使えるようになる。でもこっちでは神を信じる人の方がずっと多いよ。』

 話が飛躍してきた。認識の飛躍が必要だぞ。

 『知ってるはずだよね。聖魔法は神に属する魔法だって。ちなみに私も使える。私は闇でも聖でも使えるのさ。私は全部の属性の魔法が使える。神に関する本を読むといい。清い心がイメージしやすくなる。心が静かになると色々なものが視えて、聴こえるようになるよ。さっきの魔法球のやつと一緒に毎日やってみるといいよ。松島アヤの時は毎朝自主トレしてたよね?加えてやるといいよ。』


 松島アヤの知識だが、大体、千回繰り返すと体が覚える。三週間でそれ用の筋肉がつく。小学生の頃から柔道と剣道をやっていて、高一の時に柔道で全国優勝したが、「腕立て百回から打ち込み二百!」とか「グラウンド五十周からの乱取り稽古一時間!」とか毎日のキツい練習に耐えたことが、このコツコツ積み上げる性格になっている。前世でもこの時期はひたすら魔法書を読み続けて基本魔法を身につけることに徹していた。今回は基本魔法はほぼ使える。ポーラの手ほどきでほぼ掴んだ。ようし、今はひたすら素振りだ。父上に言われた瓶に加えて、王子に言われた木剣も振る。

 動作を覚えるには繰り返ししかない。ただし、魔法を使うと筋肉なら一日でつく。こういうのも基本魔法の一つだ。ヒーリングの応用なので聖魔法だと言いたいが、そこまで行っていない。

 霊的パワー。生命力、光エネルギー。こちらでは大体全部『魔力』と言うのだが、それを集めて圧縮・凝縮させて物質化させる。具現化魔法の基礎的考え方だ。こちらではそれをイメージ出来るようになるまで何年もかかる人もいるくらいだが、現代日本の物理学の考えなら「物質が原子から出来ていて、それはさらに陰陽電子から出来ている。それはさらに素粒子で出来ている。」というのは常識だ。

 母の宗教ではさらに「素粒子は光でできている。光の粒・光子は「霊子」で出来ていて、それは神の「かくあれ」という言葉・理念に支配される。よって神の光が全てを作っている。」などという。これは幼い頃の、私の「なんで?」への母の答えだが、よく覚えているものだ。しかし、その考え方をとれば霊力、いや「魔力とイメージと言葉」を使えば物質、筋肉も作ることができる。

 腕を太くしたくないので、細くても強い筋肉をつける。それは可能。古い動画で『南海の裸族が細い腕で引く弓を日本人が引けなかった。』というのを見たことがある。

 また、腕に魔力を通せば剣も軽くなる。しかし魔力の流れの調節が必要なので素振りは省略できない。正確な剣のコントロールを身につけたい。前は剣が力任せだったので魔力切れで腕力も消えて王子達に取り押さえられた。

 新撰組の沖田総司は刀を振って坂本龍馬が持つ梅の花を、花びら一枚だけ縦に切ったそうだ。そのレベルには達したい。

 咲いている薔薇を見た。梅より大きいが、木剣の先に魔力を通して試しに斬ってみたら、一枚だけ縦に切れた。魔法制御でほぼ達してしまった。まだ素振りを始めて一週間だ。

 来週、王宮魔法学園に行く。

 

 3

 広大な城が燃えている。

 背にコウモリの翼が生えた青黒い肌の魔族たちが、煤まみれの貴族服でバサバサ飛び回っている。

 私の大火炎魔法で、城壁内の建物が全て炎上している。石壁すらも炎上している。

 我が名はポーラ・アマリシス。『黒き滅びの魔女』と呼ばれている。

 いつも黒いマントと黒い乗馬服を着ているせいだ。

 肩までの黒に近い青の髪と緑に近い青の瞳。どちらもあまり好きではない。

 もうすぐ三十歳の誕生日だというのに、毎日戦っている。

 国王も王子も教会もこの戦いに反対していた。命すら狙われた。

 この魔王城のあるじにして二代目魔王帝フィリア・アクサビリオン。通称『ネクロフィリア』の魔術を恐れ、国王以下全ての王侯貴族が戦わずして配下になっている状態だったからだ。

 この大陸の国々は、奴の魔術の支配下にある。奴の組織は王侯貴族や魔導士たちが中心になっていた。奴らは私の魔術の前に敗れ去った。

 ネクロフィリア。奴の防護魔法は近付く者を腐らせて殺す。並の防護魔法や治癒魔法では対応できない。

 奴ら魔族は、人間の血肉を喰らい、その霊力で強い魔力を維持している、と信じている。捕まった魔族が人間と同じ食事をしていても、死にもしないし、魔力が弱まるわけでもないのに、そう信じている。生かしておけば際限なく人類を食べ続けるだろう。魔族の数は十万か二十万と言われているが詳しくは分かっていない。

 人類である私も魔術には長けている。私の周りはすっぽりと黄金色の半透明の球体シールド・防護魔法に覆われ、物理攻撃も精神攻撃も通じない。この魔法がなくても、強化魔法で十歳からニ十年間鍛えられた体は防護オーラを帯び、剣は言うまでもなく、今や骨董品となって製造技術も失われた『鉄砲』の弾丸すらも通さない。

 今、奴ら魔族に対抗できる魔法使いは私の他にいない。

 階段を登った大広間。大きな椅子に座る女。フィリアだ。

 目と口が大きな金髪美人だが魔族特有の青黒い肌。ツノや翼はなく真っ黒いドレスを着ている。

 上級魔族は人間の姿をしていて、人間社会に精通し『自分たち用』の社会を創り上げる。バサバサ飛び回って逃げていった中級魔族は、人間に化ける事もあるが本性はコウモリの翼と尖った尻尾と角が生えた化け物風スタイルだ。下級魔族は力が強いが飛べはしない。いわゆるゴブリンの類だ。だが大小いるので決して弱くはない。

 大陸の国々は、長年彼らを上陸させないように戦い続けてきたが、その実、上級魔族に社会を牛耳られ、権力者達は召使いの如くむざむざ自分たちの国民を食料として彼らに差し出してきた。この事実を知っているのは、私と一部教会関係者だけだ。味方は少ない。

 私は銀のタクトを腰のケースから振り抜き横に構えた。

 霊眼で視るとフィリアは黒いオーラに覆われている。

 「来たね?」

 「来た。」

 「『魔王四将』はどうした?」

 「殺した。」

 フィリアは、ふっと笑うとスーッと三メートル上に浮かんだ。そして胸元から白いタクトを取り出し言った。

 「大逆転魔法!」

 床全体が揺れる。いや全ての物が舞い上がった。私も大広間ごと上に飛ばされた。

 城がバラバラになりながら空中に舞い上がる。床石も壁も天井も、全てが上に『落ちて』ゆく。

 下を見ると、地面が抉れ、海から海水が流れ込んでゆく。直径で二キロはありそう。

 私は正面十メートルに浮かぶフィリアにタクトを向ける!

 「大絶壊魔法!」

 舞い上がる物全てが白く光って燃え尽きるように消えてゆく。

 フィリアの手足も白く燃えてゆく。奴はそれを見て不敵に笑い、言う。

 「ハハハ!やるね!全てを光に分解する魔法か!」

 「あんたは終わり。あんたは蒸発し、世界は解放される。」

 フィリアが言う。

 「時間停止魔法!」

 全てが停止した。私も。いや思考だけが進行を許されている。

 私の霊眼にフィリアが、停止した肉体から抜け出すのが視えた。

 私も幽体離脱する。

 霊体のフィリアが言う。

 『暗黒魔法・大黒球!』

 霊体のフィリアのタクトから黒い球が出て膨らんで行く。

 これは魔族に伝わる大魔法。すごい力で全てを引き込んで行く魔法だ。

 まだ全てが停止しているが、動き出したらそうなる。大きさは二十メートルを超えた。

 フィリアが言う。

 『闇魔法奥義・ラージブラックボール。全てを引き込む『星』を作り出す魔法よ。あんたの防護魔法より術式が多いからそれは効かない。引き込まれて肉体は一瞬に潰され分解される。霊体は死なないけど、闇に閉じ込められるか、どこかの世界に飛ばされるわ。私は吸い込まれない。もう少しだったね。さよなら。滅びの魔女サン。』

 『私の魔法は私が死んでも消えないよ。今空中にあるものは全部が光に分解される。時間をいつまでも止めてはいられないでしょ?』

 『私は霊体として生き残る。この地上世界で憑依できる人間を何度でも見つけて、いつまでも地上に居続けるわ。』

 『今はもうあんたの作った国際組織は存在しない。私が滅ぼした。あんたの負けよ。』

 『組織はまた作ればいい。』

 『いい加減にしなフィリア。何度でも滅ぼす。』

 時間が元に戻った。ネクロフィリアは燃え尽き、私は黒い球に引き込まれた。

 

 目が覚めた。おやつの後、うたた寝していた。体が冷えて寒い。

 これは熱を出した時に見る夢。前回ガブリエラの時も、松島アヤの時も見ていた。これはポーラの記憶だったのか。やっと分かった。

 今日は学園に行く日。あの夢を見るなんて、平気なつもりが、不安だったに違いない。


 午後四時。王宮魔法学園に来た。

 王都のはずれにある大きな敷地に大きなバロック調の四階建てがある。建物は『コ』の字になっていて中庭がある。グラウンドもあり、体育館もある。ちょっとした大学のよう。裏手には庭園と森があってその向こうに学生寮がある。

 一般人はここには通えない。大多数の平民は六歳から十五歳まで読み書き、計算、法律を習う。そのあとは成績に応じて各種の職業学校に通うことが多い。魔力があると判定された子供は、地元貴族にスカウトされて養子になることが多い。一方の、貴族の初期教育は、家庭教師だ。

 王宮魔法学園には十六歳になる年の四月から入学し、十八歳の三月末までが学園初等部。その後二十二歳の三月末までが学園研究部。クリスは研究部に在籍している。

 制服はスカートだが実技の時はブーツとパンツにするよう指示されている。私はまだクラブの他はやらないのだが、一応スカートも貰った。色はパンツもスカートもグレー。ブーツは明るいブラウン。上はブラウスに、大きい真っ赤なリボン。実に可愛い。ブレザーは短めで紺色。男子は長めで紺色がやや黒っぽい。男子は青いネクタイだ。ちなみに夏服は女子だけグレーのベストがつく。スカートは夏は色が濃い。

 体育館に入ってゆく。髪は久々に首の後ろで黒い紐で縛った。こういう緊張感も久々だ。

 女子が十名ほど。木剣を持って素振りや、型の練習をしている。

 皆さん貴族だ。いいとこのお嬢様の優雅な動き。ふわっと遊びでやっているようにも見える。

 まあ、この剣術クラブは王子の鶴の一声でできたものらしい。そんなに歴史のあるものではない。まずはここで基礎をやるそうだ。

 指導者はバウンディという男だ。王宮騎士団所属。父の部下なので何度か家に来たことがある。

 黒い乗馬服は王宮騎士団の制服。支給の黒いマントは専用の折りたたみハンガーで壁に掛けている。騎士なので腰に剣を差している。騎士団の支給品の両手で扱う長剣。厚手の革製の鞘は飾りがついていて貴族っぽい。もう一本、白い鞘に黄金の柄がついた刃渡り三十センチ程度の短剣を差している。これは王から贈られた短剣で、貴族なら大体持っている品だ。父も持っていた。バウンディはうちと同じ、男爵家の次男坊だったと思う。ナイトの称号を持っているので、貴族子息ではなく貴族だ。でも、下位貴族の彼が王族の親戚にあたる公爵家や、その旧来からの臣下の侯爵家や伯爵家などのご令嬢に、厳しい訓練など出来はしないと思う。

 そのバウンディが私を呼んだ。お嬢様たちも集合する。

 お嬢様たちは当然だが年上ばかり。おまけにみんな動きやすいように髪を後ろで纏めてポニテにしているので、みんな目が少しつっていて怖い。

 バウンディが紹介してくれた。

 「彼女はガブリエラ・フォン・アクセル嬢。第一王子警護隊隊長アクセル卿の娘だ。」

 応える。

 「ご紹介ありがとうございます。ガブリエラです。よろしくお願いいたします。」

 最大限に気を付けた言葉選び。笑顔まで作ったのに、みんなシレッと冷めている。やな予感。

 周囲より若い、赤い髪の子が仕切り出した。

 「私は部長のメルウィンだよ。じゃあ、みんな揃ったから型の打ち込みやるよ。」

 「は〜い。」

 お嬢様たちは応えた。赤い髪の子は私より身長が低い。私は十四歳で百五十五センチある。しかもまだ伸びる気配がある。

 みんな二人組になった。練習は、片方が面を打ち、片方はそれを下からシャッと払ってそのまま面を打つ。

 剣道で言う『面擦り上げ面』というやつだ。

 よく見ると九人しかいない。赤い髪の子が言った。

 「あんたの相手は私。準備体操して。」

 誰でも知っている決まった体操やストレッチをする。文字通りの小手調べか。

 でも、負ける気は全然しない。私・松島アヤは小学生から高一までの練習量と試合数はハンパない。高二は少し低迷したがその後、高三から大学と毎日練習と試合で、また忙しく過ごした。今振り返ると忙しくて大変だったが、当時は毎日が楽しかった。小学生の時は柔道クラブに毎日通って日曜日は試合を組んでもらった。剣道は低学年の時に少しやり、小六でまた始めた。中高では柔道部と掛け持ちでやっていた。一週間の活動は練習と試合。相手を掴めば勝手に技が出る。投げるだけなら絶対負けない。ただ剣術では掴めないので機会が無いかも。剣道の腕はそこそこ。

 家では、ほぼ寝ていたが、いつの間にか本や動画を見ていて雑学はある方だと思う。

 前に言ったが、母は宗教をやっていたし、妹もかなり失礼で批判癖がある。父も元自衛隊で軍事オタクで、癖のあるパワハラ人間だったが、ケンカした記憶はない。もし柔道も剣道もやっていなかったら、それなりに家庭で地獄を見たかもしれないが、妹と言い争っていても過労で途中で寝てしまう始末なのでケンカに発展することはなかった。

 千年前のポーラの家庭状況も私・松島アヤの記憶に収まっているのだが、それはもう葛藤の嵐だった。

 侯爵家三女の母。プライドが高く子爵家出身の父をさげすみ裁いた。父の浮気。言い争いの毎日。裏では両親それぞれがポーラに当たり散らす。魔法の勉強に現実逃避するポーラ。やがてその才能は開花したが、貴族学校での嫉妬を受けて、お家同士の争いになり、父は没落。一家は離散した。ポーラは一人で魔法の腕を磨き続けた。

 『苦労した分だけ鍛えられた』とポーラは言う。『苦しんだ分だけ良いことが来る』こういうのを『正負の法則』とか『代償の法則』という、と本で読んだ。『与えた分だけ与えられる』という考え方だ。私は苦労する代わりに練習と試合の毎日だった。家庭でしごかれる代わりに練習でしごかれ、親に叩かれる代わりに竹刀で叩かれたのかも知れない。でも同じく努力?労力を使うのなら少しでも楽しいほうが良い。

 一方の前回のガブリエラは、十五歳の学園入学時にはすでに四属性魔法と闇魔法が使えたので、学園では相当疎まれて嫌がらせを受けた。魔法でそれをねじ伏せた。結果、親の貴族同士の空中戦となって、父上も降格、失職した。ポーラの時の繰り返しだった。

 さて、準備体操は終わった。赤い髪の子と対峙した。

 こういう時に前世のように技を見せて「私って強いのよ」みたいな事をやると、後々ろくな事がない。だから素直に周りと同じ練習をする。やんわり面の動きをした。

 「甘い!!」

 彼女はバシッと私の木剣を弾き、ビシッと私の髪に触れる所で自分の木剣を止めた。そして言う。

 「剣を抜いたら命懸け!ダラダラやってるとケガするよ!」

 前半のそれは父上から聞いている。たぶん王宮騎士団の心構えだろう。

 他のお嬢様たちが「ウフフ」と笑っている。相変わらずゆるゆると剣の型をやっている。

 しかし彼女たちは子爵家や伯爵家で、私は格下の男爵家。逆らうとろくなことがない。おまけに、時々公爵家令嬢や他国からの留学生の王族まで来るというから、私が立ち回りを間違うと父上の立場に関わる。

 実力で言えば、私も毎日、全属性の魔法の練習を一通りやっている。この二週間で大抵の魔法は使えるようになってきた。この子を宙に浮かせるぐらいはできると思う。剣技魔法だってある程度できている。剣道やってたし。

 問題は、貴族はみんな多かれ少なかれ魔法が使えるということで、どんな防御・反撃が来るかが分からない。万が一、恥をかかせたらタダでは済まないだろう。

 真剣に、しかし慎重に彼女の剣を右上に払って、面打ちをその頭上で止めた。この子は言う。

 「何ですの?そんなものなの?お父様は護衛隊長でしょ?あなたって臆病者ね。」

 何だよ。間違ってないはずだろ?う〜ん、私を怒らせようとしている?

