第四話 シャノン・イルメルタという少女と盗賊 ~上から来るぞ! 気をつけろ!~
話は少し前に遡る。
アルベスタイン王国の大動脈となっているリーレット街道を、比較的のんびりと進む商隊があった。次の経由地兼補給地点であるマール村までそう遠くないからだ。この速度で進めても昼過ぎには到着してしまう程度の距離。逆にそれ以降は丸一日ほど人里のない区間を通るので、急ぎでもない限りは必ず逗留することになるのだ。
故に、モーガス商会の商隊は馬に無理をさせること無くゆっくりと進んでいた。
「モーガスさん、こんなに遅い速度で良いの?」
そんな商隊の中央、ガタゴトと揺れる一等上等な馬車の御者台に腰を下ろし、馬を手繰る優男の中年────モーガスは荷台から掛けられた声にまたか、と胸中で辟易した。
「シャノン様。確かにマール村まではすぐですし、その気になれば後小一時間で着きますがね。その先はしばらく人里がありません。どうしたって一度は足止めを食らうんです。であらば、馬の体力は温存させたいんですよ」
「そ、そういうもの…………?」
「そういうもの、です。────ラドック辺境領まで行きたいのは伺ってますがね。問題なく最速で行けて一週間と最初に申したでしょう?」
「わ、わかったよ…………」
肩越しに投げられた少し臆したような反応に、少し言い過ぎたか、と視線だけモーガスがやってみると、そこには旅装姿の少女がいた。
鳶色の長髪を結わえた少女だ。歳の頃なら十五前後。シミ一つ無い白い肌に、華奢な体躯。顔も整っており、素材だけならば上物────いや、それだけで上流階級の出だと分かった。
何しろ推定年齢はモーガスの娘よりは上だが、世情には疎く、ある意味で商人である彼の娘よりも世間知らずなのだ。この数日で何処の箱入りだ、と頭を抱えたことが何度もあった。
この少女────シャノンと出会ったのは数日前のことだ。アドの街へ辿り着く少し前に、街道で行倒れている所を拾ったのだ。無視しても良かったのだが、その時の彼女の格好が気にかかった。
白銀の軽鎧を身に着けていたからだ。普通の冒険者にしては不釣り合いなほど豪華で、それを身につけるような腕の立つ冒険者ならまず行倒れなどなるまい。そしてこの国において、白銀の鎧は即ち王国第一騎士団を示す。部隊を示す徽章こそ見当たらなかったが、不釣り合いなほど豪華な鎧、そして槍を手にして行倒れている少女となれば、どう考えてもそちら関係であることは明白だ。
(家名こそ明かしてないが…………シャノンという名前、そしてあの蒼い槍は…………多分、イルメルタ公爵家の御令嬢だろうな…………)
モーガス商会はそれほど大店ではないが、王国中を行商して回っているのだ。その情報量は大店にも劣らない────いや、速度と精度だけで言えば他の大店よりも優れていると自負している。
その情報が囁くにこの国最後の王族であるルミリア・エル・アルベスタイン付きの近衛騎士、魔槍の乙女────シャノン・イルメルタだと確信していた。
姫付きの近衛騎士との縁など、一介の商人が得られるはずもなく、いつもであればモーガスも否応なく助けただろう。
だが、今回に限って言えばかなり迷った。何しろ国内情勢が不安すぎるからだ。風の噂を聞くに、王都では既に宰相派が実権を握っており、ルミリア姫は全ての権力を取り上げられている。更には逐電したという情報も飛び交っており、ここに姫付きの近衛騎士であるシャノンがいるということは、即ちそういうことなのだろうというのは察せた。
(行政府に突き出す、という選択肢もあるのだがな…………)
実際、仲間の商人は既に宰相派にすり寄っている。確かに次の国政は宰相派が担うのだから、政情に左右される商人がそちらに阿るのは仕方のないことだ。
だが、人と同じことをしていても利が薄いのも事実。ましてモーガスは商人としては精々中流だ。此処から先、上を目指すのであれば危険を承知で生き馬の目を抜く必要がある。
その一手がシャノンを匿う、ということなのだが────。
「会頭! 盗賊です!!」
前方の馬車から襲撃の報を受け、やっぱりこの選択は間違いだったかも、とモーガスは頭を抱えた。
●
盗賊襲撃の報を受けて、シャノンはすぐさま馬車の外へ出て、その屋根に登って視界を確保することにした。
その心中は、酷く荒れていた。
(全く、ルミリア様が何処にいるかも分からないのに…………!!)
宰相派についた第一騎士団団長────シャノンの師匠でもあるリヒター・セントールの追撃を振り切ったシャノンとルミリアは、渓流の激流に揉まれて離れ離れになってしまっていた。波に飲まれて消えゆく直前、ルミリアの『ラドック辺境伯の元で合流しましょう!』との言葉を信じ、彼女を捜索しつつラドック辺境領へと足を向けていたのだ。
とは言え、シャノン自身は貴族────しかも公爵家の出身だ。遭難時のサバイバル技術など持っておらず、たちまち行倒れてしまった。そんな所をモーガス商会に拾われ、取り敢えず身に着けていた軽鎧を売り払うことで当座の資金を得た。ついでにラドック辺境領へ向かうというモーガスに乗っかって護衛を申し出たのだ。あわよくばその道中でルミリアと合流できれば良い、と考えていたのだが────。
(本当に…………何もかも、上手くいかないなぁ!!)
