第二十話 うるせぇ、愛・ぶつけんぞ
この世界における戦争で、籠城戦というのは極めて少ない。
何しろ魔法という現代兵器もかくやと言わんばかりの火力が、個人レベルで運用可能なのだ。無論、それに対する防御手段もあるにはあるが、被害を受けると復興をせねばならず、それに関する経済的損失があまりにも大きすぎる。
銃火器程度の火力による損害ならばまだいい。それならばまだ補修も追いつくだろう。だが、トライアード一家を見れば分かるように、熟練した魔導士は地形すら変えてしまう。どれほど強固な要塞も、基礎地盤から崩されてしまえば砂上の楼閣だ。そしてそれを立て直そうとすれば、時間や人手、そして何より金が掛かり過ぎる。
大規模絨毯爆撃可能な魔導士を前に、中世仕様の古城では一晩保たずに更地へと姿を変えるであろうことは明白であった。
であるならば、それに対処するための防備を完全に整えるよりは、野戦に打って出たほうが勝つにせよ負けるにせよ幾分か安く上がる、というのがこの世界での常識だ。
なので、ルミリア率いる王権派は王都の手前、ラカタ平原に陣を構えて宰相派の兵が出てくるのを待った。無論、ただ待つだけではない。周辺に王族が帰還したことを喧伝して回り、大義がこちらにあることを知らしめたり、食料の供出を募るために手の空いた兵士達に周辺の村々の農作業を手伝わせたりとやることはそれなりにある。他国であるならば徴発もできようものだが、国内なのだ。ここで無理をすれば後の統治に影響が出る。
そうして二日ほど経った辺りで、いよいよ宰相派も陣を敷き始めた。これに対し、何の縛りもなしならば夜討ち朝駆けをするのがこの世界の基本だ。
ジオグリフも普通に戦争するならば待機期間で罠を幾重にも張って、挑発と同時に兵を漸減しつつ退路を断ち、包囲殲滅する方向に動いていただろう。だが、あくまで王権派は大義を掲げて行動している。トライアードですら意識改革に時間がかかったこの世界で、そうしたドクトリンが受け入れられる下地がない以上、あくまで正々堂々と真正面から戦うしか無いのだ。
そして両軍が揃い、睨み合いを始めた所で舌戦が始まり、それが済んだらぶつかり合う────と言うのが、この世界の正しい戦争のあり方だ。
実際、王権派四万の兵と宰相派六万の兵は今、その睨み合いを行っている。常ならば、この後、それぞれの指揮官が軍勢を進めて合戦が始まるのだろう。
「ガーデル様。────ルブラン卿が動いた模様です」
陣を整えて味方貴族の背後を突く策を勘案通りに進めていると、配下からそんな報告が上がってきて、ガーデルは顔をしかめた。右に視線を巡らせると、ルブラン家の旗が掲げられた本陣がある。そこに主がいないとあらば。
「陣はもぬけの殻か。行き先は祭壇か?」
「は」
「全く。蒙昧なら蒙昧らしく、怯えて大人しくしておればいいものを」
怪しい動きをしていたのは前々から知っていた。それでも今日まで生かしておいたのは、国を新生させるための生贄としての価値があったからだ。フリッツ・ルブランとガーデル・バーテックスという旧態然とした首二つは、一つの時代を終わらせるに十分に重い。
だが、その効力を最も発揮させるには、ルミリアが自ら処断する、という手順を踏まなければならない。四年前の儀式の失敗で求心力を失ったルミリアでは、それは難しい。
ならば、国内を分断し、王権派に力を蓄えさせ、最後にルミリアにそれを与えて来たるべき終局へと導く────それが、ガーデルが引いた絵図であった。
しかし事ここに至って臆したのか、それとも秘策という名の余計なことをしようとしているのか、それはわからない。だが、いずれにしても馬鹿が動いた。
「最悪、首だけでも構わんが…………さて」
「ふん。では、オレ様が行こう」
そう横から声を掛けたのは、ガーデルの客将────ベオステラルだ。補給物資から貰ってきたのか、トマトを齧りながら告げる彼に、ガーデルが頷いた。
「頼めるか? ここから大詰めなのでな。あまり余計なことに割いている人手が少ないのだ」
「盟友の頼みとあらば否はない。つまるところ、あの阿呆の首か身柄があれば良いのだろう? 案内役に何人か借りるぞ」
そう告げて、ベオステラルは陣を去っていく。
「よろしいのですか? あのような素性の知れない者に任せて」
「構わん。あれで真祖の吸血鬼だ。仮に失敗したとしても、生き残りはして情報ぐらいは持ってくるだろう」
最悪の場合でも、ルブランが何某かの手を打った時には既に戦の趨勢は決まっている。大義があるルミリアの方に人は流れるし、人がいなければあのような能無しの小物は何もできない。いずれにせよ、ガーデルと共に地獄に行くことは決まっているのだ。
