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第十話 フォーティチュードは諦めない⑧ ~本馬場入場~

 ビックス・ラード子爵は領地を持たない法衣貴族である。


 帝国法に照らし合わせれば男爵以上は世襲可能なので、彼の先祖が武勲を立てて領地を貰い貴族になった。だが、四代ほど前に帝国内乱に関わり、主犯ではなかった為にどうにかお家取り潰しは避けれたものの領地は召し上げされて恩給だけで暮らす法衣貴族となった。


 前述したが、この法衣貴族という制度は名前だけの貴族である。


 自前の領地がないというある意味無責任で気楽な立場ではあるが、その分収入の天井は決まっていて、増やそうと思ってもそうそう手段がない。


 時には貴族の矜持をかなぐり捨てて平民の商人のように自らの才覚で稼ぐ者も現れるのだが、名ばかりであっても貴族という立場に固執するタイプはそんな平民みたいに汗水垂らして働くのを拒否する。とは言え、貴族としての面子を気にするということは体裁だけでも貴族として整えねばならず、その体裁すら恩給だけでは賄えない。


 当然、彼等も仕事をすることになる。


 小人閑居して不善をなす――――等という言葉から学んだかのように、皇室側もともすれば不穏分子になりかねない法衣貴族たちを体よく管理するために役目を与えていた。


 その一つが帝国行政監督官という役割だ。


 役割は世襲すること無く、代替わりと同時にまた別の役目を振られるので、それを考えるとビックスは何とも美味しい立場についたと襲名した時にほくそ笑んだ。


 何しろこの帝国行政監督官。皇帝の目ということで結構な実権を持たされており、彼等の一声で取り潰される家が出てしまうほどだ。無論、証拠を集めたり反証をしたりと実際には煩雑な手続きや準備は必要だが、不法行為に身に覚えのある貴族にとっては目の上のたんこぶそのものである。


 であるならば、賄賂や接待をして目溢しをしてもらう――――という行動に出てもおかしくない。


 それが常態化すると人間は勘違いするのだ。帝国行政監督官は領地持ちの貴族よりも上なのだと。


 無論、実際には領地持ち貴族たちは帝国行政監督官を恐れているのではなく、その背後の皇帝を恐れているのだが――――不実な彼等に取っては事実こそが全てであり本質などどうでもいいのだ。結果的に自分達が美味しい思いをしていれば良い、というのがこの役目に就いて甘い汁を覚えた法衣貴族達の総意である。


 中には真面目にお役目を全うする者もいるのだが、ビックスは甘い汁を覚えた側だ。


 そしてこのトライアードへ来てからの四年、その汁を吸い続けている。着任してからしばらくはあまりに健全過ぎる領地運営に辟易としたものだが、ベルチューレに目をつけてからは上手くやれることに気づいたのだ。資金洗浄の手間はあるものの、賭博結果をある程度制御できるのだから儲からないはずがない。


 後一年で監督領地の組み換えがある。それまでは儲け続けるつもりだし、何なら手勢はこの地に根付かせ、その上前をはねるつもりだ。


「初めまして、ラード監督官」

「おや、君は………」


 周年レースを観戦すべくVIP席で寛いでいると、横合いから声を掛けられた。視線を向けると、成人した程度の年頃の少年だった。


「僕はジオグリフ・トライアードと申します。トライアード家の三男坊ですよ」

「ほう、噂の麒麟児か。君の考案した競馬、楽しませてもらっているよ」


 少年――――ジオグリフの名乗りを受けて、ビックスは手を打つ。


「それは良かった。万人が楽しめる趣味になれば良い、と思ってましたのでね。今日はラード子爵がお越しなっていると聞いて実況解説の仕事の前にご挨拶に、と」


 下手に出てくる辺境伯の三男坊にビックスは気を良くして鷹揚に頷いた。


 どうせごますりか何かだろう、とは思うが無体に追い払うのは得策ではない。ただの縁者ならともあれ、今や帝国中に名を知られているシリアスブレイカーズのリーダーだ。直近の戦争でも大いに活躍したと聞いた。ここでコネクションを得れば、昇爵や領地の拝領も夢ではないと考えたのだ。


「ふふん?殊勝なことだ。そうだ、君。三男坊とならば継承権が遠かろう?良ければ私の娘の婿にならんかね?」

「ラード子爵家の?」

「既にトライアードの次期当主は決まったと聞いている。確かに家格は落ちるが、君はこのままだとずっと冒険者だろう?いずれ家名を失うぐらいなら、我がラード家に入ったほうが良い」


