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第二十三話 炎の決着とタイトロープ上の馬鹿共

 ふと気がつくと、青い空が見えた。


 それで自分が仰向けでぶっ倒れている、と気付いたリヒターは重苦しい身体を引き摺るように身を起こす。


「あー…………くそ、あの小僧、少しは加減しろ、馬鹿が。いてて…………」


 そうやって愚痴るだけで全身に痛みが走って、顔をしかめることになる。城壁へと吹き飛ばされる直前、自分からも飛んで、更には城壁にゼロ距離で残光を放って、壊して衝撃を減衰させたというのにも関わらずこれだ。


 視線を落とすと、身につけた鎧は拳の形でひしゃげており、その一撃の重さを察することが出来た。これはもう使い物にならないな、と痛みを堪えながら鎧を外していく。機動力を重視してハーフプレートで良かった。これで普通の貴族のように見栄重視のフルプレートなら立ち上がることすら困難で、自分で外すことすら難しかっただろう。


「これで、大体片付いたか。ミュールには嫌な役回りをさせるが、これでいい…………」


 第一騎士団副団長であるミュール・グレイに与えた命令は、機を見て部下を率いて宰相派貴族を討て、というもの。それも、リヒターとガーデル、更には()()()()()()()()()との連名での公式命令書だ。


 実は内乱以前より直接ではないが、元々ラドック領には情報を流していた。でなければルミリアがラドック領に逃げ込んだ直後に、タイミングよく当主が現れるはずもない。おそらくは、それで情報の確度を精査したのだろう。以降は暗号文こそ使うものの、普通にやり取りをしていた。


 その中でガーデルの策を教え、しかしジュリアは動揺すること無く了承した。おそらくは、それまでの宰相の行動とやりとりで予見していたのだろう。大掃除をした後の後片付けに手間がかかる、と嫌味は言われたものの否とは返ってこなかった。


 視線の先、上空に写った映像の中で、無表情ながら何だか思ったよりもノリノリで歌って踊っているジュリアを認めてしまい、大丈夫だよな? といささか不安にはなるが。


「後は、馬鹿弟子か。アイツ、まだ迷ってんのかな…………」


 同じように映像の中で、半ばヤケクソになりながら歌うシャノンを見つけ、ため息をつきながらゆっくりと、槍を杖代わりにして立ち上がる。


 半端な奴だ、というのが昔からの印象だ。


 女なのか男なのか分からない身体で、女だと自認しながらも槍を取る。こんな時代だ。女だてらに武器を振り回すのに否はない。だが、あの何かを諦めたかのような目を、リヒターは嫌った。


 その理由を、敢えて聞くことをしなかった。何となくではあるが、察することは出来るし、きっとどうにか折り合いをつけられるのはリヒターではなく、シャノン自身だからだ。


 だが放置出来るほど薄情ではなかったリヒターは、色々と気を使って────結果、情が移った。


 それを恋慕と言うには、保護欲が強すぎた。

 それを愛情と言うには、立場が邪魔だった。

 それを叶えるにしても、状況が煩雑すぎた。

 

 そしていずれにしても、シャノンはリヒターをそうした目で見ていなかった。


 これがもしも、リヒターが年頃の男子なら、相手の気持を無視して、脇目も振らず攫いに行っただろう。その上で、あの魔槍の呪いを外す術を探しに行っただろう。だが、そうするには彼は年を取りすぎていた。腰の軽い立場でもなくなっていた。


 もう三十だ。この歳にもなれば、一通りの恋愛はしてきた。だから女の裏も醜さも知っているし、それが育ちきっていないシャノンに惹かれただけ、とその思いに楔を打った。


 そうした先に、残された彼の選択肢は、僅かなお節介だけ。だが、それで良いと思う。宰相派についた以上、最早セントールという家は無くなる。ならば、一人の男として、最後に惚れた女の前に超えるべき壁として立ちふさがり、いつか降した相手として彼女の心に刻みつける。


 それだけが、リヒター・セントールに許された、ただ一つの我儘だ。


「どっちにしろ、後一戦は保ってくれなきゃ困るんだが…………」


 よたよたと歩き出せば、体の芯から悲鳴を上げる。ぺっと鉄の味がする唾を吐き捨てると、結構な量の血が混じっていた。外傷はそれほどないが、内臓の方が傷ついている、と長年の経験で察した。知れず舌打ちする。間違いなく、あの最後の連撃(アキラスペシャル)が原因だ。


