第九話 フォーティチュードは諦めない⑦ ~それぞれの準備とアーリマ記念、当日~
その日の夕方頃、所用を終えて滞在しているホテルに1人帰ってきたジオグリフが見たものは備え付けのソファでぐったりしているレイターであった。
「やぁ、レイ。調子はどうだい?―――って愚問かな」
「……………………先生か」
両足を投げ出して横になっている彼が視線をこちらに向けると、億劫そうに返事をしてよっこいしょーいち、と古臭い掛け声とともに体を起こした。
「フォーティの調子は悪くねぇ。むしろ俺の方が足を引っ張ってるわ。乗ってるって言うよりは乗せてもらってる感じ。やっぱ騎手ってスゲーのな。見るのとやるのとじゃ大違いだわ」
もう足と腰がガックガク、と苦笑するレイターは相当に疲労しているようだった。
「君の登録は終えたよ。今回、創始者が観戦するからね。軽くねじ込めた」
あの意思表明の後、レイターはミソラに自分がフォーティチュードに乗ることを告げた。この世界における競馬史が短いことも幸いして、騎手登録のようなものはなく、直前での乗り替わりは比較的良くあることだ。とは言え、それも枠順が決まる4日前までという慣例はあるので本来は昨日までの締切だ。それを「創始者が天覧するレースに出走取消は良くないんじゃない?」と圧をかけて通した。
封建社会ってこう言う時楽でいいよね、とジオグリフは苦笑した。
「それと―――これ」
「ああ。結局、何に使ったんだ?聖武典」
手渡された聖武典を受け取ってレイターが訊ねる。ジオグリフに出走登録を願い出た時に、代わりと言っては何だがと貸与を要求されたのだ。魔導士である彼が何に使うかは知らなかったが、悪いようにはしないだろうと二つ返事で貸したのだが今にして思うと内容は気になる。
「結構悩んだけど、ラティが欲しがったからね」
何故ここでラティアが出てくる、と一瞬だけ首を傾げてレイターは少し前に彼女のおねだりを聞いていた。本人曰く、『ばーん!』。即ち。
「まさか………銃を?」
「正確には魔導銃って所かな」
銃火器は流石に戸惑った。と言うかそもそも火薬を調達しなければならないし、弾倉詠唱よりも遥かに煩雑な準備が必要になる。一回で済めばいいが、弾丸というのは消耗品だ。使えば補充する必要があるし、その都度作るのもまた面倒。となれば、弾丸を魔力で補ってしまえば良い―――と考えて、ジオグリフは魔導銃を考案した。
シンプルを目指したので、それほど難しいシステムは目指さなかった。元の世界にあったような拳銃のフレームを用意し、弾倉部分に無属性魔石を仕込んだのである。つまり、魔力を込めて引き金を引けば無属性の放射系魔術と同程度の弾丸が発射されるという代物だ。一見すれば「じゃぁ魔術でいいんじゃないの?」と思われるそれは、幾つかの特徴がある。
一つは、リボルバー拳銃のフレームを用いたので一回の魔力込めで最大六発の装填が出来ること。
一つは、威力は込めた魔力に依存するので魔石とフレームの耐久値を無視すれば威力の上限下限が青天井であること。
最後の一つは拡張機能としてまだ用意していないが、属性魔石に換装することで状況に即した属性の切り替え撃ちが出来るということ。
以上三つが魔導銃の特徴である。そしてこれを作るにあたって難儀したのはフレーム部分だ。程度の良い無属性魔石はマリアーネが持っていたのでそれを買い取って用意し、魔石を仕込むフレームを用意しようとしてジオグリフは気づいたのだ。
そういや銃の設計なんか知らないぞ、と。
いや、簡易的な部分は知っている。だが、火縄銃ならともかく彼がよく馴染んでいた銃というというのはほぼ全てが工業製品だ。つまり規格品。号試段階でミリ単位でのチリ合わせを行い、一つの機構を取り入れるために綿密な設計を必要とされる。素人が作れない、とまでは言わないがそれはインターネットなどの情報源がある場合に限られる。まして最初に思いついた魔導銃の原型は自動拳銃である。機能が複雑過ぎて早々に諦めた。
