第十二話 インスタントなヒーローではない僕ら
ラドック城の一室で、豪奢なベッドで眠る少女を、傍らで見つめる少女がいた。
「ルミリア様…………」
シャノンだ。
あの後の事だ。この逃走劇で最初から最後まで味方であったシャノンと再会して気が緩んだのか、ルミリアが意識を失った。無理もない話だ、と思う。
《《とある筋》》から姫の逃走情報を手に入れていたジュリア・ラドックがルミリアを保護して、領地に連れ帰るまでの道すがら、王都からの逃走劇のあらましを聞いていたらしい。
故に、如何にしてルミリアがここへ辿り着いたのか簡単ながらシャノンも知ることとなり、その大冒険振りに目眩を覚えたほどだ。
ルミリア・エル・アルベスタインという少女は、この国の王女であり、正統後継者だ。故に箱入りであり、王都の外など出たこともなかった。王城の外ですら珍しいのだ。魔力量は妖精紋の影響か、稀代の魔導士に迫るほどあるのだが、それはあくまで儀式を恙無く熟すためのもので、戦うための力ではない。
アルベスタイン王国は絶対王政で始まった国家ではあるが、王家は時代を下るにつれてその力を落としていった。
特に難しい理由があったのではなく、単純に国家を形成する諸貴族がその力を増していったので、相対的に落ちていったのである。とは言え、それほど不思議なことではない。長く国が続くと、その時々で体制に恐怖を覚えたり反発する勢力というのは必ず出てくるものだ。
通常であればそれを危惧した王家が中央集権化を進めたり、諸勢力の力を調整して膠着状態を作り出すものである。しかしアルベスタイン王家は、その成り立ちから自ら象徴としての立場に移行した。
他国の王家のように強権を振るわなかったのは、その血そのものに王権が宿っていたからである。
大妖精カテドラ。その加護を宿した血筋。その血筋こそが四年周期で行われる儀式の鍵となり、儀式の成否は国家繁栄の中心であり、ひいては国家安定の肝になる。であるからして、王家は細やかな政治を行わなくても存続するだけで価値があるのだ。
そう、儀式────『鎮魂の儀』。
この地に封じられた霊龍アルベスタインの御霊を鎮めるための儀式で、余剰分を龍脈を通じて地上に放出させることにより、人為的に魔石鉱脈を生み出す儀式だ。人体で例えるならば、瀉血のようなものに近い。時代に沿った医療行為というよりは、単純に霊龍の力を削ぐものではあるのだが────。
(全ては、四年前から始まった…………)
四年前の鎮魂の儀にて、ルミリアは龍脈の制御に失敗した。
原因は不明。彼女に問題があったのか、それとも他に問題があるのか、それは未だに分かっていない。ただ、龍脈の制御完遂=新たな魔石鉱脈を生み出すという図式でこの国は成り立っているので、国の経済は一気に傾いた。
それとほぼ同時期にして、宰相派が活発に動き始める。いや、元々その動きはあったのだろうとシャノンは睨んでいる。
彼等の主張を認めるのは業腹であるが、確かに異常なのだ。魔石鉱脈────その輸出産業だけで成り立つ国というのは。そして、その成否が王家一つに頼っているという現状が。王家に寄り添い、内政を引き受けていた彼等がそれを危険視していないはずがない。
(だけど、宰相のやろうとしていることは王家の私物化だ…………)
無論、病没した先王の代わりとなったルミリアもまずは彼等との対話を望み、実権を得てからここ二年は協議を重ねていた。だが、鎮魂の儀失敗は彼女にとってあまりにも不利な弱点であった。そこを突かれてしまえば、彼女の主張は何も通らなくなる。
自らの擁立した公爵家をルミリアの婿に押し込み、傀儡とする。穿った見方をして宰相派の主張を掻い摘んで言えばそれに終止するのだが、当然王権派が受け入れられるはずもない。
その二年という時間は、ルミリアではなく宰相派に味方した。
何しろ内政の殆どを掌握しているのだ。説得、恐喝、恫喝、賄賂────あらゆる手管を使って絡め取ったのだろう。気づけば、宮廷内でのルミリアの味方は数えるほどになっていた。