「あの赤毛め。鎧だけならまだしも、俺の内臓まで壊すなって────」


 こりゃぁ先に回復術士捕まえるかポーション探すのが先だな、と愚痴りながら民家の角を曲がった時だった。


 三人の影が視界に入った。


『あ』


 一人は符を構えた、狐獣人の娘。

 一人は魔導銃なる魔道具を携えたエルフの娘。

 そしてもう一人は、棘付きメイスを手にした人間の娘。


 あちらもリヒターを認識したようで、一瞬だけ驚いた表情をするが、やおら互いに頷き合って。


「────死ねぇぇぇぇっ!!」

「ちょっと待てぇぇぇぇっ!!」


 先手必勝! とばかりにメイス片手に飛びかかってくる聖女リリティア(バーサーカー)を前に、満身創痍のリヒターは思わず槍を放り出した。




 ●




『俺が負けたら、部隊を率いて諸将の首を取りつつ宰相を抑えに行け。大丈夫だ、あの爺さんも了承してる』


 そんな言葉を前日にリヒターから聞いた時、ミュールは大凡の流れを察してしまった。


 元々、一連の流れをおかしくは思っていた。ミュールは家名こそ持ってはいるが、出自自体は庶民だ。その立場から見ても、宰相ガーデル・バーテックスという男はガチガチの保守派であった。いくら四年前の儀式の失敗があったとは言え、まして前王の継承者が生きているというのに、ああも気安く鞍替えが出来るだろうか、と懐疑的な目で見てはいたのだ。


 そして命令書に記載されたジュリア・ラドックの名で、今回の騒動が茶番だということを確信した。


「兵卒には構うな! 貴族の首を落とせば、この戦は終わる!!」


 部下に檄を飛ばしながら、剣を片手に貴族の兵を追い立てる。悲しいほどに弱卒だ。数人斬り殺して見せれば、二の足を踏んで後退する。


(これでいいのですね、団長…………)


 ここまでくれば、彼等がやろうとしていることが旧体制の大掃除であることは理解できる。そして、新体制での英雄が必要だということも。知の部分はおそらくそのままラドック伯が収まるのだろう。問題となるのは、武の部分。


 今まではリヒターがその座に収まっていた。王権派にもシャノンのような強者はいるのだろうが、鍛えられた第一騎士団を纏められるかと問われれば首を傾げる。シャノンも立場としては近衛で、部隊運用よりも護衛に特化している。そしてあの年齢では軽く見られてしまうだろう。


 そこで槍玉に上がったのがミュールだ。長く第一騎士団に籍を置き、後ろ盾もなく叩き上げで副団長の座にまでのし上がってきた。リヒターの影に隠れがちだが、彼自身の能力は王国内でも随一だ。内乱終結後、地方貴族にパイのように切り分けられて第一騎士団の力を落とすよりは、そのまま繰り上げした方が混乱が少ないと判断したのだろう。


「宰相だけは生かして捕らえよ! 旗頭は我らが王が処断せねばならぬ!!」


 それを通すためには、手柄がいる。宰相派としてではなく、王権派に鞍替えしたという手土産が。


 だが、それは同時に裏切り者の汚名を背負うことになる。おそらくは政治的に処理する手立ては用意されているのだろうが、口さがない人間は、間違いなくミュールを裏切り者と蔑むだろう。


 連名での命令書を渡した時の、リヒターの顔を思い出す。


 若干の申し訳なさと、疲れたような笑みが印象的だった。それを見て、ミュールは腹を括ったのだ。


 元々、リヒターに目を掛けてもらわなければ、今の地位はなかった。前任のガチガチの貴族主義の団長の時代ならば、家格を理由に未だにヒラだっただろう。


 リヒターの時代になって、ようやく実力でその地位が定められるようになったのだ。言ってしまえば、無名の彼等にとって、リヒターは親のような存在であった。


 その親が、人生を賭して茶番を演じている。


 ならば。


(ならば、俺は汚れた英雄にも喜んで成りましょう…………!!)