ならば、とリボルバータイプにした。これならば簡易的になって尚且つロマンも満たされる、と。
しかしながらリボルバータイプであってもこの世界の技術力では金型を作るだけで一苦労だ。さてどうしたものかと悩んでいると、閃いたのはレイターの持つ聖武典である。装着者の意思に応じて形を変えるコレを用いれば、金型になるのでは?と。毎朝行っている朝練で聖武典が魔術を斬った所は体感しているので、強度的には熱した鉄程度なら余裕で耐えられる、と。
そしてその予想は正しかった。幾度かの試作を乗り越えて、この世界に銃という概念が爆誕したのである。
「つーか、聖武典を金型に使ったのかよ………」
「いやぁ、それ本当に便利アイテムだね。いつか魔導戦艦作る時にも貸してよ。全部一気には無理でも、小分けして週に一回ぐらいパーツ作れば数年で行けるんじゃないかな?」
「ディア◯スティーニかよ」
創刊号は安そうだな、と突っ込みつつ聖武典を右腕に着けると、何だか鈍い輝きが増した気がする。何となくであるが、「あんな使われ方するなんて聞いてないよ………」と疲れた弱音が聞こえた気がした。
聖武典を返したジオグリフは対面のソファに腰を下ろすと、さてと前置きして本題に入る。
「レース前の妨害は無いと思う。推定でもブービー人気だし、君も無名だからね」
妨害屋の話だ。
話を聞くにつけ彼等の手法は多岐に渡る。レース前の馬が食べる飼い葉に仕込みをしたりとか、騎手を闇討ちしたりだとか色々と卑劣な手を使ってくるそうだ。とは言え、流石にグレードの高いレースだと街の威信もかかってくるので行政が徹底的に護衛したり警護することで直前までの手出しはかなり減った。
しかし。
「マリーが君を指名するのも出走直前。だから、妨害があるとすれば」
「レース中、だな」
発走さえしてしまえば、護衛の手は離れる。大観衆という不特定多数に隠れてしまえば、捕まえることも難しい。
「過去のやり口を見る限り、レース中の妨害は魔術による狙撃。いくつかポイントは絞ったし、対策は用意したけど、大観衆の中での事だ。最初の一回だけはまず防げない。そして相手はその一回で仕留めに来るはずだ」
「逆を言えば、それさえ乗り切れば後は地力が物を言うんだろ?」
ならやるさ、とレイターは不敵な笑みを浮かべた。
●
パカン、と薪用に乾かされた木が割られる小気味良い音が響く。
シリアスブレイカーズが滞在しているホテルの裏手の庭で響いたその音から、50m程離れた場所にラティアがいた。手には金属製の道具を持っており、それを構える先に今しがた爆ぜた薪の材料があった。
そう、彼女が手にしているのは魔導銃だ。
ジオグリフから躊躇いがちに渡されたそれの感触を確かめながら、軽く吐息する。取り扱いの説明を受けた時、彼は悩んでいたようだった。その理由を聞いてみれば、「これが一般に広がれば世界が変わるかも知れない」と困ったような表情で告げられた。最初は意味が分からなかったが、こうして扱いの練習をしてみればその意味も分かる。
規定の魔力を込めるだけで最大六発の弾丸が装填され、引き金を引くという任意行動で発動し、発射されれば雷速が如き速さですっ飛んでいき、着弾すればこれまた込めた魔力に応じた威力を発揮する。やっていることは攻撃系魔法と大差ないのにもかかわらず、面倒な術式構成を必要としない。
言ってしまえばジオグリフの弾倉詠唱―――アレを弾数限定にして道具で再現しているようなものだ。そして魔力を持っていて既定値にさえ達すれば誰でも使えてしまう。
無論、属性を欲する時には魔石の換装が必要であったり、使用者の魔力を用いるので枯渇した状態ならば無用の長物となるのだが、それを加味しても非常に有用な魔道具である。
