第二十四話 足を踏み外す馬鹿と、そして
霊樹シーカレイム。
樹齢としては八百年を数えながら、しかし今も壮健なその巨木の前に、石造りの祭壇があった。
棺のような台を中心に、放射線状に魔法陣が敷かれており、その先端には曲線を持った柱が内側に立ち上がっていた。それをまるでひっくり返った虫の死骸のようだ、とフリッツ・ルブランは子供のような感想を抱きつつ、棺の中央に視線を移した。そこでは数名の配下が慌ただしく行き来しており、棺の上に置かれた杖に手を触れる男に声を掛ける。
「どうだ?」
「ええ、問題ありません。順調です、全て」
進捗を尋ねれば、満面の笑みで返ってきた。普段は研究にしか興味なさそうな陰鬱な男だと内心気味悪がっていたが、こうして子供のように笑って見せれば、それなりに気安くもなれる。
「そうか。ここに至るまで七年か? 長かったな…………」
「いや、八百年と四年だよ」
「何?」
「いえ、何でもありません。────フリッツ様の運が良かったのですよ。まさか模倣品とは言え、メクシュリア文明の遺失装具が王家に流れてくるとは」
「うむ。丁度その頃、シャノン・イルメルタの件があったからな。何でも言ってみるものだ」
腕を組んで頷きつつ、ルブランは七年前を思い出す。
前王がまだ壮健だったあの頃、ルブラン家は行き詰まりを迎えていた。貴族としての領地収入や恩給はあるのだが、家格が大きい分出費も激しい。財政赤字ではなかったが、基本的にプラスマイナスゼロ。魔石輸出のブーストがあるにも関わらず、横ばいの平行線であった。これではいずれ先細りが見えている、という進言を配下から受けて、フリッツは仕事を探していた。
それも、名誉があって他家の権勢を奪えるようなのがいい、と一石三鳥を狙った結果、王都警備の権益が転がり込んできた。
きっかけは、当時八才であったルミリアがシャノンを伴って宝物庫に侵入し、その中にあった魔槍の呪いに掛かってしまった事件。
どこぞの教団から売りつけられた幾つかの財宝を持て余し、宝物庫に放り込んでいたらしいのだが、警備の目を掻い潜って二人が侵入。結果として、イルメルタ家の長女は女として使い物にならなくなった。
さて、とばっちりのような形であれ、そうした事件が起これば責任問題も起こる。何しろ公爵令嬢がその実情がどうあれ不具になった、というのは貴族界に激震を齎したのだ。その影響は当時、王都警備を任されていた四大公爵家の一つにまで波及し、引責という形でそこが手を引いたために権益が宙に浮く。そこを家格を盾にかっさらったのがルブラン家だ。
田舎臭い領地の運営よりも、都会である王都に住んでいたかったフリッツが、その大義名分と実益を求めた結果ではあるが、思わぬ副産物が転がり込む。そう、宝物庫の管理だ。
書記官を抱き込んで目録の改竄も必要だったので、何から何までとはいかなかったが、それなりの横流しをして私腹を肥やした。そんな中で、彼は一つの遺失装具と出会う。
全ての計画は、そこから動き出したのだ。
「して、それで本当に霊龍アルベスタインの制御が可能なのか?」
視線の先、棺の上に安置された身の丈ほどの杖があった。大した装飾もなく、一見するとその辺の森に転がっていそうな木の杖であるが、頭頂部に接続された拳大の赤の宝玉が、不思議なほどに目を引く。
「ええ。至宝天。流石にそれそのものではなく、メクシュリア文明時代に作られた模造品ですが、伽藍堂のレプリカではありません。出力は本物よりかなり落ちますし、大部分の機能を削られてますが、魔獣制御機能は残ってますし、実験も四年前に行って動作確認済みです」
「ふーむ。アレは驚いたな。まさか儀式が失敗するとは」
「こちらの実験の影響で、霊樹との共鳴に支障が出たのでしょう。鎮魂の儀は霊樹と一体になって初めて可能となるもの。意識があっても、手足が封じられているようなものですし」
