表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/102

第十六話 ラステ伯爵家の受難 中編

「ふん…………」


 ラステ伯爵邸の一室で、夜空に浮かぶ満月を眺めながらワイングラスを傾ける一人の男が、ワインを飲み干して鼻を鳴らした。


 アッシュブロンドの髪を後ろに撫でつけた、妙に陰気かつ病的な生っちょろい肌の男────ベオステラル・ゲアハルトである。いつもの旅装ではなく、今回は貴族に見えるよう妙にめかし込んだ格好をしていた。


 真祖の力を取り戻すという目的はあるものの、特に宛もなく放浪していた彼は、気がつけばここラステ伯爵領に流れてきた。その際、とある盗賊団に声を掛けられたのである。曰く、『貴族の真似をしてくれないか』との事であった。常ならば断るところだが、路銀が心許なくなってきたのと、稼ぐにしても当てがなかったのでこれを受諾。放蕩貴族の三男坊を装って、ラステ伯爵邸に居座ることになった。


(しかし、ジオグリフ・トライアードか…………はて、少し前に何処かで聞いたような…………?)


 喉元まで出かかっている気がするのだが、ベオステラルがその名前の真実に辿り着く前に横合いから声を掛けられた。鷲鼻の小男だ。あまり人の名前を覚えないベオステラルが記憶を探ると、ストガンという名前に行き合った。


「旦那のお陰で上手くいきそうです。どうです? このままあっしらと一緒に…………」

「断る。路銀が尽きたので協力しているだけだ。金を貰ったら再び旅に戻る。オレ様には真祖の力を取り戻すという崇高なる目的があるのだ。このような所で油を売っている暇はない」

「へ、へぇ…………」


 揉み手でおべっか使ってくるストガンにベオステラルはにべもなく言い放った。そもそも、ストガンとの出会いもそれほど穏やかなものではなかったのだ。腹が減ったので山の獣を狩っていた際、獲物が被ってベオステラルが一蹴したというのが実情だ。


 故に、互いの力関係はその時に叩き込んでおり、利用し利用される関係を結んだのだ。


「只今戻りました」

「おう、どうだった?」


 しばらく月見酒を嗜んでいると、ストガンの部下────表向きはジオグリフ・トライアードの家臣や下男に扮している────が数名部屋に入ってきた。


「時間は掛かりましたが、確認しました。有りましたぜ────月下の真珠」

「警護と配置は?」

「情報通り────ではなく、少し薄いですね。まぁ、我々が懐に入って通常勤務ではなくなったのでしょう」

「よし、状況は整ったな。後は盗み出すだけだ」


 この盗賊団の目的は月下の真珠と呼ばれる首飾りである。


 元は皇室に保管されていた宝であるが、数代前のラステ伯爵が武功を上げた際、時の皇帝から下賜された宝だ。ただ美しいだけの宝石ではなく、魔道具の類で身に着けた者を守る能力が複数付与されており、その希少性から金貨5万枚は下らないとされている。


 この盗賊団は裏稼業の情報屋から月下の真珠の情報と安置場所、ラステ伯爵邸の警護配置まで手に入れていた。あとは実地の確認が済めば実行に移すつもりだったが、ここで一つ問題が出た。伯爵邸の警備が思いの外厳重だったのだ。どうも皇帝から下賜された宝故にラステ家の家宝とし、常に警護を置いているらしい。そこで丁度ベオステラルに出会ったストガンは一計を案じ、貴族を装って内部に居座り情報の確度を調査することにしたのである。


