第十七話 ラステ伯爵家の受難 後編
一方、件の三馬鹿はと言うと、意外にも苦戦────と言うよりは、ベオステラルが想定外の行動に出ていて戸惑っていた。
「くはははははっ! 行けい! 我が眷属達よ! 忌々しいシリアスブレイカーズを討ち果たすのだ!!」
召喚術を用い、蝙蝠やスケルトンを召喚する吸血鬼と言えば如何にもそれっぽく分かりやすい行動ではあるのだが、召喚された眷属達の行動力が異常だ。
通常の魔獣よりも素早く力も強く、更には耐久もあって回復までする。挙句の果てに倒される直前、『是非もなし』とばかりに自爆してこちらを巻き込んでくるのである。先程から轟く音は、彼らの末期の逆撃であった。その覚悟ガンギマリ系眷属を前に、さしもの三馬鹿も物量に押し込まれて屋外へと場所を移すことにしたのだ。
自爆、誘爆、ご用心とばかりに距離を取りつつ三馬鹿は急いで作戦を練り直す。
「先生先生! ベー公のヤツ、この間の時となんか違うぞ!」
「眷属も何か妙に硬いですわ! それに再生が早くてすぐ回復されます! しかも自爆って何ですかこの特攻兵器!!」
「多分、夜だからだ! コレ本人が強くなっている訳じゃなくて────!」
そこまで言いかけて、ジオグリフははっとした表情をした後、収納魔術からロマネット大商会生産のサングラスを取り出しすちゃっと装着した。夜なのに。
そして厳かに二人に問う。
「月は出ているか?」
『は?』
「月は出ているかと聞いている!」
決まった、とばかりにサングラスをいそいそ外す馬鹿に、レイターとマリアーネは大きく息を吸って。
「先生それ言いたかっただけだろ! 思わず素で聞き返しちまったわ!!」
「こんな時にネタに走るんじゃねーですの!」
「言いたかったのは確かだけど! ネタにも走ったけど! 何なら言ってみたい台詞のtodoリスト一個埋まってちょっと嬉しいけど! アイツ魔力供給を受けているんだ! ────月から!!」
『な、なんだってー!?』
天を仰ぎ月を見る三馬鹿を嘲笑うかのように、暗がりからゆらりとベオステラルが現れて両手を掲げる。
「ふふふ…………くははは…………はぁーっはっはっはっはっは! オレ様────絶・好・調である!!」
『コイツ元ネタ知らないのに危険な台詞を!?』
「やはり夜は良い。特に満月の夜は力が満ち溢れる…………!!」
不遜な台詞回しに対して三馬鹿は恐れ慄くが、本当に絶好調なのかベオステラルの身体からは可視化される程に濃密な魔力の粒子が立ち昇っていた。
「やっぱり、月から魔力供給を受けているようだね…………」
「そんなことができんのか? 先生」
「一言に魔力と言っても属性に関わる『質』があってね。月光は確かにその領分なんだ。詳しく説明すると長くなるから割愛するけど、状況的にはカードゲームで言うフィールド効果ってヤツだよ。人間は強弱をあまり受けない代わりに恩恵もないんだけど…………」
「成程、亜人種族は影響をモロに受ける代わりに条件が整うと強くなるという寸法ですわね。厄介な…………」
「ふーん、吸血鬼って亜人なのか?」
「定義的には多分。大昔は獣人やエルフやドワーフも一括りに魔族扱いされてたみたいだけど、今、魔族と言うと昔で言う純魔族に該当するから、そこに当たらない吸血鬼は亜人じゃないかな?」
「ふんっ。そのような区分など所詮は魔族や人間が勝手に決めたもの。オレ様は────真祖の吸血鬼ぞ!!」
その言葉とともに再び眷属達が動き出し、レイターが右腕の聖武典を刀へと変化させる。
「ちっ。しゃぁねぇなぁ────本体は俺が受け持つ! 先生! 姫! 援護と詰めは任せた!!」
それだけ残して前へ出たレイターは、そのまま眷属達を斬り伏せつつベオステラルへ向かって前進を始めた。
「マリー。時間が欲しい。レイの援護をしつつ、ちょっと僕を守ってて」
「よろしくてよ。百鬼夜行」
それを見送って、指示を出されたマリーはいつものように影の獣軍団を召喚。一部を周辺へ展開しつつ護衛とし、残りをレイターの援護に回した。能力的には圧倒的に影の獣が上なのであるが、自爆に加えて月の光から魔力供給を受けているせいかほぼ無尽蔵にベオステラルが増産するので一進一退だ。
「で、何か当てはありますの?」
「まぁね。正直、もういい加減ストックが心許なくなってきたから大規模なのは使いたくないんだけどなぁ…………。ラストアタックは二人に任せたよ」