四年前、ルミリアが二度目の儀式に挑む中、その共鳴パターンの解析のために裏で至宝天を用いてフリッツ達は霊龍アルベスタインへの接続実験を行った。接続そのものは成功したが、その際、瞬間的に地下のアルベスタインが暴れ────おそらくは寝返りのようなものであろうというのが彼等の結論────現状の至宝天では制御できないという結論に至った。
余波で儀式そのものが失敗するとは思わなかったが、研究そのものは続け、完成の目処が立った────と、報告を受けたのが数週間前だ。
「いつまでも古き王家にこの国を任せていても仕方あるまい。これがあれば私…………いいや、余でも霊龍アルベスタインを制御できるなら、最早ルミリアは必要ない。新たな王朝の始まりよ」
魔石鉱脈は四年周期の儀式で生まれるが、その源泉となる霊龍アルベスタインを制御できるのなら、いつでもどこでも魔石鉱脈を作れるはずだ。そうこの男に進言され、フリッツはならばと配下に準備を進めるように指示をした。
そして今、その夢が叶う直前まで来ている。
「ええ、ええ。フリッツ様にも王家と同じ血が流れているのです。であれば、可能ですよ」
「そうであろう、そうであろう。…………そう言えば、お前の名前は何だったかな?」
「おや、それはご無体な。何度か名乗りましたよ、私は」
「そうであったか? いやすまぬな。ここまで尽くしてくれたというのに」
四年前の接続実験から頭角を表しているのは知っていて、いつの間にか研究の第一人者になっていたのは覚えているが、名前を覚えていなかったと気付いたフリッツは、改めて尋ねる。
「して、名はなんという?」
「アルベ。────アルベスタイン縁のこの国では、彼の龍に肖った、珍しくもない名前でしょう?」
フリッツは庶民はそんなものか、と曖昧に頷いた。
無論、世の中、そんな都合の良いものが簡単に転がってはいないということに、貴族社会で生きてきて世間を知らぬ彼が気づくことは無い。仕事は配下にやらさせるもので、その進捗や内容など理解も出来ず、自分は指示するだけで良い────そんな頭の軽い神輿や計画など、いつか間にか何かに取って代わられるということに。
●
「終わりましたわねー」
まだ衰えない炎の壁と、次々捕縛されていく宰相派の兵達を眺めながら、未だにライブ衣装のマリアーネはジオグリフと並んで戦場となった場所を遠巻きに眺める。
「そうだね。ま、ここから先は彼等に任せよう」
「…………意外ですわね」
「何がさ」
「てっきりジオの事だから、『あの女狐にギャフンと言わせちゃる』とか『こんな茶番に巻き込みやがってクソ狸。お仕置きは覚悟しろ』とか言い出すものかと」
「君の中で僕のキャラはどうなってるんだ…………」
「え? 偽悪系厨二病か政治家の皮を被った扇動系革命家」
「ぐぬぬ…………」
半ば事実なので何も言い返せないジオグリフは、しばらく唸った後でため息をついた。
「まぁ、あの女狐、あんな格好させてもケロッとしてるし」
「むしろノリノリでしたわよ。ジオの要望通りギッチギチでパッツパツのうわキツ辱め衣装だったのに、素体が良かったのでいい感じにムチムチですから、むしろそっちの性癖の兵士達に大好評でしたし」
「無敵かあの女。というかこの世界の男の性癖はどうなってるんだ…………」
「意外と前世でも多いですわよ、熟女スキー。いえ、その前にラドック伯、まだ二十代半ばですし、熟女でも無いんですけど。言うなら、若妻未亡人系アイドル? ほら、何処かの管理人さんだって大人気ヒロインしてますし」
属性盛り過ぎじゃないかな? と思うがその代表例を出されてジオグリフは嫌そうな顔をして、アレと管理人さんを一緒にするな僕の青春だぞ、と吐き捨てた。
「宰相は宰相の方で、気持ちは分からなくはないからね」
「そうなんですの?」
「この国は、他責思考の究極である民主主義じゃない。だから、誰かが命で責任を取らなくちゃならないんだ」
