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第九話 残光のリヒター

 (リフィール)が言うには、()()はシステムの守護者にして管理者だという。ただ、まだ発生して短いせいか経験値や能力が足りておらず、その自我はこの世界と共に育っていく予定だったという。


「原因は分かりませんけれど、取り敢えずはそんな感じです」


 この世界は神が神たる試練に挑むために作った雛形だとのことだ。それ故にかなりの部分が手探りで、()()のようなイレギュラーが生まれてしまったという。


 ならばやはり消した方がいいのではないか? と()()は思った。


「最高神様に提出する世界ならそうしますけれどね。この世界は私が初めて作った世界です。だから思い入れはありますし────それは、貴方に対しても同じですよ」


 そんな寂しいことを言わないで下さい、と神が苦笑した。どうやら神の慈悲で存在を許されたのだ、と()()は認識した。


「そうだ。折角ですし、貴方に名前をつけてあげましょう。そうですね…………貴方はいずれ、最後の壁を超える存在です。ですので────」


 そして()()は名前を得た。




 ●




 イドラ峠はオキド男爵領とホール子爵領を結ぶ峠道である。現在では近くに山を通した隧道が出来たために地元民しか使わない道ではあるが、使用に耐える程度の整備は今もされていた。


 その道を選んだ四人娘ではあるが────。


「よぅ。────()()()()()


 峠の中腹で、武装した集団に道を阻まれてしまった。


 白銀の鎧に、アルベスタイン騎士団を示す徽章。その先頭に立つ黒髪の大男が、槍を片手に面倒くさそうにそう言った。


「何か、用かしら?」


 腰の魔導銃に手を伸ばすラティアがそう問うが、要件など分かっている。何処まで誤魔化せるか、あるいは隙を付けるかを推し量っているのだ。


「姫を引き渡しな。そうすりゃ嬢ちゃん達は見逃してやる」

「何の話ですか?」


 警戒と状況整理のために時間を稼ぐべく、カズハがすっとぼけて見せるが、黒髪の大男はひらひらと手を振って取り合おうとしなかった。


「ああ、ああ、とぼけなくても良い。こっちにはミュールがいる。()()()()? 姫様」

「………………………………はい」

「おい、ルミリア!」

「いえ、リリティア様。事ここに至っては無理です。第一騎士団団長、リヒター・セントールとその直属の部下であるミュール・グレイ────()()()()です。彼の眼から、妖精化している妾では逃れることは出来ません」


 カズハの長髪────そのうなじ部分に隠れていたルミリアが観念したように姿を見せれば、騎士団はざわめいて各々に武器を抜く。


「リヒター、どうしてここに…………」


 それを掣肘するように片手を掲げる大男────リヒター・セントールは、カズハの掌に乗るルミリアを見て肩を竦めて戯けた。


「知った所でどうにもならんとは思うがね。単純に、関所を増やしてわざと隙間を作って誘導しただけで大したことはしてないさ。で、最後に来るであろう場所で網張ってただけだ」

「では、あの関所の数々は」

「囮さ。本命はこっち。まぁ、数ある中で、まさか俺の所に来るとは思わなかったがね。それに関しちゃ運だよ」


 お互いよくよく運がないな、とリヒターは苦笑する。そして僅かに重心が変わった。


「さて、大人しく降ってくれ。嬢ちゃん達もな。見た所冒険者のようだが────だったら力量ぐらい、読めるだろ?」

『…………!』


 その瞬間、三人娘は彼が携えた槍に貫かれる己の姿を幻視した。


 実際には動いていない。ほんの少し背筋が曲がったような気がする────それだけの変化。戦闘態勢にすらなっていない。


 だと言うのに、明らかに空気が変わったのを三人娘は察した。


 シリアスブレイカーズに入った三人娘は、時折三馬鹿と戦闘訓練する時がある。特に近接の時は、専らレイターを相手にすることが多いのだが────一度、聖武典無しで見せた彼の本気を想起させる殺気だった。