そして今年、再び鎮魂の儀の時期が近くなっている。
(八年前、最初の儀式では問題なく出来ていたんだ。前回はダメでも、次の鎮魂の儀でちゃんと制御できれば、あるいは…………)
風向きは変わるかも知れない────そんな淡い期待をシャノンは抱いて、王権派筆頭とも言われるラドック辺境領へと身を寄せることをルミリアに提案した。そこから味方を固め再起し、ルミリアの心労を少しでも軽くして次の儀式に挑めばきっと、と。
それが、悪役達の思惑とも知らずに。
●
「で、先生。どーするよ」
「さぁて、どうしたもんかねぇ…………」
一方、同じくラドック城の一室に通された三馬鹿は、ソファに身を沈めつつこれからのことを話し合っていた。
「カズハ達、多分王都だろ?」
レイターの言葉に、だろうね、とジオグリフは頷いた。
あの後、簡易的ではあるがルミリア姫が辿ってきた道のりを三馬鹿もシャノン経由で聞くことになった。
その中で、彼女を助け、身を挺して逃がした三人の女冒険者────三人娘の話も聞いたのだ。あの三人はこっちの三人と違って、パワープレイに任せた向こう見ずではない。勝てない相手ならば降伏することもあるだろう、と二人は考えていた。
「僕としては三人娘の所在も見当ついたことだし、さっさと回収してこの国を脱出したい。というかもう嫌な予感しかしないから、少なくともラドック領からは離れておきたい…………んだけど」
ちらり、とジオグリフとレイターが向ける視線の先には。
「くぅっ────! 苦節十五年! 初めて、初めて天然物と出会いましたわ!!」
未だに浮かれポンチな百合豚がいた。
「これだもんなぁ…………」
「かつて無いほど有頂天キメてるな、姫」
何しろ自分が手掛けた養殖ではなく、既に出来上がっている天然モノ百合ップルを目撃してしまったのだ。しかも姫と女騎士という強コンボ。この百合豚が興奮しないはずもなく。
「こうなったらもうテコでも動かないでしょ、この子」
「他の百合で釣ればいいんじゃね?」
「マリーが言う姫×女騎士ってアイコンに勝てるの用意できる?」
「専門外だから分からねぇな…………。どれが強いんだ?」
「僕だって専門外だよ。スペオペとサイバーパンク、どっちが強い? みたいなもんだろうか」
どうしたもんか、と二人が頭を悩ませると渦中の馬鹿がぐりん、と眼を爛々とさせたまま顔を振り向かせ。
「いい疑問ですわね馬鹿二人! いいですか? 一言に百合と言っても色々ありましてね。必ずしも恋愛に限った話ではありませんの。因みに恋愛モノに限るとガールズラブと言いますわ。それでですわね、ルミリア姫殿下とシャノンちゃんの状態を指して主に『恋なのか友情なのかが曖昧な関係性』、『恋愛が可能性の一つとしてある関係性』に類似しまして、所謂『女女』と呼ばれる状態なのですわ。そして姫と女騎士! これが何とも素晴らしいですわ! 主従の関係、しかも同性でありながら惹かれ合う二人! けれどそれが友情なのか愛情なのか本人達にもまだよく分かっていないのが実に甘酸っぺーですわ! 実にエクセレンツ! あぁ、少女迷路でつかまえたい!! ムッハー!!」
「あー…………信号待ちでもないのに一瞬落ちてたわ」
「時々、マイクロスリープを意図的に操ってる器用な人いるよね、職業ドライバーって」
テンション上がりすぎてとうとう歌い始めた百合豚に、馬鹿二人は白けた視線を向ける。
「で、どうするのさマリー。乗り気なのは分かったけどさ」
「あら? 付き合ってくれるんですの?」
「まぁ、ほっとけねーし…………なぁ?」
その何とも含みのある言い方に、マリアーネは一瞬素面に戻って。
「────怒らないから本音を言ってみなさいな」
『ここで付き合っておけば次に自分事由で何かあった時、マリーを遠慮なく巻き込めるなって』
「このド畜生どもイイ根性してやがりますわね…………!?」
要するに恩を売って貸しを作っておこう、と打算的な考えなのであった。
「まぁ、本音はともかく、建前は────もとい、建前はともかく本音は、うん、心配なんだよ?」