「拗らせてますわねぇ…………」
またぞろ危険思想を語ろうとするジオグリフを、マリアーネは呆れた目で見た。
「でも事実でしょ? 前世だって何かが起こる度、皆が口を揃えて政治が悪い、社会が悪い、国が悪い────何を言ってるのさ。国民に主権があって、そして権利を叫ぶのなら義務と責任もセットだ。選挙で政治家を選んで、後は知りませんは通らないよ。そいつが何かをやらかしたなら、それは選んだ有権者の責任。なら選択した国民が一番悪いのに、そこには誰も突っ込まないんだから。そういう場合、例えば規律を重んじる軍隊なら連帯責任だ。なら特定の国民の選挙権一時停止ぐらいはすべきだと思うよ。選んだ馬鹿が失敗したら一回休み、ってね」
「まぁ、確かに有権者が謝ったり自重することはありませんわね。みんな素知らぬ顔して次の選挙してますわ」
「そうやって責任を希釈しているのさ。特に、支配者層が傷つかないように。だから、誰もがもし責任を取ることになっても、精々が引責で済んでる。ま、安易に流血や私財没収を認めると今度は不正や粛清の嵐になって、政治家になろうとする人間も物理的にいなくなるから、致し方ない部分もままあるけれど」
そこまで行ったら独裁軍事政権の爆誕だ。しかし、中世の国家というのは押し並べてそれだ。そして抵抗と反乱と鎮圧と転覆を何度も繰り返す。権威や歴史はあれど、だからこそ力もそこに近しい部分に収束するのである。
とは言え、だ。
「けれど、絶対君主制ではそうもいかない。絶対的な権力の反動は、即ち強烈なまでの責任の集約だ。これで宰相を生かしたままとかいう甘い裁定にしてみなよ。ルミリア殿下への不信感は後の王朝への火種になるよ。そしてそれは、宰相も理解している。だから自ら人身御供となったんだ。ついでに、彼女に王としての経験を積ませるためにね」
そしてその経験を、ラドック伯も望んでいる。ジオグリフは筋違いだからと黙った。だから彼女もジオグリフも、ガーデルが引いた絵図にそのまま乗っかって、その内容をルミリアに教えることはしなかった。
古狸の描いたシナリオは、その全てがルミリア一人の為にあったのだから。
「どうするんでしょうね、ルミリア殿下は」
「さぁね。正直、僕らは関わりすぎてる。これ以上はこっちの不利益になりかねないから、ここらが引き際だよ」
他国のお家騒動に仕方無しに首を突っ込んだが、いよいよ潮時だ。後は、目的を果たしてこの国からおさらばするだけである。
「本音は?」
「他国のくだらない政治より三人娘の方が大事」
「ラティア、の間違いでしょう?」
「そうとも言う。君だって、百合眺めるよりも、こっちを優先するの?」
「まぁ、そろそろ隣に騒がしい聖女がいないと、落ち着かないですし?」
「よく言うよ」
「甘やかさないだけですわ」
つーん、と顔を背けるマリアーネに苦笑して、ジオグリフは王都の方へと視線を向けた。
「さーて、レイは三人娘を見つけれたかなぁ?」
●
(…………あの杖、やはり間違いない。至宝天の劣化模倣品ではないか)
案内人のイオと別れ、一人で祭壇付近へとコソコソ身を隠しながら近寄ったベオステラルは、そこに安置された遺失装具を認め、記憶を掘り起こした。
至宝天、と呼ばれるメクシュリア文明よりもずっと前、神代時代に作られたとされる遺失装具がある。人類最盛期とも言われるメクシュリア文明ですら完全解析が出来なかった曰く付きのそれは、同時代で幾つもの模倣品が作られたとされる。祭壇で安置されているそれは、その模倣品をこの時代で更に模倣したものだ。
元々は復活させた人造邪神デルガミリデを制御するために、教団が至宝天、並びに模倣品を探していたのだが結局発見できず、仕方無しに古文書の解析から一部機能を劣化模造品を作って再現を試みたことが始まりだ。
それは一定の成果は見たのだが。
(だが、あれは失敗作ではなかったか?)
