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第七話 結成! 新時代過ぎるアイドルユニット!

 一方その頃、ルベス達の拠点にて。


『へっ────ぷしょいっ!』


 割り当てられた小屋の一角で、三馬鹿が盛大にくしゃみをしていた。


「風邪でも引いたかな?」

「嫌だぜ、三人揃って」

「湯冷めしましたわ」


 雁首揃えて馬鹿共が自らの体調を心配するが、無用な心配である。


 さて、一方で風呂場の一件で自らの裸を見られたシャノンはというと。


「見られた見られた見られた見られた…………」


 小屋の隅っこで体操座りをして膝に顔を埋めていた。既にこうして三十分ほど落ち込んでいる。それを見て、呆れた表情のレイターが声を掛けた。


「おーい、いい加減機嫌直せよ。いいじゃねぇか減るもんでもあるまいし。顔に似合わず滅茶苦茶ご立派だったぞ、お前さんのムスコ。胸を張れ胸を」

「まぁまぁ、レイ。大きいことがコンプレックスな人だっているんだし仕方ないよ。ましてお年頃ならさ。ねぇ? シャノン君」

「ボクは女の子だ…………!」


 野郎二人が生暖かい視線で気遣わしげに声を掛けるが、シャノンはきっと睨んであくまでそう反論する。その強情というか、魂の叫びにも聞こえるシャノンの主張に、マリアーネは腕を組んで意味ありげに考える。


「ふぅむ…………」

「どうしたの? マリー」

「あんなネタ悲鳴を上げた割には立ち直り早ぇな」

「いえ、流石に唐突だったのでびっくりしましたが、よくよく考えるとこれはこれで美味しいキャラ付けなのでは? と思いまして。男の娘────有りだと思います」

『相変わらず業が深いなこの女…………』


 その思索は意味ありげではあったが、碌でもないことであった。


「それに…………何か事情が有りそうですし、ね?」

「…………」


 改めてマリアーネがシャノンに視線を向けて尋ねると、やがて観念したようにため息を一つ。


「ごめん…………気持ち悪い、よね…………?」

『何が?』

「え?」


 しかしノータイムで返ってきた疑問に、尋ねたシャノンの方が驚いてしまった。


「えっと、男のアレがついているのに女の子だなんて言い張って…………」


 三馬鹿がしばし首をひねった後、何かに気づいたかジオグリフがぽん、と手を打つ。


「あっ。そっか、ここ中世だった。しかも多様性とか周回遅れの考えを上から目線でうるさく言い始めるずぅっと前の暗黒期」

「あー…………そうか。迫害対象か」

「そうですわね。我々にとっては古くから馴染み深いものですけど、価値観が中世ヨーロッパ風だと…………」


 何しろ中世の価値観とは、地球で照らし合わせると異端審問が普通にあった時代である。正確には魔女狩りは近代まで時代が下るが、いずれにしても神の名の下に普通と違うことは何でも異端とできてしまい、仮にそうでなかったとしてもレッテル貼っては自白するまで拷問し、一方的な裁判をして結果は大体火刑がデフォな暗黒期だ。


 ヨーロッパに限らず、中世に人権だとか人道だとかそんな生温い考えが基本骨子になるはずがない。尤も、民衆の方も大概結構なヒャッハー具合で暴れているものだが。


 さて、この世界はそこまで尖ってはいないが、それでも科学技術がろくすっぽ進化していない世界だ。それ故に理論的な反証も難しい。確かに男なのか女なのか分からない存在は、この世界での一般人にとって不理解の存在だろう。


 しかし、である。


 ここにいる三馬鹿はそれこそふたなり、男の娘、TS────派閥や諍いはあれど、何でもござれなオタク文化につま先から頭の天辺まで使った連中である。レアキャラだけど別に無くはなくね? というのが各々の所感であった。


 まぁ、オタク文化(サブカル)に限らず、日本においてその手のジャンルは江戸時代での春画にも描かれているぐらい非常に古くからある概念なのだが。


「ボクは…………元々女の子なんだ。少なくとも昼間はそう」


 そんな拒否反応を見せなかったからか、シャノンは────否、《《彼女》》は訥々と自分の事情を語り始めた。


 元々は、女性として生まれ育ってきたこと。なので性自認も女性で、平素は身体もまた女性であるとのことだ。だが、今から七年前────彼女が八歳の頃、ある武具に触れたことがきっかけで彼女の人生は一変してしまった。