「そうそう、カズハ達も回収しないといけねーしな?」
「姫殿下を逃がしてからは不明なんですわね?」
「らしいね。ただ、対応したのが元金等級の国内最大戦力らしいから…………多分、素直に捕まってると思う。少なくとも、ラティアならそうするはずだ。今、ラドック伯の手勢が裏取りに走ってくれてるけど」
「あの三人じゃ、まだ金等級相手にゃできねぇしなー…………」
「金等級の冒険者って、私まだ見たこと無いですけれど…………そんなに差がありますの?」
マリアーネの疑問にレイターはあー、と天井を仰ぎ見て。
「あくまで俺の師匠の基準な? それで言うと、俺が全力で聖武典駆使してやっと楽に勝てるぐらい」
「むしろよく分かりませんわよ、その説明」
「聖武典の形態変更を一つに絞ったらどう? レイ」
「つまり武器一個ってこったろ? 地形含めた環境がイーブンなら互角か、ちょい負け」
「聖武典無しなら?」
「7:2:1で、俺の負け、俺の勝ち、引き分けってところだな」
『化け物じゃないか』
「だからあの三人にゃまず無理だぜ。あいつら、三人揃って俺一人にも勝てねーんだから。まぁ、リリティアがいるから下手に殺されるってこたぁ無いだろうが」
「あれで聖女だからね。ラティアとカズハ含めて手は出せないだろうけどさ」
出したら国際問題だ。ただでさえ内々に面倒事を抱えている宰相派が下手を打つとは考え難い。
と、そこへ客室にノックがあり、外から声がかかった。
「ご歓談中、失礼致します。当家の主の準備が整いましたので、どうぞ、広間の方へご足労いただきますれば」
どうやら、本格的な話し合いの時が来たようであった。
●
「話は分かった。そちらもそちらで苦労したようだな、シャノン」
「いえ、守るべき主君と道半ばで逸れてしまいましたし…………己の不明を恥じるばかりです」
城の応接間に集まったのは城主のジュリア・ラドック、シャノン、そして三馬鹿だ。
ジュリアはシャノンのこれまでの道程を聞き、彼女に労りの言葉を投げた。実際、シャノンもルミリアに負けず劣らずの大冒険だ。ルミリアほどではないとは言え彼女もまた、王都以外には出たこともない箱入りで、世界が王城と騎士団で完結していたので世間知らずなのである。
そんな中での逃避行。苦労がないはずもない。まして途中で主君と離れ離れになるというトラブルにも見舞われているのだ。
「それで…………そちらが協力者か」
「はい。赤銅等級冒険者パーティ、『シリアスブレイカーズ』。非常に心強い方々です」
「…………随分、尖った名前だな。まぁ、良い。礼を言うぞ、冒険者。ああ、そうだ、先程当家の手の者が帰還してな。面白い情報を仕入れてきた」
さて、そんな大冒険の助けになったのが、シャノンの横に並ぶ三馬鹿である。
一瞬だけ、『シリアスブレイカーズ』とかいうトンチキな名前に眉をひそめたジュリアだが、市井ならそういうこともあるか、と聞き流して先ほど耳に入れた情報を口にした。
「貴様らの探し人…………幸か不幸か、聖女リリティアがいたことから随分と目立っていたそうだぞ。今は宰相のガーデル・バーテックス公爵の屋敷に軟禁されているとのことだ。間違いなく無事であろう」
そしてそれは、三馬鹿が望んだ情報であった。リーダーとして、一行を代表し、ジオグリフが口を開く。
「こちらはそのバーテックス卿の人となりを知りませんが、迂闊な方ではない、と?」
「確かに我が国の宰相職は四大公爵家の持ち回りの世襲だがね。アレがいなければもっと昔に凋落していただろうさ、この国は」
「ジュリア様」
自嘲的な物言いに、ジュリアの背後に控えていた執事が掣肘するが、彼女は呆れた表情をするばかりだ。
「良いのだ、爺。内乱直前のこの状況で、見栄を張ってどうする。既に他国に笑われたとて、何も言い返せぬ体たらくだろうよ」
国家の威信は国が正常に機能しているからこそ意味を成す。撃発こそしていないが、もう国を割っている状態なのだ。元々王国騎士団の副団長をしていた軍人気質のジュリアには、そうした見栄よりも本質のほうが大事であった。