 貴族の次男以降――――即ち嫡子以外というのは将来が暗い。女性であれば政略結婚という札を持つので、良し悪しは別にしても身分の保証はある程度されているのだが、男の場合は長男のスペアという役割を与えられ、長男に子供が出来ると放逐されるのが一般的だ。


 無論、それまでに手に職を持ったり家格次第では別の家の婿養子になったり、家族仲が良ければ実家の中で役割を与えられるのだが、おおよそが平民落ちという状況になる。


 未だ貴族の家名を名乗りつつ冒険者をしている、というジオグリフの現状にまだ貴族に未練があると思ったビックスであるが――――。


「遠慮しておきますよ。―――いくら僕が享楽的に生きているからと言って、わざわざ泥舟に乗る理由はないですからね」

「何?」


 否である。


 面倒な虫が寄り付かないようにとラドグリフが名乗るのを許可していて、ジオグリフもその後ろ盾がある方が都合がいいからと乗っかっているだけだ。そもそも貴族自体――――引いては政治が面倒臭いから冒険者をやることにしたのに、何故再びその立場に戻らねばならないのか、というのが彼の所感だ。


 その上、これから処そうとする相手に婿入するはずもない。


「予言しましょう。―――競馬と人生に絶対はない。この言葉を、貴方はレース後に胸に刻むことになりますよ」


 極めて晴れやかな笑顔でそう告げるジオグリフを、シリアスブレイカーズ一行の面々が見たのならドン引きするか苦笑いしたことだろう。




 ●




「さぁて、そろそろ投票締切だぞ。どれに賭ける気だ?お嬢さん」


 賭場の最上階のVIP席――――マカヤナ競馬場を一望できる場所で、マリアーネはニッドに決断を迫られていた。


 部屋中央のテーブルに積まれた金貨4万枚。マリアーネとニッドがそれぞれ拠出した金貨の総額だ。日本円にして40億。それを奪い合う賭博に乗った彼女を圧迫するように、周囲には警備と称した敵が配置されている。


 完全な敵地(アウェー)。しかし。


「リリティア」

「は、はい。お姉様」


 扇子で口元を隠し、マリアーネは怯えるでもなく竦むでもなく静かに、そして厳かにリリティアに指示を下す。受けるリリティアの方が緊張しているぐらいだ。


 いや、彼女の緊張はその場に関してではない。マリアーネの異常にだ。


 リリティアの知るマリアーネという少女は、感情豊かである。基本的にゲラゲラ笑っているし、喜怒哀楽がはっきりしている。くるくる回る万華鏡のような表情がリリティアにとって飽きない刺激になっているのだが――――その話はまた別にして、賭場を訪れる直前からマリアーネの表情はずっと能面のように感情が抜け落ちていた。


 そばにいるだけでピリ付いた雰囲気に呑まれそうになる。横目で盗み見るだけで、ゾッとするほどに冷たい綺麗な顔に臓腑を握られている錯覚を覚えるほどだ。


 冷厳、という言葉が擬人化したかのようなマリアーネに対しリリティアは――――。


(そんな冷たいお姉様も(しゅ)きぃ…………!)


 ぞくぞくしながらそんな事を胸中で宣っていた。この女も大概である。


 そんな胸中はともかく、彼女の身体はマリアーネの指示に忠実に従っていた。賭博の方法は特に難しいものではない。壁に掛けられたボードに出馬表が書かれており、投票する馬の欄に針で着けるバラシールを添えるだけ。


 そしてリリティアが刺した欄は――――。


「は………?」


 ――――七枠十五番、フォーティチュード。


「はっはっはっはっは!こりゃいい!自信満々に大金持ってくるからどんな馬で来るかと思えばブービーかよ!」


 その事実にニッドや周囲の警護の者たちも一瞬だけ呆けて、現状を認識すると爆笑した。


「おい嬢ちゃん!麻雀はともかく競馬は知らないようだな?グレードの高いレースじゃなぁ、最低人気なんぞ来ねぇんだよ!ましてそいつは逃げ馬!それが長距離で一着?夢を見すぎだぜ!!俺がロートリンゲンを支持したから勝負投げたのか!?」