 彼女が見せたのは、所持している蒼い槍であった。石突から穂先まで大凡百七十センチで、シャノンの身長に足して頭一つ分の長さ。髄所に揺らめく炎のような装飾が施されており、少々禍々しい。


「魔槍、バルトロメオ。これは、事象反転能力を持った魔道具なんだけど」

「事象反転? 凄いな、概念兵器じゃないか」

「がいねんへいき? って何?」

「世界の法理を捻じ曲げて自分の法理を世界に押し付ける兵器ってこと」

「そんなに凄いことはできないよ。向かってくる力や力の流れを反転させられるだけ」

「そう言えば、飛んできた矢を跳ね飛ばしてましたわね」


 ルベス達の襲撃時、放たれた矢を持ち主へと返した力がそれである。名称ほどの万能性は無く限定的なようだが、それでもベクトルの操作が出来るのは強いな、と三馬鹿は思った。


「先生の杖…………何つったけ、ウルなんとかと雰囲気が似てるな」

夜空の王権(ウルトゥーナ)ね。実家に転がってたやつだから、それみたいな特殊な能力なんかないけど」

「ジオの魔力量に耐えられるだけで十分異常ですわ」


 レイターの言葉に、ジオグリフも自分の大杖を取り出してみる。彼の背丈と同じぐらいの尺に、装飾部分が歪な三日月のような形状をしており、やはり何処か禍々しい。確かにシャノンのバルトロメオと同じ雰囲気はあるが、ジオグリフの調べた限りこの大杖にそんな特殊な能力は無かった。


 ただ、名工が作ったのかボロボロの鑑定書が一緒に付属していて、杖の名前が夜空の王権(ウルトゥーナ)ということだけは判明している。


 尚、その響きが気に入ったのか、ラティアが『じゃぁそれ(王権)を持っているジオは夜天の魔王ね!』と嬉しそうに彼に渾名を付けたのはここ最近の話である。


 背中のむず痒さに前世ジオグリフ(良識)さんが身悶えていたことだけは彼の名誉のためにここに記しておく。


 閑話休題(それはともかく)


「でも、この槍のせいで…………ボクは呪われて…………」


 シャノンが沈痛な面持ちでそう告げると。


「把握。強制TSってヤツですわね。しかも条件付きの可逆性TS。条件は昼夜かしら? 昼は元の性別の女性、夜には男性になる────と言ったところですのね」

「流石歩く十八禁、博識だな。その手のジャンル、俺らみたいな守備範囲外の人間だと派生や派閥多すぎて訳分かんねーからなぁ…………。ケモ度についてだったらいくらでも語るがよ」

「そうだね。僕も対消滅エンジンとか縮退炉とか波動エンジンとか次元連結システムとか相転移エンジンとかならいくらでも語るけどさ。精々、一般人が触れるのってあのレジェンド漫画家の二分の一ぐらいじゃないかな。コアなオタクで爆裂な時空とかその辺。────じゃぁ、シャノンはいつもは女の子なんだ? で、夜だけ男の子になると」

「えっと…………そうだけど、さ…………」


 超速で理解を示す三馬鹿に、むしろシャノンの方が理解が追いつかなかった。彼女からしてみれば、忌避されたり気味悪がられたり、ともすれば魔物扱いされても仕方がないとでも考えていたのだろう。


 しかしこの三馬鹿、前述したように趣味嗜好の方向性はあれどサブカル特化型(オタク)である。それも、多感な思春期にまさに迫害期(魔女狩り)を経験したオールドタイプ。今更ちょっとやそっとの異端ではびくともしない。


