第五話 え? ついてる? ついてない?
盗賊達が全面降伏した後、三馬鹿は彼らをひっ捕らえて近くにあった拠点へと案内させたのだが────。
「いやぁ…………これは…………」
「ちょっとなぁ…………」
そこに広がっていた光景に、三馬鹿も、一応被害者として着いてきたモーガスやシャノン達も言葉を失った。
確かに、彼らの拠点なのだろう。元は小さな村だったのか、家屋も古くはあるがしっかりとした造りで建っていた。だが、そこで身を寄せ合って生活していたのは盗賊達の家族と思わしき女子供達の一団である。それも一様に痩せていて、彼らの困窮ぶりが見て取れた。奪うべきお宝があるのなら、既に売り払って食料にでも変えているだろう。
これでは盗賊の根城と言うよりは、まるで補給がない難民キャンプであった。
「全く…………誰ですの? 盗賊の根城からお宝を拝借しようと言った鬼畜は」
『お前だよ!!』
したり顔で呆れる馬鹿に、ジオグリフとレイターが突っ込んだ。
「しかしどうすっかね。最初の予定が崩れたぜ、先生」
「そうだね。とは言え見てよこの子達の身体。どの子もカリンコリンだ。まずは食べさせないと死人が出かねない」
「ふぅむ…………人手、美少女、金…………ですか…………」
「おい先生。また姫がいらんこと考えてるぞ。ありゃその内、暴力! S◯X! って繋がるやつだ」
「取り敢えず放っておこう。リーダー権限で買い込んだ食材は全部吐き出すよ。まずは炊き出しして少し食べさせないと」
「お、おう。子供関わると急に悪ノリが無くなってマジになるよな、先生…………」
「悪いけど、今はそんな気分じゃない。それに『子供には温めの冷たい方程式で』が僕の信条だから遠慮しないよ。レイも調理手伝って」
「あいよ。じゃぁまずは粥かスープか、胃に優しくて滋養のあるやつだな」
「献立は任せる。ああ、水もいるか。後は衛生面もどうにかしないと────」
ばたばたと収納魔術から食料と調理器具を取り出したジオグリフと、炊き出しの準備に取り掛かるレイターを放っておいてマリアーネは思案する。
(んー…………物資はほぼ枯渇。残っているものもお金にはなりませんわね。となると他の方策ですが…………)
金目の物は既に全て売ったはずだ。もう宝など残っていまい。であらば、今度は人を売るしか無い。だが、奴隷として売るにしてもこの栄養状態では二束三文だろう。男は労働力として辛うじて売れるかもしれないが、女子供はここまでやせ細っていると需要が少ない。こちらも買い叩かれるだろう。
それに。
(ま、ジオが反対するでしょうしね。それも強烈に)
炊き出しの準備をせっせと進める馬鹿二人に視線をやってマリアーネはそう思う。
前世ではさる篤志家に憧れて政治家を志した、と言っていた。彼自身も幼い頃に両親を失っており、成人するまでその憧れの人に後見人になって貰っていたらしいので、特に困窮している子供を見捨てられないのだ。
マリアーネが自身の美学を信奉していて、それがそのまま地雷になっているように、ジオグリフの信条もそのまま地雷になっている。おそらく、そこに引っかかればマリアーネとレイターに敵対することも辞さないだろう。
マリアーネ個人としては、盗賊や盗賊の家族を売り払うことに異存はない。その家族に同情こそ覚えるが、可哀想の一念であちこち手を出していればキリがないからだ。
それに、如何な理由があれど先に引き金を引いたのは盗賊達。自らのやってきたことが返ってきただけだ。ならばそれを甘んじて受けるのが美しい在り方だと彼女は思っている。例えそれが、彼らの家族を巻き込むことだったとしても。
とは言え、だ。
ジオグリフと敵対するのは得策ではない。勝てる勝てないではなく、果てしなく面倒だからだ。マリアーネも口先を武器に前世で生きてきたが、それを以て世間と戦ってきた相手では流石に分が悪い。言いくるめられることはなく、平行線に終始するかもしれないが、限り無く不毛で時間の無駄だ。
となれば、別解を見出したほうが良い。身動きが取りづらい政治家と違って、民間はフットワークが売りなのだから。幸い、その青空写真を現実のものとするピースは揃っている。
「悪いが、差し出せるものは武器の類ぐらいだ…………」
「鋳潰して再利用ぐらいしか道はありませんね…………」
「こんなに困窮してたんだ…………」
