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第八話 そこにトマトがあるのなら

 主要街道に急遽作った検問所の一室で、気怠そうに報告書を眺める男がいた。


(仕込みは上々。とは言え、予断を許さんな…………。はぁ、こんな面倒なことでもこっちのがまだマシってのがさぁ…………)


 黒髪を後ろに撫でつけた傷顔の男────リヒター・セントールはうんざりした表情で溜息をついた。


 元々、このような謀が得意な性格ではないのだ。二メートルに迫る上背と、それに似合った筋骨を見れば分かるようにちまちましたやり取りより、槍を片手に前線で暴れている方が性に合っている。


 武門とは言え貴族の三男坊として生まれた以上、勿論その手の教育は最低限された。その教育あったからこそ、在野に下った時に大いに役に立ったのは事実。


 だが、まさか呼び戻されて家督を継ぐことになるとは夢にも思ってなかった。そしてその後、こんなこと(茶番劇)に手を貸すことになるとも、だ。


 そう、茶番だ。


 既に筋書きは出来上がっている。リヒターは当然、首謀者のガーデル・バーテックスでさえただの駒に過ぎない。彼等に許されているのは、与えられた舞台でその役割を全うすることだけだ。


 それに否はないが、もう少しこの煩雑な作業は誰かに引き受けてほしいとリヒターが嘆いていると、部屋の扉がノックされた。入出を促すと、見慣れた顔が一礼して入ってきた。まだ年若いが精悍な顔立ちの獣人の青年だ。


 第一騎士団副長、ミュール・グレイ。リヒターの右腕だ。騎士としての腕よりも、色々と細かい所に気がつくから抜擢したという経緯がある。狼獣人の上、魔眼持ちという珍しい特性を持っており、身体能力も騎士団の中では群を抜いている。


「王都のバーテックス卿から伝書が届きました」

「ガーデルの爺さんか」


 手渡された手紙に視線をやれば、バーテックス家の家紋入りの封蝋が視界に入った。それを開き、中を改める。


「…………宰相は、何と?」


 命令書の類いだと思ったのだろう。内容を尋ねるミュールにリヒターは肩を竦める。


「引き続き姫を探せとさ。取り敢えず、予定通りラドック領へ続く道に検問を敷け。それから各領の貴族に通達して順次主要街道を封鎖。拒否する者は捨て置け。その方が姫の通る道が読める。後、俺はイドラ渓谷を張るから、何人か見繕って待機しておけ」

「はっ!」

「それと、この伝書を持ってきた者は何処に? 宰相は返事をそいつに持たせろとの仰せだが」

「今連れてきます」


 一礼して出ていったミュールを見送って、リヒターは溜息を付いた。手紙の中身は命令書ではない。ただ単に、季節の挨拶────に見せかけた暗号だ。と言っても難しい話ではない。ただの経過報告。どうやらあちらも予定通りに推移しているらしい。


 こちらも予定通りだという手紙をしたため終えた辺りで、再び部屋の扉がノックされた。


「ふん。オレ様をお呼びか、セントール卿」


 入ってきたのは、妙に生っ白い肌の優男であった。アッシュブロンドの髪に紫の瞳。金糸入りの黒い外套を纏ったその男は、どうにも怪しげな雰囲気を拭えなかった。


「ああ、お前に宰相への返事を渡せば良いのだろう? 名は何と言う?」

「ベオステラル・ゲアハルト。真祖なる吸血鬼よ」


 ベオステラルである。ふふん、と得意げに名乗るこの馬鹿の前に、身分差などあったものではない。


「吸血鬼…………宰相はそんな者まで引き込んだか…………」

「引き込んだ、というのは少々違うな。ガーデルは我が盟友よ。奴に恩義があるから手を貸しているに過ぎん。オレ様自身はこの国がどうなろうと知ったことではない」

「ほぉ…………吸血鬼の真祖ともなると、流石にプライドが高いか。だがあの爺さん、一体何をやってお前さんに恩を売ったんだ?」


 リヒターも吸血鬼の存在は知っているし、在野に下っていた折、遭遇したこともある。だが、真祖というのは伝説上の存在だと思っていた。そんな存在が、何故一国の宰相に手を貸したのか気になって問うてみれば、ベオステラルはくっくっく、と喉を鳴らして。