 与えられた役割を熟し、それを以て報恩と為すと彼は決めたのだ。


「急げ! 王権派の兵がたどり着くより早く片付けねば、我々の未来は無いと思え!!」




 ●




 青い空を舐めるようにして、炎が天高く伸びる。


 本陣を出火点にして、宰相派軍の後背を囲うようにして左右に広がった炎は、瞬く間に背水の陣ならぬ背火の陣へと姿を変えた。


「火、火が…………!」

「これは、何だ!? どうして退路に火が!!」


 歌で全軍を超強化してくるとかいうトンチキな王権派を前に、宰相派貴族達は這々の体で本陣へと逃げ帰ってきたのだが、その直後にこれだ。これでは王都へと逃げ込んで籠城して体勢を立て直することも不可能。


 その上。


「何故、第一騎士団がこちらに攻めてくるのだ!?」


 逃げ惑う貴族達の背後を、左翼から何故か第一騎士団が攻撃を加え始めた。同士討ち、というにしては戦意が高い。明確に、こちらだけを仕留める動きだ。


 そんな混乱の極みにいる彼らの前に、一人の老人が剣を片手に部下を率いて右翼側から現れた。


 ガーデル・バーテックスだ。文官肌で戦闘力は大してないが、それでも貴族として多少の教育はされてきた。彼は青い顔をしている貴族たちの前に姿を見せると、皮肉気な笑みを浮かべ。


「ふん。最前列で新時代の訪れを眺められるというのだから、逃げようなどと思わぬことだな。儂を含め、揃っていよいよ年貢の納め時よ。────やれ」


 下された命令に呼応して、彼の部下たちが吠える。


 構成されるのはガーデルを長く支え続けた文官達だ。慣れない戦場ではあるが、槍を手に突撃することぐらいは出来る。これより黄泉路を歩む主への最後の手向けとばかりに気炎を上げ、士気を下げっぱなしの貴族達へと日頃の恨みとばかりに殺到する。


「ち、血迷ったか宰相!!」

「血迷った? 何を言う。これは元からそういう筋書きよ。新たな王国に、我々のような古き者の席など必要ないのだ」

「貴様ぁっ!!」


 怨嗟の声が上がるが、それすらも心地よい、とガーデルは笑った。


「ふははははは! 最早我らは一蓮托生────さぁ! 気張って悪役をしようではないか! それが、故国に対する最期の忠義と知れ…………!!」


 そうとも、と彼は両手を広げて叫ぶ。


「いざや来い! 新時代! 諸君が討ち果たすべき悪はここだ! ここにいる!!」


 哄笑するガーデルと、容赦のない第一騎士団、それから攻め寄せる王権派に挟まれ、貴族達はやがてすり潰されていった。




 ●




「────という訳で、お前らはもう好きにしろ。俺も捕まえる気はないし、追いかけもしない」


 一方その頃、即座に降参したリヒターは三人娘に戦場の様子と、今回仕込まれていた宰相の策が成ったことを告げて、自分もそちら側だから敵意はないと釈明していた。


 何しろ身体が満身創痍だ。万全の状態ならば三人娘には負けないし、今この状態で戦ってもおそらく勝てるは勝てる。だが、勝っても意味がない上に、間違いなくただでは済まない。今後の行動に支障が出るとなれば、降参することに否はなかった。


 なので、色々と説明に時間を費やしたのだが。


「レイターにやられたってことは、やっぱりこの騒動はあの子達の仕業ね。立案はジオかしら」

「はい、流石レイター様です」

「お姉様素敵…………!」


 三人娘は自分達の興味にしか心を向けなかった。このとっ散らかり具合は、間違いなく三馬鹿譲りである。


「聞いちゃいねぇなこの娘っ子ども…………あたた」


 説明甲斐の無い連中だ、と呆れたようにため息をついたのが悪かったのか、内臓に鋭い痛みが走ってリヒターが鳩尾辺りを手で押さえた。


 それを見たリリティアが仕方ないな、とガシガシ後頭部を掻いてから。


「────大いなる光神よ、この者に慈悲なる光を。第四回復術式(イクシード・ヒール)

「おい?」


 リヒターの身体に触れて、回復術を行使した。その行動にリヒターが戸惑っていると、魔力の燐光が彼の周囲に溢れ、徐々に痛みが引いていって最後には全快した。


「ま、敵じゃなくなったなら、いいだろ。────これで、あの時の借りは返したから。もう蒸し返すなよ」

「借り?」

「あたし以外なら、別に殺しても問題なかっただろ」

「…………」


 そう問われて、リヒターは無言。


 確かに、最初の邂逅で聖女だと名乗ったリリティア以外を、面倒の一言で斬り捨てても何の問題もなかった。本人はともかく、御付き程度ならばどうなった所でリフィール教会も嫌味が精々だ。後に釈明も出来るし、獣人の村とエルフの里との仲は悪くなるだろうが、所詮は他国の一自治区に過ぎない。リフィール教会を敵に回すよりはマシだ。


