第二十二話 辻斬りレイターVS残念なリヒター 後編
攻守を交代して、次に動いたのはレイターだ。
槍に対する攻略の手は3パターンほどある。と言っても難しいことではない。そのリーチを超える距離で一方的にやり合うか、同じ戦闘レンジで競うか、相手の懐に飛び込むか。
故にまず一手目として、彼は手にした聖武典を長剣へと変える。否、それは長剣でありながら、一定間隔でヒビの入った剣であった。見た目としては、壊れかけの、今にも砕けそうな欠陥品ではあるが。
「疾っ…………!!」
「っ!?」
それを虚空へ一振すれば、剣そのものがまるで鞭のように伸びて撓り、リヒターへと上空から襲いかかった。ヒビの入った部分が破断し、しかし内部でワイヤーが繋がっているためか、刃のついた鞭打として機能した。
蛇腹剣、連接剣、あるいはガリアンソードと呼ばれる武器だ。
威力や機能性云々よりも、機構が再現できず、仮にできてもそもそも扱いきれない事から、リアルでは存在しない架空武器ではある。だが、聖武典は使用者の意思に応じて姿を変える変幻自在な遺失装具だ。イメージさえ明確ならば、それが例え浪漫武器であろうと再現する。
「まずは手数勝負と行こうかぁっ!!」
そして、そのイメージは、サブカルを嗜んだ人間にとっては実に容易であった。
まるで大地をのたうち回る大蛇のように刃が踊り狂い、上下左右前後天地関係なく、全周囲から襲い来る。気をつけるべきは切っ先だけではない。鞭打の腹にも飛び飛びで刃がある。回転鋸さながらに肉を削り取りに来るそれの導線ですら、当たれば致命は必定。
有効範囲は数十メートルに及び、周辺にいた雑兵などは早々に吹き飛ばされ、逃避不能の斬殺空間が形成された。
だが、その中心近くにいるリヒターは冷静であった。
「────ふぅ…………!」
短く呼吸を整え、丹田に力を込めて覚悟を決める。正面から襲い来る蛇腹剣の切っ先を、槍の穂先で叩き落とし、背後や地中から飛び出てくれば石突きで払い、鞭打の薙ぎ払いを槍の柄を滑らせるようにしていなして迎撃。
初見の武器だというのに、尽く最適解を引き当ててリヒターは槍一つで捌いていく。いや、見切っているのだ。最適解に見えるのは、見切った先に槍を置いているからに過ぎない。
(こりゃぁ、シャノンじゃ勝てねぇわ)
その様子を見て、攻め手を緩めること無くレイターはそんな事を考えた。
もともと実力差があるのは聞いていた。師弟なのだからそれは当然だと、そう安易に考えていたが、実物は想像の遥か上を行っていた。
身体能力は上位互換。まだ見せていないが、おそらくは技も上位互換。しかして何より、真っ当に経験値を積んでいるのが最も大きい。
重心が重いのだ。蛇腹剣を躱すフットワークこそ軽快だが、頭頂部が思いの外上下していない。必要最低限の動作で、レイターの攻めを防ぎきっている。硬い、とレイターは思った。この硬さは、持ち合わせの高スペックやチート片手に気軽に無双してきた人間では手に入らない硬さだ。
人が最も学ぶのは、敗北の味を噛み締めた時だ。幾重にも敗北を知り、尚も生き残った者は、多少のイレギュラーなどものともしない。
(どうにか1本取っても、次のラウンドには学習して即興で対策練ってくるからな、上位ランカーは…………!)