 しかし私・松島アヤは二十一歳まで生きているし、前のガブリエラも二十歳まで生きている。それに数々の苦難・困難が襲ったので、心は全然動じない。おまけにポーラなんかは霊存在だが、その心は私と同通しているので三転生分の経験があるのと同じで、何か言われても全然動じない。心が揺れるのは王子のハグぐらいだ。

 では、ポーラ譲りの『霊眼』で視てみる。

 メルウィンは頭も体も肉眼では見えない防護魔法のオーラで覆われている。本気で打ち込んだら、たぶん木剣が折れるだろう。ははん。この子マウント取る気だな?

 攻守交代。また軽く面打ちをしてみた。

 思い切り木剣を跳ね上げてくる。ウザ!でも、面打ちをピタッと髪の位置で止める。いい腕だ。

 この子は言う。「失望したわ。あなた護衛隊長の娘なんて言ってどれだけすごいのかと思ったら、どうやらお父様の苦労の陰で何もせず怠惰に生きていただけのようね。このクラブは報国のために戦える人材づくりのために、志と気概をもって立ち上がった令嬢たちが来る所よ。あなたのように適当な気持ちで来るところでは無いわ。自己紹介で『私も国をまもりたいです』ぐらい言えないの?」

 それは王子や父上にも言ったし。そんなにキレなくても。でも真面目。応えてあげよう。

 「はい。それはそうですよね。」

 「何よ、その言い方。気概を見せろってのよ。」

 まあね。でも『情熱をみせろ』って言われても困る。無くはない。前回だってほぼ一人で国を護って死んだ訳だし。あんまり言われてもね。

 困ってバウンディを見た。

 彼は言う。「彼女は一年生だけど部長だよ。」

 彼女が言う。

 「私はメルウィン・カルビン。南部領を仕切るマイケル・カルビン伯爵の娘よ。あなたはお父様の名前を汚すつもり?悔しかったら本気でかかって来なさい!」

 いや、オーラから魔力を推測するとたぶん私が勝つ。恥をかかせてしまう。

 まずい。伯爵はこのローデシア王国を南北に分断するヨース河の南側のほとんどの広大な領地を、荒地から繁栄の地に変えた実力者カルビン一族の当主だ。その一人娘メルウィン十五歳。前世で見た彼女は積極的で学園でも目立つ存在だった。対する私・ガブリエラは、いや松島アヤもそうだが、普段はどちらかと言うと内向的だ。関わりたくない。前世では魔法オタクで通したのでメルウィンとは関わりはなかった。

 仕方ない。父上も多少の汚名ぐらいなら失職より良い。クラブは辞めて自主トレに励むとしよう。

 「すみませんでした。帰りますね。」

 一礼して去ることにした。

 背中に不満の思いが伝わってきた。

 メルウィンが近くの床に置いてあった水筒を投げた。

 霊眼は本来『霊を視る能力』だが、オーラも視えるし、相手が思っているイメージ映像にアクセスすれば過去や未来も視えるらしい。私は背後の殺気や物が向かってくるのも視える。いや、毛穴でイメージを感じ取ると言ったほうが近い。

 さあて、どうしよう。

 もうガブリエラの実力の三分の一は取り戻している。よけることも振り返りざま木剣で水筒を払うのもたやすいが、もう辞めるのに実力を見せるのも嫉妬を買う悪手だ。後で狙われるぐらいなら、ここは・・・

 カアン!と頭に水筒が当たった。一瞬だけポーラに習った防護魔法を使ったのでダメージはない。

 メルウィンは「あ」と言った。

 倒れることにした。『弱い・安全』アピール。とにかく目立ちたくない。絶対に前回の二の舞はしない。

 よろっと立ち上がって帰ろう。

 でも、その前にメルウィンが駆け寄って来て私を仰向けに寝かし、座ってその両膝に私の頭を乗せた。は?

 「やだ嘘ごめん!大変!しっかりして!」

 謎行動。倒れたら頭を高くするのは熱射病の時だろ?気が動転しているのか?

 「バウンディ様!医務室に!」

 ヤベエ。どうしよう。ちょっと片目を薄く開けて見た。

 メルウィンと目が合った。今度は私が「あ」と言った。

 青かったメルウィンは真っ赤になった。ヤバ、キレる。殺されそう。

 「わは〜ん!」

 メルウィンは上を向いて叫ぶ。なに?泣いたの?

 「こんな事されたの初めて!わ〜ん!」

 涙が上から落ちてくる。

「強いって聞いてたのにぃ!」

 もはや慟哭。でも周りのお嬢様方は驚かない。その思いが聞こえて来た。

 『ヤレヤレ』『まただわ』『また泣いてる』『ウフ、カワイイわね』

 私をいじめるつもりではなかったのか。大体、ガブリエラもポーラも孤独な戦いの人だったから被害妄想なんだよね。もっとフレンドリーにすればよかった。

 『コラ。私は自重しろとは言ってない。守護霊のせいにするな。謝っときな。』

 「・・・メルウィン様ごめんなさい。」


 十分後

 メル「じゃあ!実力を見せてもらう!いいわね!」

 「はあい。」

 メルウィンと八人のお嬢様たちが、腕組みをして前に立っている。後ろの八人は一見怖そうに立っているが、目が笑っている。バウンディもニヤニヤしながら座って様子を見ている。

 まずいことになった。あまりにも実力を発揮すると騒がれて嫉妬の的になってしまう。

 しかしやるしかない。二割程度に抑えよう。

 まず型から。一人で木剣を振る。

 面、胴、小手、突き。ここの剣術では、すね、大腿が入る。どちらも急所だ。

 木剣がピュンと音を立てる。それだけで彼女たちはザワついた。えぇ?この程度で?

 メルウィンが怒ったように言った。

 「剣技魔法は!」

 「少し出来ます。」

 簡単は簡単。魔力を剣に通す。それだけのことだ。

 木剣からボワッと黄色い光が出た。霊的な光では無く可視光。もちろん光らなくもできるが、初心者は光らせた方が分かりやすいとポーラに言われた。

 お嬢様たちがまた少し驚いた。

 すぐにメルウィンが木剣を赤く光らせてかかって来た。

 光る剣で受けてしのぐ。剣魔法だと木剣でも切れる。危ないなあ。

 跳んで走って五メートルぐらい距離をとった。

 メルが叫ぶ。

 「よけなよ!遠隔斬撃!」

 メルは光る木剣を縦に振った。霊眼に衝撃波が視える。これは一種の風魔法。高速の斬撃魔法で同じように衝撃波を起こせば消せる。光る剣を縦に振って相殺・無効化した。

 お嬢様たちが「ええっ!?」と声を上げた。

 メル「あ、アイススピア!」

 メルの剣先から現れた尖った短剣のような氷が五本飛んできた。

 だから危ないって。光る木剣で全部後ろに弾いた。

 メル「火炎斬撃魔法!」

 メルの剣先から火炎が放射された。

 「だから危ないってば!」

 剣を振って風魔法で吹き飛ばした。

 お嬢様たちは唖然として互いに顔を見合わせた。

 メル「ううう、それじゃあ、魔法神モーリーンよ。我に力を与え給え。我に正義と奇跡の光を与え給え。」

 メルは光る剣を私に向けて、脇に引いた。

 メル「神剣光輝必殺尖突剣!はああああ!」

 突っ込んでくるメル。剣だけでなく目までも赤く光っている。

 私も腰を低くして剣を正眼に構えた。魔力を注入する!

 急に木剣が折れた。メルのも。

 バウンディが前にいて、突っ込んでくるメルの両肩を両手で押さえて止まらせた。

 床に刃渡り三十センチの、あの『王賜の短剣』がビィン!と刺さった。木剣を斬ったのか?

 二人の斬られた木剣の先が床にカランと落ちた。

 バウンディ「両者そこまで!」

 メル「やだ!」

 バウンディ「ケガしますよ!」

 メル「やー!もう!わ〜ん!」

 また泣いた。負けず嫌いか。とりあえず謝る。

 「メルウィン様、ごめんなさい。」

 お嬢様たちがザワザワしている。

 バウンディ「強いなーガブリエラ様は!さすが隊長の娘だ!メルウィン様は一年生なのに剣技魔法の使い手と言われていて部長に推薦されたんだぞ。」

 早く言えよ!こっちは下手したら死ぬとこだぞ。でも、とりあえず褒める。

 「すごいです。メルウィン様は。」

 メルは泣き止んで、子供みたいにひっくひっく言っている。褒めたので満足したようだ。部長のプライド。お嬢様たちの手前、上であることを示そうとして無理してしまったみたいだ。でもこの子が居れば多少逸脱しても嫉妬されることも無かった。もう少し褒めてあげよう。

 「メルウィン様、これも部長の仕事ですよね?偉いです。責任感があるんですね。頑張り屋さんですね。」

 メル「なによう、何言ってんのよ!もう!わ〜ん!」

 また泣く。偉そうにしておいて泣く。かわいい。ギャップにやられる。お嬢様たちも微笑んで見ている。

 泣き止まないので、仕方ないので王子のように抱きしめて謝った。

 「ごめんなさい。」

 メルは黙ったが、裏返る泣き声で言った。

 「でも、実力隠すなんて卑怯よ。あんたが部長やってよ。」

 「ええ?やですよ。うち爵位低いし。ねえバウンディ様、部長なんて要らなくないすか?」

 バウンディは腕を組んだ。

 「ん、まあ、でも戦場では命令があるからリーダーは必要だ。」

 「う〜ん、そういう前提なんですね?剣技を磨くのでなく軍人を作るという。」

 「ん?う〜ん、いやいや、そうでもない。貴族令嬢を軍人にしたら親に怒られる。まあ、部長はあの二人が来たら頼んでみよう。ダメだったら無しでもいいよ。元から俺は君たちに逆らう気はないんだ。」

 たまに来るという二人か。うん。彼は複雑な立場だ。でも木剣とはいえ剣技魔法の剣を折るなんて相当な腕だぞ。あの高速の体さばきもも見えなかった。人間業じゃない。

 『時間魔法だと思う。』

 ええ?ポーラ?それはないよ。

 『それ以外ない。』


 4

 後日バウンディに聞いた。笑いながら答えたのは、

 「時間魔法?うっはは!でも確かにそういうふうに俺の魔力が働いてるかもね。魔力を発した状態で『速く動こう』って集中していたら俺の周りの時間に干渉するのかもしれない。」という答えだった。確かに私も水筒がぶつかるまでの間に色々考えていた。実際はコンマ五秒もない瞬間の事だ。

 『時間魔法』と聞いて思い出すのは、夢で繰り返し見るフィリアとの最後の戦いだ。あいつは『時間停止魔法』を使ってポーラに反撃した。かなり高度な魔法のはずだよね。

 「ねえ、エラ様?何考えてるの?」

 前にはメルが。あれから一週間。毎日練習前にお茶に誘われる。テーブルには紅茶とスイーツ。美味しくて結構なのだが、初日はクラブのお嬢様二人が一緒だったので、とても緊張させられた。自己紹介されたが、名前も覚えていない。大体、私は人の名前は覚えない方なのだ。あの二人は今も『うる覚え』で見分けが付いていない。

 「ねえ!」

 「ああ、メル様。バウンディ様って強いよね。」

 「もう、ボーッとした子ねえ。王宮騎士団はみんなあれぐらいだよ。お父様だって強いんでしょ?」

 「でも実力を見るとやっぱりすごいや。メル様は剣術は誰に習ったの?」

 「私?私は・・・」

 メルはなぜか後ろのメイドを見た。

 メイドは目を瞑って黙っている。

 「アンから。」

 メルは顔を傾け親指を後ろに向けた。ちょっとかっこよかった。

 え?でも、メイドに習った?あの必殺剣を?どんなメイドだよ?

 アンは微動だにしない。霊眼で視てもオーラが大きいわけでもなく、何も感じさせない。

 でもオーラも揺らぎなく微動だにしない。強いの?

 「アンはね、魔法も剣魔法も使えるし剣術だってすごいのよ。」

 ポーラが言った。『強いよ。この人。』

 メルはティーカップを置いて、改まって話し始めた。

 「アンの事はいいんだけど、今日はね、クリスワード第一王子殿下と公爵令嬢エリザベート様と、隣国エルニーダからの留学生アスカ王女殿下が来るから、態度と発言に気を付けてね。」

 「うん。でも私は礼儀作法を習っているけど、メル様こそ大丈夫なの?」

 「だから、私が危なかったら止めてよ。」

 「何それ!あははは!」

 「笑い事じゃないからね。貴族は足の引っ張り合いなんだから。何か失敗して噂になったら、お父様の仕事にまで影響するんだから。」

 「だから私が大人しくしようとしてたのに、泣いて引っ張り出すんだから。」

 「泣いたとか言わないで。でもあれがエラの実力とは思ってないから。」

 この感じなんだか懐かしい。メル・・・どこかで会った気がする。前回は交流が無かったのに。


 四時半

 クラブのお嬢様たちと体育館に集まっている。

 王子が入って来た。手を挙げて笑って近づいて来た。

 「いよ〜!みんな集まってるな!おお、エラ!」

 間髪入れずハグ。

 お嬢様たちが青ざめた。

 「やめろ!」

 思い切り振り切った。まずいだろ!どういうつもりなんだ!

 王子は半笑いで謝った。

 「フッ。ごっめん。」

 王子の思いを読んだ。

 『エラの緊張は和らいだかな?』

 もう!ズレてるだろ!行動に気を付けているけど、もう一週間も経ってる!緊張なんかしてない!

 みんな沈黙した。

 お嬢様たちの念が来る。

 『ハグした』『私もされたい』『殿下に「やめろ」って言った』『王子がごめん?』

 みんな気持ちがザワザワしている。その上、ジトッとした視線が痛い。

 なのに王子は笑ってるし、バウンディだって苦笑している。

 笑ってんじゃない。人を危機に陥れるつもりか?いじめられたらお前のせいだかんな!

 睨んでいたら王子は「すまん」みたく手を挙げて合図した。やっぱり抱き癖だよね?

 バウンディが言う。

 「王子は隣のユーディーン大陸に十二歳から二年間留学していたからな。向こうはハグの習慣があるんだ。みんな気にするな。」

 はあ?ほんとかよ?渡航準備に何年もかかるんだろ?疑わしいぞ。

 バウンディが思っている。

 『エラには分からんかなあ。王子が自分と近しい人だと示して守ろうと思っている事が』

 はあ?でもこの国でハグはないだろ。やり過ぎだっつーの。

 入り口からお嬢様が二人入って来た。

 一人は黒髪ロングで背が高い。王子ぐらいあるから百八十近いかも。スレンダー美人。東洋人風の切れ長の目だが、狐目ではない。制服につばのない民族衣装的な帽子をかぶっている。

 でも表情は青ざめて口を押さえている。たぶん王子のハグを見たせいだ。人騒がせな。

 もう一人は微笑ましげに笑っている。銀に近い金髪。腰までのロングストレートヘア。髪は首の後ろあたりで大きな白いリボンを使って纏めている。タレ目が超かわいい。二人とも前回も見たことある人だ。

 王子「ああ、部長、エラを紹介してくれ。」

 メル「あ、はい。エラ!」

 肘でツンと促された。え?自分で言うの?