マリアーネが足を向けた先では、捕縛された盗賊の頭────ルベスが縄を後ろ手にしたまま金目の物を家族に集めさせていた。
と言っても、モーガスやシャノンの言葉から伺えるように、出てきたのは農具や武器の類いぐらいだ。貨幣や宝石など即金になりそうなものはなく、出てきたものも手入れが雑────というよりそこまでする余裕が無いようでボロボロ。モーガスの言うように一旦鋳潰したほうが金属としての価値があるぐらいだ。
「元々は、探鉱者組としてそれなりに稼いでたんだ。だが四年前、王族が儀式に失敗したんだろ? そっからどんどん鉱脈が枯れてってな…………。二ヶ月前、遂に最後の鉱山が閉鎖してこのザマだ」
この国の主要産業である魔石の採掘は、許可を得た探鉱者が行う法になっている。最初は一人一人が得ていた許可も、やがて効率性を求めて組となった。ルベスも仲間や家族を集めて組を作り、探鉱者として日々採掘に精を出していたそうだ。
ところが四年前、王族が鉱脈の趨勢に関わる龍脈制御の儀式に失敗したらしい。らしい、という伝聞なのは公式発表ではないからだ。だが、現場で働いているルベスのような探鉱者には日に日に採れる魔石が減っていけば嫌でも分かる。
そして二ヶ月前、とうとう魔石の採れる鉱脈が無くなった。
「つってもそれなりの組だった。どこも人手は欲しがるだろうし、アテのある奴や独立したそうな奴は支度金渡して見送った。今残ってんのは、アテが無いのと…………俺みたいなバカ野郎に着いてきてくれた連中とその家族だ」
最初の内は蓄えもあったのでどうにかなった。だが、これほどの大所帯を食わせていくとなると厳しく、かといって未曾有の不況では次の職もままならない。他国へ逃げようにも伝やアテもない。男一匹ならどうにでもなっただろうが、ルベスには養うべき家族や部下がいた。にっちもさっちも行かなくなって、盗賊に身を窶したそうだ。
「俺はどうなっても良い。だが、こいつらだけは見逃してやってくれねぇか?」
『親方!』
「黙ぁってろ! ────頼むよ、旦那。この通りだ」
「それは…………」
後ろ手に縛られたまま膝を突き、地面に額を擦り付けるルベスにモーガンは難しい顔をした。
「モーガスさん。ボクからもお願いするよ。被害も出なかったし、見逃してあげてほしい」
「シャノン様…………しかし…………」
シャノンもルベスに同情してそう言い出すが、モーガスの顔は険しいままだ。
彼とてルベス達の境遇に同情はしているのだろう。だが、彼は商人である。感情論だけでは動けない。利が釣り合っていない────というだけならば薄情で済むだろう。銭ゲバと罵倒されても甘んじて受け入れる。だが、あまりにも《《不利が積み重なっている》》のだ。
「見逃して、どうなると言いますの?」
回答を出せないモーガスを庇うようにしてマリアーネは口を挟んだ。ちょっと見ていられなかったのと────描いた青空写真の為にだ。
「貴方一人を処断した所で、結局残された者は貧困から抜け出せずにまたぞろ盗賊家業でしょう? 今ここで見逃した所で別の被害者が出るだけですわ」
「そう、ですね…………。一商人の私では、その責任を取れない」
モーガスはマリアーネの言葉に頷いた。
ネックになっていたのはそこである。ルベスだけを蜥蜴の尻尾切りにして手打ちにすることは可能だ。だが、その後で残されたルベスの仲間達が再び盗賊家業を行えば、次に被害に合うのは同業者だ。
無論、この場合モーガスに責任はない。責任はないが、被害者から逆恨みされる可能性はある。直接仕返しにくればまだ可愛いものだが、商人同士の報復となれば攻撃対象は本人よりも信用だ。
ここを傷つけられてしまえば、モーガスは商人としてやっていけなくなるかもしれない。奇しくもルベスと同じように、彼にも養うべき家族や従業員がいるのだから慎重になるのも当然であった。
「でも彼らだけが悪いわけじゃない! やり直すことはいくらでも…………!」
「無理ですわね」
シャノンの反論に対し、マリアーネはにべもなく言い放つ。
「三つ子の魂百までも、なんて言葉がありますけれどね。『これぐらい』や『ちょっとぐらい』で始まった悪さがたまさか上手く行って、一度でも成功体験になってしまうと破滅するまで続くものですわ。それに、犠牲になった方々に『この人達は本当はいい人たちなんです』と言って納得していただけると思います? 少なくとも私がその立場なら『どの面下げて言ってますの?』と張り飛ばしますわ」