 そもそもこのギャンブルは券売所を通していない一着を予想する個人的な賭けだ。払い出しの多寡で勝敗を決めるわけではないのである。であるならば、一人気馬か対抗馬を選ぶのが定石。まかり間違っても大穴――――それも超大穴を選ぶなど正気の沙汰ではない。


「コイツ…………」

「ステイ」

「はいっ」


 尚もゲラゲラ笑うニッドと周囲にリリティアが拳を握るが、マリアーネの言葉を受けて背筋を伸ばした。いつもの静止と違って、今のは逆らえば殺される、と錯覚するほどの拘束力をリリティアに発揮した。


「―――何か、勘違いをしているようですわね」


 ぬるり、と窓からマカヤナ競馬場を眺めていたマリアーネがニッドに向き直る。


「私は別に勝負を捨てたわけでは有りませんわ。あらゆるデータ、状況を考慮して選んでますの。最低人気が来ない?寝言は寝て言ってくださいな。オッズなど所詮は誰かの願望でしか無いのですから、それだけに頼るのは三流の証ですわよ」


 アーリマ記念は通年グランプリレースの中でとりわけ特殊なコースを採用している。2500という距離を走るのに求められるのは体力や力は当然、計六回のコーナーを曲がる器用さも必須。最終直線は短く、如何に最高速が高い馬でもその持ち味を活かしきる前にゴールが迫ってしまえば馬群から抜け出せない。適性を無視した予想は尽く砕かれ、逆を言えば適性さえあるのならばどんな人気馬であろうと妙味が出てくる。


 故に、こうした格言が出てくるのだ。


「言ったはずですわ。アーリマには魔物が潜むものと。だから尋ねておきましょう」


 彼女の緑眼が鈍く、そして深く輝く。


勝負師(ギャンブラー)として―――どんな結果(エンディング)でも、受け入れる準備はありますの?」




 ●




「フォーティ………」


 関係者席で本馬場入場を待っているミソラは我知れず彼の名前を呟く。その呟きを拾って隣の席にいたカズハが安心させるように彼女の手を握った。


「大丈夫ですよ、ミソラ様。レイター様が付いていますから」

「でも、レイターは騎手としては………」

「確かに、騎手としては不足でしょう。フォーティとのコンビだって速成です。でも、レイター様が本気になってます」


 カズハには競馬は分からない。だが、レイターという人間の在りようは分かっている。


 彼に限らず、三馬鹿は総じてヘタレである。ゲラゲラと享楽的に生きているし、出来る出来ないを程よく区別して何となくノリで突破してしまう事が多々あるが、基本的に出来ないことをしようとしない。


 前世で自分の限界というのを否応なく突き付けられてきたし、無理をしてこなした所で得られるものも少なかった――――どころか、何なら損をすることばかりだったからだ。


 だが、そんな彼等が全力で無理をした所を彼女は見ている。


 あの邪神決戦の折、地竜の群れ相手にさえ余裕綽々だったあの三馬鹿がぶっ倒れるまで全力を出し切った。そして神代の最終兵器と呼ばれた邪神を倒したのだ。きっと抱えている感情は違うが、フォーティチュードに騎乗したレイターは間違いなくあの時と同じ戦士の目をしていた。


 ならば引き寄せてくる結果は、きっとまた驚くようなものだろうと確信しているのである。


「あの方は風のような方です。普段は心地良い薫風のような人ですけれど、一度吹き荒れた烈風は敵を薙ぎ倒すまでは止まらないものです。少なくとも――――妨害屋風情にあの方は負けませんよ」


 だからカズハは安心して後方彼女面をしているのであった。




 ●




 拡声魔術による放送がマカヤナ競馬場からベルチューレ全体に響き渡る。


 町興しの象徴とも言えるマカヤナ競馬場、そこで行われる周年レースだ。稼ぎ時の人間だって結果ぐらいは知りたいだろうという配慮でベルチューレ全域にそれは放送される。


『薫風香る6月の空。好天晴天恵まれて、やってきました周年レースアーリマ記念。今年の最強を占う注目の一戦です。実況は私、シーダー・チェイン。そして今回、10回目の節目ということで特別ゲストをお迎えしております。どうぞ』