「それよりも殿下だ。陣形そのものは特に変わったこともないが、アレは何だ?」
「は、如何にも櫓のようですが…………それにしては大きいですな」
ガーデルが馬鹿のことを思考の角に追いやって、配下とともに王権派の布陣を眺めると、その最奥に横長のそれがあった。配下の言葉の通り、櫓と思わしき形状ではあるが、矢避けのような機能はありそうになく、そこに立つ者が丸見えであった。丸見えというよりは、むしろ見せることを目的としているような、まるで戦場に似つかわしくない形状だ。
一体何をするつもりだ? と揃って首を傾げていると、櫓の上空に突如、金髪の少年の顔が浮かび上がった。
●
当然のことながら、普通の戦争を────三馬鹿が関わっているのにやるはずがないのだ。
『マイクチェック、ワンツー…………あーあー、本日は晴天なれども波高し。あめんぼあかいなあいうえお』
晴天の平原、その上空に映し出されたのは櫓の上の様子だ。その中央にいたジオグリフの声が響き渡る。彼がいるのは陣の後方中央。戦場を広く見れるようにだろうか、結構な高さまで組んだ櫓の上で、マリアーネ提供の拡声魔道具の調整を行っているようであった。
そう、櫓────としか、この世界では表現できない代物だ。高さとしては十メートルほどだろうか。木造ではあるが、横に広く作られており、床のスペースは通常の櫓と違ってかなり広い。更には足場に車輪が仕込まれており、移動まで可能なようだ。さらにはマリアーネが映像投影の魔道具を作ったために、櫓の様子を空中投影まで可能としている。
最早語るまでもないだろうが、敢えて言葉にする。
有り体に言って、移動式ライブステージのそれであった。
尚、ステージの運用はルベス一家が行っている。なんというか既に興行主のような貫禄があり、その部下たちも歴戦のスタッフのように働いている。
ステージの上には、ジオグリフの他にルミリアとジュリア、シャノンとマリアーネが控えていた。それぞれにマリアーネ謹製の衣装に身を包み、出番を待っていた。
ジュリアは地球でいう魔法少女のような衣装であるが、全体的にギッチギチでパッツパツである。しかも配色が黄色という主人公の先輩カラー。経産婦が着ると、何だかいかがわしい店のいかがわしい衣装にしか見えない。おそらく、百合豚は狙ってサイズをやや小さくしている。それでも妙に堂に入っているのは、彼女の堂々とした振る舞い故か。
そのマリアーネは赤系を好む彼女にしては珍しく、緑系の落ち着いた衣装にしている。ややスカートは短いものの、普段の彼女からしてみればかなり大人しめな衣装だ。
シャノンの衣装はラドック領までの道中で着た青色の衣装、それを更に華美にしたものであった。因みに彼女は、「またこれを着て歌うことになるだなんて…………」と魂が抜けた表情で項垂れていた。
そしてルミリアはシャノンと同じデザインの、しかし赤い色の衣装を着ていた。尚、百合豚が赤を選ばなかったのは、これが理由だ。衣装完成直後、彼女に着せてシャノンと並べ、「美少女の百合シンメトリー…………尊ぇですわ…………」と鼻血を出しながら悦に浸っていた。
さて、ジオグリフはしばらく元の世界であった滑舌トレーニングを諳んじて音声の調整を済ませた後、彼は側にいたルミリアへと拡声器を渡した。
「よし、と。ではルミリア殿下、どうぞ」
「はい」
拡声器を受け取り、ステージの中央に立つと、ルミリアは大きく息を吸った。
視線の先、諸侯と兵がいる。こちらに背を向けて、宰相派の兵を睨んでいる。
これから行うのは、殺し合いである。本来なら、というただし書きは付くが。軍師の座についたジオグリフが掲げた作戦は、ルミリアから見ても不安になるものであった。しかしながら、その策の縮小版を実験してみて、あながち絵空事ではないと気づくことができれば、ルミリアや諸侯の不安は小さくなっていった。
彼等も分かっているのだ。ここで無益に鏖殺すれば、国内の立て直しに凄まじい労力を強いられることを。ただ時間と疲労を強いられるだけであるならばまだいいが、その上で国防まで乗っかってくると目眩を覚える。挙句の果てに頼みの綱の魔石鉱脈が枯渇しているのだ。間違いなく自領からの持ち出しになる。復興に掛かる負荷は、当然、天文学的な数字になることだろう。
だから、彼が示した策は、効果があるなら渡りに船であった。
(少々気恥ずかしいですけど…………でも)
あの夜の事を思い出す。
壊したい理不尽はあるか、とマリアーネに問われたルミリアは頷き、引き金を引いた。この世界の、そして十四の少女からしてみれば、それはささやかな抵抗であったのかも知れない。