昔からそうだ。何が起こっても生き残る悪運はあるのだが、定運が無い。その象徴が彼女の手にした蒼い槍だ。
蒼の魔装器と言い伝えられ、デルガミリデ教団という怪しげな教団から王家に献上された魔槍バルトロメオ。これに関わった日から、彼女の人生は狂いっぱなしだ。だがそんな曰く付きであっても、戦う力に────ルミリアを守る力になるならと受け入れた。
馬車の屋根に登ってみれば、森の木々の隙間から矢が商隊に向かって射られていた。前方の馬車には既に盗賊が取り付いており、モーガスが雇った護衛の冒険者たちが奮戦している。後方も同じように盗賊が迫ってきている。挟まれた────いや、そういう作戦だったのだろう。どうやら盗賊側も秩序だって動いている。それなりの指揮官がいるとシャノンは見た。
ならば頭を潰せばどうにかなりそうだ、と思った所でとうとう商隊の中央に座するこの馬車にも矢が届き始めた。
「くっ…………!」
「シャノン様!!」
「伏せてて! ここはボクが受け持つ!!」
それを槍で切り払って、更に迫る矢の雨を目前にシャノンは手にした槍を構え。
「────反転…………!」
起動式を口にした直後、青い光が彼女の手にする魔槍から溢れ、ドーム状になって馬車を包んだ。そこに矢の雨が到達するが、一体どんな理力が働いたのかぴたりとその場に停止。刹那の間を置いてから、放たれた場所へと戻っていた。その鏃を、主へと向けて。
『ぎゃぁっ!?』
流石に放った矢が牙を向いて返ってくるという事態を想定しろという方が無理難題だったようで、盗賊達も浮足立った。
「なんで矢が!?」
「何かの魔術か!? だが、こっちも後にゃ退けねぇんだ…………斬り込むぞ!!」
だが戦意は未だ健在で、弓を捨てて今度は剣や斧を手に突撃してきた。
しめた、とシャノンは口の端を歪ませる。華奢な体をしている彼女ではあるが、セントール派を皆伝まで修めた一端の槍術士だ。遠距離でチマチマと迎撃するよりは、近距離で槍を振り回していた方が勝機を生み出しやすい。
手にした槍を振り払い、何人かの盗賊を叩きのめしてみれば相手の練度も見て取れた。シャノンから見ても対して訓練されていない三下だ。これならば問題ない。
後は暴れている最中に敵の親玉を探し出し、頭を潰せば戦意を挫ける筈だ────そう思った時であった。
「ぐっ!?」
背後でくぐもった声が聞こえ、振り返ってみればモーガスが盗賊の一人に背後から拘束されて、首筋に大振りのナイフを突きつけられていた。
「────その剣呑な武器を捨てな、嬢ちゃん。おい! テメェ等もだっ!!」
「流石親方! 作戦通りっすね!」
どうやら頭を狙うという策は相手も同じだったようで、しかも頭自ら狙いに行っていたらしい。確かに他の盗賊達とは毛色が違う。日に焼けた大柄な体躯に、いかな修羅場を潜ってきたのか隻眼であった。
「くっ…………これで満足か」
自らの雇い主を人質に取られてはどうしようもなかったようで、護衛の冒険者たちも次々武器を捨て、やがてシャノンも観念して槍を手放した。
「殺しゃしねぇよ。金目の物と、食料だけくれりゃぁ」
「────探鉱者、か」
その日に焼けた肌と、筋肉質な体躯を見てシャノンは察する。周囲を見渡せば、冒険者たちを拘束していく盗賊達もそうだ。武芸によって満遍なく鍛えた、と言うよりは肉体労働の中で局所的に、そして自然と鍛えられた身体つきをしていた。
「元、な。不甲斐ねー王族のせいで御飯の食い上げ、仕事しようにもこの不景気じゃどこも雇っちゃくれねぇ」
シャノンの呟きを拾って、親方と呼ばれた盗賊は皮肉げに鼻を鳴らした。
確かに、数年前の儀式失敗で職を失うものが増えた。魔石の採掘が出来なければ、彼らのようにあぶれて盗賊に身を窶す探鉱者がでてきても不思議ではないのだろう。
「だとして、こんな事をしても…………」
「こんな事をしてでも! …………俺はこいつらを食わせてかなきゃならねーんだ。先が見えてんのは俺達だって分かってるさ。それでも今を必死で生きてんだ。憐れみの目を、向けんな」
「…………」
おそらくは、この盗賊も本意ではないのだろう。命までは取らない辺り、その本心が透けて見える。ではそうさせたのは誰だ、とシャノンの脳裏に己の囁き声が聞こえ、彼女は俯く。直接ではないがシャノンとて潔白ではない。この国を傾けたのは王族────そして、それを支える貴族達だ。
貴族側の────その恩恵を受けて育ってきたシャノンには、何も言う権利はなかった。
そう。彼女に何も言う権利はないが────。
「それはそれとしてマリーちゃんキック!!」
「ぐぼっ!?」
親方と呼ばれた男の頭上から人影が降ってきて、その頭をストンピングしながらモーガスの襟首を引っ掴んで回収していった。
「な、なにもんだ!?」
「全く、美少女に武装解除させてくっ殺させるだなんて羨まし────んっんっ…………! けしからん連中ですわね! このロリコンどもめ!!」
シャノンが何も言えなかろうが────そんなこと知ったこっちゃない馬鹿は、突然やって来くるのだ。
上から。
●
美少女────もとい、襲撃を受けてた商隊を救い出すべく介入したマリアーネは、つい、と周囲を見渡す。
(ふぅむ…………事情はよく分かりませんが────私、女の子から注目されてますわ!)