既にジオグリフは策を立てていた。まぁご丁寧にカラクリを教えてもらったのだ。ならば後はそれを封じればいいだけなのだから、作業自体は難しくない。ただ、それを実現するのに必要な魔術式を消費するので、先のハーヴェスタ決戦で枯渇しつつあったストックが更に減ることになるのが憂鬱なのであった。
と、そこへ。
「ジオ!」
「おっと、君達も来てくれたか」
三人娘とダコダ、それからラステ伯爵直属の兵士達が背後から現れた。どうやら一連の自爆の音で異常を感じて救援に来てくれたようだ。
しかし、既に決着までの道のりは見えている。それよりも懸念すべき事案が他にあったのだ。ベオステラルが本気、というか絶好調になった辺りで、他の手勢────ストガン達が姿を消した。おそらくは、この混乱に乗じて目的を果たしに行ったであろうことは想像に難くない。
「悪いけど、こっちは任せてくれて良い。それより、他の盗賊連中が火事場泥棒しに行ったからそっちをお願い。目的はラステ伯爵家の家宝だって。ダコダさん、案内してあげて」
「月光の真珠でございますか!? かしこまりました! お三方! こちらでございます!!」
「分かったわ! カズハ! リリティア! 行くわよ!」
「ご武運を!」
「あ、ちょっ! あたしはお姉様と───」
約一名、私情を優先しようとしたが。
「リリティア」
「はいっ」
「ちゃんと出来たらご褒美を考えてあげますわ」
「────何をしているお前ら! 行くぞ!!」
それをマリアーネに上手く転がされて意気揚々と先導を切り始めた。
「操縦が上手くなってきたねぇ…………」
「考えるだけですわ。してあげるとは言ってません」
「いつか刺されるよ、君」
扇子を口元に当てて嘯くマリアーネに、その内本当に悲しみの向こう側へ行きそうだなコイツ、と悪友の将来を心配するジオグリフであった。
まぁ、それはともあれ。
「重複────解凍」
「霧…………? あぁ、成程」
ジオグリフが魔術式を解凍し、周囲に霧が立ち込め始める。それで何をしようとしているかマリアーネは大凡察した。
「さて、じゃぁそろそろ────」
そして。
「────茶番は終わりだ」
魔王の口元が、三日月のように歪んだ。
●
ドカンドカンとやかましい轟音を背景に、邸宅の裏口から黒装束の一団が音を立てないようにこっそりと出てきた。
「ちょっと予定は変わったが、旦那のお陰でやりやすくなったな」
その中の一人────ストガンが手にした首飾りを弄びながら口元を綻ばせた。
ベオステラルが乱入者である三馬鹿を相手に大立ち回りを始めた辺りで、ストガンは即座に作戦を変更した。おそらくは伯爵に雇われた冒険者であることは察したので、こちらの事情は既に知られていると考えたのだ。折しもベオステラルが派手に立ち回ってくれているので、この混乱に乗じて盗みに入った。
宝物庫に向かってみれば護衛も居らず、当初の予定よりも楽に仕事を終えたのだ。
「さっさとずらかりましょう。親分、こっちですぜ」
「ああ。旦那にゃ悪いが、これも渡世の習いってな」
部下に誘導されて、後はベオステラルを見捨てつつ撤退しようとした時であった。
「山百合の檻」
「いってぇっ!?」
「な、何だ? 急に進めなく…………!」
少女の声が響いたかと思うと、棘付きの見えない壁に阻まれて盗賊団は浮足立った。
「障壁────いや、結界か!? げふっ!?」
「逃さないわよ」
その混乱に付け入るように何処からか魔力光が奔って次々に盗賊達を撃ち抜いていく。
「何だてめぇ等! 姿を見せろ!!」
たまらずストガンが叫ぶと、ざぁ、と風が吹いて笑い声が木霊する。その声はとても────。
「ふ、ふふふ…………やっと聞いてくれたわね? ならば答えてあげましょう!!」
浮かれていた。ウッキウキであった。超嬉しそうであった。
そしてわざわざ照明魔術を駆使して、彼女達は現れる。
「夜天の王に寄り添う月の光。我が名はラティア。ラティア・ファ・スウィン!」
「え、えっと…………き、狐獣人の結界術士、カズハ…………!」
「デート…………デート…………お姉様とデート…………」
約一名、棘付きメイスを片手に違う意味で浮かれている聖女がいたが。
「もうっ。協調性の無い娘ねぇ…………そして当代最強にして最凶の暴走聖女、リリティア・ハーバード!」
仕方無しにラティアがリリティアの紹介を代役して、名乗りを上げる。
『我ら、シリアスブレイカーズ!』
「貴様らの首が、デートの引換券…………!!」
直後、やっぱり一人合わせない暴走聖女が、空気を読まずに逃げ場を失った盗賊へ向かって突撃した。
『ひぃっ!?』