前世でもよくあったことだ。安易な許しは、甘さや弱さと見てつけ込まれる。況や中世の価値観では無理からぬことだろう。
「成人してない子供ならまだ分かりますけれどね。教育を施せばどうにかなるかもしれませんし。けれど、一度固まってしまった大人の性格なんてそう簡単に変わるものではありませんわよ。それに大体、やり直すと言っても策はありますの?」
「それ、は…………」
「対案の無い感情論は、悲劇の先延ばしに過ぎませんわ」
言葉を詰めるシャノンにマリアーネは切り捨てるように告げながら、しかし内心では『良いですわね美少女の憂い顔!』と胸を高鳴らせていた。この女、本当に欲望に忠実である。
「故に、破滅の縁に立たされた貴方達の選択肢は三つ」
それを悟らせない辺り、根っからの商人気質なのだろう。マリアーネは膝を突くルベスの前に立ち、手にした扇子を突きつける。
「大人しく捕まって処刑されるか、ここで私に皆殺しにされるか────死ぬ気で生まれ変わるか、です」
「生まれ、変わる…………?」
呆気にとられたような表情をするルベスに、マリアーネは静かに頷く。
ルベス達、探鉱者組とその家族は使える。彼女の描く青空写真の縁の下だ。いずれは帝国に連れ帰るが、取り敢えずはその価値が確かなものか試す必要がある。
「そう。でも簡単なことではありませんわ。文字通り、探鉱者としては死んで別の道を歩くことになります。場合によってはこの国を離れることもありましょう。その覚悟はありますの?」
「あるのか? そんな道が…………」
「ええ、その覚悟があるのなら────このマリアーネ・ロマネットがその道を示して差し上げましょう」
「マリアーネ・ロマネット…………ロマネット!? まさか、レオネスタ帝国はロマネット大商会の縁者ですか!?」
その名乗りに反応したのは、ルベスではなくモーガスであった。
「あら。ご存知で?」
「他国ですが隣国ですよ!? それで知らない商人なんてモグリです!」
「それもそうですわね。会長のリード・ロマネットは私の祖父ですわ」
「縁者どころか直系!?」
商人としての知見から気付いたようだが、まさかロマネット大商会の御令嬢だとは思わなかったようで仰天している。
狙ってはいなかったが、どうやらツカミにはなったようだ、とマリアーネはほくそ笑む。周囲の自分を見る目が変わったと肌で感じたのだ。眼の前に垂れてきた蜘蛛の糸が、存外強靭だと気付いたのだろう。
ならば、とマリアーネはここでダメ押しをする。
「では問いましょうか。────壊したい理不尽はありませんの?」
それは介入の合図だ。眼の前に広がる理不尽へ向けての反撃の狼煙。自らの能力を振るう為の撃発。
その引き金はルベスに託され。
「ある…………あるさ…………俺達は、生きたい…………!!」
そして、引かれた。
「さぁ、では────商売の話といきましょうか」
にっこりと微笑むマリアーネを、周囲はまるで聖母のように見ていたが────現在炊き出し準備中の馬鹿二人がこの場にいたのなら、『計画通りって幻聴が聞こえてきそう』と遠い目をして突っ込んだことだろう。
●
その夜。ルベス達の拠点に、急ごしらえではあるが風呂ができた。
風呂である。大人数が入れるように二十メートル四方の区画に、石材と木材を組み合わせて出来たそれに、水と火魔術を駆使したお湯が注がれていた。中央では仕切りがされており、簡易ではあるが男湯と女湯が分けられている。雨の心配もなさそうだったので、贅沢に露天風呂だ。
「はぁ…………こんな所でお風呂に入れるなんて…………」
その女湯の方に、シャノンが浸かっていた。結んでいた鳶色の髪を解き、手拭い片手に肩まで浸かる彼女は、数時間前のことを思い出す。
炊き出しの準備を整えたジオグリフが、調理をレイターに任せたかと思うと『女子供が汗臭いのは忍びないから作るよ』と言い出して、魔術で土を掘り、魔術で石材を切り出して、魔術で水を入れて、最後に魔術でお湯にした。『オール電化ならぬオール魔術だね』と言っていたが、どういう意味だろうかと皆で首を傾げた。
尚、仕切りや細々としたものは盗賊達にやらせていた。