だが、そのあまりにも軽すぎる引き金は、その軽さに反して凄まじく重いとっておきの核弾頭を打ち出すものであったことを、その時の彼女は知りようがなかったのだ。
だからルミリアはマリアーネに問うた。何故、ここまで親身になってくれるのかと。
『一言にすれば後悔、その慰めですわね。決して人の為だとか、そういった善意ではありません。私は私の利益があるからそうするのです』
月光を背に、そう韜晦するマリアーネは少し寂しそうに告げた。
『もう随分と昔のことになりますが、好きを好きと言えなかった子供が一人、いたのですわ。恥ずかしかったのか、勇気がなかったのか、今となっては分からないですけれど』
素直になれなかった、と一言にするには、それにはいくつもの感情が重なっているようにルミリアには見えた。
『好きを伝えられなかったばかりに、その人はもう子供の手が届かない遠いところへと行ってしまいました。その時に得た傷は、確かに時間とともにカサブタになって、一見何ともないように見えますけれど』
心の傷は時間が癒やす、というのは正しくもあり、そして間違ってもいる。
『何かの拍子に剥がれてみれば、じくじくと不意に血を流すのです。いつしか痛みに慣れて、大人になってしまったが故に涙を流せなくなったとしても、無かったことには決してならない。時間は戻せないのに、あの頃には帰れないのに、やり直すこともできないのに、うじうじといつまでも後ろ髪を引かれてしまう。あの時訪れた、一つの苦い決着が、心にこびりついて離れないのですわ』
思うように解決できなかったトラウマというのは、目を背けることが出来るだけで、記憶の片隅に必ず残る。それを紛らわしたり、諦めたり、一時的に忘れたりは出来るが、傷痕としていつまでも胸に残っている。
『他人のそれを解決した所で、子供の頃の傷が癒えることはないのは分かっています。けれど、美しいものに成り損ねた私でも、それを守れれば、少しは私は私を認められるような────そんな気がするのですわ』
だから彼女のお節介はただの代償行為。変えられない過去の慰撫に過ぎない。最早帰れないあの日の彼に、綺麗な明日は決して来ないのだから。
『これまでは変えられないですけれど、これからは変えられます。けれど流れに逆らうということは、いくつもの壁が立ち塞がって、本来あるべき流れに戻そうとしてくるでしょう』
それは運命だとか、社会だとか、常識だとか────個人では抗いがたい大きな流れがいくつもの波となって、反骨心を攫いに来る。
『冗談じゃありませんわ。そんな訳の分からないものに、もう二度と負けてなるものですか』
故に、彼等はいつものように理不尽に対し、中指を立てるのだ。
『だから壊し続けるんだ、理不尽を。他の誰でもない、あの日のボクを、次こそは救うために』
そう言って笑ってみせたマリアーネと、まだ魔槍の呪いを受ける前のシャノンが重なって見えて、ルミリアは覚悟を決めた。
そう。あの日の過ちを正すことはできない。
自分の思いつきでシャノンは呪いを受け、儀式は失敗し、都落ちまで経験した。
今いるのはドン底二番底。
ならば後は、這い上がるだけ。
精々高らかに上げてやろうではないか。
悪辣なこの運命に対し、反撃の狼煙を。
「わ、妾達の歌を、聴け────!!」
●
以前にも触れたが、合奏魔法と呼ばれる技術がこの世界にはある。
1つの魔法を発動時に幾つか重ねあわせることで威力を強化したり、効果を歪めて別個の魔法にするというものだ。ジオグリフはこれを弾倉詠唱を基幹にして、重複変異することによって一人で可能としているが、本来であるならば息の合った複数人がシビアなタイミング調整をして発動する高等技術となる。
今回、そもそも魔術のストックが追いついていないジオグリフでは、単体で対軍強化は難しいものがあった。準備までの四日と、王都までの移動を含めた三日、その全てを詠唱に注ぎ込んでどうにか半数いければいいかといった具合だ。
前述したように内乱での死人というのは国力の低下に直結する。異国人である三馬鹿にとっては正直どうでもいいという気持ちはあるが、一旦味方すると決めた以上はクライアントの望みぐらいは考慮する。
なので、圧倒的な超強化で余力を持って、文字通り蹴散らす必要があったのだ。
では、ここで必要となるのは何か。答えは、強化魔術である。
所謂補助魔術と呼ばれる魔術はそれほど難しいものではない。位階からしてみれば第九魔術式に該当し、貴族として生まれていれば、当然のように習得しているぐらいであり、いっそ教養の内とも言えた。