仕事があるため、格ゲーをどうしても嗜む程度にしかやり込めなかった前世のレイターは、それでもやれば重ねてきた経験が活き、そこそこのランク帯には入れる。
だが、そうしたオンラインの人外魔境に足を踏み入れると、時折プロや界隈有名人とマッチし、軽くボッコボコにされる。どうにか汚い択を通して一本先取した所で、次ラウンドには通じなくなっているし、相手の防御や回避を崩しきれず、気づけば行動パターンを読み切られてダメージレースで押し負けている。
リヒターからは、そうした実戦で腕を磨いた連中と同じ匂いがするのだ。このまま乱撃を加えても、崩すまでは行かないだろう。
(ある程度仕込んではやったが、活かせてやっと勝率3割って所かな)
レイターがシャノンに教えたのは身体の使い方と、アルバート流セントール派からしてみれば邪道と思われる技を幾つかだ。一挙必殺とまでは行かないが、意外性はある。出来た隙を通せたらあるいは、というレベルではあるが、無ければ間違いなく勝てないだろう。
とは言え、だ。その寸評はシャノンに関してであって、レイター本人ではない。
(元金等級とは言え、師匠ほどじゃねぇ。これなら俺でも────)
勝てる、と踏んだ所でレイターは聖武典を即座にバングルに戻して真横に飛んだ。
「!」
その直後、寸前までいた空間に光の斬撃が奔った。はらり、と髪の毛が数本斬られ、それがもみあげ付近であったことから、一瞬でも判断が遅れていたら致命傷であったのは想像に難くない。
「いつの間に仕込みやがった、『残光』」
「ちっ。シャノンのを見て覚えたか」
身を起こし、舌打ちするリヒターを睨みながらレイターは視線を巡らす。一発仕込まれた、ということは複数仕込まれていると見ていいだろう。この段階で、彼は迂闊に動けなくなった。
「まぁな。そっちが設置キャラなのは知ってたけどよ。いつ仕込んだのかは分からなかったぜ」
「セッチキャラとやらは知らんが、かといって、もうどうにもならんぞ。その変な武器から逃げながら、お前の周囲をぐるぐると回っていたんでな。槍を振る度に都度都度、さ」
案の定、逃げ場を封じたと示唆してくる。
しかし、だ。
「つまり全周囲に仕込んだ、って言いたいんだろ? じゃぁさぁ…………!」
それに対する回答もレイターは用意している。
右腕の聖武典に魔力を全開で通す。加減無しで注ぎ込まれる高濃度の魔力は、余剰分を赤い閃光として放ち、レイターは自らのイメージを聖武典に流し込む。
ジオグリフに次ぐその馬鹿げた魔力量は、おそらく遺失装具ですらオーバーロード気味なのだろう。まるで悲鳴のように聖武典が歪む。だが、レイターはそれを一切合切無視して、右の拳ごと聖武典を地面に叩きつけた。
その直後、あらゆる武器が四方八方へと飛び散った。
比喩ではない。揶揄でもない。剣、短剣、槍、斧、弓、鈎、苦無、果ては銃などと、それ単体では意味を成し得ないものですら無数に出現して、超高速度で全周囲に吹っ飛んでいった。
その先に仕込まれていた『残光』を、残らず相殺しながら。
「────こっちで全部誤爆させちまえばいいってこった」
自分の方にも射出された武具を、槍で迎撃したリヒターが次に見たのは、レイターの不敵な笑みだった。尚、飛び散った聖武典は順次液体金属となって彼の腕に戻ってきている。
そのデタラメっぷりに目眩を覚えながら、リヒターは重々しく口を開く。
「…………お前、冒険者の等級は?」
「赤銅」
「等級詐欺かよ」
「よく言われる」
そのあんまりな評価をあっさりと受け入れる悪童に、リヒターは顔を引き攣らせた。何で在野にこんな化物がいて、このタイミングで乱入してくるんだ、と。
「さぁて、こっちも予定があるんでな。やる気がねぇなら退けよ」
「…………。何だ、バレてたのか」
「その腕で、初撃以外ろくすっぽ攻め手がなけりゃそう思うだろ」
「いやお前、アレ掻い潜って攻めに行けるのは金等級でも頭のネジが外れた連中だけだぞ。俺をあんなキチガイ枠に入れるな。俺は凡人だ」
素で返されて、レイターはそうかぁ? と胸中で首を傾げる。師匠なら嬉々として踏み込んでくるが、と。
「どうせ宰相側なんだろ? そっちの仕込みはウチの先生が看破してる。ルミリア殿下にゃ伝えてないようだが、ラドック伯とは共有してるってよ」
「そうか。まぁ、俺も適当な所で負けられる理由が欲しかったから、お前の存在は渡りに船だったが。最悪、ラドック伯のところまで行くつもりだったしな」
「わざわざこんな茶番に付き合わなくても、普通に王権派に着けば良かったんじゃねぇの?」
「俺はシャノンの師だ。皆伝にした以上、アイツの側にいてやれないし、いちゃいけない」
「んー…………? ん?」
リヒターのその引きずるような言い方に、何だか色味を帯びるような引っかかるものを覚えたレイターは、小さく首を傾げて。
「つまり、アレか? ────ロリコン?」
「…………」
直後、無言で刺し穿つ一撃が心臓に飛んできて、慌ててバックステップした。
「ちょ、まっ!? 急に殺しに来るのやめろよびっくりするだろ!?」