 トライアード辺境領との距離を考えると騙せるのは三日が限度。その間に調査と盗みを終えるつもりであった。そして今、計画の半分は終えたのだ。


「しかし高く売り捌けるとは言え、所詮はただの宝だろう。何故このような面倒なことして盗むのだ? 正面からは流石に無策としても、他にやりようはあるだろう?」


 そんな計算を元に動いているストガンではあるが、一介の放浪吸血鬼にとっては煩雑なことしているとしか見えなかったようで、そんなことを口にした。


「ちっちっち。旦那、押し込みなんざ下の下ですぜ。そいつぁ、食い詰めモンの半端者がやる仕事。あっしらのような専業はね、血を流さないのが流儀ってもんでさぁ」

「ふぅむ…………何だか分からんが、その矜持は買ってやろう」

「実行は今夜、家人が寝静まってからです。折角貴族騙って懐に潜り込んだことですし、まずは美味い飯でも楽しむとしましょうや。旦那の好きな野菜が特産品ですし、きっと気に入ると思いやすぜ」

「何? トマトは? トマトはあるんだろうな?」

「はい、間違いなく」

「くふふ…………ふははは…………はぁーはっはっはっは! 良かろう良かろう! たまにはこうした知恵を使った悪事も悪くはないな!」


 好物(トマト)が饗されると聞き、途端に機嫌を良くしたベオステラルが高らかに笑った時であった。


「そこまでだっ!」


 謎の声が部屋に響き渡る。


「何奴!?」


 ベオステラルが部屋の天窓に視線を向けると、三つの影があった。


「夜空の星が輝く陰で、(ワル)の笑いが木霊する…………!」

「国から国へ泣く人の涙背負って理不尽(シリアス)の始末!」


 とうっ、と最後の天窓(ガラス)をぶち破って部屋に乱入してきた三つの影が各々にポーズを取って叫ぶ。


『我らシリアスブレイカーズ! お呼びとあらば即、参上!!』


 室内なのに相変わらず背景を爆発させ────三馬鹿が現れた。


「き、貴様ら! シリアスブレイカーズ!? えぇい呼んどらんわ! それとわざわざ爆発するな! しかも室内で! 色々壊れたぞ!? 人様の家で迷惑だろう!?」

「よぉ、ベー公。この間は普通に働いてたかと思えばまーた悪さか?」

「ベ・オ・ス・テ・ラ・ルだ! いい加減、人の名前ぐらいキチンと覚えんか! 無礼な山猿め!」

「貴方だってそうじゃありませんの?」

「ふん! 貴様らに名乗られた覚えなど無いわ!!」


 突っ込み体質の吸血鬼が水を得た魚のように輝き出し、三馬鹿は服についた硝子の破片と埃を払って両手を打った。そう言えば、満足に自己紹介もしていなかったと。


「そりゃ確かにそうか。じゃぁ、改めて名乗るかい?」

「先生先生! じゃぁ俺、やってみたいネタがある!」

「じゃぁそれぞれにやってみましょうよ」


 馬鹿共がネタが被らないようにと額を突き合わせて軽く打ち合わせした後、やおら各々に叫ぶ。


「天が呼ぶ、地が呼ぶ、獣が呼ぶ…………! 悪を倒せと俺を呼ぶ…………! 聞け! 密猟者共! 俺は正義のケモナー! レイター!!」

「愛と正義の変身系魔法美少女戦士、マリアーネ・ロマネット! 丁度夜ですし────月に代わってお仕置きですわよ!!」

「トライアード辺境伯、ラドグリフ・トライアードの三男、ジオグリフ・トライアード! 闇の支配からこの世を守れとの命により、ここに正義の鉄槌を下す!」


 その名乗りに、ストガンが訝しげな表情をジオグリフへ向けた。


「ジオグリフ・トライアード…………?まさか、本物か…………!?」

「そうだよ。よくも人の名前を騙ってくれたね。ちょっとお仕置きはキツめにするから、覚悟するように」


 尚、やりたい放題の馬鹿三人を眺めて、ふとベオステラルは疑問に思った。


「────何故、貴様らは毎度毎度そんな妙ちきりんな台詞を叫ぶのだ?」

『伝統と様式美』


 誤解が無いように枕詞にオタクの、という但し書きが付くことをここに明記しておく。余談だが、方向性が違うのはそれぞれの趣味故である。