「知れたこと。ガーデルは────トマトをオレ様に恵んだのよ」


 胸を張って堂々と言い切った。


「………………………………………………………………はぁ?」


 言葉を理解できても言葉の意味の咀嚼にたっぷりと時間を費やす羽目になったリヒターであるが、咀嚼してもやっぱり理解に苦しんで首を傾げ、胡乱な視線を向けるとベオステラルは嬉々としてその出会いを語った。


「この国に流れてきた時、オレ様は行倒れ寸前であった。その時、我が盟友は現れ、自らの屋敷で育てていたトマトをオレ様に恵んだのだ。家庭菜園という僅かな収穫の中で、丹精込めて育てたであろうトマトを素性の知れぬ流浪人に恵む────これに心揺さぶられぬ吸血鬼がおろうか!? 否!!」


 反語ォ! と声高らかに握り拳で力説する吸血鬼に、リヒターは彼の宰相の屋敷に赴いた時を思い出す。


「あー…………そういや爺さん、領民に教わって自宅で家庭菜園してたっけか…………」

「そしてオレ様は知った。この国の危難と、盟友がやろうとしていることを。正直この国はどうでも良いが、盟友の気持ちは汲んでやりたいと思ったのだ。故に、手が届きにくいであろう事にオレ様を使うよう進言した」

「成程? じゃぁ、お前さんは宰相の────爺さんの目的は知ってるんだな? その上で協力していると」

「無論よ。正直、理解も納得も出来んが、それでも一人の男が老い先短い人生を賭けている。それが恩人なのだから手を貸すのもやぶさかではない」

「そうかよ…………」


 理由はともかく、賛同者が増えたことは良いことだ、とリヒターは素直に思った。何しろ事が事だ。発起人であるガーデル・バーテックスと、半分世捨て人のようなリヒターでなければこんな計画に乗らないだろうから。


「じゃぁ爺さんに伝えておけ。────世は全てこともなしってな」


 苦笑しながらベオステラルに手紙を渡すと、彼はそれを懐へ大事そうにしまい込んだ。


「セントール卿が必要ならば手を貸してやれ、とも盟友に言われているが、必要ないか?」

「大丈夫さ。それより、王都の連中の方が気にかかる」

「確かに、あの俗物共の相手はうんざりだろうな」

「全くだ。俺だってあいつ等のお守りは嫌だから姫捕縛の任に着いたぐらいだしな」

「ではオレ様は王都へ戻って盟友の心を慰撫してやるとしよう」


 そう言って、真祖の吸血鬼は去っていく。その背中は、()()吸血鬼としての威厳を保っていた。




 ●




 ラドック辺境領を含めたアルベスタイン南西部の土地は、山間部が多いこの国において珍しく比較的平地が多い領地である。


 必然的に食料庫として発展し、大農地になりやすく、流通の観点から見ても街道整備もされやすい。行商人や旅人にはとてもありがたい区間であり、逆を言えば地下に潜る者には警戒すべき区間である。


「うーん…………ちょっと不味いわね」


 そんな街道を側の森から精霊術を駆使して眺め、眉を顰めていたのはラティアだ。光精霊の手を借りて望遠投影を右眼に写し、街道沿いに設置された検問を発見しては唸る。


 ルミリアと手を組んで五日。三人娘改め四人娘は既に目的地であるラドック辺境領は直線距離なら徒歩でも一日掛からない所まで来ていた。後ほんの一息なのだが、ここに来て大きな街道には王国騎士団の検問が設置されるようになっていたのだ。


「どうしましょう。また迂回しますか?」


 その情報を元に、カズハがそう言うがリリティアがうんざりと頭を振った。


「もう突撃した方が早い気がするんだが」

「こーら、リリティア。短気は損気って言うでしょ? ただでさえリフィール教会の聖女が通告なくこの国にいるんだから、目立つことしないの」

「はいはい。だがどうする? ここ数日こればっかだぞ。しかももう抜ける道は…………どんだけある?」


 ラティアに窘められ、しかし現状を振り返るリリティアに全員が唸った。


 そう。ラドック辺境領に向かうにつれ、こうした検問が増えていったのだ。その都度迂回したり別ルートで関所抜けをしてはいるが、もうそろそろ手立てが無くなりつつあった。そしてもう一つ、厄介というか状況にそぐわない要素がある。