 戦士の静と動、その切替。


 才人、あるいは歴戦の者になるほどそれは自然になる。カチリ、ではなくぬるり、とまるで保護色に擬態する生物のように()()()()()()切り替わっている。酷い時には、それを認識した段階で勝負がついているぐらいだ。


「そうね。わたし達三人がかりで…………多分、いい勝負じゃないかしら?」


 ラティアが苦笑するが、これは負け惜しみでハッタリだ。シリアスブレイカーズの中で勝ちを狙うなら最低でもマリアーネを引っ張ってこなければ話にならないだろう。近接は苦手、と嘯く彼女でも三人娘相手に片手間で転がすぐらいの実力は持っているのだから。


 三人娘が束になった所で、どうにか一矢報いれる程度が関の山────そうした判断を察したのだろう。リヒターも喉を鳴らす。


「いい眼をしてんな。俺も同じ意見だ。少なくともこいつらじゃ難しいだろ」

「団長! 我々はこんな小娘連中に遅れは取りません…………!」


 しかし背後の部下達はそう思っていなかったようで、抗議の声を上げた。


「おい、ミュール。前にも言ったろ? 自分の実力は、他者より二段は低く見積もれってさ。お前は魔力を読める魔眼に頼り過ぎなんだよ。見ろ。この嬢ちゃん達、若いがそれなりに修羅場潜った眼をしてる。甘く見りゃぁさ────」


 それに対し苦言を呈しつつ、僅かな風が起こる。


「死ぬのはお前だ。こんな風に」


 その場にいた全ての者がその微風を認識した時には、リヒターの槍はミュールと呼ばれた青年の首筋に押し当てられていた。


 三人娘は息を呑む。青い顔をする騎士団達よりも、膝から崩れ落ちるミュールよりも、次にその刃が本気で向かう自分達の方が現実味があるからだ。


「姫様は知ってるだろ? 俺はセントール家の三男で、兄貴達が死ぬ前は冒険者やってて、一応金等級まで上げたってさ。説得してやれよ、嬢ちゃん達を」

「…………事実です。アルバート流セントール派の使い手にして、元金等級冒険者。────この国での、最高戦力になります」

「そういうこった。バケモンの白金の一歩手前。凡人の最高到達点。嬢ちゃん達の等級は知らんが、こっちもそれなりに重ねたもんがある。────小娘三人に負ける道理はねぇぞ」


 元金等級の冒険者、という肩書に三人娘は瞠目する。


 その上の白金が歴史に残るような英雄クラスなので、在野での最強は一般的に金等級だ。バロメーターとしては、地竜クラスをそれなりに余裕を持って狩れる程度と言えば、実は三馬鹿もそれに該当する。


 だが、前述したようにその上の白金が歴史に残るような英雄クラス────もっと言うならば何かしらの大事件を()()()()()解決したりした人物に贈られる称号だ。逆説的に言えば、そんな事件に遭遇しない白金レベルの冒険者が金等級に甘んじている場合も多々ある。


 数は少ないが層は厚いのだ、金等級というのは。


 翻ってリヒターはどうだろうか。前衛としての圧力はレイター級。そして家督を継ぐために早めに冒険者をドロップアウトしているであろう事を踏まえれば、白銀等級の冒険者がどうにか背伸びして手を届かせた────ということはあるまい。いずれにしても、経歴で言えば三人娘を遥かに上回る。


「そうでしょうね」

「要はお姉様達と同じか」


 故に三人娘はお互いに目配せをした。これはルミリアを抱えて足掻いた所で難しいだろう、と。


「まぁ、大人しくしてくれれば手荒な真似はしなくてす────」


 なので。


「リリティア様!」

「へっ? あ! ちょっ! まだ心の準備が…………!」


 カズハは掌に乗せていたルミリアをむんずと掴むと、リリティアへとパス。そしてルミリアを受け取ったリリティアは大きく振りかぶって。


「行って────来い!!」

「きゃぁあぁぁあぁあぁあああっ!?」


 ────空の彼方へとぶん投げた。


「硝子ノ鋼────連!!」


 更にカズハが符を投げて結界を二つ、独立起動させる。


 一つはぶん投げられたルミリアを守るようにして球体の障壁を作り、もう一つはリヒターと騎士団を閉じ込めるようにした。時間稼ぎにしかならないだろうが、ルミリアをラドック領へ届けつつ自分達の生存率を考えるとこの手が最上であった。