「うるせぇ。人の心情にズカズカ踏み込みやがって…………!」
「あ、マジで? 冗談だったけど図星かよ。やーいロリコーン」
おまけが出たからもう一発、とばかりに今度は顔に飛んできた。流石に二回目なので、レイターはさらっと回避。
「しかし、歳の差ぁ…………」
「考えてるから離れてんだろうが! 俺はもう中年だぞ!?」
「お、おう。案外常識的…………?」
「大体、あいつ自身の心は殿下に向いている。気づいているかは知らんがな」
あー、とレイターは天を仰いでシャノンの事を思い出す。
忠義とは別に、ルミリアに好意は持っているのは彼にも分かる。それが恋だの愛だの浮ついたものであるかどうかは、レイターには分からない。まして可逆性TSであるものの、性自認は女性。心が同性という立場である以上、レイターにとっては未知の領域だ。
百合という概念は知っているが、それほど詳しくはない。領分としてはマリアーネの分野なのだ。だから、むしろ性別的にはシャノンはリヒターとくっついた方が自然なんじゃね? とケモナーではあるが性癖はわりとノーマルを自称する彼は思い至るが。
「一時期は俺の嫁として迎えることも考えたが…………」
肯定する前に、そんな危ないことをオッサンが口走るので、レイターはうん、と一つ頷いて。
「残光のリヒターってより、残念なリヒターだよな」
「やっぱりテメェぶっ殺す」
今度は殺意に塗れた槍が飛んで来た。
●
剣術三倍段という概念がある。
後に剣道三倍段という名となって広く知られることになったが、もともとは剣よりも薙刀のほうが三倍強い、という意味合いであった。
これが示すように、近接戦でもリーチの差というのは如実に結果に反映される。人類が原始の時代からアウトレンジ戦法で他種族に対し猛威を振るって優位性を保持し続けたように、遠距離からの攻撃────取りも直さず相手の範囲外からの攻撃というのは一方的な有利を取る。
故に、様々な近接術を比較するとなれば、必ず槍、及び薙刀に優位性がある。突いて良し、薙いで良し、払って良し、扱える長さは人それぞれではあるが、子供でも竹などの軽素材を柄にしていれば五尺の刀を超えるリーチを獲得してしまうとなれば、その破格性能がよく分かるだろう。
これを一介の武人が扱えば、まさに鬼に金棒である。故に、銃という概念がない世界で、槍というのは何処の戦場でも通用するマストアイテムと言えるだろう。
前述したが、これを攻略するための方法は、主に3つ。
一つは、槍を超える射程、即ち弓や魔法などの遠距離攻撃。
一つは、同じく槍を扱って、同じ土俵に立つ方法。
そしてもう一つは。
「疾っ…………!!」
その最大殺傷範囲である穂先を、相手の反応速度よりも早く踏破し、懐へと潜り込むこと。
(ちぃっ! やっぱりこいつ、対策立ててるな…………!!)
遠距離からの立ち会いから一転。
今度は、まさしく一息で飛び込んできたレイターに対し、リヒターはバックステップと槍の払いで素早く応じる。しかし、これに対しレイターは聖武典をバックラーへと変化させていなし、密着状態を維持するために更なる踏み込みで応えた。
距離を取るリヒターと距離を詰めるレイターは、さながら舞踏のようにして戦場を横断しながら、風を巻き起こす。
レイターがこうした行動を起こした理由は、シャノンを通じてセントール派を学んだ影響だろう。
リヒターが戦闘において主軸とする『残光』という技術は、斬撃の固定設置というものだ。即ち、固定された戦場でこそその強みを最大限に発揮する。
タイトロープで仕切られたリングの上ならば、いずれ相手に逃げ場がなくなり、まるで詰将棋のようにして勝ちを獲ることが出来るだろう。
だが、こうした開けた戦場では、そうした戦い方ができない。だからレイターは常に前進して攻め込み、リヒターを追い込み、後退させて戦場の固定化などさせない。常に場所を変えさせ、足場を変えさせ、どんどんとフィールドを変化させる。残光を仕込んでも、発動する頃には遥か後方だ。
聖武典ならばリーチに優れた弓や先程のような蛇腹剣、リヒターの土俵である槍にも変化させられるのに、敢えてその形態を取らず、相手の最大殺傷範囲を踏み越えてまで密着する理由がそれだ。
死中に活を見出すのを、レイターという男は躊躇わない。何しろ根性論で前世を生きた男だ。痛みや苦しみを経てでしかもぎ取れない勝利、というのをよく知っている。
無論、リヒターもただ後退して手をこまねいている訳では無い。槍で牽制し、大きく迂回する形で仕込んだ『残光』の座標へと誘導するように動いている。
だが。
「ふっ…………!!」
「ちぃっ!!」
一瞬だけ距離を開けたレイターは聖武典を短弓へと変化させ、リヒターの一歩先へと矢を撃ち込んで牽制。足を止めさせてから、即座に聖武典を刀へと変化させ、詰め寄って攻めを継続する。
自身に有利な攻めを崩させない。完全に戦闘をコントロールしている。相手の思い通りにさせず、イニシアチブを握り、行動の択を絞らせ、常に有利状況を作る。
(まるで形稽古をさせられてる気分だ…………!)