 聖女を暴力的に説得するとならば、見せしめにカズハやラティアを殺す、という選択肢もあるにはあった。


 それをしなかったのは、彼女達にシャノンを重ねたからだろうか。


 そう自問していると、リリティアがじゃぁな、と一言残してカズハとラティアを伴って去っていった。足の向く先は戦場。おそらく仲間と合流するのであろうが。


「全く、若いってのは」


 一人残されたリヒターは、少し疲れたかのように天を仰ぐ。


 憎たらしいほどに、青い空だった。




 ●




 松明の光りに照らされたそこを、まるで何かの迷宮のようだ、とベオステラルは思った。


 ガーデルに紹介された案内人の導きで、王都の旧市街区画からその地下へと入り込んだ彼は、その迷宮のような場所をひたすら歩く。無言、というのもアレなので先を行く案内人の小男へと水を向けた。


「しかし貴様、イオと言ったか。変わった奴だな。道案内とは言え、非戦闘員なのにこんなことに志願するとは」

「まぁ、あの手のお貴族様には個人的に恨みが有りましてね。考古学の研究なんて、即物的な連中には分かりゃしないんですよ」


 痩せぎすだが、足取りはしっかりとした男だ。おそらくは、こうした冒険じみた活動を日常的に行っているのだろう。思いの外健脚を見せ、吸血鬼であるベオステラルを焦らさない程度の速度で地下を進んでいく。


「私のような学者を、前王陛下や宰相様は高く買ってくださいました。いつかアルベスタインの呪縛からこの国を解き放つのに、過去を垣間見る研究は必要だ、と。それをやれ役に立たないだとか、やれ金にならない研究はやめろだとか、あの家柄だけのボンクラ共は予算を削ってきたのです。削った所で、私腹を肥やすことにしか使わない分際でね」

「アルベスタインの呪縛…………?」

「そのものではありませんよ。この国は、魔石の産出で栄えた国です。魔石の産出だけで、ね。これがどれだけ危険なことだか、尊き血の方々はとんと理解していないご様子でね。結果がこの国の今の現状ですよ」


 私財を投じて研究を続けさせてくれた宰相様の爪の垢でも飲めばいいのに、と毒づきながらイオは続ける。


「まぁ、いずれにしてもこの国の危急の方が先だったので、私も偉そうなことは言えませんが。なので、こうやって少しでも恩返しをしようとしているんですよ」

「成程、見上げた忠義よ」

「とは言え、先程ベオステラル様が仰った通り、私は非戦闘員なので、祭壇近くになれば御暇しますよ。包丁ですら嫁に死にたくなければ持つなと警告されてますからね」


 死なせたくなければではなく、死にたくなければという辺り、かなり極まった不器用さんだな、とベオステラルは思った。


「しかし随分と下るな…………。既にこの上の王城の高さより深いのではないか?」

「分かるのですか?」

「オレ様は真祖の吸血鬼だぞ。闇の中の空間把握ぐらいは朝飯前よ」

「この土地は元々渓谷だったのです。大妖精カテドラが谷底に霊龍アルベスタインを封じ、そして初代王が大妖精の秘術で埋め立てたと。興味があれば、少しお話しますが。此処から先はしばらく一本道ですし」

「ふーむ。では、頼めるか?」


 畏まりました、とイオは歩く速度を緩めること無く口を開いた。


「今からおよそ千年前。アルベと呼ばれた妖精がおりました。妖精郷にて生を受けたとされるアルベは、しかし他の妖精とは一線を画しておりました。力は強く、邪悪な心を持ち、何より次代の大妖精となるべくカテドラを殺そうとしたそうです」

「…………随分と殺伐としておるな、妖精の世界」

「生きていて殺せるなら、生き物はそういう性を多かれ少なかれ持っているものですよ。さて、一種の特異個体といってもいいアルベは大妖精カテドラの暗殺を企て実行、しかし返り討ちにあったそうです。ただ、捕まる前に逃げ出し、妖精郷を去ったようで、そんな危険因子を野放しに出来ないと大妖精カテドラも追って人の世界へと現れるようになったと」

「うむ。身内の恥はやはり自分の手で始末せねばな。周囲に示しがつかん」

「妖精にそういう感傷があるかは分かりませんけどね。さて、逃げ出したアルベは、その折に偶然、寿命を迎えようとしていたある神龍と接触します。この辺りは一次資料に乏しくて、後の展開からの推察になるのですが…………おそらく、食ったのでしょうね。神龍スタインを」