 「第一王子護衛隊隊長アクセル・フォン・アクセル男爵の娘、ガブリエラです。よろしくお願いします。」

 スカートではないので胸に手をあてて貴族っぽく挨拶した。

 メル「こちらの美しい黒髪の方が、エルニーダ王国王女、アスカ殿下です。」

 彼女は無言で目を伏せた。礼の代わりだ。王族は格下貴族に頭を下げてはならないのだ。

 メル「こちらが、エリザベート・スミソミリアンさま。ローデシア王国議会経済大臣エジワード・スミソミリアン公爵閣下のご令嬢です。」

 エリザベート様は笑顔で胸に右手を当てて一礼した。

 「よろしくお願いします。」

 う〜ん、笑顔も超かわいい。

 エリザベート様は話を続けた。

 「お父様が爵位を取り戻した美談はよく存じ上げております。ご立派なお方ですね。」

 「ありがとうございます。」

 気さくだ。公爵令嬢なんて言うからどんな高慢ちきな女かと思ったのが恥ずかしい。

 メルが耳打ちした。

 「王子の許嫁よ。」

 サッと血の気が引いて軽くめまいがした。許嫁の前でハグとは・・なんという不遜な・・・

 今言ったように、このローデシア王国にハグの習慣はない。でも笑顔で許されるとは・・・いや、後でどうされるか分からない。ひいい!公爵家の権力の前には下級貴族など踏み潰されるぞ。

 でも、超かわいい。同じ女子なのに見とれる。いや同じではない。明らかに。決して。

 メル「では準備運動してから練習開始します。」

 準備運動の間、他のお嬢様方の心の声が聞こえてきてしまう。

 『アイツ何なの?』『王子に馴れ馴れしいんじゃなくて?』『エリザベート様に失礼よ』

 まあ、本来聞こえないものなので、気にしないことにする。聞こえない聞こえない。聞こえるが聞こえない。

 練習は型の素振りから。皆さん優雅にされている。王子の素振りもきっちりしていて美しい。皆さんも見とれている。私も見たいが我慢する。私の父上は男爵位。ここでは最下級になる。真面目にしないと揚げ足を取られる。

 しかし、みんな流麗な動きをしているその中で、自分だけ剣をビュンビュン言わせて見えないぐらいに振るっているので目立ってしょうがない。でも「オホホ」なんて言ってられない。初日の体たらくを父上に知られて「剣は命のやり取りだ。気を抜いたら死ぬぞ」と一喝された。

 「何を熱くなっているんだか。」

 「はしたないわ。」

 「貴族教育を受けていないのかしら。」

 思いの言葉でなく、小声で嫌味が聞こえて来た。ピンチ。

 嫉妬と反感の想念も煙のように纏わりついてきて私を襲う。胸苦しい。

 霊的なものが見えるようになってからは、身近な人たちの心の声が聞こえてきて面倒だった。

 容赦ない悪口。怒り。嫉妬。聞いているとやる気がなくなる。投げやりになりそう。

 ガブリエラの記憶がいう。

 『貴族は上下感覚、どっちが上、というのが関心の中心で、何かと上に立ちたがる。面倒な輩ばかりだ。』

 その時、エリザベート様が「パンパン」と手を叩いた。

 「みなさま、嫌味や影口はよろしくないわ。ガブリエラ・アクセル様は王子の親衛隊長のご令嬢です。剣術はお上手で当然ですわ。」

 思い出した。前回もこんな風にかばってくれた事があった。

 公爵令嬢エリザベート。学年は一級上だが早生まれで同い年だったはず。入試に飛び級で受かった秀才。私のような王子のコネとは違うのだ。まだ十四歳なのに、このお手本になるような立ち居振る舞い。さすが公爵令嬢。

 お嬢様たちは黙っている。

 そうなのだ。問題は私が熱くなって悪目立ちしている事ではない。王子のハグのせいだ。お嬢様たちの不満はそこであり、怒るべきなのは王子の許嫁であるエリザベート様であって、この発言は少しズレていて優等生すぎるかも知れない。王子を責めないならお嬢様たちも責めない方がいいだろう。その辺の空気の読み方と調整?は相当難しいぞ。

 でも王子は横を向いて知らんぷりだ。この野郎、許せん。

 王子の許嫁。この人は『ローデシアで一番の美人』と名高いマリア・スミソミリアンの娘だ。今はまだすごくかわいいが、数年後には『ローデシアで一番』と呼ばれるはずだ。前回、最後に会った時には、あの聖女様と違って胸も大きすぎず完璧なプロポーションのモデル体型だったと思う。今は細く痩せていてそれほどでもない。

 しかし前回は、王子がその聖女様に気持ちが傾き、彼女は居場所がなくなって退学し隣国に行ってしまった。その後は戦乱が起きて消息は知らない。

 メルが言う。

 「エリザベート様のお言葉ももっともでございます。でも傍目からは、わたくしたちが手を抜いているように見えてしまうではありませんか。」

 メルも立派だ。部長の立場で、言いたくもないお嬢様方の気持ちを代弁する。しかも王子も責めず、エリザベート様の指摘した論の線上で。

 エリザベート様は言う。

 「わたくしたちも真剣に頑張れば良いのではなくて?」

 当然の反論。不満げなお嬢様たち。また嫌な沈黙が始まった。コワイ。

 エリザベート様は、前回も立場的には私の味方になる人だったが、前の私は魔法の修練の事しか眼中になく、この人との会話は無かった。いや、こんな感じで色々周囲に言ってくれた記憶はあるが、お礼すら言ったことはなかったと思う。さすがガブリエラ。最低だ。後に魔女と呼ばれるだけのことはある。

 みんなシラっと黙っている。

 ここは私から何か言わないと収まりそうにない。前回言わなかった感謝を述べよう。

 「エリザベート様、お心遣いありがとうございます。わたくしも最年少の身ですから、皆様に様々なご指導やご注意を頂く事はありがたいことでございます。どうかお気になさらないでくださいね。」

 黙って聞いていたエリザベート様の左目からポッと涙がこぼれた。えええ?

 お嬢様たちの心の言葉が来る!

 「泣かせた!」「また泣かせた!」「何で?」

 そうだよ。「ありがとう、気にすんな」ってだけじゃん。それとも緊張に耐えられなかったとか?

 エリザベート様は、素早く涙を指で拭き、取り繕うように言った。

 「ごめんなさい。私、立場上他の方に注意する事が多くて、クラスでは疎まれているの。だから感謝されたのが嬉しくて。言葉が、胸が熱くなってしまったの。あなたもそんなにお若いのに気遣いが出来るなんて、なんて素晴らしい方なの?」

 「そんな良くないすよ。」

 エリザベート様はまた涙を拭いた。

 霊眼で彼女が練習に来る前のイメージ映像が視えた。

 クラスでだいぶ揉めたらしい。口論した様子が視えた。飛び級なので年上ばかりの中で、公爵令嬢の立場上、クラスの長として、まとまらない意見に晒され気持ちが萎縮しているのが直に伝わってきた。また、強く言えば「親が偉くなかったら、お前の言うことなんか聞かないぞ」と思われ、優しく言えば「はっきり言え!いいとこのお嬢様はこれだからダメなんだ」と心の言葉で裁かれる。

 あれ?この人って人の心が読める人だぞ。

 見たらエリザベート様は、口を押さえて決壊したように涙を流していた。ええええ?

 「また泣かせた!」

 「公爵家への不敬は王家への不敬とみなされるのよ!」

 「懲罰よ!懲罰を受けるべきだわ!」

 お嬢様たちに断罪される。前回もこの人が相手ではないが同じ様な事があった。でも無言でスルーした。その結果はボッチと嫌がらせ。反撃したらエスカレートして最後は父上の失職まで行った。また同じか。

 でも懲罰って何されるの?・・・でもでも、このぐらいの事でそれは無いよ。

 それとも何?今から王子のハグへの仕返しなの?悔しさを我慢してたとか?

 さっき「怒るべき」とは思ったけどさあ・・・理不尽だよ。

 もう、ここも所詮は封建主義社会なのかあ。ああ、私はもうここには来れまい。父上も左遷だ。ごめんね父上。

 エリザベート様が、スッと近づいてくる。張り倒される?

 間違っても反射的に柔道技で投げたりしちゃいけない。その時は父上も私もお終いだ。

 目をギュッと閉じて身を固くした。

 どこに来る?頬を張られるか、両手で突き倒されるか?蹴りはないよね?頭突きもないよね?

 彼女はフワッと優しく私に抱きついてきた。

 お嬢様数人が「あ」と短い声をあげた。

 エリザベート様は、しばらく私を抱いたまま、すすり泣いた。彼女の方が私より少し身長が高い。


 練習後、エリザベート様にお茶に誘われた。

 断るのも失礼だし、さっきの事もあるので話がしたいのだろう。夕食までには帰してくれるという。

 学園から徒歩十五分の所に学園の寮がある。馬車なら五分。寮と言ってもバロック調の豪華な四階建てだ。個人で三部屋が割り当てらしい。応接室的な部屋に通された。寮にはお抱えメイドがついて来ている。彼女がいい香りのする紅茶を出してくれた。お菓子はクッキー。見たこともないデザインの高級品。

 スミソミリアン家は王都に広大な公園の様な敷地を持つ大貴族だ。それでも荘園領地の方は政争で失ってしまったらしいが、銀行預金や他の貴族への貸付金の利息で裕福に暮らしているらしい。その上、父のエジワード・スミソミリアン卿は王国議会で長年経済大臣をしていて、その公爵としての地位は不動と言われている。

 エリザベート様は、隣に座って上品な佇まいで、静かに紅茶を飲んでいる。美しい。

 後ろではメイドが待機している。

 「ミシェル、ありがとう。」

 メイドは一礼して去った。

 沈黙。とりあえず話す。

 「お菓子美味しいですね。ありがとうございます。」

 「お口に合ったかしら?嬉しいですわ。先ほどは取り乱してしまってごめんなさい。その・・・最初はね、自分でもよく分からないのだけれど「やっと話してくれた」って思ったの。」

 「え?じゃあ、前世の記憶があるとか?」

 「いいえ・・・私はそんな記憶はないんです。でもそう思ったの。」

 前回はガン無視してしまったんだな。申し訳ない。

 「でね、その後のは、私の事を理解してくれる人に会えた!って思ったの。」

 「はあ。そうなんですね。」

 かわいいタレ目。笑っているようにも見える。でも人相学で言うとツリ目の人よりもタレ目の人の方が、人当たりがキツいらしい。

 さっきは色々動揺していてあまり集中できなかったが、落ち着いて霊眼でよく視てみると、彼女からは白く淡いオーラが出ている。結構大きい。それがフワッと周りに柔らかい雰囲気を漂わせている。アスカ様も思い返してみれば周囲から切り取られたように浮き出して見える人だったので、あの人もたぶん強力なオーラが出ていそう。

 なんて思っていたら彼女は不意に核心を突いた。

 「あなたも人の心が読める人でしょう?」

 「ん・・・ええ多少。」

 「うそ。全部読めるでしょ?それにあなたの後ろの人、たぶん大魔法使いね。魔力がすごい。王宮魔導士にもこれほどの人はいないと思うわ。」

 後ろの人って。・・・この子『視える人』でもあるわけね。まあ、隠さず答えるとしよう。

 「まあ、自分で『魔女と呼ばれている』なんて言ってますから、すごいのかも知れません。」

 「ウフ、他人事みたいに。このローランド大陸で魔女と呼ばれて歴史上、名前が残っている人は数人しかいない。この黒い服は・・・ポーラさん?」

 「ああ、そうです。よくご存知ですね。」

 エリザベート様は喜んだ。

 「わあ、すごいわ。でもポーラさんの事は禁書なのよね。理由も教えてくれないの。」

 そう言えば聞かないな。有名じゃないのかと思ってた。

 『ああたぶん、この国はフィリアの流れをまだ引いているからだと思うよ。』

 ポーラが答えた。そうか。また組織を作るって言ってたしね。

 「何ですかそれ?」

 この人、心を読んで当然のように質問してくる。私はいつもの夢のことを話した。

 エリ「ああ、ではポーラさんはこの国の前身ローランド帝国を滅ぼした時の人かも知れませんね。あまり言うと咎があるかも知れません。」

 『いや、違うね。それは五千年前の初代魔王帝の話。私は千年前。魔族の軍が南部州に出城を作った時だ。』

 エリ「ああすみません。歴史をもっと勉強しますね。」

 霊と当然のように会話する。はたで見ていると不思議だ。自分もやっているはずだが。

 『この国の歴史では習わないよ。まだフィリアの影響力は失われていないからね。』

 まずいな。学園での立場どころでなく国から大迫害に遭うかも知れない。

 エリ「あはは。大丈夫ですよ。公爵令嬢は口が堅いです。私は霊的な眼で色々な事が見えても全部黙ってますから。言えばそれこそ変な人扱いされますから。」

 「アスカ様も何となく見える人の感じがしましたけど。」

 「そう。彼女も理解してくれるお友達の一人だけど、クールなのよね。相談しても『それはあなたの課題だから』とか言って突き放すの。でもその夢の話はアスカ様に意見を聞いてみたいわ。」

 「でもフィリアの時間魔法ってすごくないですか?」

 「千年前はね。今は部分的には時間魔法がよく使われているわ。・・・例えばあなたの手。」

 手には親指に一センチぐらいの傷があった。さっきの練習で木剣のトゲが刺さって、バウンディがナイフで手荒く抜いてくれたのだ。

 エリザベート様は両手で私の手を包んだ。テレる。

 彼女はニッと笑った。そして気を取り直して目を伏せて唱えた。

 「神よ。聖なる癒しの神アーケーよ。治癒の力をお与えください。ガブリエラの傷つきたる手を健やかなる手に戻し給え。」

 上から細く白い光が降り、傷が消えた。

 「すごい!今のって聖魔法ですか?」

 「うん。そうも言うけど、祈りに近いかも。あなたの手の時間を戻すイメージで神の光を呼んだ。ケガや急性の病気には時間を戻す魔法がよく使われているわ。」

 「イメージが難しいんですけど、治った姿はいいけど原理というか魔力の根源が、」

 「神様に委ねる気持ちなら別に理屈は要らないんだけど、魔法学校的に解説すれば、時間の流れを一つの自然の力、星々を運行させる神の力とイメージし、自らを無にしてそれと一体化する。そして自らが時間そのものとなって自分の意思で動かす。走るのをやめて戻るように、あるいは砂場に溝を掘って水を流すように。魔法書にはそう書いてあるわ。」

 「家にはその本なかったなあ。父上が買わなかったみたい。」

 「最近の、魔女と呼ばれている人が書いた本よ。『時間を完全に止めたら光も止まる。物体を作っている粒子である原子を作っている電子の運行も止まる。全ては止まり理念の世界になる。神は時間も空間も光をも生み出した存在なので、それを自由に操る事ができる。人間もまた神が生み出した小さな幼い神なので、同じ能力が潜在的に備わっている。よって指先などの限定された時間を戻す事は可能とされている』って。」

 「すごい!暗記してるの?エリザベート様って頭いいのね!」

 「あら、嫌ですわ。わたくしのことはエリザと呼んで。私もメル様みたいにエラ様と呼びたいの。」

 「でも、はい。じゃあ人の目は気にしません。エリザ様。」

 「ありがとう。その本は何回も読んだのよ。エラ様は今の理解できて?『原子』とか『電子』とか新しい理念だから先生たちも『革命的だ』と言っているの。」

 「うん。分かりますけど・・・でも時間魔法ってやっぱり難しいですね。」

 「もし、国一つ、あるいは、この世界全ての時間を自在に動かせたら神だけど、普通の人間はそこまで行けないって。自分のできる限界を見極めてイメージで範囲を調節して魔法を使う事が大事だと書いてある。」

 「時間を進めることも出来るの?」

 「出来るとは書いてあるけどなかなかね。その魔法書によると『基本的にあの世には時間がない。意識のみある。原因と結果の順番のみある』と書いてある。だからエラ様の夢の話は興味深かったわ。」

 「私も出来る?」

 「うん。そういうことを考えながら瞑想していると出来るようになるわ。理論的には『時間を戻せば死者も甦る』と書いてある。でも人類の常識の想念を破る事になるので、それが難しいんだって。」

 「へええ、その本の人すごいな。」

 「ちなみにだけど、時間を戻さなくても神の光エネルギーを変換して物質化する事ができれば傷くらいなら治るけどね。これも基本的な魔法だけど、聖魔法は捉え方が違うの。天使が引いてくれた神の光エネルギーを材料に、自分の魔力は動力として使うの。四属性魔法では逆よね。自分の魔力と引き換えに四属性の精霊が魔法を発現させる。天使達を呼んで助けてもらうのは『祈り』よね。」

 「まあ、色々流派があるそうだけど?」

 エリザは手のひらを上に向けて少し回した。そこに周囲から光が集まって綺麗な氷の玉ができた。

 「へえ。でもメルもだけど、みんな無詠唱で色々な属性の魔法が使えるのね。」

 「ふふ。エラ様全然驚かないんだ。出来るのね。クールな人好き。」

 エリザが手をパッと開くと、氷の玉は光ってシャッと消えた。

 「あの本の影響で学園ではみんな多属性の魔法が使えるように練習しているのよ。得意下手は当然出るけど。無詠唱なのは先生たちは戦闘魔導士系の人が多いから。戦いだと詠唱してる間に斬られちゃうでしょ?」

 「ハハハ!でも、その現代の魔女って何ていう人?」

 「白い魔女カトリーヌ。エラ様は知らないの?」

 「カトリーヌ・・・前回聞かなかったなあ。」

 「『前回』って不思議な言い方。エラ様の心にチラチラ違う国の有り様が見えるんだけど。」

 「うん、異世界転生って分かるかなあ・・・」

 「え?それ、カトリーヌ様の本にも書いてあった!」

 「えええ?すごいなその人。いつか会えるかなあ・・・」

 「カトリーヌ様は、この国の属国のノースファリアの人だから、う〜ん、先方が会ってくれると言うなら会えなくもないと思う。でも噂では気難しい人らしいから難しいかも。」

 

 5

 翌日、クラブでの練習後、バウンディが言った。

 「エラ殿は本当に剣術を始めたばかりなのか?型が良すぎる。」

 「毎日素振りをしていますもの。」

 「エラ殿はテストして、可能なら学園の剣術の授業に加わろう。他のご令嬢方がかわいそうだ。」

 最後のが本音だな?