「さて、貴様らの処遇だが…………最前線か、シャノンの供回りか、どちらがいい?」
「────その選択肢だと、私共が内乱に参加するのは確定のような言い方ですね」
だからこそ、と言うべきか。
ジュリア・ラドックは三馬鹿に対して切り込んできた。事前の調査で三馬鹿の戦闘能力は露見しているのだ。見す見す逃すことはないだろうが、こうも直截に来るとは、とジオグリフも少々鼻白む。
「実際、貴様らに選択肢など無い。そちらにも王都へ行く理由はあるだろうが…………運が無かったな。シャノンと関わって、ルミリア姫殿下とも関わった。情報封鎖的な意味でも、貴様らをただで放逐はできん」
「それがどうして参加になるので? 我々は別に、趨勢が決まってから三人娘を回収するのでも一向に構いませんが」
「こちらとしても、そう余裕があるわけではないのでな。使えるものは何でも使う。無論、褒美は出す」
「それは困りましたね。我々は冒険者であって、傭兵ではないのですが」
「確か、冒険者ギルドの国際協定があったな。いかなる戦争にも参加しない、させない、だったか。安心しろ。冒険者としてではなく個人として褒美を出す。そんなものは、解釈次第でどうとでもなる。末弟とは言え、貴族の貴様なら分かるだろう?」
事実だ。実際に先のハーヴェスタ決戦にて、トライアード軍は冒険者を自軍に引き入れている。無論、あれはケッセル軍が魔物を操っていた、という特殊な状況だから使えた強引な法解釈なのだが。
とは言え、唯々諾々と従う気はない。
「自国ならまだしも、他国で命を賭けるのはどうも気乗りしないのですけれど」
「我が国は帝国と隣接している。そちらが下手な色気を出さぬためにも、鎮めた方が良いだろう」
「下手な色気を出させないためにも、帝国人がそちらに関わるのはよろしくないのでは?」
「出自不明の冒険者、義勇兵、という扱いにでもしておくさ。そちらが気に病むことはではない」
子狸と女狐が丁々発止とやりあうが、平行線だ。
ジオグリフ────三馬鹿は、三人娘を回収できればどちらが勝とうとどうでもいいが、ただ使われるのは面白くない。
ジュリアやシャノンは、この異常過ぎる戦力を使いたいし、まかり間違って宰相派に流れるのを防ぎたい。
どちらも主張を譲れず、譲らず、表面上は和やかだがテーブルの下で足の蹴り合いを行っている。もしもこれが、国家間同士のやりとりならば、まだまだ最序盤であっただろう。だが、個人間。そして貴族と平民のやりとりなのだ。そう長くは続かない。
即ち。
「そうは申しますが────」
「ふぅ…………ごちゃごちゃとうるさいぞ、冒険者風情が。黙って従え」
権力者がそう告げるだけで、平民は何も言えなくなってしまうのだ。
「は、ははは、それは何ともご無体な…………」
乾いた笑いを零しつつ、ジオグリフは参ったな、と後頭部を掻く。
「仕方ありませんね。では────」
ジオグリフは知っている。
彼は三馬鹿の中で、最も中世の権力に近づいた生まれだ。それ故に、前世からあった物事の本質────世の中は力学こそ全て、ということを身に沁みて知っている。
暴力、権力、金力に筋力────あらゆる力があらゆる方向に複雑に働いて社会というのは形成されているからだ。
その力に溺れることなく、蔑むことなく、怖がることなく、学んでこそ人というのは強くなる────とは、彼が憧れた後見人の言葉だが、故にこそ、それは彼の血肉となってこの世界でも役に立っている。
その性質が何であれ、向けられた力に無気力でいれば喰われるだけだ。
目には目を、歯に歯を。向けてくる力と同じ力を返せねば、相手はこちらを理解などしない。する必要がない。言葉や会話というコミュニケーションは、所詮は前座なのだ。通過点であって、ゴールではない。誰しもがそのゴールや背景に力を感じ取っているからこそ、その前座で解決しようとするだけだ。故に話し合いというのは成立する。ゴールが動かしようがなく決まっているのなら、最後まで行くだけ時間の無駄で不合理だからだ。
では、無駄と不合理を承知で突き抜ければどうなるか。