「ねぇ、どうして君達はそんなに理解が早いの…………?」

『え? 今時フツーだし』

「外国って進んでいるんだね…………」


 否である。単純に、三馬鹿の守備範囲が広すぎるだけで現代日本ですら理解を示されない場合がある。


「ではシャノン。貴女を今後、女の子として扱いますが、それでよろしいですわね?」

「え、う、うん。そうして貰えると助かるし嬉しいけど…………」


 マリアーネが手を叩いてニマニマと口元を緩めてそんな事を宣い、恐る恐るシャノンが頷く。その様子を見て、色々察した馬鹿二人が呆れたように肩を竦めた。


「おーい先生。この馬鹿、また良からぬことを考えてんぞ」

「うーん…………まぁ良いんじゃないかな。相手はラティアじゃないし」

「それもそうだな。俺も相手がカズハじゃなけりゃ別にいいわ」

「ほらそこの馬鹿共! 今から女の子の時間ですわ! とっと出ていきなさい! ハウスハウス!」


 案の定、マリアーネはジオグリフとレイターを小屋から叩き出し、『ちょっと! 僕らはどこで寝れば良いのさ!?』とか『明日姫の朝飯だけ抜きにすんぞ!?』とか抗議の声が聞こえるが、マリアーネは無視。


 彼女はチシャ猫のような笑みのままシャノンへと振り返り、収納魔術に手を突っ込み────。


「さぁ、衣装合わせのお時間ですわ…………!」

「ひっ…………!」


 怯えるシャノンへと取り出した衣服を片手に飛びかかった。


 この女、本当に欲望に忠実である。




 ●




 街一番の酒場が異様な熱気に包まれていた。


 サデの街にある酒場の中で、最も多くの客を収容できる『虹の畔亭』。街では老舗の部類で、隣接する宿街と連携することで店を大きくし、遂には客席二百人を超える規模にまでなった。


 その酒場が、今変革期を迎えている。


 椅子は取り払われ、テーブルは壁の隅に追いやられ、客達はステージ────かつてはお立ち台だった場所を一点に注視する。そこはいつの間にか拡張され、照明魔道具が設置され、様々な器具が並べられており、数名の人間がいた。


 そしてステージ横に立っていた一人の男────タキシードに蝶ネクタイ姿のルベスが大きく息を吸って。


「レディィイィイィイィィイス! エェエン! ジェンントルメェェエエン!!」


 とんでもない巻き舌を、手にした拡声魔道具(マイク)へと向かって吐き出した。


 尚、彼も客達も言葉の意味を分かっていない。前説か枕詞のようなものだ、と認識しているようである。初見の者もいるのか、訳知り顔で頷いている古参に尋ねている者もいて、意味は分からないが始まりを告げるものだ、と言われて納得している。すっかり調教されているとも言う。


「やぁやぁお前ら! よく来てくれた! 今宵、サデの街にやってきたシリアスブレイカーズ! 湿気った季節を吹き飛ばすようなセットリストでお前達を熱くさせてやると息巻いてるぞ!!」


 ルベスが煽ると古参の観客が声を上げたり指笛を鳴らし始めた。初見の者達は困惑しながらも、この熱狂の渦にノリ始める。


「じゃぁ、イカれたメンバーを紹介するぜ!?」


 ルベスが右腕を振り上げると、照明係が魔道具を操作してステージの一部へとスポットを当てる。


「音律奔る肉体労働! 唸れ筋肉! 飛び散れ汗! 赤鬼は今日もビートを刻む! ケモナー? ドラマー? いやレイター!!」


 複数鎮座した太鼓(ドラム)の前に座ったレイターがスティックを走らせて挨拶代わりに叩いてみせる。赤いポニテが暴れ狂って、確かに赤鬼のようであった。


「余はベーシストである。響け低音! 夜天の魔王! ジオグリフ・トライアード!! でもカーチャンだけは勘弁な!?」


 次にスポットが当たったのはジオグリフだ。手にした改造リュートを撫でると低音が響いて、まさに魔王の咆哮が如しである。


「その美声、まさに天使の歌声。アルベスタインに舞い降りた銀の天使! マリアーネ・ロマネット!!」


 次にスポットが当たったのはギターを手にし、拡声器スタンドの前に立ったマリアーネだ。普段着のレイターやジオグリフと違って、赤い薄手のドレスなんぞに着替えているものだから、観客席から一際野太い声が上がって、彼女も投げキッスなどで応えていた。この女、ノリノリである。


 尚、観客達は彼女の中身が百合豚のおっさんであることは夢にも思っていないだろう。


「そしてそしてぇ! マリー嬢と対を成す、もう一人の歌唱天使がここに! 蒼の戦乙女! シャ────ノ────ン────!!」


 最後にスポットが当たったのはシャノンだ。


 マリアーネと対を成すようにして青いフリフリのドレスを着用しており、手には拡声器が握られていた。心做しか半泣きなのだが、それもまた庇護欲を誘うのか、野太い声援が一向に鳴り止まない。尚、フリフリドレスの理由はマリアーネの趣味と体のラインを隠しやすいから、だそうだ。