しかしながら、それほど高くない位階であるが故に、効力自体もそれほど高くなく、通常使用では単体にちょっとした強化を与えるものに過ぎない。少なくとも二倍三倍にするものではないのだ。だが、これを合奏することで威力も範囲も上げて行使すれば対軍規模となる────と言うのが、机上の理論である。
そう、机上の理論だ。
先程も述べたが、合奏魔法は息の合った複数人がシビアなタイミング調整をして発動する高等技術となる。主義主張や爵位もそれぞれの貴族たちが、長年連れ添った親兄弟や夫婦でようやっと実用可能となる合奏魔法などこの短期間で習得できるはずもない。
普通であれば。
そう、普通でない三馬鹿が、王権派についているのだから、その答えは普通のものでは当然無くなる。
これもまた以前に言及したことではあるが、詠唱とは即ち波動である。力ある言葉、ということで定型の呪文が使われてはいるが、本来はそれそのものが必要ない。集中力が極限ならば、単音一つで魔術の行使が可能だ。才があるものならば、無詠唱とて可能なのは以前にも語った。
さて、ここに来て二つの要素が重なる舞台がある。
そう、早くもライブステージへと化した櫓である。
「ふふ、いいリズムだ…………!」
妖精姫と可逆性TS娘とTS娘と経産婦とかいう異質過ぎるユニットが、音楽に合わせて歌い始める。その歌声と音楽を受けたジオグリフは微笑む。今回、彼は自らのストックは使わない。魔力を使って皆と一緒に都度詠唱する。その指揮者が彼の役割になる。
「────では、総員…………抜杖!!」
彼の言葉に、貴族たちが腰に差した二本の短杖を抜き放ち、構える。その面持ちは真剣だ。今、この時より彼等は己の爵位を忘れる。王のステージを前に、彼等は脇役であり、同時に主役でもある。
さて、これにて条件は揃った。
魔術の行使が単音でも可能ならば、つまりは合いの手でも可能。
タイミング調整がシビアならば、音楽で合わせてしまえば良い。
即ち。
「よっしゃいくぞぉ────!!」
『タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャージャー!!』
ヲタ芸による、合奏魔法である。
貴族達の振り回す短杖が、眩い魔力を放つ。さながらペンライトの如く乱舞し、合いの手という詠唱を重ねることによって合奏魔法へと姿を変えて、王権派全軍、四万人へとなだれ込んでいった。
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オペレーション・(著作権的に)危ないボーダーライン。
超時空系を物理攻撃による突っ込みで封印したら、今度はそんな事を宣い出して、コイツもう病気だな、と呆れてしまったレイターではあるが、その効力を軍勢の最前列で実感していた。
後方では『殿下の瞳に恋してる!』とか『あー、シャノン!』とか『L、O、V、E! ラブリー、ジュリア!』とか『マリーと一緒にオーイング!』とか貴族達が大地を揺るがす野太い声で詠唱している。
そう、詠唱である。
この戦場に至るまでの数日で、ジオグリフは既存の補助魔術の詠唱を改良し、コールに落とし込んで貴族達にひたすら練習させた。その甲斐あって、一糸乱れぬ詠唱と成り、合奏となり、味方陣営へと降り注いだ。
効果は身体能力強化と自動回復に振っている。ルドグリフが扱う全部入り補助魔術、『我が経験こそ真なる宝』と源流は一緒であるが、それより更にダウングレードしている。
というのも、以前にレイターが言及したようにアルベスタインの兵は弱卒だ。鍛えに鍛え抜いた愚連隊ならばいざ知らず、そうでない彼等に『我が経験こそ真なる宝』並の強化を施しても、思考や反射神経の方がついていけず、結局振り回されて使いこなせないのは想像に難くない。
代わりに範囲を広げ、王権派の兵、四万人全員に付与したのは流石魔王と言った所か。
しっかしよぉ、とレイターは苦笑する。
「ヲタ芸する魔王様とか、新時代すぎると思うぜ。先生ぇ…………」
その後背で、短杖を二刀流で一心不乱に振り回しながら、ヲタ芸を披露しているであろう魔王様を脳裏に過ぎらせながら。
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一方その頃、王都のバーテックス邸にて大人しく軟禁されていた三人娘は、窓の外に投影されたステージの映像を目撃していた。
「あー…………これはアレね」
「ええ、間違いなく」
こんな派手なことをするのは、知っている限りあの連中しかいない、とラティアとカズハが頷く。
そして、遂にリリティアがその姿を見つける。
「…………お姉様ぁ────!!」
上空に投影された映像では、マリアーネがドアップで横ピースしながらウィンクしている場面であった。
次回も(間に合ったら)来週。




