8話 号外
朝起きたら、歯を磨き顔を洗いみんなで朝ご飯。食べ終わったら次は農作業。普段の食事の大体はこれで賄っている。それが終わったら昼ご飯。それから晩ご飯までは自由時間で、そのあとはお風呂に入って就寝。これが1日のルーティーンだ。
その自由時間に、子供みんなで広場に集まって話をしていた。
「ゼルってさ、銃とか創れるの?」
「えっ、銃は無理だけど、剣とか盾とかなら創れるよ。」
ファルからの物騒な質問に、少しビックリしながら答える。
「じゃあさ、魔獣にも勝てる?」
「まあ大体はね。だけどなんで?」
「いや、その、魔獣がいるから柵の外って凄く危ないじゃん?それで動物の狩が出来なくて、肉が凄く貴重なんだよ。
だからいつも肉が食べれなくて、ゼルなら強いし、動物も狩れるなら肉が食べれるんじゃないかなって、」
約30年前急に魔獣が現れると、世界中が大打撃を受けた。もちろん、このアルニ村にも同様にその被害を受けたのだが、山に近いこの村はより被害を受けやすい。しかも、都心部に近いわけではないので、警備の兵などもいない。そのため、当時の村の大人総出で周囲に2m超の柵を創造し、魔獣の被害を食い止めた。ちなみに、この壁を再構築によって今まで持たせている。小さいとはいえ村一体を囲む柵なのだから、その柵全てを再構築させるのはそれなりに骨が折れるが、魔獣の脅威に晒されるよりは何倍もましである。
「動物も狩れるし、大体の魔獣にも勝てると思うから、山奥さえ行かなかったら大丈夫だと思うんだけど、でも確か肉って都心部から結構入ってくるんじゃないの?」
魔獣は危険な存在であるため、都心部に近い山や森では兵士が積極的に駆除している。そのため狩がしやすいのだが、逆に農業をする者が少なく、アルニ村のような辺境の村々と、肉と野菜を取り引きしていると聞いたことがある。
「それはそうなんだけど、それだけじゃあ少ないんだよ。
都心部から商人が来るのは月1ぐらいでさ。」
「なるほど、まあじゃあ怪我が治ったら、外に狩に行ってもいいかサラさんに聞いてみようかな?」
「本当に!? やったぁーー!」
ファルは嬉しそうにはしゃぐ。
「そんなのサラさんが許可するわけないでしょ、危険過ぎる。結構前だけど、それで外に出て亡くなった人もいるみたいだよ…」
ルミネータが否定してファルを制す。
さすがは最年長だけあって落ち着いている。
「ゼルなら大丈夫でしょ! 大人の人より強いし。」
「強いからって大丈夫なわけではないでしょ。例えば精神的にとか…」
今度はライカがファルを制す。そしてゼルの傷をチラッと見ながら、危険な理由を説明する。
ゼルの傷は、傷跡から魔獣にやられたのは明らかだ。そのため、ゼルが魔獣を恐れているだろうことをライカは心配してくれてるんだなぁとゼルは理解する。
「そんなことサラさんが許可するわけないわ。」
ファルとルミネータの口論が続く。
そんな時、1ヶ月に1度の都心部からの商人が村を訪ねて来たようだった。
ファルは「また肉が食べれる」と喜んでいる。
「あれ、でもなんか早くない?前に来たの2週間ぐらい前でしょ?」
ライカが疑問を口にする。
「大事件でも起きたんじゃない?号外に載るようなことはすぐに知らされにくるから。」
ルミネータが答える。号外は緊急で配られるため、1ヶ月の会期を待たずして来たと言うことだ。そしてそのついでに肉などの取り引きもされる。
ちなみにこの場合、それまでの1ヶ月の会期はリセットされ、新たにここから1ヶ月の会期となる。
取り引きをしようと、硬貨と野菜を持って大人達がその商人の元へと集まっていく。その中にはサラさんの姿もあった。
その商人を見れば、取り引きするのは肉だけでなく、他にも色々なものを扱っているようだ。その中で気になったものがある。何やら紙を村人に渡しているようだ。おそらくこれが、さっきルミネータが言っていた号外だ。
それを見た村人達は、衝撃で声を失ったり、口々にものを言ったりと様々だ。その内容までは聞こえないが、騒がしくなっている。
「いつもこんなに騒がしくなってたっけ?