武器の有利不利を飛び越えて、こうまで攻め込まれているリヒターには理解できないが、レイターとしては特に難しいことをしているわけではない。
格ゲーの世界には、攻めや待ちといった戦闘スタイルが存在する。
通常、その有利不利はそれぞれのゲームに搭載されたシステムや使用キャラによって大きく左右されるものだが、レイター自身はガン攻めが好みであり性に合っていた。だからそうしたキャラを多く使ってきたし、それはこの世界で再現するにあたって大きな力となっている。
翻って今。熱い風と血の匂いを直に感じるこの戦場において────否、正確に言うならばこの世界で生まれて弱肉強食を実感したその時から気づいたのだ。
この世界は、ガン攻め有利の世界だと。
思えば、前世でもそれは正しくはあった。後の先など然り、待ちが弱いとは言わないが、ゲームと違ってリアルでは肉体に痛覚としてダメージが行くのだ。皮膚を裂かれれば痛みに思考が鈍る。血が出ればそれだけで精神的肉体的デバフ。打撃が入れば衝撃に意識が何処かへ行き、何処か内臓へ刃物が差し入れられるだけで致命傷。
それが全てとは言わないが、武器を持った戦いでは、初撃を当てた者が大凡の殺し合いを制す。
その事実に気づいた時、レイターは「つまりリアルブ◯ドーブレードか。成程、俺向きだ」と得心した。だから彼は前世でのリアル・バーチャル両面の戦闘経験を思い出し、戦闘を組み立てる時は基本的に攻めに立つ。そしてその攻めの仕方というのは、この世界の人間にとっては数十世代先を行くものだ。
そしてガン攻めの基本は、相手の嫌がることをする、だ。
これは弱点を見出して、そこを突くだけではない。空振りでもいいので動きを見せ、相手の行動を制限することも含まれる。
この場で言うならば、槍が不得意とする密着状況を維持し、リヒターが何かしらの動きを見せた瞬間に、その出掛かりを潰す、という行動だ。
厭らしいと戦士ではない者は思うかも知れないが、命が掛かった戦闘に、礼儀はあってもルールはない。ルールが設定されていれば、それはただのスポーツだ。
(これで赤銅? この小僧がどこで活動してるかは知らないが、そこのギルドマスターは節穴か!? この底知れなさ、白金でも驚かんぞ!!)
●
一方、その頃。エルネスタ帝国の冒険者ギルドでは。
「ぶえぇっくしょいっ!!」
「風邪ですか? ギルマス」
「いや、体調は悪くないが…………ここ二週間ぐらい、平和だからか?」
「最近、見かけないですからね。あの子達」
「今頃どこで何をやってるのか…………いや、何故か、嫌な予感しかしないが…………」
書類仕事を片付けているギルドマスターであるダスクが、その図体をぶるりと震わせていたが、この予感は、後に国際問題となって的中することになる。
●
(防御カッチカチなんだが!? 本当に負ける気あるのかコイツはよぉっ!!)
リヒターがレイターに驚嘆している一方で、レイターもまた、リヒターの防御性能に舌を巻いていた。
物理的な硬さではなく、見切りと切り払いの精度が異常だ。レイターがどうやっても踏み込んでくるので、リヒターは後退しつつ槍を短く持って、短槍やグレイブのように小回りの効く使い方をしているが、中々どうしてこれが効果的な回転率を見せ、レイターの攻めを尽く迎撃していく。
当初は聖武典を刀に変化させていたが、今は双剣へと変えて密着での手数重視にしているのに、尚も拮抗まで持ってくるのだ。
(コイツ、何を探してる?)