ごしゃり、ぐしゃりと肉を打つ音が夜空に響き、後で回復術式を掛けてやるとは言え中々お見せできないスプラッタシーンを背景に、ラティアがぴょんぴょんと飛び跳ねながらはしゃぐ。
「一度やってみたかったのよね! 名乗り口上! でもやっぱりジオに比べて設定の練り込みと合わせが甘いわ! またカッコいいの考えて練習しないと…………!」
「あの、ラティア様…………。これ、普通に恥ずかしいです…………!」
「デェェェェートォ────ッ!!」
この三人娘、三馬鹿に影響されてまとまりのない連中になったのかもしれない。
尚、遅れてやってきたダコダと兵士達はこの光景を見て、あまりの惨劇にしばらく食事が喉を通らなかったという。
●
月光による魔力供給という恩恵は、吸血鬼や狼獣人と言った夜に因んだ種族が受けることが多い。
とりわけ吸血鬼はその恩恵量が桁外れで、これがあるのと無いのとでは種族が異なるのではと錯覚する程に強さに差が出る。何しろ、吸血鬼というのは基本的に燃費が悪い存在だ。埒外の強さと不死性を兼ね備えた人外であるが為に、そこに割くべき魔力リソースが高すぎるのだ。故に、通常の吸血鬼は月光を浴びれない時は無駄遣いしないように寝ていたり、人や亜人の血を介して魔力を補給するのである。
ベオステラルは何故かそれをトマトで代用して昼間も活動しているが、それはそれとして彼もまた吸血鬼。故に月光に含まれる魔力によって、月夜だけの時間制限付きとは言え無尽蔵の供給を受けることができるのだ。
その恩恵は凄まじく、本来は遥か格上であるはずのマリアーネの影の獣達と互角に渡り合えるほどに眷属達を超強化し、彼自身も魔力によるブーストで行使する魔術の威力や身体能力が桁外れに上がっている。
とは言え、である。
「よっ。ほっ。とっ」
それを相手に、レイターは特に気負いなく回避行動を取っていた。
「えぇぃ、貴様! ちょこまかと小賢しい!!」
自らの血液を使って剣を生み出したベオステラルは、単身乗り込んできたレイターに敬意を表し一騎打ちに応じていた。だが、いくら血剣を振り回してもレイターには掠りもしなかった。当然その身体能力は魔力で強化されているので、その繰り出される斬撃の剣速は尋常ではなく、並の剣士であれば一合保たずに斬られていたであろう。
だが彼が相手にしているのは前世を持ち、そして格ゲーで鍛えられたケモナーである。
いくら速度があろうと、人の形をしているのだ。可動域はどうあっても限定され、故にこそ行動の《《起こり》》を消すのは熟練の戦士でも難しい。ただスペック頼りに振り回される剣など、どれほど切れ味があった所で読み切ってしまえば意味がない。
魔力によって身体能力が強化されているのはレイターも同じで、更に彼は特に対人戦の際、身体よりも視神経に振っていることが多い。つまり、反射神経を引き上げて超反応を可能としているのだ。
早い話、小足見てから昇竜余裕、をリアルで体現しているのである。
「はん。身体能力が上がっても、大した技術は持ってねーな、お前」
「何ぃっ!?────ごぼっ!?」
「回復力は馬鹿みたいだが、痛みはある、と。これなら聖武典いらねーや」
振り回される血剣を掻い潜り、左拳で肝臓を打つ。ベオステラルの身体がくの字に曲がり、レイターは確信した。格ゲーで例えれば、強キャラ使う初心者のようなものだと。まぁ体力は実質無制限なのでチートレベルだが、仕上げはジオグリフ達に任せてある。レイター自身は時間稼ぎさえできれば良い。
ならば、とレイターは身体強化を最大まで引き上げてベオステラルの懐へと飛び込む。そしてたたら踏んでいるベオステラルの左腕を掴んで背後に回り込み────。
「覆面ジャガーが編み出した投げコンボを見せてやるよ…………!!」
そのままコブラクラッチ、コブラツイスト、垂直落下式リバースDDT、リバースゴリースペシャルボム、キャノンボールバスター、マンハッタンドロップ、ドクターボム、マッスルバスターと次々に叩き込んだ。更には聖武典をマイクのモックに変えてあらぬ方向を指差して勝利ポーズをする辺り、再現に余念がない。
「ぐべっ!? き、貴様! 高貴なる真祖たるオレ様を投げて甚振りおって…………良心が痛まないのか!?」
「なんだろうな、この小物感…………」
「ふ、ふん! しかしこの程度! 今宵の月がある限り、無限に再生を……………む? 治りが遅くなった?」
それだけ投げ技を叩き込んでもしゅうしゅうと煙を立ち昇らせて回復していくベオステラルに、レイターはげんなりしながらも突っ込みを入れるが、不意に周囲が暗くなったことに気づく。