「おいおいおいおい…………仮にも王族、一国の姫だぞ? 躊躇いなくぶん投げるかよ、フツー」

「残念だったな。あたしはこれでもリフィール教会の聖女で、国際的序列は一国の王と同等だ」


 そのダイナミック国際問題に、さしものリヒターも絶句するが、リリティアは得意げに言い放った。


「………………………………マジ?」

「マジだぞ」


 マジである。


 ルミリアはアルベスタイン王国の最後の王族ではあるが、とある理由でまだ戴冠していない。そのため継承権はあるが一国の姫扱いであり、未だ国主ではない。


 一方でリリティア────ひいては聖女という立場は、国際的にリフィール教会の教皇と同列の序列であり、公の場では国主と対等に扱われる。


 何なら大陸最大級宗教の女王と言っても過言ではない立場なので、実は国際序列はルミリアよりもずっと上であったりする。内実はどっかの馬鹿に特大の矢印を向けている暴走聖女なのだが。


「何でこんな所にリリティア・ハーバードがいんだよ!? 最悪無礼討ちすりゃいいかなって思ってたのに!!」

「殺したら、今度は世界中が敵だな?」


 ニヒルな笑みを浮かべるリリティアに、リヒターは頭を抱えた。


 ただでさえ内乱直前の際どい状況なのに、最大級の国際問題(地雷)が野良に埋まっていたのだからさもありなんである。


 聖女は一時代に一人が原則だ。


 当人が引退するか、死なない限りは代替わりすることはない。その選定も生死判定も神器を使って行われるので、もしもリリティアをここで殺せばアルベスタインが疑われる────とリヒターは警戒したのである。


 実際にはリリティアがこの国にいるのは全くの偶然────というか事故の産物だ。なので仮に殺してもリフィール教会もそれを把握出来ず、聖女が行方不明になって何処かで野垂れ死んだという形になるのだが、そんな細かな事情を彼が知るはずがない。


「はぁ、めんど…………で? お前ら何やってんの?」

「い、いえ! この障壁がですね…………!!」


 リヒターが降って湧いた頭痛の種に頭を抱えていると、その背後で騎士団がまごついていた。どうやら投げ飛ばされたルミリアを追いかけようとしていたのだが、カズハの展開した障壁によって阻まれて進めないようであった。


「しょうがねぇなぁ…………」


 本来なら叱るべきなのだろうが、投げられた姫に即座に反応して行動を起こそうとした事は評価できるのでリヒターは気怠げに槍を構えて。


『っ!?』


 障壁に対して一突きでそれを叩き割った。あの地竜の群れを一週間も抑え込んだカズハの障壁を、だ。


「ほら行けよ。ここは俺一人で受け持ってやるから、ちゃんと姫様捕まえてくるんだぞ」

『はっ!』


 敬礼一つして即座にルミリア追撃に赴いた部下を見送って、リヒターは三人娘を見据える。


「さぁて、嬢ちゃん達の処遇だが、どうしたもんかな…………」


 殺すのは躊躇われる。だが、放置もできない。となれば当然。


「ま、ぶちのめしてから考えるか」


 リヒターの雰囲気が変わったのを、三人娘は肌で感じた。


「アルベスタイン王国が第一騎士団長、リヒター・セントール…………いや、そうさな。嬢ちゃん達(冒険者)の流儀に習って────」


 ここに至ってようやく、リヒター・セントールは腰を落とし、槍を構えた。


「元金等級冒険者。アルバート流がセントール派、秘伝。残光のリヒター────推して参る」

続きはまた来週。

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三馬鹿クラスって、リヒターさん滅茶苦茶強いじゃん…
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