そして、村の皆を入れて綺麗にした後、炊き出しで飯を食わせて一回お湯を代え自分達も入ると言い出したのだ。マリアーネから熱烈に一緒に入りましょうと誘われたが、シャノンは何故か身の危険を感じてこれを固辞。一番最後に入ることにして、今に至る。
(何者なんだろう、彼等。冒険者とは言っていたけど、それっぽくないんだよね。家名もあるし)
ぱしゃり、と顔を洗ってシャノンは思索に耽る。
(トライアード、か)
レイターはともかく、マリアーネはロマネット、ジオグリフに至ってはトライアードの家名を持っている。ロマネットに関してはそんな名前を聞いたことはある、程度だったが流石にトライアードは知っている。
シャノンは一応、イルメルタ公爵家の令嬢という立場だが、紛いなりにも武門の名家セントールの門弟でもあるだからだ。隣国の武勇で鳴らす貴族家ぐらいは把握していた。
十六年前のカリム王国との戦争を終戦へと導いた立役者であり、一月前の《《紛争》》でもやはりカリム王国を降したという話を風の噂で聞いた。
そこの縁者、となればそれに似合った実力は身につけているはずだ────とは睨んでいたが、想像以上であった。炊き出しの時に見せた収納魔術を始め、こうした風呂を作るのにも魔術を使っていた。思い返せば、ルベス達の襲撃の時も光の大鎌を持っていた。
仲間であるマリアーネやレイターも相応に実力を持っているであろうことは想像に難くない。
(もしも…………もしも、彼等の力を借りられたら…………)
この国を────否、ルミリアを救えるかもしれない。
本当はこんな所で風呂になど浸かっている場合ではない。一刻も早くルミリアを探し出してラドック領へ辿り着き、この国を正さねばならないのだ。
だが、探すアテが無いのも事実。箱入り娘であったシャノンにとって、こうした旅ですら初めての経験だ。道案内もなく向こう見ずに一人飛び出せば、明後日の方に行きかねないのは自覚している。
(それにしても、商売って何をするつもりなんだろう? ボクの服のサイズも測ってたし)
だから不安を振り切るように他事に思考を向けた。
あの後、マリアーネはモーガスとルベスとで何やら相談をしていた。自分にも協力を求められ、ラドック領へ辿り着くまでならと了承した。実際、シャノンの懐事情も芳しくない。身分がバレるからと騎士の鎧を売ってしまったし、その金で旅装一式を整えたからだ。
おそらく、ではあるがモーガスにはシャノンの出自はバレている。バレてはいるが、見て見ぬふりをしてくれているのだろう。彼が個人で行商人をしているのならばともかく、それなりの屋号を持っているのならばその辺りが最大の譲歩とも言えた。だからこそ、シャノンの出自を問わずに一介の旅人として扱ってくれているのだ。
ならば、彼女自身も稼ぐ手段が必要だ。一応、現状はラドック領へ向かうことになっているが、途中でルミリアの情報が入ったら別行動になる可能性もある。そうなれば、懐事情が良くないシャノンでは再び行倒れるだろう。となれば今の内にそれなりの稼ぎがいるのは彼女も分かっている。
だから服のサイズを尋ねられて素直に応じたのだが。
(夕方で良かった。今、調べれたら…………)
日が沈んでからであったらゾッとする。
あの瞬間であれば問題なかったが、今、この瞬間に身体を改められたら自分の秘密が詳らかにされてしまうだろう。それは非常にまずいことになる。黙ってくれるなら良いが、そこまでの信頼性はまだ無いのだ。
だから────。
「シャノンちゃん、お湯加減いかがですか?」
「ふぁっ!?」
いつの間にか浴場に侵入していた人物に背後から声を掛けられて、シャノンは思わず飛び上がりそうになった。しかし慌てて湯船へと戻る。
湯煙の向こうに見えたのは銀髪の少女────マリアーネである。華奢だが均整の取れた白い裸体を惜しげもなく晒した彼女が、とても上機嫌な笑みを浮かべて湯船へと入って近寄ってくる。その所作が何だか奇妙なほどに滑らかな動きで、シャノンはヘビを前にしたカエルの気持ちになった。
「え? は? あ、ちょっ! マリアーネさん!?」
じゃぶじゃぶと水しぶきを上げながら、浴槽の縁に沿うように距離を取るシャノンにぬるっと残像を生み出す速度で接敵してくる。水の抵抗などまるで無視してくるその異常さに、シャノンは絶句する。
その上。