「ぬぅ…………何故だか分からんが凄まじいまでの説得力だ…………! 確かに伝統や様式美は大事だな…………!!」

「旦那?」


 しかしその回答に妙な感銘を受けたベオステラルはうんうんと頷き────。


「ならば我も改めて名乗ってやろう!」

「旦那ぁ!?」


 自らも乗っかることにした。ノリの良い真祖である。


「闇満る所に我は在り、影深き場所に我は潜む。太陽の咎人にして月の落し子。我が名は────!」


 ばっと両手を広げてくぃっと自らを掻き抱くようなポーズを取った後、彼は名乗る。


「我が名はベオステラル…………! 真祖なる吸血鬼、ベオステラル・ゲアハルト! この闇を恐れぬのなら、かかってくるが良い!!」


 何やってんだこの旦那、と唖然とするストガンとその部下たちではあるが────。


「くっ…………! 悪の親玉っぽくてちょっとカッコいいじゃねぇーか!!」

「少し見直しましたわ。しかも私達のような元ネタも無しにこのノリについて来れるなんて…………!」

「これはまた…………意外と強敵かも知れないね…………!」


 三馬鹿には謎のダメージが入っていた。類は馬鹿を呼ぶのかもしれない。


「ふははは! 恐れ慄いたか! シリアスブレイカーズ! 良いか? オレ様はな────」

「長くなりそうなので解凍(デコード)

「ぎにゃぁぁああっ!?」


 何となく意味もない講釈が始まりそうだったのでジオグリフが先制攻撃で風魔術を叩き込めば、周囲の家具を巻き込んでベオステラルが壁へ叩きつけられた。


「やったか!?」

「ですの!?」

「あっ、ダメだよ二人共」


 いらないこと(フラグ)をレイターとマリアーネが口にし、そしてそれは現実となった。


「き、貴様ァ! 人の台詞の最中に攻撃とは卑怯千万! 見損なったぞシリアスブレイカーズ!」

「ほらぁ、君等が変なこと言うからぁ…………」

『いやぁ、つい。言わないといけないかなって…………』


 家具に埋もれていた真祖の吸血鬼は世界の修正力(フラグ)かはたまた本人のタフネスか、元気に起き上がって文句を言ってきた。


「ぐぬぬぬ…………しかしゴングが鳴ったというのなら最早手加減はせん…………! 夜の吸血鬼の恐ろしさ、とくと味わわせてやる…………!!」


 そしてベオステラルの紫だった瞳が、朱く妖しく輝いた。




 ●




 邸宅の庭先で、ラステ伯爵を筆頭にその家族や使用人達が集まっていた。


 ジオグリフ・トライアードの偽物という報を受けたラステ伯爵は、それを捕らえようとしたが、自宅が戦場になる可能性と身内への被害を考慮して一旦退避することにしたのだ。尚、偽物の捕縛を三馬鹿────と言うよりはジオグリフ────が買って出て、三人娘はラステ伯爵一行の警護と誘導に当たった。


 避難と人員の点呼が終わった辺りで、どかんと邸宅の一角、丁度偽物達に貸していた部屋から轟音が響いたのを皆が聞いた。


「む。始まったようだな。しかし、彼等が偽物だったとは…………」

「大丈夫よ、伯爵様。あの三人が行ったし、負けることはまず無い────」


 警戒をあらわにする壮年の男性────ラステ伯爵に対して、ラティアが安心させるように声を掛けた時だった。


『どわわわわぁっ!!』


 立て続けに響く轟音に混じって聞き慣れた三馬鹿の慌てた声が聞こえ、三人娘は顔を見合わせた。


『…………あっれー?』


 どうやら、話はそう簡単にはいかないようである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>夜の吸血鬼の恐ろしさ、とくと味合うがいい…………!!  味を堪能するのは、味わう。  味合わせだと暖簾分けする弟子とかチェーン店だとかで、同じ味になるように調節する事なんですよね。  だから味合わ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