もとい、シャノンの視線しか気にしていなかった。取り敢えず面倒そうな人質は回収したが、捕らえられた冒険者とか他の盗賊とか完全に眼中に入っていなかった。尚、救い出されたモーガスはマリアーネに雑にぺいっと捨てられ呆然としている。捨てられた理由は間違いなく美少女でないからだ。
この女、相変わらず自らの欲望に忠実である。
(ならば期待にお応えしましょう…………おっとと、そう言えばあの子達は自主封印中でしたっけ)
仕方ないですわね、とマリアーネは呟いてから収納魔術を展開してごそごそと中を探る。そして、そこから出したものは────。
「よいしょっと」
ごうん、と地面に置かれたのはハンマーであった。
「お、おい?」
頭を踏みつけられ、衝撃から復帰した盗賊の頭目が困惑しながら声を掛ける。さもありなん。柄の部分は輝く白銀で、頭の部分は朱く血の色をしていた。まぁそれならまだいい。ただ、その大きさがちょっと既存のそれとは異なるのだ。
元々探鉱者だったから、ハンマーなど盗賊達にとっては仕事道具だ。だからこそ分かる。なんだそれは、と突っ込んでしまう。
何しろ柄の部分が七メートル。頭の部分の面積が小屋サイズというトンチキな代物だ。そしてそれを苦も無く担ぐお前は何なのだ、と。
と、そこへ新たな闖入者がやってくる。遅れてやってきたジオグリフとレイターだ。
「先走り過ぎだよマリー。って、なにそれ。光になるやつ?」
「ピコピコハンマーとか久し振りに見たわ。叩いて被るか?」
「錬金術のちょっとした応用ですの。柄の部分にミスリル使って、魔術式刻んでいるので使用者はちょっと重めのハンマーぐらいの感覚ですけど────」
ひょい、と軽い動作でマリアーネがそれを無造作に地面に叩きつけると、ずどむ、と直下型地震もかくやと言わんばかりの振動と共に周囲の者達の臓腑を揺らした。
「頭の質量は、100tですわ」
『リアル100tハンマーかよ! 怖っわ!!』
ジオグリフとレイターその突っ込みに、盗賊達ばかりかシャノンやモーガス達もひえっとドン引きした。
何とこの馬鹿、何を思ったかギャグ仕様の100tハンマーではなくリアル仕様の100tハンマーを作ったらしい。
彼らの前世である地球を例えに出すなら、電車クラスの重量物が振り回されるのである。直撃すれば人体は肉塊にすらならず、潰れたトマトが如く赤い何かとなってぺしゃっと飛び散るであろうことは想像に難くない。
「あの子達を自主封印中なんですから、仕方ありませんわ。私、対多数用の攻撃ってあの子達以外にはコレしか無いんですの。文字通りの面制圧ですわね。さ、やりますわよー!!」
それをぶぉんぶぉんと振り回して気合を入れるマリアーネ。
「まぁ、盗賊相手に容赦はしないけどね。…………死ぬぜぇ、僕の姿を見た者はみんな死んじまうぞぉ!」
手にした光の鎌をぶぉんぶぉんと振り回してネタを口にするジオグリフ。
「あぁ、先生がまた言ってみたい台詞のtodoリスト埋めて悦に浸ってやがる。まぁ、ビームシザーズならそうなるよな。つーか揃って前衛でデカ物じゃねーか。じゃぁ、俺も乗っかって────それはまさに鉄塊だった、でどうよ?」
二人に乗っかって聖武典で身の丈を超える大剣を作り出してやっぱりぶぉんぶぉんと振り回すレイター。
それぞれに武器を振り回す度に起こる旋回風が盗賊達の肌を打ち、それはまるで、地獄の風のようであった。
さて、そんな三馬鹿を前にして盗賊達が取った行動が────。
『スンマセンでしたぁっ!!』
速やかなる土下座というのも、致し方ない話ではあった。
続きはまた来週。