『どうも、ジオグリフ・トライアードです』

『十年の節目での特別ゲスト、ベルチューレ競馬の創始者、ジオグリフ様です。どうですか、ジオグリフ様。今のベルチューレをご覧になって』

『いやぁ、ベルチューレでの競馬がもう十年か。子供の頃の思いつきがこうなると、感慨深いものがあるね』

『さて、今回のレースですが、ジオグリフ様はどう見ますか?』

『皆、いい仕上がりだと思うから一概には言えないよ。特に有馬………いや、アーリマではね。無事是名馬、なんて言葉もあるし、精一杯頑張って、でもちゃんと無事でゴールしてほしいものだね』

『今回は特別解説のジオグリフ様をお迎えしての実況席となります。さぁ、本馬場入場です。出走順から紹介しましょう。一枠一番、漲る世紀の1発屋、コンテンダー』

『うーん、ロマンだよねぇ』

『続きまして一枠二番、今日も二番人気のアンギラース。今回こそ永遠の二番手の名を返上できるか?』

『良いじゃない二番手でも。名脇役って役回りは、主役にだって出来ないんだから』

『二枠三番、ヴァージュリーラ。ナイトメア厩舎から送り込まれた金色の刺客』

『メぇぇぇ~~~リぃぃぃぃクリっスマぁぁぁーーースぅ!!って叫んだほうが良い?』

『二枠四番、ヴァスケス。首から上は有能な馬』

『ネタは分かるけどそれって馬としてはどうなんだろう………』

『三枠五番、ツインジェット、みんな大好き様式美。だまって俺について来いとばかりに逃げを打つ』

『あの騎手………どっかで見たような………?』

『三枠六番、アスカンド。騎手に若手俊英のダットを迎え、「絶対」に食らいつけるか?』

『あ、ネタ枠じゃないのもいるんだね。安心したよ』

『四枠七番、キョウミナイネ。金色のツンツン髪が今日も拒絶の癖を見せる』

『と思ったら急にネタ枠………!』

『四枠八番、カベニデモハナシテロヨ。顔の傷は同期の馬に付けられたそうです』

『しかも続くなぁ根暗系が………!好きだけどさぁ!あの辺りのナンバリング!』

『五枠九番、言わずと知れた「絶対皇帝」ロートリンゲン。今回も押しも押されぬ一番人気です』

『戦績見たけど凄いねぇ。一番人気も納得だ』

『五枠十番、デンキヒツジノユメ。名前の意味は分かりませんが実力はあります』

『名前だけで買いたくなるよね!馬主さんとはいい酒が飲めそうだ!』

『六枠十一番、リメンバー。終わりのない復讐を果たせるか?』

『今度は無限シリーズか………ってことは次は』

『六枠十二番、インテグラル。世界中を敵に回したって怖くない』

『だよねぇ、だったら十七番も察しが付くよ』

『七枠十三番、ボーヒーズ。クリスタル厩舎の悪魔』

『今度は13日の金曜日かい………』

『七枠十四番、コーエー。老馬の意地が炸裂するか?』

『気づいたらもう14作品目だものねぇ………』

『七枠十五番、フォーティチュード。今回がラストラン。かつての笑撃王の笑いを見られるか?』

『奇跡の復活って浪漫があるよね。特に、アーリマではさ』

『八枠十六番、キョクセンバンチョー。コーナーが多く、最終直線の短いアーリマでは食いつくかも知れません』

『良いのかなそのパチモン………』

『八枠十七番、エバー。帰るべき場所へ帰ってきた馬です』

『ほら、やっぱり出た。記憶を無くしてもう一度やり直したい神ゲーを思い出すよ………』

『八枠十八番、ハリボテエナジー。今日もカラカラ言っている。謎の十番人気』

『途中からさ、ネタ切れ感無い?って言うか大丈夫かいコレ、色んなところから怒られない?』

『以上十八頭フルゲートで執り行われます。第十回アーリマ記念、発走はもう間もなくとなります』


 第十回アーリマ記念。


 マカヤナ競馬場、芝2500m、右回り。


 天気、晴。


 馬場、良。


 賞金額、1着:金貨5000枚、2着:金貨2000枚、3着:金貨1300枚、4着:金貨750枚、5着:金貨500枚。


 発走まで、後5分。

続きはまた来週。

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― 新着の感想 ―
 出走馬の全ネタ、調べずに分かるのなんて居るのだろうか……?  ハリボテエナジーは第3コーナーを曲がり切れるのか? 曲がれえぇぇぇぇ!!!  それとギンシャリボーイのスシウォークは見たかった……。
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