リヒターは相変わらず防御に徹し、積極的に攻めては来ない。『残光』の設置を諦めてでも後退し、しかし周囲に目配せしては気を払っている。その意図がわからなかったが、ある瞬間から、リヒターの足が止まった。
(お?)
丁度、敵陣の左翼最奥。あと一息で王都城壁、という所まで追い詰めた。自国最強の騎士が土壇場まで追い詰められる、という状況が信じがたいのだろう。周囲の雑兵も思わず動きを止めて、二人の戦いを食い入るように見つめている。
(やれって事か?)
心做しか、防御の手が緩んだ気がした。衆人環視の中、気負ったわけではないだろう。おそらくは、この状況こそがリヒターの狙い。
(転がされているようで良い気はしねぇが…………! やれってんなら────本気で行くぜ!!)
レイターは意を決し、聖武典をバングルに戻して、全力の身体強化。溢れ出た魔力が、赤い残像を生み出すほどの速度でリヒターの懐に飛び込む。
それに合わせるようにカウンター気味に飛んできた穂先を、身を捩りながら踏み込んで躱す。右腕を立ててパリィしつつ踏み込み、そのまま崩拳の一撃をリヒターの胴体へと叩き込んだ。鎧の硬さをものともせず凹ませるその一撃は、生身の拳と金属とは思えないほど鈍い音を立てた。
直撃を喰らい、リヒターの身体が僅かに浮くが、レイターは止まらない。
そのまま左足をリヒターの左手側へと大きく踏み込んで身を低くし、その反動を利用して背中から当たる鷂子穿林。体勢を崩させ、そこから身を翻して反転と同時に────。
「波っ!!」
双掌による一撃を放てば、直撃を受けたリヒターは重力から解き放たれたかのように地面と水平に飛び、王都の外壁をぶち抜いて街中へと姿を消した。
この崩拳、鷂子穿林、双掌からなる一連のコンボを、古の格ゲーマーはこう呼ぶ。
「成し遂げたぜ。崩撃雲身双虎掌…………!!」
一度実践で決めてみたかった、と再現したい技リストの一つを消して、レイターは満足げに頷く。
しかし。
(アイツ、多分、最後は自分から飛んでったな…………)
最後の双掌だけは、思っていた手応えよりは軽かった。それなのに、想像以上に飛んだことから、十中八九自ら飛んだことは想像に難くない。
おそらく何かしらの理由があって、そして負けたいと言っていたことから体よく使われたのは理解できる。レイターとしても、王国最強と言われるリヒターを降せば、敵の士気を大きく挫くことができると思ったから付き合ったのだ。
実際。
「お、鬼だ…………」
「赤い、鬼…………」
「赤鬼だ…………」
レイターとリヒターの戦いを見守っていた宰相派の兵達は浮足立っていた。
「赤鬼か。二つ名としちゃぁ、悪くねぇな。────ほーら、食っちまうぞぉっ!!」
外連味のある呼び名に気を良くしたレイターが、ちょっとサービス精神を発揮してみると、兵達はわぁっ! と悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らしたように逃散が始まった。
「けけけ。悪ぃ子はいねぇかぁっ!?」
それをゲラゲラ笑いつつ、片足立ちで地上を滑るようにして追いかけるレイターの決め台詞は、鬼というより、なまはげのそれであった。
●
「ガーデル様! お味方、敗走しております!」
本陣に駆け込んできた部下の言葉に、ガーデルは静かに問いかけた。
「両翼共に退いて来たな?」
「はっ」
「リヒターは?」
「先程、左翼にて敗れたと」
「ふむ、機は熟したか」
元よりこちらは烏合の衆だ。手柄を上げること、奪うことしか考えない、およそ貴族とは思えぬほどの蛮族っぷりは、今に始まったことではない。
我欲はあってもいい。だが、それを飲み込んで国のために動けぬどころか、まともに制御すら出来ぬ下劣な人間は、ここから先の王国に必要ない。
「よし、火を放て。浮足立った連中の逃げ場を封じよ。後は新たな第一騎士団長が仕留めてくれる」
長く続いたこの茶番も、いよいよ大詰めが近かった。
続きは来週(間に合うとは言ってない)。