よっぽどの事件とか?」
ルミネータが言う。確かに、村人達の驚き方が異様な様に感じる。
「まあそのうち分かることでしょ。
それより早く肉が食べたいよ。」
「あんた本当にそれしか考えてないわね。」
また口論が始まりそうになる中、サラさんが取り引きした商品と号外を持って帰ってきた。
早く号外の内容を知りたいと思って、サラさんを迎えに行く。
「何が起こったの?」
「なんというか上手く説明できないの、私もビックリして…
見た方が早いと思うわ、」
そう言ってサラさんは、ルミネータに号外を渡して、商品を持って中に入っていってしまった。
「…えっ?」
号外の内容を少し読んだルミネータは驚きで声をあげる。
「なになに〜 ……ウソ…」
やっぱり興味を持っていたのか、ファルもルミネータと同様に内容を読み、驚きで声をあげた。
ライカとマーフィも見に来て、ライカは無言のままだが驚いた感じだった。マーフィはあまり理解していそうになかった。ゼルはライカと同様に無言のままなのだが、それは驚きによるものではなかった。いや驚きもあるにはあったが、主な理由は別のものだ。
号外にはこうあった——
——ミトラ山に紅人の男が!?
長年暮らしていた痕跡あり!
スパイか!? 何のために潜伏していたのか!?
白人女性を脅していた可能性あり、未だ詳細不明!
兵士が突入した際、すでに白人女性は死んでおり、紅人は自害———
——間違いない、ゼルの両親だ。
確かに今の世の中を考えると、大事件として取り上げられてもおかしくはない。ゼルは分かってはいたし、覚悟もしていたつもりだったが、死んだという事実に直面し、数秒思考が止まってしまった。
「えっ? これマジ…? 怖ぇーな…何企んでたんだろ?」
「でも死んだって聞いてひとまずは安心ね。」
「そうだな、憎き紅がもし今も生きてたらと考えたらな…」
「何はともあれ自業自得ね、この女性の人は本当に可哀想だったけど…」
「本当にね、女性を脅すなんていかにも紅らしいわ。」
ファルとライカとルミネータが口々に言い合う。
数日とはいえ、仲良くなった友達が目の前で紅人をめちゃくちゃに言っている。ゼルはそれに怒りよりも悲しみを覚えた。
(もし僕が正体をバラしたら、きっと僕もこうなるんだろうな…)
紅人や白人のことなんて忘れて、ただ純粋に楽しんで生きていきたかった。そんな矢先に、再び自分が腫れ物であると自覚させられる。
「どうしたの? ゼル? 大丈夫?」
ライカが、ゼルの異変に気づいて声をかけてくる。
「…大丈夫って、何が?」
「いや、なんか悲しそうに見えたから…」
ゼルは自分のミスを後悔する。
とは言っても、流石に仕方なかったとも思う。
むしろ変なことを言わなかった自分を褒めたいぐらいだ。
だが、ここで変なことを言って、もしかして紅人に対して良い印象を抱いているなど思われたら、仮に正体がバレなくても腫れ物扱いされるだろう。
ゼルは覚悟を決めた。
「…そりゃ悲しいだろ。僕ら白人の国カルティアに下賤な紅が紛れ込んでたんだぞ!?」
「確かにな、俺なんか腹たってきた。」
「私もなんか嫌な感じがしてきたわ。」
ファルとルミネータがゼルに便乗してきた。
「本当に大丈夫? なんか顔色悪いよ。」
ライカがゼルに優しく言う。
「…確かにちょっと気分悪いかも…
俺向こうで寝てくるわ…」
ゼルはそう言って1人寝室へと向かった。
「大丈夫か? あいつ。」
「そんなにショックが大きかったのかしら?
まあ気持ちは分かるけどね、私も晩ご飯喉通らないかも。」
ゼルにファルとルミネータの優しい声が聞こえ、それがさらにゼルを悲しくさせた。