本物の至宝天は、波動の完全制御が可能であったという。即ち、この世界の魔力と呼ばれる波動で制御される素子を意のままに操ることができる=全物質のナノマシン化という、まさしく神が如き万能性を発揮したとされる。メクシュリア文明で作られたその模倣品は、それを再現しようと試みたが、使用範囲や能力が限定的過ぎたという。
そして、それを更に模倣したデルガミリデ教団産の至宝天は、再配列に特化した。
物質・精神に関わらず、使用対象の再配列を行う能力は、しかし指向性を定めることが出来ないランダム性の為に、大抵使用対象が崩壊する、という何のための道具なのかさっぱりなものと成り果てた。物理的な再配列を行えば身体が原子崩壊を起こしてグズグズの肉っぽい何かになり、精神に定めれば対象者の意思が滅びて人形になる。効力範囲も狭く、精々が単体への破壊や殺人にしか使えない道具で、別にそれだけならば武器や魔法でいい、という結論に至った。
余談だが、そこから精神干渉に技術ツリーが伸びて、地竜を操っていた操獣玉へと進化していくことになる。
さて、そんな曰く付きの失敗作が何故この祭壇に、それも丁重な扱いを受けているか物陰に隠れていたベオステラルは考察する。
(この祭壇は、アルベスタイン封印の要。それも大妖精カテドラが施した封印だ。無駄に強固だろう。生半可なものでは破壊できないが、封印のランダム再配列なら基幹機能そのもの崩せるし、ここを再配列で崩壊させるということは、つまり────)
ここに来てようやく、馬鹿は結論に至った。
「………………………………アルベスタインが、目覚める?」
「!? ────曲者だ! 捕らえろ!!」
思わず口に出してしまい、祭壇周辺を警備していたフリッツの配下に見つかってしまった。
「ちぃっ!!」
ベオステラルは物陰から飛び出し、右手に血剣を出現させる。
「やむを得ん! よく分からんが盟友のため、それを止めさせてもらうぞ!!」
馬鹿ではあるが、何となくそれがガーデルにとって不利益なものであることは察せた彼は、集まり始めた警備兵を蹴散らしながら祭壇へと突撃していった。
●
(おいおい! 吸血鬼め、ここに来て邪魔をする気か…………!?)
背後で起きた騒ぎに、アルベは胸中で舌打ちする。
ここ一ヶ月ほど、この国の中枢をうろちょろするようになった真祖の吸血鬼を、彼も把握はしていたが、その性質を知っていたため敢えて放置していた。当然、こちらには干渉してこなかったし、監視すらしてこなかった。だというのに、この大事な場面で何故ちょっかいを掛けるのか、と苛立ちを覚えた。
そんな苛立ちを煽るように、フリッツが声を掛けてくる。
「お、おい! 大丈夫なのか!?」
「アレは曲がりなりにも真祖! おそらくは宰相の手の者です! 長くは持ちません! フリッツ様! 準備は整っておりますから、急ぎ遺失装具の起動を!!」
「う、うむ!! 血を垂らせば良いのだな!?」
幸いにして、準備は終えている。アルベはフリッツを急かすと、彼は懐剣をわたわたと取り出し、自分の人指を恐る恐る傷つけて血を流す。この期に及んでみみっちいヤツだ、とアルベは吐き捨てるようにフリッツへと近寄ると、その懐剣を奪い取る。
「それでは足りません!」
「な、何ぃっ!? もっと切らねばならんのか!?」
「いえ────」
そして彼に身を預けるようにして、影が重なり。
「────カテドラの血族。その命が、いるんだよ」
フリッツは、その懐剣に心臓を貫かれた。
「か、は…………」
胸を抑え、糸の切れた人形のようにフリッツは祭壇の間へと前のめりに倒れた。
直後、祭壇の両端に伸びる曲がった石柱が魔力を帯びて、フリッツへと殺到する。
「はははは! 成った! ようやく成ったぞ!! いやぁ、長かったよこの四年! 封じられていた八百年より長く感じるとは思わなんだ!!」
その様子を満足気に眺めながら、アルベは過去を思う。