「彼等は理不尽な世の中に敢えて挑戦する、頼りになるかもしれない神出鬼没のシリアスブレイカーズ! 熱くなりたい時は、いつでも言ってくれ!!」


 そして本日最初の一曲目の演奏(インスト)が始まって。


「ボクは一体、何をやっているんだろう…………?」


 歌い出しの直前、急に我に返ったシャノンの静かな呟きは、熱狂する観客の歓声に溶けて消えた。




 ●




「いやぁ、今日も儲けましたな! 最早本業の行商より稼いでおりますぞ!」

「だな! まさか音楽の興行がこんな儲かるもんだとは思わなかったぜ!」

「くふふのふ。だから言ったでしょう? 理不尽(シリアス)を壊してやると」


 楽屋代わりに貸し切った宿の一室で、モーガスとルベス、そしてマリアーネの馬鹿(ゲラゲラ)笑いが響いた。


 さて、『シャノンちゃんついてる? ついてない? 事件』から六日ほど経過している。あの後、マリアーネは手持ちの魔道具とモーガスの商品とを組み合わせて楽器や拡声器、照明の魔道具を錬金術で作成した。


 そして、街道での道中練習がてらちんどん屋よろしく宣伝を行い、立ち寄る村や街で演奏という名の興行(ライブ)を行って儲けていたのだ。


 現状、アルベスタイン王国の政情は良くはない。ルベス達のような食い詰め物がいる一方で、しかし国体は維持できている現状を鑑みるにそれなりに経済が回っている。


 マリアーネはそこに目をつけ、娯楽を提供することであるところから徴収することにしたのだ。


 最初はただの物珍しさで集まっていた観客達も、マリアーネやシャノンの美貌と歌声に惹かれてドハマリしていくことになる。


 何しろ演奏にも手を抜いていないのだ。マリアーネが作成したセットリストは最初から最後までアニソン・ゲーソンであり、ゲラゲラ馬鹿笑いして悪ノリしたジオグリフとレイターが他のジャンルまで混ぜ込んだものだからかなりカオスなことになっている。


 そのままでは言葉の意味が通じない場合もあるので、ある程度ローカライズしてはいるが、観客の中に転生者でも混じっていれば間違いなく口から飲み物を吹き出すぐらいには異世界という世界観(シリアス)をぶち壊している。


「礼を言うぜ、旦那、お嬢。お陰で身内を養っていける」


 とは言え、そんな背景を知らないルベスやモーガスにとっては結果が全てである。


 モーガスにとっては新たな商売の種であり、ルベスにとっては家族達の新しい仕事だ。


「これは始まりに過ぎませんわ。私達はいつまでも壇上に立ってはいられません。このユニットは臨時ですから、精々ラドック領までです。次を考えないと」

「ウチのガキ共、だな?」


 ルベスの尋ねに、マリアーネは静かに頷いた。


 彼の家族────元盗賊達の家族は少女が多い。元々は男女比は対等だったのだが、盗賊家業させるよりは、と口減らしがてら知己の職人や商家に奉公に出したのだ。受ける側も人手不足の解消と将来性のある弟子ならば、と少年は両手を上げて受け入れられる。


 一方で、中々引き取り手が見つからないのが少女達だ。


 少年はまだ良い。男手というのは何処に行っても需要はあるし、職さえ選ばなければ子供でも食べていくことは不可能ではない。何処ぞの職人に弟子入りでもすれば、最低限の衣食住程度は確保できるし手に職も付く。ゆくゆくは独立だって視野に入るだろう。


 だが、少女の場合はそうもいかない。現代地球では差別的な扱いでも、中世仕様の倫理観だと性差というのは直球で牙を剥いてくる。


 まだこの世界は魔力がある方なので、適性さえあれば下手な男よりも戦闘能力を磨き上げられるが、そうでない少女というのは家業がある家族でもいなければ本当に最底辺の扱いをされる。


 彼女達が生きていくには、針子仕事や女中家政婦のような安くて地道で案外な重労働で奉公するか、色街で身を立てるぐらいしか選択肢がない。そう、本当に選択肢が狭いのだ。そして受け入れる側も、必ずしも余裕があるわけではない。