非常に有用な魔道具であるのだが―――何よりもおかしいのは、これが遺失装具のような古代技術の産物でないことだ。実際にジオグリフが鉄と魔石を材料に造った。そう、裏を返せば量産ができてしまうのである。
あまりにも破格が過ぎる、とラティアは絶句した。それと同時に、彼の躊躇いと「世界が変わる」という危惧にも納得した。そしてそれを与えられた、ということは信頼されたということだ。ならばそれに応えるため、十全に扱いきれなければならないと考えたラティアは訓練に勤しんでいたのだ。
「よく当てられますね、ラティア様」
「ん?カズハ?」
「はい。お茶を入れてきました」
「うん。相性がいいみたい。精霊術と合わせると長弓の三倍ぐらい射程を上げられるわ」
勝手にホテルの裏庭を訓練場代わりにして、立てた薪の端材を的代わりに訓練していたラティアに声を掛けたのはカズハであった。手にはお盆を持っており、その上に湯呑みとお茶請けが幾つか乗っていた。それを見て、一息入れようと思ったラティアは薪割り台に腰掛けてカズハからお茶を受け取る。
「ありがと。―――そう言えば、マリアーネとリリティアは?」
「下調べ、だそうです。どうもマリアーネ様は結果がどうあれ揉めると思っているそうでして………」
隣りに座ったカズハがそう告げると、ラティアはあー、と空を見上げた。
「妨害屋、かぁ………人間には色々あるのね」
「そうですねぇ………」
正直な所、二人にはよく分からない。妨害屋のやっていることは分かるのだ。それが利益優先に基づいた行動であることも。ただ、馬のレースというのは彼女達の基準からしてみれば戦士同士の決闘のようなものである。
獣人にしてもエルフにしても強さや戦士の矜持を重んじる。舞台を用意し、その勝敗に賭けることもあるから競馬という概念は分かるのだが、ならばこそどうしてそんな神聖な戦いに茶々を入れようとするのかが理解できないのである。
価値観の違いだ。
獣人、エルフに限らずその他の亜人族も基本的には自分達のコミュニティを持ち、しかしその範囲は人間に比べると凄まじく狭い。その分、密度と言うか濃度は高まるのだが多様性は失われる。失われたが故に、埒外の不届き者というのが理解できないのだ。
「さて、もうちょっと練習しておかないと」
「ラティア様、あまり根を詰めては………」
「んー………それもそうなんだけど、ちょっと思うところがあってね」
「と言いますと?」
薪割り台から腰を上げたラティアは、魔導銃の各部をチェックしながら吐息する。
「このパーティーの中で、わたしだけ役割がないのよねぇ………」
「そんなことは………」
「精霊術はジオの魔術には及ばないし、何だったらマリアーネの召喚術にだって届かない。回復術はリリティアの方がすごいし、弓の腕でさえ聖武典有りならレイターの方が上。幻覚系の結界はあるけれど、利便性で言ったらカズハの結界術のほうが便利でしょ?」
ラティアの能力を他のメンバーと比べた場合、良く言えば万能、悪く言えば器用貧乏だ。何でもある程度はそつ無くこなすが、尖った部分がない。
「外に出るエルフとしては、それなりに自信はあったんだけどね………」
フェルディナは帝国領でもあることから比較的緩いが、基本的にエルフは排他的だ。その系譜を継いでいることから、フェルディナのエルフも緩い引きこもりである。拒絶することはないが、来る者拒まず去る者追わずな所がある。
しかしながら族長一族ともなればそういう訳にもいかず、見聞を広めたり政治力を学んだりと色々な教養を求められる。故にこそ彼女の兄は武者修行の旅に出ており、彼女自身も他の村や帝国との折衝役をやったりとアクティブな行動をしていたのだ。
その中で磨かれた能力もあるし足手まといにはならないだろう―――そんな風に思っていたのだが、何しろシリアスブレイカーズ一行の面子が濃すぎる。邪神戦の時にそれを痛感した彼女は、自分に何か出来ないかと探した結果、例の『ばーん!』に行き着いたのである。