八百年前、まともに扱えないスタインの身体に意識を取られてしまったため大妖精カテドラに敗北し、しかしそのスタインの身体のお陰で消滅ではなく封印という決着を得た彼は、つい四年前まで大人しく封印されつつ虎視眈々と復活の機会を伺っていた。
転機が訪れたのは四年前。いつもの封印調整の儀式の際に、異物が紛れ込んだ。そう、例の接続実験だ。あれの影響で、その行使者であったこの身体とのパスが繋がったアルベは、この身体の主の精神を乗っ取り、自らの復活の段取りを組み始めたのだ。
必要となったのは、カテドラの血族の命。当初は復讐も兼ねて前王を狙ったのだが、途中で気取られて仕方なく殺害。運よく病死ということで処理できたが、護衛もいて、本人にも力がある直系の血族をこの非力な身体で直接狙うのは骨が折れると学んだ。ついでに、封印の解除もそれが最も弱くなるタイミング────つまり、四年周期で無ければ実現性に乏しいと気付いた。
そこで目をつけたのが、その近縁であるフリッツ・ルブランだ。公爵として何度も王家と交配しているルブラン家であるため、資質は王家に次いで優秀であり、且つ自分こそが王に相応しいと何の根拠もなく考えられる頭の軽さは、使うに十分であった。ついでに、当人が分不相応な計画を抱いていたこともアルベに味方した。
「きさ、ま…………」
「おや、まだ生きてらっしゃる。心臓に刺さっているのに、無駄に元気ですな。あぁ、術式の影響ですか。ま、その内死にますからご安心を。それにしても、いやいやどうもどうも、ご協力ありがとうございましたフリッツ様。これでやっと復活出来ますよ」
「な、何を…………」
息も絶え絶えに睨めつけてくるフリッツに対し、愉悦すら感じながらアルベは見下した。
「何をも何も、本当に人の身でスタインを制御できるとでも? カバーストーリーとしては使えたのであなたの誇大妄想に乗っかりましたけど、そんなの無理に決まってるじゃないですか。あの当時、妖精種の僕でさえ苦労したのに。完全制御できるようになったのは、ここ数十年ですよ」
「何、者だ…………きさ、ま…………」
「おや? 名乗ったはずですよ」
そう言って言葉を切って、彼は慇懃無礼なお辞儀を一つ、仮初の愚かな主へ送ることで冥土の土産とした。
「アルベ。妖精郷を追い出された妖精種で、アルベ=スタインの中身で、今はこの身体の支配者。────では、さようなら。フリッツ・ルブラン。君の馬鹿具合は側で見てて楽しかったよ」
直後、フリッツの身体の穴という穴から血液が溢れ出してその生命を奪い尽くすと、それは祭壇の場を血で染める。いや、描いている。カテドラの血族の血で、復活のための魔法陣を。
それはやがて祭壇の中央、強制制御端末化させた棺の上の至宝天へと収束し、巨大な光の柱を出現させた。
煌々と照らされるその光は、まるで自身の復活を祝福しているように見えて、アルベは身を捩って哄笑する。
「あはははははは!! あのクソアマに封じられて八百年! この身体に乗り移って四年! ここまで来るのに随分と時間がかかったが、これで俺は復活────!」
「さ・せ・る・かぁ────!!」
「うぉっ!?」
その直後、横合いから血剣が文字通り飛来してきて、思わずアルベは身をすくめて回避した。ベオステラルだ。吸血鬼の怪力で投げ飛ばされたそれは、直前までアルベがいた場所を高速でぶっ飛んでいき、地下空洞の壁までたどり着くと、突き刺さるどころか爆砕させた。
視線を向ければ、フリッツの配下は残らず斬り殺されており、ベオステラルが悠然と立っていた。腐っても真祖であった。
「おい吸血鬼! 何故人間の味方をする!? こう見えて中身は妖精種なんだ! 言ってしまえば俺とお前は近縁種! それに大体、お前等真祖の吸血鬼は人間の天敵のはずだろう!?」
「人間の味方などしておらんわ愚か者め! オレ様は盟友の味方をしているだけだ!!」