 「はァ?テストって?」

 バウンディは一瞬イラッとした。私が嫌そうな顔をしていたせいか?

 バウンディは木剣を振るってきた。令嬢たちが軽くキャッと言うぐらいの速さで。

 しまった。前回は周囲を無視していたし、十四までの自分の影響で、どうしても感情が顔に出るんだよね。

 でも剣筋がよく見える。自分の剣先を見て練習していたせいだ。何度かよける事も、彼の木剣を自分の木剣で軽く受け流す事もできた。筋力も充分。

 彼の腕と足に有効打を当てた。真剣ならもう戦えないぐらいの。

 彼は一瞬消えた。背後に気配を感じた。殺気!?

 木剣で頭を守りつつ横によけた。バウンディの振り下ろす木剣がズガンと床に刺さった。

 令嬢たちが引いている。彼は笑った。

 「アハハハハハ!やるね。いいよ。身体も魔法で強化しているね。合格だ。」

 「あの、今殺気を感じましたけど?他のご令嬢の方たちにも、このようなテストを?」

 「いやあ、それを感じ取るだけでも合格ですよ。本当なら背後から肩を叩く程度の気配を感じ取るテストをしようと思っていたのですがね。手合わせしたくなってしまった。本当に申し訳ない。」

 赤い髪のメルが言い出した。

 「それ面白いですわ!やって下さる?」

 メルウィンは陰では「自己中、人を振り回す」などと言われているが、悪意はないので誰からも恨まれてはいないようだ。

 バウンディ「希望者だけやりましょう。」

 笑っているがバウンディは困っていた。

 『しまった。他のお嬢様方を試験する気はなかったのに。これ王宮騎士団の入団試験の一つだからレベル高いんだよな。「エラはレベルが高いからクラブは辞めさせて本授業に加えましょう」って王子に言うためだったのにな。他には誰もできんだろ。』

 じゃあ補足させてあげる。

 「ねえバウンディ様、これ成績とかに関係ないよね?」

 バウンディは喜んだ。『ラッキー!偉いぞエラちゃん!』フッ。

 バ「もちろん!学園生の評価には全然関係ありません。学園では女子の剣術授業への参加が始まったのは去年ですから、実績のないエラ様を推薦するためですよ。もちろん他のご令嬢の方々はもう基本ができていますので、ご希望なら学園の本授業に参加できますよ。」

 令嬢たちは『じゃあ私パス』『本授業は男子が怖いもん』『こっちの方が王子と近づけるし』と思っている。

 ああ、今日はいないがクリス王子は客寄せパンダでもあったのか。普通の令嬢は剣術なんかやらんよね。

 

 バウンディが「後ろを向いたメルの右肩に木剣を振り下ろす」と言う。当てるか当てないかは分からない。当たると思ったらよけるというテスト。頭でやる方が良いのだろうが、ご令嬢の方々にそれはできない。

 何度かのフェイントの後、バウンディは木剣をメルの肩に当てた。

 メル「ええー?やだあ、いえ、嫌ですわあ。全然分からなかったです。」

 エリザが「では私も」と前に出てきた。バウンディは若干困ったが、ポーカーフェイスで続けた。

 彼はフェイント数回の後、剣を軽く振った。

 エリザはよけた。お嬢様たちは「おお」と小声を上げた。

 令嬢「ええ?嘘ですわ」

 メル「何か合図が?」

 エリザ「おほほ。神経質なせいかしら」

 若干疑いがかかるのを見て、もう一人が名乗り出た。アスカ様だ。

 隣国の島国からの留学生、エルニーダ王国王女アスカ・フランクリン・エルニーダ。

 民族衣装的な鍔のない帽子の下は周りにいない漆黒の髪色。練習中は白い細い布でゆるく髪を纏めている。背が高くてクリス王子ぐらいあり、すらっと痩せていて格好いい女性だ。たぶん十五歳。前の時は政治状況が荒れ出したらすぐに母国に帰ったし、偉い方なので下級貴族の私などとは交流がなかった。

 彼女も軽くクリアした。

 「剣術習ってました」とは言うが、絶対に霊的能力だと思う。

そんなことを思っていたら微笑みを返された。読心術もいけるらしい。

 他のご令嬢の方々は棄権した。

 

 王宮魔法学園に通うようになって三ヶ月が過ぎた。

 もう剣術クラブは卒業させられた。結局、父上の指導は受けられなかった。これからもなさそうだ。

 朝、まずは庭で一時間、素振りや格闘の基本的な体術をやる。その後、魔法の基本練習、魔力の球を浮かべるやつ、をやる。その後は学園に行って正規の魔法科の授業に加わって『基本魔法』と『剣技魔法』を習う。

 『基本魔法』は一年生が多いが、留学生や転入生も多い。そのせいか基本の繰り返しと復習が多く、途中からj授業に加わってもさほど不便を感じないような授業スタイルになっている。

 内容は、物を動かす、浮かせる、火をつける、水を出すなど、本当に基本的なもの。水は空気中の水蒸気を集めるように習うが、井戸水や水道水を瞬間移動させても、私やエリザのように魔力や光エネルギーから物質化させてもそれは別に構わない。慣れたら応用して、物の汚れを落としたり、ゴミを焼いたり、服を乾かしたり、掃除・洗濯等、生活魔法のレベルに入ってゆく。私はこの辺はもう身についている。

 魔法の杖の使い方、呪文や魔法陣の授業もある。簡単な基本的ものだ。

 杖は魔力が宿れば何でもいい。使い込むほど威力が増す。呪文は短いものから長いものまで色々あるが、自分の魔力を呼び起こしたり、自然の力を引いてきたり、精霊を召喚したり、悪魔を呼んだり、神や天使を呼んだりその流派や目的によって色々あるが、代表的なものを習う。魔法陣は簡単に言えば呪文を図形にしたもので、壁や地面に描けば結界や召喚に使えるし、魔力が持続する。先生方を霊眼で視ると呪文を唱える時に魔法陣が視える。それがイメージできれば呪文を詠唱する必要がないので速く魔法が発動できる。

 私の場合は、ポーラの指導と前世で大量の魔法書を読んで魔法理念や術式を完全理解しているので、大抵の魔法は呪文を唱えることはないし、魔法の名前すら言わない。先生方は首を捻っている。エリザは「魔法陣が出ているよ」と言うが、自分からは全体がよく見えない。

 この辺の授業がレベル五から十だそうだ。無詠唱は四十レベルを超えているそうなので、私はその辺か。

 次は『属性魔法』に入る。これは『地水火風』の基本四属性。地方や他国では五属性や八属性に分ける所もある。学園初等部では、三年間でどの属性でもいいから五十レベルまで引き上げられる。次の研究部の四年間でレベル百を目指すのが王宮魔法学園の学習目標だそうだ。前回の私は十七歳か十八歳ぐらいから王子の『特務』に参加していたのでレベル百までは独学だった。王宮魔導士の認可がなかなか出なくて大変だった。

 内容は、水属性なら温度を変えたり、火属性なら炎の色を変えたり、土魔法は鉱物を集中させて金属を生成したり風属性も真空を作って雲を発生させたりという具合だ。

 大体この世界の貴族は多かれ少なかれ魔法が使える。それは貴族の条件で、魔法が使えない貴族はいない。

 松島アヤの時、日本で魔法の漫画がやたら多いので何でだろうと思っていたら、母がぶっ飛んだことを言いだしたのを思い出した。「それプレアデス星の思想なのかも。あそこはジェダイの星みたいな所だというから。西暦三千年以降に地球に移住してくると言うから、その準備で思想が流されているのかもね。」幼い自分はふ〜んと聞いていたが、今思うと、とんでもねえことを言う親だった。

 授業で細かく教えてくれるのは理解がしやすい。加えて、今世では私は霊的存在が視える。この学校の魔法指導をしている魔法使いの霊がいる。白いマントで、フードを深く被った女性。真っ赤な炎のようなオーラを放っている。彼女は、一万年前のモーリーン神の時代に魔法使いになって、千年おきに生まれ変わっているという。前回生まれたのは五十年前で、アクサビオン帝国のネクロフィリアに殺されたので、復讐のためにここローデシアで魔法使いの養成をしていると明るく言う。肉体を持ったフィリアにやられたのか霊的なフィリアにやられたのか聞けていない。めちゃめちゃ喋る霊なのだ。曰く、

 『大体ねえ、ちゃんと基本を勉強すれば誰だって魔法は使えるのよ。物を動かすとか、傷を治すとか空を飛ぶとか基本魔法は術式が確立しているし、支援する自然精霊とか、魔法使いの霊とか治療系の天使とかも霊界の役割として決まっているの。だから上手い下手はあるけど、どんな魔法でも術式を学べば誰でも使えるわ。理屈が理解できていれば本人に大きな魔力がなくても発動できる。魔力っていうのは万物みんなが持っている生命エネルギーだから、借りてくればいいの。ああ、これって霊体の力も含むからね。分かる?私は太陽の力を借りることが多かったけど、一人で足りなければ人数集めれば出来るのよ。その場に影響している魔力を解析して種類分けして術式を組んで重ねて発動すれば使えない魔法はない。人数や掛ける時間は変数があるけど、できないことは一つもない。あの世では思ったことはほとんど実現するからね。この世でも十倍の力を使えば同じように全てが実現する。』

 「よく喋るわねえ。」

 『あとねえ、『地水火風』とか『聖魔法』とか分けて言ってるけど、本当は言ったように風魔法なら風の精霊の力を引いてくるから、プロセスは聖魔法と同じなんだよね。だから「聖魔法しか使えない」と言う人が居たら、それは悟りが低いのね。」

 「じゃあ教会の聖魔法導士が言うように、心が清くないと魔法は使えないの?」

 『いやあ、そうでも無いんだよね。自然の力を使う時は自然の精霊だけじゃなくて、そこに居る妖怪や魔物の霊の力を引いて来ることもあるし、闇系黒魔法でも同じようなことはできる。それは悪魔の力だから、一概に心を清くしないと魔法が使えないということはないよ。あくまでも本人と精霊とかの霊的存在の相性の問題。ただ、聖魔法の場合は使えないという人がいる。原則、神を信じていない人は聖魔法は使えないわよ。神や天使だってそんな人に協力するのは嫌だもの。」

 「私は全部使えちゃうけど。」

 『前回は聖魔法はダメだったんだよね?』

 「ああ、それ知ってるのね?」

 「ガブリエラは二回目だから教えることは何も無いわ。まだ何か聞きたい?」

 「悪魔を呼んで何か害はないの?学園でも将来は戦闘系魔導士になるという場合もあるから下位悪魔を呼ぶ魔法を習うけど、憑依されたりとかしないの?」

 『あいつは学園と契約してるから憑依はしないし、厳密に言うとあいつは悪魔じゃないんだよね。元悪魔だ。もしも、本当の悪魔の霊が憑依してきても、自分がそれより魔力レベルが高ければ追い出せるし、教会組織とか、強い魔導士がたくさんいる組織の中ならば守られるよ。でも普通の人は憑依されたら人格を奪われて肉体まで奪われるわ。いくらでも強い悪魔はいるから魔導士も勝てないこともあるし、対価を支払えば帰ってくれるかもしれないけど、自分の命だけじゃ済まない場合もあるから、素人は絶対呼んじゃダメだよ。』

 「怖いね。」

 『まあ、他に質問があったらアスカ・エルニーダに聞くといいよ。あれは『未来を視る魔女』みたいなもんだから。』

 「はあ・・・」


 『剣技魔法』の授業。

 普通の学園生に混じって受けている。男子ばかりだ。でも向こうの端にアスカ王女殿下とエリザ様とメルがいる。彼女たちも本授業に加わっている。今日も目で挨拶した。

 『剣技魔法』は、まず防御から。一日目は自分の周りに肉眼に見えないバリアを張る『基本防御魔法』から教わる。これは剣撃や素手などの打撃を「磁石の同極同士が弾いて触れられないというイメージで」と教わる。別に「鉄で覆われている」でも「見えない甲冑を着ている」でも構わないそうだ。魔力レベルが上がればより強固なバリアが張れるし、集団でバリアを張ることもできる。でも先生方は「自分の通常レベルの十分の一を使って常時バリアを張るように」と指導する。戦いの時の基本だそうだ。この基本防御魔法は明確にレベル設定がされていて、『レベル一』は『魔力を帯びない通常の剣が触れても皮膚が傷付かないレベル』とされている。『通常の剣が触れないレベル』ならレベル二だ。

 エリザが質問した。

 「自分の防護魔法が心もとない時はどうしたら良いですか?剣も持っていない時です。」

 王宮騎士の講師は「剣を持っていないなら、両手に防護魔法の魔力を集中させ、手で守る。」と言った。これを強くすれば、引力の逆の『斥力』で相手を吹っ飛ばすことも出来るという。

 エリザ「それでもダメな時は?」

 メル「どうしたのエリザ様?なんか必死だけど、」

 エリザ「だって私、うまくできないんです。」

 講師「ああ、あなたは聖魔法属性の人だよね。学園にある教会出張所の『祈りの部屋』でよく見かけるよ。信仰では『神の愛』とかを意識するよね。愛は「引っ張って繋ぐ力」と考えると『斥力』は難しいかもね。そういう人は単に球体のシールドに入っているんだと思えばいいよ。」

 エリザ「どのようにですか?球体と言っても防御できるものをイメージするには?」

 講師「神のパワーを全身に帯びることをイメージしてみよう。」

 エリザは目を閉じて両手を合わせた。するとその全身がギンギンに白い光で包まれた。少なくとも私の霊眼にはそう視えている。普段も淡い光に包まれているのに。

 メル「なんか、エリザ様・・・神々しい感じがする。」

 講師「ほら出来た。」

 男子生徒が言う。「なんか斬れないよね。これ精神魔法ですよね?」

 講師「まあ斬られなければ何でもいいんです。」

 生徒たちがどっと笑った。

 二日目は魔力を変換して体そのものを強くしてしまう『強化魔法』。三日目は切り傷等を治す初歩的な『治癒魔法』も習う。この辺は私は二回目だしポーラも教えてくれたので復習になる。

