第二十五話 復活の『龍』 ~オルゴイコルコイ~
神が世界創生に手慣れていないということもあって、この世界は成り立ちからして未熟だ。故に世界は自動的に進化する因子こそ与えられているが最適化しておらず、条件が重なると変数処理の問題で永久ループへ入ってしまうらしい。
無論、このラッチ回路を解消することもできるそうだが、神はこの世界を己の試練のためのものとしているので、敢えて残してそのトラブルを解決することで経験としているようだ。
どのようにするのか? とそれが問うてみると。
「異世界人の魂を使うのが最近の流行ですね。とは言え、直接世界間移動させるのは犯罪ですので、漂白直前の魂を無作為選出して、ポイするんですけど」
何でも神の世界にもルールがあるそうだ。試練のことといい案外世知辛いのだな、とそれは思った。
幾度かの撹拌作業────異世界転生に立ち会ったそれは、再び楽しみを得た。
神の言うように、確かに異世界人の魂は撹拌に適している。この世界由来の魂でないせいか、歪で、尖っていて、だからこそ何を起こすかわからない混沌。
この世界に来る異世界人は、皆が皆面白い結果を出す。
魔王になった者や、勇者と呼ばれた者。
偉大な学者になった者や、稀代の極悪人になった者までその結果は枚挙に暇がない。
だが、それも続けているとやがて飽きが来る。
再び、感情が渇いていく。
その嘆きを神に伝えた所、神はこう言った。
「貴方は、きっと早く生まれすぎたのでしょうね。そうですね…………やがてこの世界が貴方に追いつくまでは────少し、休みましょうか」
嫌だ、とそれは初めて神に逆らった。
それは人が好きだ。人を眺めているのが好きだ。今はまだ、彼らが幼いからそうなっているだけで、いずれ、きっとそれが想像つかない未知を見せてくれるはずだ。
「その行動は、貴方の役割を超えてますよ」
抗いは無力であった。所詮はシステムでしかない《《それ》》が、神に敵うことは無かったのだ。
「今は少し眠りなさい。────いずれその祈りが届くことを願って」
休眠していく中で、少しだけ哀れみの混じった神の声が静かに響いた。
だからそれは待つ。
断絶の祈りの果て────この『飽き』という理不尽を壊してくれる者の到来を。
●
宰相ガーデル・バーテックスの捕縛の報は、戦の趨勢が決まってから程なくして本陣に届いた。
捕らえたのはミュール・グレイを筆頭にした第一騎士団。
かつては自分を追いかけてくる猟犬だった彼等が何故、と疑問に思ったルミリアがラドックに聞いたところによると、「あれは私の仕込みだから気にしなくて良い」とはぐらかされた。ルミリアはそれを不審に思いはしたが、飲み込むことにした。およそ自分の理解の及ばぬ暗闘があった結果なのだろう、と。王として立つ以上、いずれは学ぶ必要はあるだろうが、今は重要なことではない。
そして今、本陣にてルミリアはガーデルと対面していた。
縄を打たれ、膝をつかされた彼は、しかし捕縛されたにしては案外顔色もよく、身綺麗であった。抵抗もなく捕まったのだろうか、とルミリアは思いつつその顔をよく見る。
生まれてからずっと見てきた、もう一人の親とも言える顔だ。少し疲れた表情をしているが、それでもいつもの厳しさは崩していない。一見、近寄りがたい印象があるが、これで案外お茶目な部分があるのをルミリアはよく知っていた。
「来たかね」
「はい。来ました、バーテックス卿」
引っ立てられ、連れてこられたのはガーデルの方なのに、そんなことを言ってしまう辺り、変わっていないなと思う。いや、王都へ進軍して来た、というのならば正しいのだが。
「下がりなさい、シャノン。ラドック伯も、いいですね?」
「しかし…………」
「良いのです。余人を交えず話したいのです」
そう告げると、ジュリアは肩を竦めて、そしてシャノンは後ろ髪を引かれながら他の護衛も率いて陣幕から出ていった。縄を打たれているとは言え、あまりにも無防備だと彼女自身も思った。魔術師ならば、口が動けば攻撃は出来るというのに。
だがそれでも、彼女はガーデルの本音を聞きたかったのだ。
「ここから眺めておりましたが、良いお手並みでしたな」
「皆が、妾に力を貸してくれました。妾一人では、逃げ延びることも出来なかったでしょうね」
少しだけ柔らかい声の口調に、ルミリアは昔日に思いを馳せた。あの頃は父がいて、ガーデルがいて、シャノンがいて、王族としての勉強や儀式の練習は大変だったけれども、満ち足りた日々であった。
「昔から、貴方は少々お転婆でしたが聡明でしたな。覚えておいでですか? 貴方が七歳の頃、護衛の目を盗んで街に繰り出した時のことを」
「ええ。その時は、貴方が妾を見つけて助けてくれたのでしたね。お父様からのお説教からも」
それがどうして。
「それがどうしてなのですか? 何故、あの日のような、優しく頼もしい貴方でいてくれないのですか? ────ガー爺」