 酷な言い方をすれば力も弱く、体力も同世代の少年より無く、且つ月の物で毎月強制的にデバフが掛かってパフォーマンスが下がるとなれば市場的に使いづらく、個人間での事情が特に無ければ、使う側が『同じ仕事を求めるならば少年でいいや』となってしまうのも道理である。同じ賃金(コスト)を払う側なら当然の判断とも言える。


 それを補って余りある頭脳でもあれば別だが、そんな特殊性のある少女が大多数なはずもない。飽食の時代ならばいざ知らず、それを探し出して教育を施し、価値を見出す余力はこの世界に無く、故に十把一絡げにされて切り捨てられる。


 ルベス達の元に残ったのは、そんな少女達である。


 しかし、今回の一件でそんな彼女達にも一つ道ができたのだ。


「ちゃんと食べさせて、レッスンすれば輝きそうな子は何人もいました。速成ですが、まだこうした興行を考えつく人間はいません。ブルーオーシャンでなら、一から育てながらでも利益は出るはずです」

「先駆者の特権、というやつですな。もちろん、モーガス商会も全力で支援させてもらいます」

「そしてゆくゆくは、育てた『あいどる』っての引っ提げて大陸中を駆け回る…………か。悪くねぇな」

「そう! そしてルベス! 貴方は世界最初のプロデューサーになるのですわ!!」

「はっ! 日がな一日鉱山に閉じこもってるよりよっぽど夢があるじゃねぇか! 俺はやるぜ、お嬢! 行き場のないガキ共も片っ端から集めて、どいつもこいつもこの手で輝かせてやる…………!!」

「その意気ですわ! 合言葉はアイドル、ゲットだぜ! ですわ!!」


 馬鹿が腕を振り上げて叫び、モーガスもルベスも『ゲットだぜ!』と続く。この女、本当に色々度し難い。


「おい先生。あの馬鹿、リアルでアイドルなマスターする気だぞ。ノリはポケットでモンスターだが」

「大方、努力友情勝利できゃっきゃする女の子達を集めて裏方でこっそり眺めたいって欲望から来てるんだろうけど…………この世界での弱者救済の面から考えると、あながち間違いじゃないのがなぁ…………」


 それを同じ部屋で遠巻きに眺めていたレイターとジオグリフが呆れたようにしているが、結果を振り返ってみればあまりケチを付けられないのである。


 ジオグリフは前世は政治家で、今生も領主の家系だ。


 故にその状況を憂慮してせめて領内ぐらいは、と孤児院を増やすように父に進言したり、その孤児院で教師の真似事をしてみたりとそれなりに手は打った。だがあくまで領内までで、それを飛び越えるような革新的な職の創出は権限的にも難しかったのだ。


 なのにマリアーネは商人の視点とやり方で、さくっと一つ職を創出した。動機は不純で、いっそ清々しいほどに欲望まみれではあるが、それでも今後、救われる少女達は確実に増える。


 見目麗しい少女がアイドルとなり、奪い合うパイが少しでも減れば従来の少女がやるような仕事にも空き人員が出来て、見目麗しくなくとも生きる道が残るだろう。


 ウチ(シリアスブレイカーズ)の核弾頭にしては珍しくいい仕事するじゃないか、とジオグリフは素直に感心するが────一方で泣きを見る少女も出てしまった。


「うっうっ…………汚された…………もうお嫁に行けない…………」


 シャノンである。部屋の隅っこで膝を抱えて座り込み、瞳のハイライトを消してブツブツと何か呟いていた。


「こっちはこっちで重症だね」

「もう慣れろよ。蒼の戦乙女」

「その名で呼ばないでよ! 何でボクが見世物にならなきゃいけないのさ!!」


 とは言えこの光景も六日目なので、既に慣れきっていた馬鹿二人がぞんざいに扱うと、怒ったシャノンが叫んだ。


「そりゃお前、自分でモーガスの旦那に皆を助けてやってくれって言ったからだろ?」

「言い出しっぺの法則さ。他人に負担を強いたくせに、自分は何もしませんは筋が通らないよ。身体を張りたくないのなら、最初から口を出すべきではなかったんだ」

「この人達普段滅茶苦茶なのに急に正論で殴ってくるの酷い…………!」


 あの時、なんの気なしに助けてやってくれとモーガスに頼んだシャノンだが、冷静に振り返ってみればそうなのだ。特に権限もなく、貴族として支援を約束するでもなく、ただ感情的に助けてやってほしいと言ってしまった。それに対しモーガスが怒り出さなかったのは不思議なぐらいだ。彼に全ての負担を押し付けようとしたのにも関わらず、だ。