「────お断りだ、女狐」
決まっている。没交渉────その後、持てる力を使っての殴り合いだ。
IQが二十も違えば人同士の会話が成り立たないように、種類の違う力学を学んだ人間同士もまた、奇妙なほどにすれ違う。故にこそ主義主張はぶつかるし、その根っこが、本質が同じだというのに理解をされないし、しないし、出来ないのだ。
そう────畢竟、暴力を振るう者には同じ暴力を返さねば理解などされない。そして中世という時代は、それこそが最も正しく万人に理解される力だ。
ならば、力学を信奉する人間として────迫りくる暴力に対し、ジオグリフは暴力を以て知らしめる。
「レイ。マリー。悪いがそういうことだ。────《《いいな》》?」
「構わやしねーよ、先生。────舐められたら終わりってのは、どこでも一緒さ」
「仕方ありませんわねー」
そしてレイターとマリアーネも、それをよく理解している。自らを積み重ねて力を得た者に、他者が求めるような責務など無いが、仮にあるとするならばそれを警戒色として周囲に知らせてやることだと。さすれば無駄な衝突や事故など減ると。
「ほう、たかが貴族の三男坊が。当主であるこの私に歯向かうか」
「言葉を返そう。────たかが貴族の当主が、この夜天の魔王を前に随分と上から目線だな?」
スイッチが入る。
昼行灯な辺境貴族の三男坊から、異世界、しかし共通する力学を学んだ政治家へと。根回しや派閥の頭数があちらの世界での力だったが、こちらは自分の戦闘能力がそのまま力となる。だから示すことに異論はない────と思って口調も変えたのだが。
(姫! 姫! 先生なんか厨二スイッチ入ってるぞ! ラティアもいないのに!)
(あー、コレ多分、武勇伝にして後でラティアの好感度上げる気ですわー)
(案外小賢しいな…………!?)
(好きな女に素直にカッコつけれないんですわ。アレで結構、ヘタレですから)
うるさいよ君達鏡見ろ、と身内の厳しめの判定に胸中で突っ込み返した。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 三人とも! 幾ら何でもラドック伯と事を構えるだなんて…………!」
「そうは言うがな、シャノン。我々は奴隷ではないし、傭兵でもない。まして他国人だ。三人娘を連れて来るでもなく、ただ黙って肉壁になれと言われて素直にハイと頷くとでも?」
「それは、そうだけど…………」
「おい子狸。では何か? 何処の馬の骨とも分からん連中に、一軍でも預けろと?」
「何を寝ぼけたことを言っている女狐。この魔王が手ずから貴様の軍を率いてやるのだ。────全軍に決まっているだろう?」
「貴様…………」
「ふふん? この程度で憤るとは底が浅いぞ女狐。管理者を気取るなら、唸る前に頭を働かすことだ」
表面上は和やかだったやりとりは、一瞬にして煽り合いに変わっていた。その速度に元々政治分野に疎いシャノンはついていけないが、ジュリアとジオグリフの中では既に結論は出ている。
「いいだろう…………。お望み通り、頭と同時に口も手も動かしてやる。────付いて来い子狸」
「ふん。良かろう。精々尻を振って余を先導するがいいさ、女狐」
視線で火花を交わして、二人が連れ立って応接間を出ていく。それを見送って、レイターが執事に声をかけた。
「あーあー…………殺り合う気だぞ、ありゃ。で? 執事のじーさんよ、止めなくて良いのか?」
「お二人方が参加されないということは、そういうことなのでしょう?」
「あら、察しが良いですわね。でも、ジオもあれで意外と血の気が多いですわよ?」
「これで長い事当家の執事をやっておりますから。辺境伯領ともなると血の気が多い方々ばかりでして、流石に慣れましたよ。では、こちらも秘密兵器を用意しましょうか。御三方もこちらへどうぞ」
やれやれ、と肩を竦める執事は苦笑する馬鹿二人を連れて応接間を出ていった。
「え? え? え?」
尚、そのスピード感についていけないシャノンは未だに困惑していた。
続きはまた来週。