「つ、月が!?」
「あー、先生か。成程、水蒸気で雲を作ったんだな。道理で蒸すと思ったぜ」
はっと空を見上げれば、いつの間にか暗雲が立ち込めており月の光が届かなくなっていた。
原因はジオグリフである。水魔術と炎魔術、そして風魔術の複合で水蒸気を生み出して操作。積層雲を作り出して月を翳らせたのである。前述したがベオステラルの魔力供給はあくまで《《月光》》に依存しているのであって、夜そのものではない。ならば、彼の身体に届く月光を制限すれば自ずと弱体化するのである。
「て、天候を操作したというのか!? おのれシリアスブレイカーズ! 猪口才な真似を!!」
「今日日、猪口才なんざ聞かねーよ」
優位に立つための前提が崩されて慌てた様子のベオステラルに、レイターは突っ込みを入れつつ台詞回しが一々悪の幹部っぽくて憎めねーなコイツと苦笑した。
「レーイ! ほらパス! パスですわ!!」
と、そこへマリアーネが呼びかける。視線をやれば、空を指して叫んでいる。
「ん? あー、成程…………はいよー」
それだけで何をしようとしているか察したレイターが聖武典に魔力を通し、再び変化させる。────金属バットへと。
「じゃぁ、バッター大きく振りかぶって────」
「なぁっ…………!?」
そして魔力で身体強化を全開。残像すら生み出す速度でベオステラルに接敵すると。
「カッキーン!!」
「ぬぐわぁっ!?」
一本足打法で空高く打ち上げた。
「ダウンロード! 私in…………!」
そして宙を舞うベオステラルを確認したマリアーネが詠唱する。
「グラシャラボラス!!」
起動式とともに、影の犬がマリアーネに憑依合一。犬耳と尻尾を生やしチャイナコスへと変化したマリアーネは助走を付けて呼び出していた鰐の影の獣を足場に高く飛び上がり。
「ホワタァッ! ですわ!!」
「ぎぃにゃぁあああ!!」
無防備なベオステラルに飛び蹴りを叩き込んで吹き飛ばした。暗雲を突き破ってすっ飛んでいき、豆粒になってやがて完全に見えなくなった。
「おー。練習の成果が出たな。にしても酷ぇ衝突事故を見たぜ。ミンチよりはマシだけどよ」
「魔力供給無くても妙にしぶといから吹き飛ばして退場させた方が楽って言ったらマリーが張り切ったんだけど…………うーん、見事にどっかで見たことあるような飛び蹴り」
「愛に生き、愛に殉ず…………ですわ」
三馬鹿がそれぞれに感想を零し、そして背後を振り返った。
「さてと…………だ」
「どうしてくれよう、この始末」
そこに広がるのは、見るも無惨な戦闘結果である。ベオステラルの呼び出した眷属達による自爆によって庭は穴だらけになり、邸宅も一部破壊されている。全壊とまでは言わないが屋敷が四分の一程度は吹き飛んでおり、その部分だけは廃屋と呼んでも差し支えのない痛み具合になっていた。
「ぜ、全部盗賊のせいにしておきましょう」
尚、ラステ伯爵に説明する際、責任転嫁と言い逃れしようとして途中で居た堪れなくなり、結局修繕を買って出る羽目になるが────それはまた、別の話。
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そして、その翌日のことである。
「おい新入り! さっさと仕込みを終わらせろ!」
「お、おのれこのオレ様を誰だと…………!」
ベオステラルはフォミュラ青空食堂で食材の仕込みを手伝わされていた。
「お前が壊した屋台の修繕費稼ぐまではタダ働きだからな! 泣いている暇なんて無いぞ!」
「ぐ、ぐぬぅ…………こ、これは玉ねぎが目に染みているのだ! 決して我が境遇を嘆いているのではない!!」
そう、三馬鹿に敗北し、空高く吹き飛ばされたベオステラルはフォミュラ青空食堂の隊列に頭から落着。月の光のお陰で死にはしなかったが、屋台を壊された怒れる従業員たちに取り囲まれて弁済を要求された。
当然、身銭がなくて盗賊に協力していた彼にそんな支払い能力などあるはずもなく、こうして身体で返済することになったのである。
「どうでもいいから早くしろ! ほらお客様が来るぞ!! それと昼のまかないは焼きチーズトマトで良いんだな!?」
「ハイ喜んで! ────おのれシリアスブレイカーズ…………! 許さん! 許さんぞ…………!!」
三馬鹿への恨み言を唱えながら、ベオステラルは意外に器用な手つきで包丁の速度を上げていった。
次回から新章が始まります。