「けれど、これがあれば」
そしてその簡易版―――聖武典から生まれたことから『ヴァジュラ』と名付けられたその魔導銃をすっと構えて六回爪弾く。次の瞬間、的代わりに並べられた端材が端から順に六個弾け飛んでいった。
「すごい………」
速射、そして全弾命中という結果を見せられてカズハは感嘆の声を上げる。
「ジオが言うには、狙撃が上手く決まったらびゅーてぃふぉーって言うらしいわ。それにしても―――んん………!これ、やっぱり快感だわ………!!」
どうやらこの世界に、トリガーハッピーも爆誕してしまったようである。
●
そうして日々が過ぎていき―――ベルチューレ全体が待ち望んだ週末がやってきた。
その朝にとある中年男二人組はマカヤナ競馬場に足を運び、更新された情報群を確認して苦笑した。
「おい、見てみろよ」
「ははっ。あのヤロー、迷う助言しやがってよぉ」
酒場で話しかけてきた見どころのある若いのから聞いた助言が気になって、最下位人気のフォーティチュードの騎手欄を見てみれば―――その本人がいたのだから笑わずにはいられなかったのだ。
確かにフォーティチュードの戦歴は凄いものがある。だがそれは既に過去の栄光となって久しい。少なくともこの二年、彼はおそらく調整用に出たであろう条件戦ですらまともに走れなくなっている。
最早誰もが諦めている。
フォーティチュードはもう終わった馬だと。彼の役割は既にターフには無く、繁殖牧場へ行くことだと。だから馬券から切られてしまっている。あらゆるファンに見限られてしまっている。
だと言うのに―――いや、だからこそ有終の美を飾るべく、彼は最後の大舞台へと現れた。
中年男二人が手持ちの財布を覗き込む。
「今日のために貯めた小遣い、丁度金貨一枚分、か」
「俺もだ。外れたらカーチャンにドヤされるな」
「じゃぁ、止めるか?」
「馬鹿言え。これに載っているってことは、諦めてねぇってこった。アイツも―――馬も」
「だよな。的中したらデケーぞぉ………!」
男二人で連れ立って券売所へ向かう。
全く以て馬鹿な選択だ、と二人でゲラゲラ笑う。こうした大舞台だ。集められた馬達も生え抜きの駿馬。わざわざブービーに夢を見ずとも、手堅くしたところで誰からも避難はされまい。遊びとは言え身銭を切っているのだ。自分の稼いだ金で、貯めた小遣いを使うのだから尚更。
大穴狙うよりも、手堅く勝って小遣いを増やした方が賢明に決まっている。正しいとは言わなくとも、それが賢い選択だと。
だが、正しいか正しく無いかで博打など出来るはずもない。
そんなお行儀の良い賢い選択は《《楽しくない》》。
そう、何故なら―――。
『単勝。7枠15番フォーティチュードに金貨一枚』
馬鹿が馬鹿をする時、それを見るのならば見る側も馬鹿になった方が楽しいに決まっているのだ。
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マカヤナ競馬場にはいくつかルールがある。
不正を防止するために、馬が一旦調整室に入ってしまうとレース終了までその馬の馬主、調教師及び厩務員は近寄れなくなってしまうのだ。だから、レイターに任せて調整室に送り込んだのなら、最早ミソラにやるべきことはない。
既に人事は尽くした。後は、天命を待つのみ。
だから彼女は更衣室を借りて、正装に着替える。ドレスコードに沿ったワンピースだ。それは彼女にとっての勝負服。馬主であり、調教師であり、そしてフォーティチュードの盟友である彼女の。
「大丈夫。今日のウチの子は………」
鏡の前で胸元のブローチを整えながら彼女は言い聞かせるように呟く。
「―――もう一度やれって言われても無理ってぐらいに仕上げたから」
その成果が、間もなく現れる。
次回はまた来週。