何故、こうなってしまったのか。
頼りなかったのは分かる。最も重要な儀式を失敗してしまったのも。だが、ガーデル・バーテックスという男は、それだけで誰かを見捨てるほど薄情な男だとはとても思えなかった。
だから、彼女はどこか縋るような視線を彼へと向けて。
「────反吐が出る」
────拒絶された。
「その甘さは、反吐が出るぞ。ルミリア」
「ガー、爺…………?」
その声音と口調は、聞いたこともないほど厳しく冷たいものであった。
「優しく頼もしい? ただ単に、生き残りをかけて次代の王権に阿っただけのこと。それすら察することも出来ぬとあらば、ますます王としてやっていけんな。臣下を信じるのはいいが、王が臣下に甘えて何とする」
「それは…………」
まるで怨敵を射抜くような鋭い視線に身を竦めたルミリアは、その言葉に反論する術を持たなかった。
「王権とは即ち、国の主柱である。それが折れれば国家も民も共倒れよ。なれば、折れる前に、腐る前に、次に取り替えようとするのは自然なことだろう。そしてその役目は、力を失った王家ではなく臣民よ。それが何故分からぬ?」
「妾では、主柱足り得ないと?」
「その答えは、四年前に出ておるだろう」
静かに首を振ったガーデルは、ゆっくりと瞼を落とす。
「最早お互いの道は重ならぬ。それでも我を通すのであらば、このガーデル・バーテックスの首を刎ねるが良い」
この先を進みたくば自分の命と引き換えであると、いつも以上の厳しさで彼はそう言い放って口を閉ざした。
●
戦場の片隅を、連れ立って歩く四人の男女がいた。
「…………なぁ、カズハ。そんな引っ付かれると歩きにくいんだが」
「腕を組むのはお嫌いですか? ────では尻尾を」
「おぅふ…………久々のモフモフ…………!!」
「成程ねぇ。貴方達も結構な大冒険してたのね」
「あぁ…………お姉様の初回らいぶ…………見たかった…………」
レイターと三人娘である。
戦の趨勢が決まった後で、さぁ一息ついたし王都へ乗り込むべ、とレイターが意気込んだ辺りで自力で脱出してきた三人娘とばったり出くわして合流したのである。今はジオグリフとマリアーネに合流すべく、王権派の本陣へと足を向けている。
カズハはレイターにひっつきながら、ラティアとリリティアは頷きながらそれぞれの事情を語りつつ、話は最初のトラブルへと帰結していく。
「それで結局、私達が飛ばされた原因は何だったのかしら?」
「さぁなぁ。姫は心当たりがあるらしいが、こっちは名前の認識すらできやしねーし。どうも召喚術が原因っぽいなぁ、とは推察したが意図してなのか暴走なのかは未だに分かんねぇ」
「召喚術で転移なんてできるものなのでしょうか?」
「先生が『時間という概念を前に、空間座標は意味をなさないように、次元という概念を前に、時空間は意味をなさない』って相変わらずの訳知り顔で言ってたけどよ。俺にゃよく分かんねぇ」
ラティアとカズハにそう返しつつ、そもそも姫の召喚術の起源ってこの世界由来じゃねぇしこっちの常識じゃ理解できんけどな、とは口の中で転がすだけに留めておく。
以前、マリアーネ本人が語っていたが、ベースとなったのは古文書────それも、ほぼ間違いなくかつてこの世界にいた転生者が遺した書物だ。ソロモン七十二柱を何故古文書に遺したかは、それにすら書かれてはいなかったが、その詳細と各柱に対応するであろう魔法陣は描かれていたらしい。
気になって解析したくなったジオグリフがその古文書を要求したが、マリアーネ曰く、契約してしばらくは手元にあったが、ふと気づいたら紛失していたらしい。
「それで、肝心の二人はどこに?」
「本陣の方でバフ係だったからもうちょっと行った先だと────」
ラティアが尋ねてレイターが本陣の方を指さした時であった。不意にリリティアが足を止めて、顔を空へと向ける。
「…………!? ふんふんふんふん…………!」
「リリティア様?」
そして、カズハの問いを無視して鼻を鳴らし、風向きを確認するように周辺をぐるぐると回った後で。
「お姉様の匂いがする…………! こっちか!!」
愛しのお姉様の匂いを辿って、土埃を巻き上げながら駆け出していった。
「日に日に人間離れしていくなぁ…………犬かよアイツ」
「どっちかと言えば狂犬ね」
「え、えっと、それだけリリティア様の愛が強いということで…………」
『重いの間違いじゃないかな…………』
そのエンジンの掛かりように呆れた三人は、暴走聖女様の背中をゆっくりと追い始めた。
●
一方、同じ頃。
「どうしましたの? ジオ」
やるべきことを片付けたジオグリフとマリアーネは、連れ立って王都方面へと足を向けていた。その途中で、ジオグリフがふと足を止めたのだ。彼はすっとしゃがみ込んで、地面に触れて隣のマリアーネに尋ねる。
「…………なんか、揺れてない?」
「? あ、本当ですわ。地震だなんて久しぶりですわ」