「それでアルベ=スタインとな。随分と安直ではないか?」

「名前の語源、というのは大抵そうですよ」


 苦笑するイオに、ベオステラルはそんなものかと思いつつ腕を組む。


「それにしても神龍か。古龍種とも呼ばれているが────ま、奴らはただの番人だ。大した事ない」

「古龍種についてお詳しいので?」

「オレ様は真祖の吸血鬼だぞ? 眠った期間は長いとは言え、何千年と生きておるのだから、連中とやりあったことぐらいはある。まぁ? 奴らは図体がデカいからな? オレ様よりもちょっと、ほんのちょーっとだけ手強いが、それを除けばただのトカゲよ」

「できればそのお話をして頂きたいのですが。学者としては、とても気になります」


 機会があればな、とベオステラルが適当に躱すと、イオは肩を竦めて続ける。


「スタインを食ったアルベは、おそらくその力を制御しきれなかったのでしょう。大地をのたうち回り、山を削り、谷を作り、人の世に大混乱を齎したとされます。そんな中、カテドラが追いつき、この地の民と協力してアルベスタインを封じました。文献によれば、神龍となったアルベを退治し切ることは出来なかったそうです」

「その代わりに封印か。不出来な身内を他所様の土地に不法投棄したようなものだな」

「事実ですけど言い方ぁ…………。まぁ、倒さない代わりにほぼ永続の封印を施したのです。儀式というお役目さえちゃんとこなせば、魔石という旨味もあるのですから、そう悲観するものではなかったのでしょう。────少なくとも、当時は」


 だが、何十年、何百年と続き、世の変化を感じるようになればこのままで良いのかという不安が鎌首を擡げてくる。歴代の王家はどう思っていたかは不明だが、少なくとも前王はそれに危機感を覚え、魔石に依存した国家運営の脱却を目指していた。


 しかしそれが実を結ぶこと無く、前王は早世。そして次代の王となるべきルミリアは。


「ああ、儀式の失敗…………」


 ふと、それを口にしてベオステラルが黙り込んだ。


「何か?」

「いや、何処かで聞いた覚えがあってな…………」


 アレはいつだったか、と記憶を探る。


(オレ様がデルガミリデ教団に入ってしばらくして、バスラがここで何かの実験をして、失敗だったと言っていなかったか?)


 断片的に思い出すのは、操獣玉の試作品を作っていた頃だ。十年は前でなかったと思う。


 元となる遺失装具(アーティファクト)のコピー品を作って、それを各地で実験していた。結果としてそれは実用に耐えられない失敗作という烙印を押され、処分された。確か、当時教団は資金繰りに困っていて、他の使えない遺失装具とまとめて何処かの王家へ売り飛ばしたという話を聞いた気がする。


(まさか、な)


 そんな偶然があるわけがない、と頭を振っていると、妙に広い空間に出た。


「お? おお、何と荘厳な」


 幾つもの巨大な柱が支えになって、大規模な地下空間を作り出していた。その中央には、巨大な地下空間の天井にまで迫る大木が一本立っている。濃密な魔力を帯びているようで、常時燐光を放っており、見る者を圧倒するような神秘性があった。


 ベオステラル達が出たのは、その巨木の中腹ぐらいだ。壁沿いに階段があり、そこから下へと向かうらしい。覗き込むようにして下を見れば、根の付近に祭壇があり、何人かの人がいた。どうやら追いついたようだ。


「霊樹シーカレイム。大妖精カテドラが残した封印の要になります。私が案内できるのはここまでですね」

「陽の光もないのに、よくもまぁ立派に育ったものよ」

「古文書には、封じた霊龍アルベスタインの直上に植えられており、定期的に魔力を吸い取り、集散させているようです」

「成程。散らした後に筋を付けてやればそれが龍脈となり、それが先端で滞留すれば魔石鉱脈となる訳か」

「はい。ただ、定期的に封印の強化調整と霊樹が摂り過ぎた魔力の剪定を行わなければ、想定した機能を発揮できないようでして、その役割を王家が担っております」

「それが大妖精の秘術として王家に伝えられていると。…………ん? では、先に行った貴族はどうなのだ?」

「ルブラン家も何度か王家と交わっている血筋ですので、適性はあるのでしょうが…………そもそも秘術を知らなければ霊樹の制御は出来ないかと。あれは一子相伝ですので、私も知りませぬ」


 ベオステラルはもう一度、祭壇で何かしらをしている人々を覗き見る。


「…………。では、何故に行ったのだ?」

「さぁ…………?」


 その答えを、彼等は持ち得なかった。

続きも来週…………間に合うと良いな。

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