 四日目は相手を感知、探知することを習う。同時に自分の魔力を消す訓練もする。

 要は『かくれんぼ』と『物探し』だ。誰かが隠れて、それを探し出す。あるいは魔力を発している『魔道具』というのがあるのでそれを隠して探し出す。

 イメージとしては自分の魔力を拡大して、そのエリアの魔力が高い位置を感じ取るようにする。

 でも私の場合はレベル六十から七十の魔力が常にワンワンと周囲に出ているというので探すのは簡単らしい。見つける側の時も『霊眼』が先に働いてイメージ映像で見えてしまうので探知魔法とは言えない。

 講師は「相手の魔力を感じ取れない奴は長生きできないぞ」と言う。

 次の『魔力を消すこと』はなかなかできないが、基本は『興奮すると魔力の放出量は大きくなるので、冷静になって何も考えないでいると探知されにくい』ということだった。

 男子が言う。

 「エリザベート様は、より興奮してもらった方が聖魔法が放出されて相手も戦う気がなくなるのでは?」

 他の男子が応える。「バカだな。それじゃこっちも戦う気がなくなるだろ?」

 エリザ様は笑顔で応えた。「それなら平和になって良いですね。」

 軽い笑いが起きた。エリザ様は割とノリが良い。私なら、ふざけんなだ。

 こんな風にエリザ様、アスカ様は尊敬はされつつも剣の授業では軽く見られがちだ。二人とも聖魔法の使い手と見られていて尊敬されつつも『戦闘力がある・強い』とは見られていない。聖魔法も浄化や治癒が中心で戦闘力としては低く見られがちだ。先生方も講師も『護られる側』の人物として見ている。

 でも私はこの二人と戦って勝てるなどとは思えない。二人の背後に天使軍団やテリットさんやそれ以上の光の存在が視える時があるからだ。闘う?バカ言っちゃいけない。理由もなく襲い掛かったら一瞬に拘束されるだろうし、向こうの理由によっては、私の体とこの世とは、おさらばしなければならない。何か意見の相違があったら、とにかく話して納得をもらうしかない。ちなみにポーラは『ええ?本当の浄化って戦うよりすごいよ』と言う。

 

 三週目に剣技魔法の内容はやっと攻撃魔法の授業に入った。

 まずは「地水火風」の四属性に基づいて、『土の剣』からだ。土魔法で土から剣を作る。土の中の鉱物を結晶化させれば金属の剣も作れる。私なんかは前回の二十歳ごろの魔力なら光から原子創成させて鋼の剣が作れたが、今はまだ出来ない。でもあの剣もすぐ折れたし、次々ポコポコ出せるわけでもなかった。刀鍛冶が魔力を込めて打った剣の方が強かった。『水の剣』は氷の剣を作るのが基本だ。メルのやった『氷の短剣』はみんなすぐ作れた。

 『炎の剣』は実際の剣の刃を魔力の炎で燃やす。できるとかっこいいが持っていて熱い。熱制御魔法が別に必要だ。でも斬られたら同時に火傷するし、焼き切るので深傷になる。燃え移って焼死するかもしれないので破壊力は大きい。火焔放射も習う。『風の剣』はメルがやった遠隔斬撃が基本型。応用型はいくつもあるというがそれはまだ習わない。講師は「大体見える範囲ぐらいの敵は斬ることができるが百ヤールも離れた奴はかなりの達人でないと斬れない」という。『ヤール』というのは、こっちでの単位の呼び方だが、メートルは、こっちでは『ヤール』と呼ぶ。三メートルが五ヤールぐらいだ。計算が面倒くさい。キロメートルは『ヤルデル』という。百ヤールなら大体、六十メートルぐらい。

 次は剣撃の強化に入る。鎧兜のような硬いものを斬る。遠くの物や障壁の後ろにあるものを斬る。このような剣魔法を身につけると鎧兜・甲冑が意味をなさなくなる。しかしその場合、魔力を込めた甲冑が開発され、また魔力を込めた剣も作られて、シーソーゲーム・イタチごっことなっている訳である。

 さらに剣を魔法の杖として使う方法、また、剣を使わずに相手を斬ったり倒したりする『拳魔法』まで習う。

 魔力レベルで言うと最終的には五十から六十が必要ということだった。

 ちなみに前回の『レベル百』の頃は、剣で岩も鉄の扉も斬れた。『柳生の里には刀で斬られた岩がある』というが、そういう技だ。こういう知識は、大体松島アヤの父の受け売りだ。彼は軍事オタクであるだけでなく格闘技オタクでもあった。空手技で氷や瓦を割るのを見た時、私が「気功と一緒なのかも。きっと手に気を込めているんだよ。」と言うと、父は「いや、レスラーのスタン・ハンセンの腕は木の棒みたいに硬いと言うし、ジャイアント馬場の手だって石みたいに硬かったらしいから、長年の鍛錬の結果なんだろうよ」なんて言っていた。私は、この二人をこの時始めて知った。

 

 木剣同士の打ち込みの練習。

 二人一組で攻撃側が左右面を打つ形で前進、受け側はそれを木剣で受けながら後退して行くという練習。端まで来たら攻守交代。剣道でもよく見る練習だ。

 木剣に魔力を込める。相手は伯爵家の御曹司。相手の木剣も魔力で赤く光っている。私の黄色いのは珍しいらしい。御曹司は鼻で笑った。この国ではまだ女性剣士は珍しいのもあるのだろう。少し腹立たしい。

 軽く打ち込んでみた。相手は初日のメルのように必要以上に剣を払ってきたが、相手の剣先が折れて飛んだ。

 ヤバい!折れた剣先が回転して隣の人に向かう。

 木剣で横に打ち払った。本気のスピードを出したので剣圧で突風が起きて御曹司の上腕の肉がサクッと切れた。

 加速魔法で剣を素早く振り、真空を作って相手を斬るレベル百の技だが、今でもレベル百が出せるらしい。でも御曹司を斬りたかったわけではない。しくじった。

 講師が走ってくる。御曹司は傷を手で押さえる。私も両手を向けて治癒魔法をかけたが意外と傷が深くどくどく血が出ている。焦る。そのせいか治癒魔法ではレベル百が出せない。前回のレベル百の頃は切断された腕ぐらい繋げたし、火魔法を受けて腕が燃えて失っても生えてきた。

 エリザが来た。そして唱える。

 「神よ、ヒールを与え給え。」

 エリザは木剣を魔法の杖のように彼の傷に向けた。

 上から子供の天使が三人降りてきて、その手から光の塊を傷に次々に投げ込んだ。

 傷の血は止まり、傷が消え腕は元通りになった。

 男子たちが湧いた。「すごい!」「さすがエリザベート様!」

 御曹司「ありがとう!エリザベート様!」

 私は御曹司に謝った。以前なら「お前の防御が悪い」ぐらい言った事だろう。

 「すみませんでした。」

 御曹司は沈黙したが、目を合わせず言った。

 「他の生徒にケガを負わせるような奴は退学になるのだが。」

 みんな沈黙した。

 御曹司は言う。

 「魔力制御が出来ないような人は授業に加わるべきではないと思う。学園ではなく個人レッスンにすべきだ。」

 講師「まあ、その意見も、もっともではあるけれども」

 御曹司「いや、クリスワード殿下が幾ら勧めたからと言っても、こういう粗暴な魔力の人物は学園には不向きなのではないか?」

 皆沈黙する。

 はあ、この発言って、用意してた感じだよね。ちょっと挑発してきたのはそっちだし。メルといい、エリザ様の時といい、貴族なんて面倒臭い奴ばっかりなんだ。やっぱり学園に居場所はない。前はこういう時も無視して嫌がらせが始まった。そして魔力でねじ伏せた。今回は同じにはしない。去ろう。決めたら不思議に笑みが出た。

 わかりました。と言おうとしたらアスカ様が言葉をかぶせてきた。

 「キース・カイエン様っ、ごめんなさい。エラ様と先ほど授業が始まる前に宗教論を戦わせてしまいまして、二人とも感情的になってしまいましたの。かなりきつい指摘をしてしまいましたので、お気を悪くされておられました。それが魔力制御に影響してしまったかもしれません。」

 みな唖然としている。アスカ様はあまり話さず微笑みを返してくださるのが常だった。こんなに喋るのを誰も見たことがない。しかも私はそんな戦わすほどの宗教論なんて語れやしない。いや、まだ全然話したことがない。

 アスカ「ですから今回のことの半分はわたくしアスカ・エルニーダの責任ですから、どうかご容赦いただきたいのです。」

 御曹司「・・・えぇぇ?」

 アスカ「どうか、」

 アスカが頭を下げようとするので、講師や生徒みんながワーッと言って止めた。

 講師「どうかおよしください!殿下に頭を下げさせたなどという事になったら私と学園の責任問題です!どうか!カイエン殿からも何か言ってください!」

 御曹司「すみませんでした!私の剣術が未熟なせいでした!申し訳ない!」

 アスカ「カイエン様、謝らないでください。わたくしの責任でもあるのです。」

 御曹司「いいえ、とんでもない!全ては私、不肖キース・カイエンの責任であります!私などの名前を呼んでもらえるなんて恐悦至極でございます!アスカ様にもガブリエラ様にも何の責任もございません!エラ様も気にするな!わはははは!」

 笑って流してくれた。助かった。でも、この手のひら返し・・・アスカ様ってそんなに偉いんか?

 アスカ様は振り向いて私だけに見えるようにウインクした。助けてくれたのね。優しいぃ。

 講師が場の空気を変えようと大声で話し始めた。

 「いやあ!エラ!君の剣撃はすごいな!今のはレベル八十は行っているぞ!エリザベート様もその治癒魔法はレベル五十は超えている!エラのは十ぐらいだが。あははは!」

 生徒たちにも笑いが起きた。でも、エリザ様の治癒魔法のおかげでこのくらいで済んだ。

 ポーラの声が聞こえた。

 『君のヒールもレベル三十は行ってたよ。講師は他の生徒達に気を遣ったのだろう。あと、切断された腕をつなぐとか、腕が生える魔法はレベル百どころじゃ無いと思うんだけど?でも、興味深いのはエリザだね。エリザはすでに天使と縁がある。あの子は聖女になるべき人だね。』

 でも前はダメだったんだよね?

 『いや、追い出されたよね。この国に魔がはびこったのさ。正しい聖女が国の上に立てば、そもそも国内に魔王城が出来たりはしない。』

 わかった。エリザに言おう。

 「エリザ様!あなたは聖女になるべき人です!その訓練をされるべきです!」

 エリザ「えええ?」

 周囲は沈黙。そしてザワザワした。

 講師「うん。確かにその年齢で聖魔法レベル五十は高すぎる。教会魔導士レベルだ。訓練してもいいかもね。」

 確かに前回聖女候補はいなかった。国王は仕方ないので『あいつ』を隣国オシテバンから聖女候補として呼ぶ事に同意したんだ。私が十七歳の時だ。エリザが聖女候補になれば前の歴史は変えられるかもしれない。

 

 6

 私とアスカ様はこの前の騒ぎまでは、三ヶ月間で挨拶ぐらいし会話が無かった。と言うか、会った回数も十回ちょっと。剣技クラブと週二回の剣魔法の授業の時だけだった。

 王女アスカ・フランクリン・エルニーダ。

 いつも物静かな雰囲気であり、オーラで言うとエリザと同じく白く淡い光を常に発している。エリザ様と比べるとアスカ王女の方がやや黄色がかっている。

 エリザ様に聞いたが、東の島国『エルニーダ王国』は、三万年前に『創造主エル神』が降臨した場所と言われている。そこは聖地であり、代々の王は神官。王女は巫女でもあるという。

 今ローデシアではモーリーン信仰が当然だが、元々はローデシアでも信仰の中心神は『エル』であり、一万年前のローデシア建国は、モーリーン神の『聖地エルニーダを護る聖戦』の結果であり、ローデシア王家と貴族は、元々『聖地寺院騎士団』だったという。つまり、エルニーダ王家の方がローデシア王家より上位存在なのだとエリザ様は言う。

 なるほどそれなら、あの貴族子弟や王宮騎士である剣術講師の慌てようは頷ける。『王権神授説』というのを大学で習ったが、エリザ様も「この国の王権や貴族の権力はエルニーダを護るために、神から許され与えられたものなのよ。」と言っていた。

 ただ、それは多くの貴族や庶民にとっては『歴史』であって『信仰』ではない。私も今まで詳しく聞いたことがなかった。今の魔法の呪文は大体「魔法神モーリーンよ」で始まるので、その信仰の方が現在ではずっと強い。


 昼、学園の食堂の席に着いて、持参のサンドウィッチを頂く。

 アスカ様のことを、学園の指導霊が『未来を観る魔女のようなもの』と言っていた。『魔女』って、いや『のようなもの』っていったい・・・

 「あら、それ珍しい食べ方ですのね。」

 「え?」

 横を見るとアスカ様。

 「エラ様もこのベリーお召し上がりになる?」

 スッと小分けの器が差し出された。中は赤い小さな果実。

 いつもの優しい微笑み。いつ来た?全然気配が無かった。今日も淡い白い光に包まれている。

 「魔女のようなもの、ですか。魔女とか魔王とか言われて喜んでいる人は悟りが低いと言わざるえませんわ。」

 早速『心が読める』ことを私が知っている前提で話をしてくる。

 「大体、『魔』という言葉を使っただけで地獄の魔界に同通するのです。だからエルニーダでは『霊力』とか『霊術・霊法』と言っています。でもこっちでは『魔法』って言いますけどね。目立ってしまうから。」

 「さっきは、ありがとうございました。助けてくださって、」

 立ち上がって頭を下げた。

 アスカ「まあ、およしになって。わたくしもエリザ様のように、あなたと気さくに話したいと思っていたのですよ。私もあなたの友達にしてください。」

 はわあぁ、こんな美人で良い人に友達になってくださいなんて言われたら、ときめいてしまう。

 「もちろんです!」

 「今日はですね、マリアーノ・マリリン様があなたと話して欲しいと言われるので来ました。」

 「マ、それ誰すか?」

 「学園の指導霊の人。赤いオーラの人です。」

 読心術に加えて霊を見て話せる能力。確かに普通じゃない。

 「うふふ。あなたもですよね?エリザ様も。」

 「ああ、ごめんなさい。そうですよね。」

 「あなた、流れ変えましたよね?」

 唐突な発言に「はあ?」と言ってしまった。思わず口を押さえた。

 「エリザ様に聖女になるように言ったでしょ?学園も聖女教育を始めると言っています。彼女は数年後には聖女として目覚めますわ。聖女は国を清め平和に導く。このパターンは今までなかったですわ。」

 「パターンってどういうことです?」

 「私も『死に戻り』をしているの。私とこの世界が最高度に成功出来ないと次の世界に行けないのです。私はそういう人生を選択しました。」

 「でも選択って、そんな事できるんですか?」

 「あなただってそうでしょ?あなたも天使のような神のような人を見たでしょう?」

 「うん。見た。」

 「人生は、生まれ変わる前に人生計画を立てて選択できます。ある程度の範囲でね。それは普通の人は生まれてくると忘れちゃうんですが。で、普通なら人生は歴史の本流を一直線にあの世とこの世を繰り返して進みます。でも、歴史の傍流、支流というものがあります。それは本流から観れば、もしもの世界ですが。」

 「パラレル世界ね?」

 「そう。ある条件があったり無かったりする世界。この世界は『産業革命』がない世界です。まあ、起こしても良いんですけど、私は上手くはできなかった。」

 「この世界の最期を知ってるの?」

 「まあ、所詮は支流なので消えるか、本流に吸収されるのです。歴史はそのように木の枝のように分岐しつつ幾つもの渦巻きとなって最後はスタート点に戻って一周しています。その中で魂は永遠の転生輪廻の中で色々なところで色々な条件で生まれて経験を積んでいるのです。」