 それをマリアーネに指摘され、反省したはいい。だが、そこにつけ込まれてフリフリ衣装でステージに立って歌って踊らねばならなくなると誰が想像できたであろう。少なくともシャノンは思っておらず、この興行の話が出た時、何度か拒否した。


 だが、その度に三馬鹿から正論で理詰めされて泣く泣く毎度の公演の主役になる羽目になり、今では追っかけ隊(ファンクラブ)まで出来る始末である。


 尚、対となるマリアーネにもファンクラブが結成され、本人は『稼ぎ時ですわ!』と意気込んで握手会や物販などで儲けている。商魂たくましい女である。


「誰かを助けるってね。思うより簡単なことじゃないんだよ。だから僕達はその力があっても自分のため以外には安易に振り翳さないようにしてるの」

「力を振り翳した時は最後まで責任取れってな。半端な覚悟で首突っ込みゃ、どっちも不幸になるだけだからよ」


 三馬鹿はそれを前世の経験で知っている。


 勢い任せでどうにかなるのは若い時だけ────そして、それを助けてくれる大人がいる時だけだ。自分が大人になった時、助ける側に回って初めて気づくのだ。あの時無理を通して無茶が出来たのは、大人である誰かが助けてくれたからだと。


 故に、自戒も込めて彼等はルールを作って、それに従っている。確かにこの世界基準では英雄クラスの力を持っているが、だからといって全てを思い通りには出来ない。だから出来ることまでやって、余力でゲラゲラと笑って趣味に生きるのだと。


 それがこの異世界で地に足をつけて、この世界の住人として自立することだと────彼等は、そう考えたのだ。


「君達は…………どうしてそんなに強いの?」


 そんな老成というか年寄り臭い生き方が、何故かシャノンには眩しく見えて思わずそんな疑問を口にした。


「そりゃ重ねたもんがあるからな」

「誤解されても困るから言っておくけど、僕達は元々凡人で俗物だ。それを自覚しているから先々を見越して強くなっただけで、最初からそうだったわけじゃない…………」


 そんな諭すような言葉をジオグリフが口にした所で。


「そして百合の園を作るのですわっ!!」


 どっかの馬鹿が煩悩塗れの叫びを上げた。


「凡人で俗物? 奇人で変人ではなく?」

『アレは元から』


 頼むから一緒にしないでくれ、と馬鹿二人が首を振るが、五十歩百歩である。趣味嗜好の方向性が違うだけで、類は馬鹿を呼んでいるのだ。


「ともあれ、ラドック領に着くまでの間だけなんだし、少しぐらい我慢しなよ」


 きまりが悪いのを我慢しつつ、ジオグリフがそんな事を告げてシャノンは気づく。三馬鹿は元々、帝国を目指していたはずだ。折に触れて、人探しもしていることも知っている。


「君達は、どうする気? これから先」

「帝国には帰るが、問題は三人娘よなぁ…………」

「そうだね。でもここに来るまでらしい情報も集まらなかったし、一旦素直に帰った方が良いかもしれない。案外、僕達と違って転移せずに帝都の拠点で待ってるかもしれないし」

「仲間、なんだっけ?」

「うん。大事な、ね」

「ま、何にしても後街二つぐらいだろ? そこまで行ったらもうアイドルなんざやらねーんだし、楽しんだ方が得だぜ」


 見知らぬ土地に飛ばされ、大事な人達とも引き離され────尚も笑ったり楽しんだり出来る、そんな彼等をシャノンは不思議そうに見つめていた。

続きはまた来週。

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― 新着の感想 ―
まさか異世界でアイドル開業するとは思わなかったぜ…流石シリアスブレイカーズ、いつもオレ達の想像の先を行く
>「ま、何にしても後街二つぐらいだろ? そこまで行ったらもうアイドルなんざやらねーんだし、楽しんだ方が得だぜ」  これを聞いたシャノンの部下や姫様が、それ(引退)を許すかな?(外道顔)
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