あんなものを、今は人の身である自分が受ければタダでは済まない、と抗議の声を上げるが真祖の吸血鬼は再び血剣を右手に作り出して、その切っ先をアルベへと向けた。
「理由は知らん! 理屈も知らん! だが、それを許せばこの国が滅ぶのだろう!? 盟友が命を捨ててまで守ろうとした国が! ならばそれだけで、貴様を邪魔をする理由にはなる!!」
「おのれ! 調停者の分際で人間に肩入れするか!?」
「滅んだ愚物に勝手に与えられた役目など知るか! オレ様の生き方はオレ様のものだ! そしてオレ様は連中に奪われた力を取り戻してこの地上を支配する! その時、貴様のような凡愚に荒らされていては意味がなかろうが!!」
右手にした血剣だけでは飽き足らず、殺したフリッツの配下達の血を使って無数の血の杭を形成すると、念動力で宙へ浮かべる。まるで一個師団に弓で狙われているような錯覚を覚えたアルベは、僅かに後ずさる。
「こいつ、まさか俺と同じ…………イレギュラー化してるのか!?」
「知らんわダボが! 死ね!!」
「くっ…………! 珠霊壁!!」
ベオステラルが血剣をアルベに差し向けた直後、無数の血の杭が彼へと殺到し、自身と背後の至宝天を守るべく障壁を展開させる。球状の不可視の障壁は、迫りくる血の杭を甲高い音共に防ぐ。だが、血の杭は砕けたかと思うと再び再生し、自壊を厭わぬ突撃を何度も敢行する。
濁流のように次々押し寄せる血の杭を前に、アルベは歯噛みする。
(不味い! この非力な身体では…………! そもそも属性的に吸血鬼相手に人間の身体は相性が悪い!! 早く! 早くスタインの身体へ…………!!)
この身体はアルベスタインと繋がっているため、魔力自体は膨大であるが、出力するための身体は人間のそれだ。鉄砲水を相手に、水道の蛇口では勝負の土俵にすら立てない。
こちらも自壊覚悟で戦えば拮抗ぐらいはできるが、今、アルベは至宝天の制御にも意識を割いている。この子機とも言える身体がなければそれも叶わず、故に彼は防戦一方を迫られた。
「ぬふはははははは! そのような薄皮でオレ様を止められるか! このまま押し切ってくれる!!」
そして馬鹿は何を思ったのか、わざわざ近寄ってきてアルベの防御壁を拳で殴り始めた。どういう理屈か、その衝撃は内部へと響いて、アルベは一歩、また一歩と下がっていき、やがて気づく。
その背後に、至宝天が放つ光の柱があることに。そして、このまま下がれば起きるであろう惨事に。
「馬鹿! これ以上押すな! 押すんじゃない!! こ、この! これだから馬鹿力の吸血鬼は…………!!」
「ふははははは! 押すなと言われれば押してみたくなるのが人情というもの!! そーれ、はっきょーい! はっきょーい!!」
だから叫ぶが、馬鹿はつまりお約束というやつだな! と勝手な解釈をして今度は張り手で防御壁を押し始めた。
「ち、違う! 振りじゃない! 覚醒処理中なんだ! アルベスタインの! そこに子機ならともかくお前まで飛び込んだりしたらどうなるか────!!」
「よく分からんが、ヨシ!!」
「人の話をちゃんと聞けぇぇえっ────! よく分からんなら動くなぁぁぁぁあぁ────!!」
その全力のツッコミが悪かったのだろうか。
アルベは思わず障壁の制御を乱し、そこにベオステラルの張り手が運悪く直撃。パリン、と薄氷のようにあっさり割れてしまった。今までの反動がなかったため、真祖の吸血鬼は思わず前につんのめってアルベへと倒れていき、そして。
『あ』
そのまま縺れるように光の柱に入り込んだ二人は視界と意識を奪われ、直後、地下空洞の更に下から、それが顎を広げて現れる。それは霊樹をなぎ倒し、のたうち回って地下空洞を破壊しながら天蓋を叩き割り、地上へと向かって伸びていく。
知恵者がどれだけ綿密な計画を建てようと、そこに向こう見ずが関わると途端に破綻する、という好例であった。
次回も来週。