同じようにマリアーネもしゃがみ込んでみると、確かに微妙な揺れを感じた。
大陸中央部に位置する帝国は、大陸プレートから程遠いせいか地震など滅多に起こらない国だった。あったとしても遠方で起きた大地震の余波程度で、マリアーネが覚えている限りでも片手で数えるほどだ。おそらく帝国の隣であるアルベスタインも、同じように地震が少ない地域なのだろう。戦の片付けを始めていた兵士達が怪訝な表情をしてざわついている。
しばらく震度2程度の小さな揺れが続いたかと思うと、直後、今度は揺れではなくとても大きな気配が地下に生まれた。
言い換えれば、とてつもない圧力だ。それは、本能に語りかけてくるような危険信号そのものだった。
「え? なんですのコレ!」
「何だこの魔力量…………!? 下から来る!? 逃げるよマリー!! 解凍!!」
それを緊急回避が必要と判断したジオグリフは、マリアーネの腕を引いて大きな気配がする場所から、風魔術を使って退避。当初いた場所から六、七十メートル離れたところで。
「お姉様────!!」
「げぇっ! リリティア! …………じゃなくてステイ! ステイ! お待ちなさい! 今、そこは────!!」
大きな気配の向こう側から、見知った暴走聖女様の姿を認め、マリアーネは止まるように手を振る。しかし、それを呼んでいるのかと判断したリリティアは一気に加速。大きな気配が生まれた場所の中央付近に来ると。
『あ』
どぱん、と地中から、大地を割断するように出現したそれが逆しまの滝のように天へと伸びていき。
「おねぇぇえぇええさまぁぁあああぁあぁあ────!!」
まるでイルカショーのボールが如くそれに弾き飛ばされたリリティアは、王都方面へと流れ星のようにすっ飛んでいった。
叫ぶぐらいの元気はありそうなので、流石聖女頑丈ですわね、とマリアーネが案外元気そうなリリティアを見て安堵していると、横合いでジオグリフが手の平を突き出して。
「重複────解凍!!」
雷魔術を重複し、解き放った。横幅十メートル近いビーム兵器のような雷の砲撃は、煌々と周囲を照らしながらそれへと突き進んでいき直撃。
しかし。
「うっそぉ…………!?」
覆われた鱗がその殆どを弾き、僅かに焦がして色味を変えたが、すぐさま元へと戻っていった。
「手を抜いた訳では、ないんですのね?」
「最速で撃てる中での最大火力だったんだけど…………」
マリアーネの尋ねに、ジオグリフは頬を引きつらせてそう答えた。
ドン引きする二人など知る由もなく、それはぐんぐん天に伸びてき、やがて頂点を迎えると今度は地上へ向かって衝突────否、今度は地中へと向かって掘り進み、再び天へと向かって伸びていく。
まるで海上を跳ねては潜る魚のような動きであるが、その行動による被害が何とも可愛くない。何しろ横幅推定四十メートル超え、長さはおおよそ二キロに迫る巨体だ。戦場となった平原は即座に穴凹だらけになっていき、王権派宰相派など関係なく甚大な被害をもたらしている。
「ねぇジオ、アレってひょっとして」
「うーん、多分、噂に聞く霊龍アルベスタインなんだろうけど…………」
龍と名を冠しているように鱗を持っているが、どうも濡れているようにてらてらと陽光を反射し、時折鱗の隙間から体節が見えていた。頭に目はなく、その横幅と同じぐらいの大きさの口が、花弁のように開いたり閉じたりしている。形状自体はとてもシンプルで、全長二キロに迫る大きさがなければ、蛇と言い切ることも出来ただろう。
これほどの巨大な未確認生物が王都周辺にいるとは、馬鹿二人も事前情報で知らされてはいない。ぽっと出て湧いた訳ではないのなら、かつてこの大地を荒らし回ったというアルベスタインに繋がるのは当然だ。
勿論、あれは封印されているのではとか、何故今になってだとか、どうして復活しただとか、色々と思うところがあるが────とりあえず、一言にそれを見て思った言葉がこれだ。
『どう見てもでっかいミミズだコレ─────!!』
アルベニアン・デス・ワームかよ! と馬鹿二人はヤケクソ気味に突っ込んだ。
●
「…………何だ?」
ルミリアとガーデルが対峙し、沈黙が支配する中、大きな地揺れがそれを破った。ずだん、ずだん、と地震にしては打ち付けるような音と振動が、徐々に近くなってくる。そして、ついには陣幕の切れ間からそれを認めた。
カテドラへの反逆者。
天へと伸びる逸脱者。
二つの名を併せ持った、この地に住まう者達の天敵。
その名は。
「霊龍アルベスタイン…………!?」
そのルミリアの言葉に反応したかのように、天を睨んでいた霊龍アルベスタインは、ぎろりと目のない口だけの顔を彼女へ向けると、花弁のように口蓋を広げ、逆落としのように上空から強襲。
「! 殿下!!」
「!?」
それに我に返ったガーデルが、ルミリアを庇うようにして身を盾にしたが────その暴威の前には為す術もなく、陣幕もろとも二人は呑み込まれた。
次回もまた来週。