 「何のために?」

 「自分の魂を磨き、人を導き、世界を良くするためですよ。」

 「何で?」

 「全ての魂は神に創られたものですから、人生は神を目指す修行なのです。」

 「神!・・・う〜ん、『神の子』という言葉があるけど、」

 「まあ、そういう事です。宇宙の始まりから終わりの周期は五百億年と言われています。」

 「アスカ様は何回この世界に転生しているの?」

 「難しくってね。ローデシアのこの世界は十回目です。ああ、エラ様はそうはならないと思います。そんな条件誓ったりしていないでしょ?」

 「アスカ様、そんな事も分かるの?」

 「ええ。人の宿命や国の運命もわかります。エリザ様はね、何年後かの戦争が終わったら魔族に殺されるはずでした。でも今回は聖女の修行に入れたので死なないんじゃないかと思います。

 「魔族って・・・」

 「この世界は悪魔への恐怖心が少なくて困りますね。召喚しちゃったりして。悪魔というのは通常、霊存在のことを言うのです。この世界のいわゆる『魔族』というものは、大昔は必ずしも悪とは言えないぐらいの存在でした。あなたの居た世界で言ったら『鬼』よね。とにかく強くて角が生えている・・・」

 「ええと、習ったのは、魔族は三パターンあって、ゴブリン型の小魔族、翼と尻尾がある中魔族、人間型の大魔族って。あとは魔王?前回私戦ったらしいけど?」

 「この世界で通常『魔王』というのは大ゴブリンの喋るタイプのことですよね?それでも人間と戦えば一個師団一万人が必要と言われています。他にも稀に魔力をつけ過ぎた人が男性なら魔王と呼ばれることがあります。中魔族は西のウエシティン王国や南のアクサビオン帝国に行けば会えるそうですが、魔力が極端に強いのでウエシティンでは結界魔法で地域隔離されていて、人間が会うことは禁じられています。大魔族に遭遇したという人間は居ませんが、記録では、角もなく魔族特有の青黒い肌も変身魔法で変えているので、見た目は人間と変わらないそうです。」

 「私は疑わないけど、それ、今も本当にいるの?」

 「エラ様は夢で上級魔族を見ているのですよね。私は巫女の瞑想修行で魂だけを飛ばして南の海の向こうの魔族の国アクサビオンに行ったことがあります。そこにはゴブリンは居たけど中魔族も大魔族も居なかった。でも、霊的存在としては確実に居ます。修行が進んで霊的に目覚めるほど彼らの存在を感じます。彼等は邪悪な想念体として欲深い人に憑依したり、教会の活動を邪魔したりします。中魔族も大魔族も人間に化けているので分からないとも言われています。しかも彼らは長生きです。数千年から一万年前後も生きると言われています。」

 「三千年前のダンジョンに入ったら、中の魔王が暴れ出したなんていう話も聞いたわ。」

 「魔族は、他の種族に比べてもずば抜けて長生きです。性格が戦闘的なのであまり長生きしませんが、殺されることがなければ一万年は生きられるといいます。人間やその他の魔力が強い生き物を食べて寿命を伸ばすと言われています。でも本当は食べ物は関係ないらしいです。」

 「魔獣族とかは?」

 「ローデシアの北にあるオシテバン王国は魔獣族の国です。獣の特性を強く持った人間達が住んでいます。でも彼らも寿命は人間と同じく百年ぐらいです。でも西にあるウエシティン王国の魔龍族は、いにしえのドラゴンの血を継いでいるというだけあって平均でも千年以上生きるといいます。ちなみにカトリーヌ様のいるノースファリア公国は北西の三国の国境にある小国です。」

 「う〜ん、前回はその辺から戦乱が起きたんだよね。それ、今回防げますか?」

 「どうでしょうね・・・それは私からはまだ言えない。」

 「何でよ。あ、ごめんなさい。なぜですか?」

 「あなたが未来への条件を変えてしまったから。これからも変えるでしょう?」

 「じゃあ、変わるかもしれないのね?」

 「はい。」と言ってアスカ様はニコッとした。ホッとする。笑顔を見ると同じ人間だと思える。

 「ウフフ。普段は霊能力を抑えています。」

 「へえ。ますますすごいや。」

 「では、わたくしからは、三つのことを言います。」

 「え?」

 「未来のことが聞きたいんでしょう?」

 「あ、はい。」

 「一つ目は、まず、ガブリエラ様は・・・あなたは自分のことばかり考えてはならない。」

 え?口調が変わった。しかもオーラが大きくなり白い光がギンギンに出て霊眼が痛いぐらいだ。

 「前世は王子のためにと頑張ったつもりだろう。しかし、それはやはり『王子に気に入られたい』という自我であった。今世はそうはならないようにしなさい。」

 「は、はい。」

 「あなたはこの世界はポーラを入れて三回目。しかしそれ以前にもここに生まれていたことはある。」

 アスカ様の後ろに真っ白に光る、マントを着た女性がいる。顔は上半分をフードで隠しているが口元はアスカ様に似ている。その声が聞こえた。

 『私は二万年前のアーケー様の時代に生まれた。』

 「ポーラってどんな女性でしたか?」

 アスカが答えた。

 「愚問である。どんな人物であろうと自分の別の面であると思えば良い。」

 「あ、そうすか。」ガクッときた。まあ、『私ってどんな人?』って聞くようなものか。

 「二つ目。世界は滅びる。近いうちに大きな浄化が行われるであろう。」

 「・・・いつ頃ですか?」

 「それを教えることはできない。三つ目。滅びを和らげるには『創造主エル』への信仰を復活させるしかない。そのために『聖女』の仕事を助けなさい。」

 「エリザ様をですか?」

 「そう。・・・後のことはカトリーヌに聞くが良い。そのうち会えるだろう。」

 白きマントの女性は光に変わって天上に消えていった。肉眼で見る天井が見えて現実に戻った。

 「ふわ・・・ねえアスカ様、大きな浄化って何だろう。」

 「さあ・・・でも聖魔法的な『浄化』は人や地域に対して行うもので、聖女の使命でもあるのです。」


 7

 あれから三ヶ月。王宮魔法学園に正式に入学した。他の入学生は十五歳。私はまだ十四歳。飛び級入学になる。

 魔力値レベルの判定試験と魔法属性の適性試験がある。

 まずは魔力値。属性に関わらずどれだけ魔力が出るかを測る。手から出る魔力の量を測る水晶玉型魔道具に手を置く。魔力値が高いほど光が強くなり、下にそれを数値化する機械がある。それは昔の魔術師が呪いをかけたとか色々言われているが、ポーラによると写真の感光剤の技術を使っているらしい。これも『光魔法適性の人が高めに出る』と言われて毎年改良がされているという。

 魔力値レベルは、その人が持っている魔力ではなく、手から出る魔力を測るので習熟度が出てくるそうだ。ちなみに百までしか測れない。「百を超えるような人は学園で教えることは何もない」と先生方は言う。でも数字はあくまで目安で、合わせて「何々魔法ができたらレベル二十」のような判定があり、総合判断される。

 本当は、魔力レベルは千以上まであるらしいが、学生は教えてもらえない。初心者がハイレベルの魔法に手を出して魔力暴走を起こし、再起不能になる事件が後を絶たないからだという。

 メル「魔力レベルなんて気にしない方がいいよ。」

 今期から二年生のメルは試験の手伝いで来ていた。他の入学生がその発言に聞き耳を立てている。

 「何で?普通気にするよね。」

 「王宮のてっぺんに魔導針があるじゃん?」

 「なにそれ?」

 「尖った枯れ木みたいなやつ。」

 「ああ、アンテナ?」

 「なにそれ」

 あ、しまった。この世界ではこう言わないんだ。気をつけないと。

 「ごめん。間違えた。で?」

 「あれが各地の魔力レベルの増減を感知しているんだって。でもあれもいにしえの機械だから原理なんて忘れ去られてて『この地域のレベルは三千』とか『この集団は千二百』とか、大まかな数値しか出せないんだって。で、学園の機械は王宮のやつの縮小版。だから個人の細かい数値は怪しいの。それにあれもこれも王宮魔導士の魔力供給で存続している機械であって、正しく機能しているかは怪しいの。」

 学園の先生が来て口を挟んだ。

 「でも王宮では王宮魔導士が感知魔法で裏付け調査しているし、学園だって数字だけじゃなくて我々教員が感知魔法で見て『そのぐらいだろう』って判定しているから、ある程度信用して貰わないと困るぞ。」

 メル「ある程度ね。ハイハイ。」

 私は一応『百』の数字が出た。入学生達が「おおっ」と湧いたが、それを見てメルは「やっぱり怪しいよね」と言っていた。でもポーラは『私が半年指導したのだからそのぐらい当然さ』と言った。

 

 魔法属性の適性試験は、地水火風の四属性と光と闇、聖魔法と黒魔法の素質を測る。試験はそれぞれの専門の先生が判定する。

 『黒魔法』というのは呪いや、悪魔を召喚するような地獄的な魔法のことだ。闇魔法はそれに近いが、他の属性に入らない魔法を表す場合によく使う。時間魔法はここに入る。新入生は『闇』『黒』の点数は高くしたくない。問題ある人物と見られてしまうからだ。だから試験官は心理テストのような質問ばかりして、その人の人格を見ようとする。

 私ガブリエラは地水火風の四属性はそれぞれレベル百の判定をもらった。光属性はこの学園では聖魔法に統合されているので個別には試験はない。黒魔法判定では「性格は明るいが、手段を選ばないところがある」と言われ七十点を取った。それでも学年最高点だった。

 聖魔法判定は六十点だった。試験内容は治癒魔法。試験官が自分の指をナイフで刺し、できた傷を治すという変態的試験だ。全員が同じ聖句呪文を唱えて治療魔法能力を見る。新入生は六十人なので試験官は六十回指を刺す。それなので試験官が気の毒になってしまったし、『聖魔法の心構えは世のため人のため神様のため』というのに試験は自分のためだと思ったら、気分が乗らなかった。治すのに時間がかかり減点になってしまった。

 闇魔法判定では『黒い球を作りなさい』ということだった。『大きさは関係なく質を見る』と言われた。

 私のはピンポン玉並みに抑えたが、学年でただ一人百点満点を取ってしまった。その理由は、普通の生徒は闇属性を帯びた球など作れないからだ。私は作れてしまった。それはそうだ。よく夢に見る『大黒球魔法』に吸い込まれて現代日本に転生したのだから、そのイメージのものを作ってしまう。発動状況だってポーラの霊眼で視て理解している。実際に空気が吸い込まれ始めたので慌てて消したぐらいだ。先生は『あれは闇魔法の代表的な技だ』と言う。先生や新入生達に『黒・闇』のキャラ設定をされてしまった。少し落ち込んでいたらポーラに笑われた。

 試験後は六十点で勉強の余地があるとされた『聖魔法クラス』を選択した。

 このクラスでは副講師にエリザ様やアスカ様がつく。二年生進級時に満点を取ったからだ。しかしアスカ様は王族なので実際に教えるのはエリザ様の仕事だ。

 私も他の授業では副講師になって教える側が多い。これはこれで勉強になる。いつも感覚的に魔法を使っているが、教えるには言語化しないといけないので再認識が深まる。

 しかし新入生のくせに副講師でしかも飛び級入学なのでだいぶ目立つ。他の新入生に会うと嫉妬ではなく畏怖されるのでちょっと苦しい。

 

 学園では当然座学もある。魔法だけではない。今日は歴史の授業。前回は勉強しなかった。いや、勉強したはずだが覚えていない。

 三万年前、エル神がエルニーダの地に降臨し、天使人類と天獣族、天龍族、天鬼族の三族を教え導き調和させ、このローランド大陸を種族の別なく暮らせるユートピア社会にしたという。

 さらに二万年前、エルニーダにアーケーの神が降臨。愛と救いの教えを説き、いがみ合っていた四種族を調和へと導いた。しかし天鬼族がアーケーを追い詰めて磔の刑にしたという。その反作用で天鬼族の故郷の都市がある大陸最南端の地が海に沈んだという。

 やがて天鬼族は『魔族』を名乗り、伝統的なエル神の教えを排撃し、闇魔法を行使した。人間、獣族、龍族は、聖魔法によって対抗する時代が続いた。

 そして一万年前、大師モーリーンが各地の騎士団を組織化して聖地テンプル騎士団を結成。それを元にローデシアを建国。魔族を南のアクザビア地方に追放することに成功。その地の人間、獣族、龍族の救出にも成功した。

 モーリーンの帰天後、四種族の対立が深まり、また魔族の影響を受けた獣族と龍族はそれぞれ魔獣族・魔龍族を名乗り、魔獣族は北方のオシテバニア地方に、魔龍族は西方のウエシティナ地方に集まった。そこはそれぞれの族長の故郷だったからだという。

 五千年前、ローデシア王国にローランド将軍が現れ、発明された『聖魔法銃』によって各地を平定、この国をローランド帝国と改名し、五つの国の統一を目指した。

 しかし、アクサビオン帝国に『魔王帝』が現れ、ローランド帝国南部に『ドラゴンの火』を用いたため、その多大な被害でローランド帝国は壊滅。しかし勇者エメルが現れ、魔王帝を討伐し、ローデシアは滅亡を免れた。

 三十二年前、ローデシアとオシテバン王国は全面戦争となり、西のウエシティン王国はオシテバンを支援した。しかしアクサビオン軍がローデシア南部に侵攻、三国は停戦してアクサビオン軍に対抗した。三国連合軍はアクサビオン軍を南部から追い出し、海を渡ってアクサビオン本国に進攻、かなりの打撃を与えて帰還し戦争は終わった。この戦争によって人間と他族の住み分けがより一層進んだ。

 千年前の話はない。この辺の理由をポーラに聞いても『知らん。歴史なんて後世の想像の産物だろうよ』と言っている。魔女フィリア、いや二代目魔王帝フィリアの話は教科書のどこにもない。ポーラはフィリアに支配されたローデシアの組織を滅ぼした。王権や教会組織に逆らって。それが原因かな。

 ローデシアの宗教は、伝統的には信仰対象は創造主エル。魔法指導神はモーリーン。治療系魔法の指導神はアーケーとなっている。教会魔導士はそう言うが、彼らも一般人も現在はモーリーン信仰が強く、モーリーンの像は教会でよく見かける。次にアーケー信仰。これは治療関係の職業の人に多い。古い教会に行くとアーケー像があって「珍しいね」と言われている。

 創造主エルは、信仰というより神話の神という認識になっている。日本で言うと「昔の人が寺を建てたんだって?じゃあご利益があるかも」みたいな感じで「お金を集めて寺を立てよう!」と言い出すほどではない。中央教会の奥に最後のエル神の像があるそうだが公開されていない。年配の人によると、ご利益を求めた信者が長年触りすぎてすり減って姿がわからないので自分の爺さんの時代に引っ込められたそうだ。

 信仰の形式だが、ただ内心で信仰していても良いが、正式に信仰するには『洗礼』を受ける。洗礼は教会が管理する聖なる泉で、エル神に帰依と信仰を誓う。その儀式は、何歳で行っても何度しても構わないと教科書に書いてある。現代日本では信仰のことなど教科書に書いてはいけないとされているので大きく違っている。

 魔法の約束事でモーリーン神の名を呼ぶことはポーラもしていた。でもポーラは『創造主エルの方がいいよ』とも言っている。でもそれって『祈り』だよね?

 

 剣術の授業。みんな一対一で型の打ち込み練習。私はエリザ様とする。

 今回は『面抜き胴』。相手が面を打ち込んでくるのを足捌きでかわして胴を打つ。それを代わり替わり繰り返す。型を繰り返すことで実戦で反射的にできるようにするのが目的。剣術クラブでもしていたので困難はない。

 ただ父上が言うには「実戦では剣の角度が悪いとすぐに折れたり曲がったりするし、木剣のように叩き込む打ち方はできんよ」ということだった。それは前世でも体験した。剣が折れて魔王と殴り合いになった記憶がある。父上は「剣魔法は剣を強化するが、剣の強度も考えないといけない」と言う。叩き込むように打ち込めるのは重い長剣を使う時で、王宮の剣は幅五センチぐらいしかなくて、木剣での練習の時のように使うとすぐに曲がるそうだ。ただ材質は鋼ではないのでバネのように反発力があって折れにくくはなっていると言う。他の大陸から輸入したという巨大甲殻類の殻からの削り出しだそうだが?