 リリティアだ。


 リフィール教会という宗教はこの大陸の大凡の国が国教として扱っており、そこの聖女というのは代替わりこそするものの一時代に一人とされている。


 つまりこの暴走聖女、見るものが見なくても超有名人なのである。自国の王の名こそ知っているが、他国の王の名は知らない────そんな庶民ですら、当代の聖女の名は知っているぐらいだ。


 なので街を大手を振って歩けば気づかれる可能性が高く、妖精化によって荷物の中に紛れているルミリアを危険に晒すことになる。そういった事もあってここ数日、こそこそと人気の少ない道を使って旅してきたのだが、ここに来ていよいよルートが狭まってきたのだ。


「幸い、次はホール子爵の領地です。彼は王家を支持してくれていますので、そこへ逃げ込めば追手は振り切れるでしょう」

「となると…………ここを抜けるしか無いわね」


 カズハの腕に抱かれる形のルミリアがそう告げると、地面に広げた地図をラティアが覗き込む。道中で購入した簡易地図には、山間を抜ける小さい道が一つあった。それを見てルミリアが難しい顔をする。


「イドラ峠、ですか…………」

「険しい所なんですか?」

「いえ、昔の旧主要街道でして、今は使う旅人も少ないそうですが一応地元の有志が整備して近所の抜け道として利用していると聞きます。通れるは通れるのでしょうが…………」

「旧主要街道ってことは、それなりに視界が開けているか」


 カズハの疑問にルミリアはそう説明し、リリティアが問題点に気づいた。


「そうね。それに女三人でわざわざそんな人気の少ない所を通っているとちょっと不自然かしら」

「と言ってもな…………ああも厳重な関所があると、荷物の改めぐらいはしてるだろうし…………」


 女性の冒険者というのはそう珍しくはない。魔力という不思議物質があるこの世界では、単純な筋力という基礎戦闘力を覆すことはそれほど難しくはないからだ。


 だが、性差というのは厳然として横たわっている。なので互いの長短を補う男女混合パーティは珍しくはないが、女性だけに限った冒険者パーティというのは非常に珍しいのである。


 従ってこの面子は全員見目麗しいということも相まって、かなり目立つ。検問の歩哨に立つ下っ端が見れば、下心を隠しもせずちょっとちょっかいかけようと思うぐらいには。


 そしてスルーされなければ、当然のように手荷物の改めでルミリアに辿り着く危険性は跳ね上がるだろう。故に彼女達はここに至るまで検問を避けるルートを取ってきたのだが、それもそろそろ難しくなってきた。


 そんな中、カズハが口を開いた。こういう時、参謀役に徹するのが冷静な彼女の役割なのだが────。


「他に取れる選択肢が無いのも事実です。覚悟するしか、無いでしょう」

「見つかったら?」

「もちろん────強行突破です」


 ────ここ最近、ちょっと血の気が多い。


「なぁ、ラティア。コイツも結構武闘派だよな」

「確実にレイターの影響受けてるわね…………」

「何か?」

『イエ、ナンデモ』


 想い人(レイター)の馬鹿な、もとい、雑な、ではなく、豪快な性格に影響を受けているせいか、果断な決断をするようになってきた。


 元々引っ込み思案というか奥手というか、思慮深さの反面で積極性に乏しい少女であったので、彼女の養母(クレハ)がこの姿を見れば成長として喜んだだろうが。


「正直に申しまして、ここに至るまでルミリア様が捕まっていない以上、そして向かう先が限られている以上は時間と共に包囲網が狭まってきます。このまま逃げ回った所で、早晩網に引っかかってしまい、荒事になるのは避けられないでしょう」

「なら、その荒事を最小限で収めるための最短ルート、ですか」

「ええ。今なら相手にしても少数で済みます。包囲網が狭まるほどに人数が増えていくことを考えると、ここが妥協点かと。勿論、最悪を想定して色々作戦を用意しておきましょう────」


 ルミリアの言葉にカズハは頷き、四人娘達はいくつかの打ち合わせをした後でイドラ峠へと足を向けた。

続きはまた来週。

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― 新着の感想 ―
 相手方の思惑にまんまとハマって行く3人娘……。  …………今回のだけ見ればそうなるんだけど、シリアスブレイカーの関係者だしなぁ。
カズハちゃん、レイターの脳筋のケが移っちまったな…
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