「あらいやだ。マリアーネさんだなんて他人行儀な。マリー、と呼んでくださいな」
「ひぁっ!? あ、ちょっと!?」
「くふふのふ。綺麗な肌してますのね? あら? でも髪が少々傷んでますわ。トリートメントはしているか? ですの」
いつの間にか背後に回り込まれ、うなじから髪を撫でられていた。トリートメントって何!? とシャノンは混乱の極みである。
「何!? 何なの!?」
「決まっているじゃないですか。女同士、裸の付き合いですわ。今回は邪魔立てする子も馬鹿共もいないので、じっくりねっとり、しっぽり綺麗にして差し上げますわ…………! ええ! 決して欲情しているわけではなく…………! 純粋な! 純粋な好意ですのよ!? 女の子は、綺麗にしていないと…………!!」
どう見ても純粋な邪心である。
その玩具を見つけた猫のような瞳に言いしれぬ恐怖を覚え、シャノンは逃げ出そうとするがガッチリ掴まれて阻まれてしまう。
「ふぁっ!? ちょ、待って! あ、力強っ!? い、今はダメ────!」
「ぐへへへ良いではないか良いではないか────はれ?」
そして、マリアーネの手が鼠径部を滑ってそこに触れた。
『くぁwせdrftgyふじこlp!?』
直後、言葉にならない悲鳴が重なって、露天風呂に響いた。
●
「ふぅ、何とか一息ついたな」
「そうだね。これなら明日から固形物食べさせても良さそうだ」
時を少し戻して馬鹿二人である。
調理場の片付けをしていたジオグリフとレイターは、戦場のような給仕を振り返って一息ついていた。消化の良いおじややスープをせっせと作っては食べさせ、取り敢えず胃痙攣だけは起こさせないように気を配っていたのである。
何せここには回復術士がいない。ジオグリフも裏技を使えば回復術式を使えなくはないのだが、それなりの消耗を強いられるのでストックが枯渇に近い今の現状で使いたくないのだ。
取り敢えず様子見した結果、どうやら少し体力を取り戻したようで明日からは普通の食事に戻しても大丈夫そうだ、との判断を下した。
「そういや姫は?」
「風呂に行ったよ」
「…………あの子、大丈夫か?」
「んー…………まぁ、僕も気になるけど、別にラティアじゃないから良いかなって。レイもそうでしょ?」
一瞬だけシャノンの様子が気になったレイターであるが、ジオグリフにそう言われて確かに、と頷いた。相手がカズハなら彼も全力で邪魔しに行っただろう。
「何か商売するって言ってたが、何するんだろうな?」
「さぁ? でも何かアテがあるのは助かるよ。正直、これだと行く先々で日雇いするのも難しそうだ」
「まぁ、このまま見捨てんのもな…………」
拾った犬猫ではないが、このままじゃぁさよならではあまりにも無責任過ぎた。ただ一食二食提供したぐらいでは、彼等は救われないだろう。早晩窮地に陥って再び盗賊家業に精を出すのは想像に難くない。
それが分かってしまうからこそ、その方策を考える方向に動いたマリアーネを放置していたのだ。そうでなければお前も手伝え、と尻を蹴飛ばしていたであろう。
こうなるのが分かっているから安易に人助けはしたくないんだ、と二人が揃ってため息をついた瞬間だった。
『くぁwせdrftgyふじこlp!?』
声にならない悲鳴が村に轟いた。
「なぁ、先生。今のふじこふじこしたネタ悲鳴…………」
「マリーとシャノンって子の声、だね。────念の為行くかい?」
「悲鳴上げるなんてらしくねーしな…………しゃぁねぇなぁ、もう」
つーか何でお前が悲鳴あげてんの、と二人が首を傾げながら簡易露天風呂の方へと移動する。
「マリー? 何が起こったの?」
「おい姫。大丈夫か?」
状況が状況なので、一応声を掛けてから風呂場に侵入すると。
「え? ちょ…………!」
そこには湯船から立ち上がったシャノンと、風呂に浸かったまま放心状態のマリアーネがいた。
『ふぁっ!?』
だから馬鹿二人は目撃してしまったのだ。シャノンの裸体────いや、より正確に言えば、その下腹部中央にぶら下がっているモノを。
「つまり、ナニか、えーっと」
「シャノン。君は、シャノンちゃんではなくシャノンくんだったと?」
「違う! ボクは…………女の子だ!!」
しかし涙目で訴えるシャノンの股の間には、彼女の息子がやれやれと否定するようにブラブラと横に揺れていた。
次回更新は来週。