 入学にあたって父上が少しだけ剣術を見てくれた。

 実戦で使えるのは『突きと引き斬り』。相手の急所・骨の無い所を狙う。これは拳打でも同じだという。相手の剣の受け方も、剣を斜めにして打撃力を逃すように受け流す。剣の振り方や体捌きも軸を意識し、肩関節や股関節を意識し軸に近い関節を使う。『自分の軸をブラさず、相手の軸を崩して急所を突く』。これは柔道にも通じる。

「剣の重心を意識してなるべく軽く剣を振れるようにしろ」と色々今までの練習と違うことを言う。なかなか剣は奥が深い。

 『居合い抜き』も教わった。真っ直ぐな剣での居合い抜きの技術。鞘を引くのがメインだが少し剣をたわませて抜くことで反張力を使って剣速を出すと言う。コツは抜きながら剣を九十度返して相手に刃面を向ける事だと言うが、普通の剣でやるとすぐに剣が折れる。父上の王宮の剣ならまだやり易いがあまり曲げると剣が抜けない。加減が難しい技だ。練習がいる。

 剣を持ったままの『当て身』つまり素手での打撃も教わった。このあたりは柔道でも剣道でも教わらない。

 父上は「相手の呼吸を見ろ。息を吐いた時に腹や横隔膜があるあたりの横腹を打つと呼吸が止まって気絶する。強すぎると内臓破裂で致命傷になるから気をつけろ。」

と言って私の脇腹を手のひらで叩いた。実際に気を失った。効果抜群なのは、ようく分かった。すぐに目覚めることは出来たが、「自分の娘を殴り倒す父親なんて最低!野蛮人!」と言ってやった。父上が意外なぐらいオロオロしたので、「でも師匠としては尊敬するけど」と言ってあげたら「だろ?」と言って普段の威厳ある態度を取り戻した。

 なはんて、色々考えながら型の練習している。エリザ様は今の思いが聞こえたのかニコッとした。

 アスカ様も横で木剣を振っている。あれ以来話していない。

 あの時の話が頭に浮かぶ。ポーラの事はアスカ様に降りてきた霊も教えてくれなかった。

 千年前の魔女。黒き滅びの魔女ポーラ。夢以外に情報がない。

 エリザ様が木剣を下げて言う。やや上目遣いで少し探るように。かわいい。

 「エラ様ぁ?何か考え事をなさっているのではなくて?危ないです。」

 「ああ、ごめんなさい。」

 笑顔で誤魔化した。エリザはホッとした顔をした。ええ?私、注意ぐらいで気分を害したりしないよ。

 また型の練習に戻る。するとエリザ様は木剣を振りながら言い始めた。

 「私ね。昔から霊や天使が見えるの。」

 「うん。前に聞いたよね。」

 練習しながら話す話題としてはディープ過ぎないかい?

 「ポーラさんのこと。私もあの方とはよく話すのよ。」

 「え?なんで?」

 動きを止めてしまった。エリザの面が頭にカツンとまともに入った。

 エリザが慌てて駆け寄り、すかさず頭を撫でてくる。

 「ごめんなさい!大丈夫?」

 顔が近い。美し過ぎて見惚れるばかり。悔しくない。私ももっと美人なら嫉妬心が出るのだろうか?

 講師が遠くから言った。

 「おおい!そこ大丈夫か?」

 「大丈夫です!」

 いかん。発言に気を取られるとは。練習用の木剣は刃の所も丸くなっているのでエリザ様の面打ちぐらいで怪我はしない。しかし、思い切り叩かれたら流血するだろう。いかん。不覚。でも訊く。

 「ごめんなさい。でもポーラとどんな話するの?」

 型を繰り返しながらエリザ様は答える。

 「背の高い人ね。王子ぐらいだから百八十ぐらいあるかも。黒い服だけど黄色い光を帯びているの。それはエラ様と同じよね?」

 「自分のオーラの色なんて気にしてないよ。」

 「三万年前の創造主エルの時代には祈りも魔法も同じだったって。でもその後『魔女の星』に行ったって。」

 「へえ。私は魔法の話ばっかりで、昔のことは聞いたことないな。」

 そうなのだ。家庭環境など、今までの一生と似た部分に関しては、ポーラの記憶が流れ込んでくるが、それ以外はさっぱり分からない。前回のガブリエラの記憶だって最近は「そういえば」と、ふと思い出すばかりで普段は思い出せない。

 しかしポーラ?私の守護霊なのにエリザに身の上話をするのか?ちょっと悔しい。

 まあエリザは美人だし、霊的にも良い波長が出ていて話し易いのだろう。私だって話し易いのだから。

 そうだそうだエリザはいいやつなのだから仕方ない。

 『いやあ、エリザの方が霊的資質が高いから同通し易いだけだよ。』

 ポーラ?はあ?わたしよりも?『お前は私でもある』って言ってたじゃん!

 『うん。でも悟りの問題かもね。エリザの方が我々に近いんだよ。』

 はあ〜?私の悟りが低いって?

 『ほらあ、エリザはそんなに怒ったりしないよ。』

 ぐぬぬ、悔しい。私的には礼儀正しく気を遣って周りに気を配っているのに。

 「エラ様ごめんなさい。私、色々聞いちゃったの。私の守護霊様は視えないし、話もできないから。私は祈りのことが知りたかったの。」

 気を遣わせてしまった。情けない。

 まあ、私はまだまだ我が強いんだろうな。

 『そうそう。』

 って、きついな。それに『悟りが低い』とはまたキツいことを言う。

 『はっきりそうは言ってない。』

 言ってるのと同じだったけど。

 『ふう。悟りとは『無我の境地』ってやつだね。別に何も考えない訳じゃなくて、エリザのように他人の気持ちを優先するのも『無我』かもしれないよ。』

 エリザが申し訳なさそうにしている。

 「ごめん。エリザ様の守護霊様も視えるといいね。エリザ様のは私も視えないや。」

 エリザ「私、来年は洗礼式だけど、エルニーダにも行って洗礼を受けるの。エラ様も受けるといいわ。洗礼を受けたら私の守護霊様も視えるかもね。」

 

 8

 一年が過ぎた。まだ十五歳。私もエリザも背が伸びた。私たち二人は同い年で、よく行動を共にしていたので、普段は「エリザ・エラ」呼びになった。でも人前での呼び捨ては私の場合不遜になるので気を遣わねばならない。エリザも改まって私を呼ぶ時は様付けで、そこは徹底していて間違わない。

 魔法学園でも二年生になり、もう夏休みになった。

 父上は相変わらず忙しく、第一王子親衛隊長として任務をこなしている。

 王子は外遊中。父上も護衛で留守にしている。

 私はエリザの洗礼の護衛の名目で、聖地『エルニーダ王国』まで馬車旅行だ。夏休みは往復四週間の旅となる。

 アスカ様は自国への上陸後の案内の為について来てくれた。彼女専属のメイドも一人付いてきているが、エリザのメイドも三人。ミラも来てもらった。メイド用と荷物用に別の馬車を出してくれるエリザの家の財力ってすごい。他にも王宮騎士が五人ばかり護衛について来ている。みんなアスカ様には慎重に言葉を選んで失礼がないようにしているが、本人は旅行を楽しみに来ているようだ。でも非常に寛容な人で数々の失礼も許してくれる。いい人すぎて心配になるタイプの人だ。

 メルウィン・カルビンは王国南部の自領内を案内する為に付いて来ている。彼女のメイド『アン』は「お父様の仕事の応援」とかで来ていない。でもメルはお嬢様にしては珍しくメイドがいなくても自分のことは出来るそうで不自由はないと言う。「私のとこって『武勇の家系』じゃん?サバイバル?自己完結能力ってやつよ」とか言っている。

 アスカ様は上品な貴族服。それでも王族の服と比べれば地味に見せている方だ。

 エリザは白い服。父である公爵閣下から「聖女っぽくしろ」とのご指示が来ているそうだ。

 私も父上に「剣士っぽくしろ」と王宮騎士の黒い乗馬服とマントを渡された。ポーラっぽくなった。

 一応、剣も腰に差しているが大根も切れない安物だ。しかしそれは剣魔法には関係ない。

 メルは動き易い平服だが、服の生地が一目見て高級品とわかる光沢を持っている。カルビン家は王国南部全てを仕切り大繁栄に導いた大経営者で、家系は武勇でも実質は豪商と言って良い。腰には例の『王賜の短剣』を差している。「お父様の大事なものじゃないの?」と聞くと、「はあ?どの貴族も何本も持ってるよ。中古品ショップでも買えるし、模造品もたくさん出回ってるよ。私のは去年のやつ。」と、あまり価値がないような言い方だった。

 十五歳になればローデシア国内でも洗礼は受けられる。エリザは国内と聖地で二回洗礼を受ける予定だった。

 しかし私が異論を唱えた。ポーラが『国内の洗礼式はおかしい』と言うからだった。

 旧来の洗礼式は教会の管理する泉に入って創造主エルへの帰依と信仰を誓い、頭から聖水をかけてもらう。

 それを改革したというのが先々代のローデシア教皇だった。

 それは教会前に魔法神モーリーンと歴代魔術師の象徴を描いた大きな布を広げて、塔の上から花を投げるという儀式だ。落ちた所の存在を洗礼を受けた者は守護神としてそれ以後信仰する。それはローデシア王国独自のものであり、大学で密教に似た儀式があると聞いたのを思い出した。

 その改革の目的は、隣国オシテバンの呪術系魔法使い達がとても強いので、防衛上の対抗策として編み出されたらしい。戦闘系魔法がめっぽう強くなって、結果として現在はオシテバンとの戦力均衡が保たれているという。

 この洗礼の歴史も歴史の授業で習う。前回の私は魔法理論と実践にしか興味がなく、授業中も魔法書を読んでいたので、習ったが覚えていない。

 先代のローデシア教皇が病死して、現在は空席。エルニーダから派遣するかローデシアの枢機卿の中から選ぶかで揉めている。毎回決まるまで数年かかるそうだ。

 公爵令嬢の洗礼は大ごとなのだが、教皇が空席なので教会としてはそんなに強く言えないのが幸いした。

 昨年、エリザのように期待されていた伯爵家御曹司、あの腕が切れた人だが、彼が国内の洗礼後、強いが暗い病的な暗黒魔術師のようになってしまい、退学して『王宮魔導士預かり』とされたのを見たので、エリザには聖地での洗礼のみを勧めたのだった。

 ポーラは『大体、魔法使いは神ではないから、尊敬するのは勝手だが、信仰してはいけない。その上、儀式で並べられている魔法使い達は八割方地獄に落ちているやつらだ。信仰したら頭がおかしくなるよ』と言う。『人間の都合で洗礼の方式を変えるとか神を選ぶとか外すとかは危険だね。下手をしたら死ぬだけじゃなくて魂がヤバい事になる』とも。ヤバい事って何?

 私は前回、洗礼は受けなかった。ただ「モーリーンよ」と呼びかけてから、なんの呪文も唱えずイメージに没入することで魔法が発動できた。それで足りていたし、今もそれは基本的に変わらない。でも、最近は「創造主エルよ」と呼びかけることも多い。同じように魔法が発動するが、魔法の効果と範囲が広い感じがする。

 現在、聖魔法がどこまで使えるかは分からないが他の魔法と同じレベルにはあると思う。御曹司の時に駄目だったので練習していたらレベルが上がってしまった。

 

 馬車の中で話す。

 エリザ「この四人で旅行なんて楽しいですね。」

 メル「アスカ様とは剣の授業でもあんまり話せないから下手したら剣技クラブ以来ですね。」

 「そう言えば、あの時二人とも『殺気を感じるテスト』をクリアされましたよね?」

 メル「そうそう!だから二人とも本当はエラ並みに剣ができるのかと思ったら、やっぱり他のお嬢様達と同じで、からっきしだったよね?」

 「ねえそれ、色んな人に失礼。みんなに喧嘩売ってんの?」

 「あはははは!ごめんね!失礼失礼!でもエリザ様は何でも出来る感じだったからクリアしても全然不思議じゃなかったよ。」

 アスカ様は女神のように微笑んで座っている。今日も淡い光に包まれて視える。気品に満ち、物静かな彼女だが、メルの賑やかさは気に入っているようだった。私もウザくは感じない。たとえ数時間一人で喋っていても飽きさせない話題の広さがある。広大な領地の情報や商人的な話術があって感心させられる。

 エリザ「メル様もわたくしに霊能力があるのはご存知よね?だから講師の方が後ろで何を考えているかなんて簡単でしたのよ。でも聖女候補になるまで隠していたから、それは苦しい事でしたわ。でも、エラ様は他の魔法の授業の副講師だけでなく、剣魔法の講師としても先に進まれて授業ではあまり会えなくなってしまいましたね。」

「あはは。ごめん。」

 魔法の習得は私の場合、松島アヤの記憶があるので効率が良く早いのだ。

 例えば物を浮かすには『反重力』を形成させれば良いので意外だが『土魔法』だ。大地の重力をいじれば良い。『万有引力』の概念は、この世界にはない。飛ぶ時には浮遊魔法や風魔法だけでなく、遠くの重量のある物を掴んで引っ張るイメージの方が速度が出る。地球の磁気を感じ取って使うこともできる。

 『光の粒子を結集して物を作る』のも今やお手のものだ。剣も出せる。また、空間トンネルを作って物を引き寄せることも出来るようになった。長い距離は駄目だが寮に忘れてきた物ぐらいは教室に持って来れる。

 瞬間移動は、朝あまりにも急いでいた時に空を飛ぼうとしたら学校に着いてしまったのが発端で出来るようになった。これもまだ今は近い所に限られているが、多分、自分一人なら長距離もできそうだ。でもまだ怖い。この辺りは先生方に言わせれば多分『闇魔法』に分類されるだろう。でも、マンガの知識でそういうものがあると知っているので習得が早い。

 時間を戻して怪我を治すことも覚えた。手なら手の空間だけ限定的に時間を戻してしまうのだ。もちろん自分だけでなく人の怪我も治せる。でも、あまりにも大きな生死に関わるような怪我は治せない。また自分ならともかく、他人全体の時間を戻すのはイメージが追いつかなくて出来ないでいる。まだ切り傷を治す程度だ。

 でも治癒魔法は天使や神の光を呼ぶ聖魔法としても、自分の魔力で時間に干渉する闇魔法としても、どちらでも出来る。光魔法的にエネルギーを結集・物質化させ栄養素を作って細胞に供給して自然治癒力を高めたりも出来る。

 物質化は得意なので切られた腕を繋ぐぐらいは出来そうだ。前回は失った腕も生えてきたのを知っている。でもまだ、そういう機会がないので試していない。

 治療に関してはこの世界ではアーケー神の時代の古い魔法書が大量に遺されていて、理論的に回りくどく丁寧に説明がされていて呪文を唱えれば正確にイメージ出来るが、多すぎて必要最小限のものしか覚えていない。

 イメージ出来なくても風邪ぐらいなら治療系天使が来てくれればその場で治るが、慢性病は治療の機会がなくて分からない。他人の時間を戻す?何年?となると分からない。私が医者なら物質化魔法で悪い臓器を魔法創造した新しい臓器に置き換えるとか、ガン細胞だけ切り取るとか出来そうではあるが、そこまでの知識はない。

 ポーラは『イメージとパワーがあれば魔法は使えるのさ』と言う。

 雷雨も竜巻も気候の原理を知っているから簡単に起こせるが、まだ小規模で三分も持たない。前のように半日もの間、雷を自在に落とす魔法はレベル八十の魔法だが、もう少しでマスターする。でも魔王城に岩石を『艦砲射撃』して滅ぼしたりは出来ないだろう。まだ『戦闘機』のレベルだ。

 メル「もお!エラ聞いてんの!」

 「え、は?ごめん。」

 エリザ「ウフ。でもエラ様が言ってくれたから、私、聖女候補になれましたのよ。」

 メル「そうでしたね。」

 エリザは毎日、朝昼晩と創造主エルに祈りを捧げ、心を乱さぬように戒律を守って一日を送り、毎晩懺悔する。この修行だけで「聖魔法レベルが百五十を超えた」らしく、そう先生達が話しているのを聞いた。「十五歳でこのレベルは学園の歴史上記録にない」とも言っていた。百を超えると学園では非公開になる。副講師をさせられる。アスカ様ももちろん非公開だ。非公開の制度はこの場合都合がいいらしく、先生が裏で「低すぎても問題だし高すぎてもこの国の教会関係者がいい顔をしない」と言っていた。オーラから見てエリザを少し超えているくらいか。

 

 馬車を降り、大きな五階建てのバロック建築のホテルに入ってゆく。

 大きな街だった。周囲に十数名の住人が集まっていた。

 中学生ぐらいの女子たちが「メルさまーっ!」と叫ぶ。

 メルは手を振って応えた。女子たちは「キャーッ」とはしゃいだ。

 「人気あるのねメル。」

 「あはは!私、外で遊んでばかりだから有名なの。」

 メイド達も馬車を降り、ホテルのボーイ達が来て礼を交わしてから荷物を運ぶ。

 ホテルの大扉が開かれ、両脇に従業員達が整列する中、赤絨毯の上を悠々と歩く。さすが貴族。

 先頭は公爵令嬢エリザベート。並んでエルニーダ王女アスカ・フランクリン。その後ろに私とメル。あとは騎士団にメイド。高位の者が先に立つのはこのホテルへの信頼の証。普通はメイドか騎士が先に行って手続きし、安全確認後、王侯貴族が入ってくるものだ。このホテルは高位貴族なら「この時間に着きます」の連絡で済むそうだ。

 メル「このホテルは私の一家御用達なのよ」だそうだ。

 奥でホテルのトップ達が整列し出迎える。偉くなった気分にさせる。

 

 豪華な部屋で、メイドのミラが着替えを手伝ってくれる。乗馬服から部屋着に。

 着替え終わるといいタイミングで紅茶が出てくる。思えば至れり尽くせりで、すごく嬉しい。貴族いいな。

 トントトトン!と変なノックが聞こえた。ミラが応対する。

 「ああ、メルウィン様、」

 ドアからメルが顔を出して言った。

 「エラ様もちょっといい?」

 「も、って何よ。着替えちゃったんだけど。」

 「あはは。それ普通だけど女の子っぽくていいね。」

 「んん?嫌味なのかしら?」

 「そんな事ないよ。」

 ミラがクスッと笑いを漏らした。

 

 着替えてメルに付いて行く。ナイトパーティ用の簡単なドレス。そのままでと言われたがミラが許さなかった。

 エリザと最上階のペントハウスに通された。アスカ様は来ていない。

 エリザの服装はバリッと高そうなドレス。部屋着でなくてよかった。

 「二人ともごめん。パーティとかじゃないの。ちょっとシリアスな相談。」

 中はメイドが数名。奥の部屋に通されるとベッドに女性が寝ていた。

 メル「母のエルウィンです。」

 女性はゼイゼイ呼吸をしていて苦しそうにしている。

 メイドが言う。「流行り病の肺病です。十年前からこの領で流行り始めました。特に冬に西の山脈の谷から風が吹く頃の発症が多いです。俗に言う『南部病』です。」

 この国の西部には山脈があり、さらに西のウエシティン王国に通じる谷がこのカルビン領にある。この領の南部と東部は海に面している。

 西の山脈の向こうがウエシティン王国。ローデシアの北側にオシテバン王国との国境線がある。東の海の島国エルニーダ。南の海の向こうにはアクサビオン帝国。そこははるか西方でウエシティン王国と陸続きになっているらしい。この大きな内海は五千年前の魔王帝との戦争で出来たと、まことしやかに伝わっている。

 メル「母は療養のために空気がきれいな、領北部のここにいるの。二人は聖魔法のヒーリングが使えるでしょ?治せない?」

 エリザ「怪我なら治したことがありますが、こういう病気は治したことがないです。」

 「うん。周りに病人いなかったね。」

 エリザは苦しそうなエルウィンの手を両手で握った。しかしやがて涙した。

 メル「エリザ様ごめんね。色々な治療魔術師にも頼ったけどダメだったし、もう長くないのは分かっているの。万が一治るなら、って思ったの。」

 治らないのかな。ポーラを呼んでみた。

 『いや、君らの魔法ではどうだか知らないが、天使が来れば治るよ。原因はね、西の帝国が鉄鋼生産に石炭を使うから硫黄が大気に乗ってくるんだな。あとは石を溶かす技術があるから、その時の煙に含まれる粉が拡大すると針みたいに尖っていて肺の中に刺さる。それが強い西風が吹く冬に飛んでくるんだな。』

 エリザが顔を上げて言った。「治してくれますか?」

 この人もポーラが見えるんだったね。

 『私は壊す方が得意だから、治す方の専門家を連れてくるよ』

 エリザの聖魔法の時に来るのは大体が子供の天使だったが、今回は大人の女性の天使が二人来た。

 そしてベッドの両側に立ち、横から両手をエルウィン様の胸に突っ込んだ。

 エルウィン「ハウッ」

 メル「母様!」

 二人の天使は掬い上げるように手を胸の上に抜いた。その手には黒く湿った砂が乗っていた。実際の砂か?それとも霊的な砂か?と確認する前に砂は火に変わって消えた。

 女性天使が言う。

 『私たちは、このカルビン領で病気直しの仕事をしています。創造主エルを信じる人がいるなら、縁を通じて来ることができます。エルを呼びなさい。私たちが助けてあげよう。』

 エルウィンはスースーと静かな呼吸になり、ゆっくりと目を開けた。

 メル「か、か、母様?目覚めた!母様が目覚めた!」

 メイド達が走ってきて集まった。

 エルウィンはベッドの上で身を起こした。メルは抱きつき、メイド達は涙した。

 その中で天使達は上に飛び去っていった。

 メル「エリザ様!ありがとう!」

 エリザ「え、あの、違うの」

 メル「違わない!エリザ様大好きっ!」

 エリザは私を見た。私は口の前で人差し指を立てた。


 エリザのスイートルームで紅茶をご馳走になった。

 「よかったね。治って。」

 エリザ「エラありがとう。でも嘘は良くないと思うの。後でメル様に事情を話すわ。」

 「嘘じゃないと思うよ。エリザがポーラに言ったんだから。」

 「でもそれはポーラさんを呼んでくれたからだし、エラ様の存在がなければ出来ないことだったわ。」

 「エリザ様は謙虚だね。はあ、でもエリザがやったって方が聖女様っぽくていいんじゃないかな。」

 「それは駄目よ。」

 「ポーラが言ってたんだけど、『天使達が嘆いてた。エル神への信仰が薄れて来ているから、さっきみたいな直接のヒーリングがなかなか出来ないって』ってね。あの世は縁の世界だから、縁がないと関わることが出来ないんだって。」

 「私が呼んでも来て下さるのかしら。」

 「毎日祈ってるんでしょ?来るよ。」

 「でもまだ、にわか信仰だから。あなたはいつからエルの神を信仰しているの?」

 「私?」

 「あんなに素晴らしい守護霊様もいるし。」

 「ポーラは前世だけど・・・そうか、なんでエルの神なんだろう。」

 前回の最期を思い出す。「神よ!エロヒムよ!我を救い給え!」

 エロヒムはエルの複数形・・・だっけ。あれかなあ?やっぱり。

 『同じ存在なのさ。エルもエロヒムも地球や宇宙を作った創造主のことだよ。』

 「ポーラ?でも、追い詰められてはいたけど、心底信じてた訳ではないよね?」

 『エロヒムを呼ぶ人は少ないからね。現代日本でも、ましてこの剣と魔法の世界で呼ぶ人なんて皆無だよ。』

 「マニアック?」

 「古代はメジャーな教えだったんだよ。ただ、悪魔側からすれば強い神様の教えは廃れさせてしまった方がいいよね。だから現代では埋もれて伝わっていないのさ。」

 「へええ・・・」

 エリザは真剣に聞いている。

 『でも、君の母が、幼い君を儀式に連れていってくれたから信者の扱いになっていたのも大きいよ。それに色々教えてもくれたろ?あの世界は宗教的知識を得るのが難しいからね。まして信仰なんて。』

 「ああ、名簿には名前が載ってるって言ってたなあ。そんなの通用するんだ。」

 エリザが訊く。

 「お待ちになって。アクセル家では創造主エルを信仰されているの?普通の貴族は魔法神モーリーンのはず」

 「いやあ、前世・・・」

 あ、これ言っちゃダメなやつ?思わず言い淀んで思考停止する。小学校でうっかり『母が新宗教をやっている』と言って奇人変人扱いされたのを思い出す。でもあれは一時的なものだった。いじめに発展することもなくみんなも忘れた。私も周りも興味がなかった。でも、この中世みたいな世界じゃ『火あぶりの刑』かも。

 ポーラ『この魔法世界は、はるかに宗教的だ。でも同じ神を信じてるのにそれはないはずだ。それにエリザはエラが異世界から来たのまで知っている。この世界線でそれを気にする必要はない。』

 そうだよね。やはり幼児体験はトラウマ化するものだな。

 エリザ「エラは前世の記憶があるのよね?私、たまにエラが異世界にいる時の姿が視える時がある。」

 「うん・・・そうだったね。」

 でも、逆にバツが悪い。聖女候補で公爵令嬢のエリザにマウントを取ってしまった。いずれまた嫉妬されて追い詰められ殺されるのだろうか。ヤバいかも。言い淀む。

 「・・・・・・」

 「エラ様!わたくし嫉妬なんてしません!なんて素晴らしいのっ!」

 「えっ?」

 エリザは憧れのアイドルを見るかのように目をキラキラ輝かせて手を合わせ、これ以上ないフルスマイルで私を見ている。引くほどに。拝んでいる訳ではないのは、まだホッとさせる。

 エリザが、まくし立てる。

 「私いつか詳しく聞こうと思ってたの!聞かせて!何処の何ていう国なの?そこでも魔法が得意だったの?学校は?仕事は?あああ、もうッ!もう面倒だわ!過去を思い出して!私全力でそれを霊視して読み取るわ!」

 身を乗り出していつになく興奮して迫ってくる。気圧されていたら、部屋のドアがノックされた。

 「エリザベート様、そろそろご夕食でございます。」

 エリザはスッと態度を改めた。

 「そう。ありがとうミシェル。すぐに支度するわ。エラ様もそうなさって。」

 こわ。豹変がすご。さすが公爵令嬢。しつけが身についている。でもエリザは本当はああいう女なのだな。


 翌朝、ホテルを後にするとき、エルウィン様が正装でメイド達と共に大きな扉の外まで来てくれた。

 メルは大きく手を振って馬車に乗り込んだ。

 周囲がざわついている。不治の病である『南部病』であったはずの伯爵夫人がそこに立っていたからだ。

 群衆は口々に「奇跡だ」「奇跡に違いない」と話している。『聖女候補』がこの領に来ているという事も知れ渡った。

 

 その後、南部病だけでなく色々な病を治した。

 物理的魔法で天使が病変を消したり治したりするだけでなく、憑依している霊を祓うだけで治る人も多かった。頭痛、腰痛、腹痛の類はすぐだった。これは『視える人』でないと出来ないが、私とエリザは視えるし、メルは信じる力が強いので視えなくても手伝うことができる。アスカ様は卒なく手伝ってくれるが、彼女に何が視えているかは何も言わないので分からない。

 悪霊祓いのプロセスはポーラがおしえてくれた。

 普通の憑依霊なら、その人に魔力パワーや、聖魔法なら『神の光』を注入すれば一時的になら割と簡単に取り祓うことが出来る。その人から取れた悪霊は天使達に連れて行って貰えばそれで済んでしまうことも多かった。彼らはそのまま天国に行くか、地獄で修行して罪を償った後天国に行くかするそうだ。

 しかし、まず本人の心境が悪いと魔力や光エネルギーが入りずらい。そういう時は憑いているものも強力な場合が多くて苦労する。霊に聞く耳があれば説得して出て行ってもらえるが、大抵頑固なので降魔系の天使を呼んで祓ってもらったりしないといけない。それでも祓った悪霊がまた戻って元通り憑依したり、別の奴が憑くことも多かった。そういうのは霊を憑けている本人の責任になってくる。性格の傾向性や行動パターンであり、側から見て明らかに欲深いとか怒りっぽいとか馬鹿なことやっているという人であり、そこまで行ったら体質と言っていい感じがする。本人が「もうこれからは真面目に生きていこう」とか心を入れ替える決意をしない限り、いくら悪霊祓いをしても徒労に終わる。

 アスカ様に言わせれば『心の浄化』だ。それには光パワーや魔力だけでなくその人に応じた『言葉』が必要だということだった。人でも悪霊でも同じで、相手が反省・改心する言葉を言う。それには相手の性格や過去に触れないといけない。それは感知系の魔法、私なら霊眼で容易に見抜けるが、私では、説得の言葉など浮かんでこない。魔法オタクで柔道家、剣術家の知識ばかりなので宗教的な含蓄のある言葉なんか咄嗟に出てはこない。ポーラだって『お前なんかは精神強化魔法を五年ぐらい修行すれば治るさ』などと情のない答え方をする。古いAIみたいだが、多分その通りで正しいのだろうけれど、言うことを聞いてくれる相手は少ない。『そっちは得意じゃない』そうだ。

 では、説得が得意な天使を呼べば良いのだが、そういう天使は大体エリザの方が好きだったりする。「美人だから?」と聞いたら『あら、メルウインの事も好きよ。こだわりがなくて、人も話も好きな性格が合うのよ』と言っていた。うむむ。

 でも、私が呼ぶとポーラと一緒に天使も来ていることが多い。「何で?」と聞くと『縁の問題よ。エラはエル信仰だから。これこっちでは重要なのよ。エリザベートは本人は気づいてないけどアーケー信仰に近いの。まあ、君たちにとっては大して違いはないんだろうけどね』だって。エリザに言ったら唖然として一分ぐらい停止していたけど。

 また、始めから攻撃してくる悪霊や悪魔の霊もいた。

 いくら魔法が使えても人間が自力で対決するのは不可能だった。前回の最期のように「神よ」と祈ったら天使達や降魔系の霊が来てくれるが、彼らに頼らないと勝てない。何しろあっちは肉体がないから物理攻撃は通じない。念力というか魔力そのものや精神攻撃、いや聖魔法的に言うと言葉の説得力によって改心を促しつつ神の光を降ろさないと『浄化』は出来ない。しかし長くいる悪魔系の霊人は浄化されないので、本人から引き剥がして天使達に封印してもらうしか無いが、これもかなりの困難な戦いになる。

 大体、『霊魂不滅の法則』というのがあるそうで、どんなに悪い悪魔も、相当上位の神、それこそ創造主のような神霊の許可がないと『消滅』させることは出来ないそうだ。神はそういう悪魔でも何万年も何億年もすれば改心するかもしれないと見ているそうだ。でも、野放しでなく地獄に一応封じ込められてはいるという。たまに出てくる奴はいるが。しかし人間だった霊が長い年月の中で動物とかの霊になってしまうことはあるとポーラは言っている。

 それに悪霊・悪魔祓いばかりやっていて「私って凄くない?」みたいに調子に乗ってくると、祓ったものが自分に憑依してくる。

 「ねえエラ様?さっきの悪魔、あなたに入っているのではなくて?鏡を見て。」とエリザに言われた事は忘れられない。この時は、いくら呼んでも天使達はこなかった。ポーラも『調子に乗ってるからだよ。慢心してると一生取れないよ。いい薬さ。』と、しばらく取りあってくれなかった。それをエリザに祓ってもらったのは非常に恥ずかしかった。

 どんな結果にも調子に乗らず、淡々と続けてゆく。これは結構難しい。

 聖魔法は、英雄意識などなく裏方で、想像していたより地味な作業だった。エリザはその点、私心を滅して聖女の使命に徹している。

 病気直しも悪霊祓いも手慣れてきたが、私がやっても黙っていれば『聖女エリザベート』の手柄になるので恐縮しているらしい。最近エリザは「修行のために私にさせてください」とまで言うので、こっちが恐縮している。

 

 島国エルニーダへの船がある港へは、道のりで言うと八割来た。聖地への旅は続く。

 

以下、『その2 格闘編』に続く

今回は、『その1 修行編』としました。次回は『その2格闘編』とします。七万字で二ヶ月かかるので、次作は二ヶ月後になる予定です。

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