第三話 フォーティチュードは諦めない① ~賭博都市、ベルチューレ~
再開です。
暖炉の光と照明魔法に照らされて、四人の少女が手元に配られた五枚の札を見つめていた。それぞれに一喜一憂の表情をしている。
狐獣人の少女―――カズハは少し困ったように眦を下げて。
エルフの少女―――ラティアは険しい顔で穂先のような耳を上下させて。
青髪を2つ括りにした少女―――リリティアは挑むような笑みを浮かべて。
そして、今まで完全に無表情であった銀髪緑眼の少女―――マリアーネはここに至ってようやく口の端を緩め、手札を広げた。
「はい、ストレートフラッシュですわ」
『ちょっ………!』
ハートのA、2、3、4、5がずらりと並んだ手札を見せられて、三人娘は絶句する。因みにカズハはワンペア、ラティアはフォーカード、リリティアはフルハウスであった。
帝都までの帰還の道中。大きな都市ならともかく単なる宿場町では暇を潰せるような観光名所もなく、そういった時のためにマリアーネは収納魔術に幾つもの遊具を仕込ませていた。
特にトランプは初代魔王ユースケや、ガオガ王国初代国王ケンスケ・カドラ・サイトゥーンなどの転生者と思われる人間が持ち込んできており、ルールが広く知れ渡っている影響で大体の人間が知っている。
そのため、特に説明する必要もなく遊戯が出来て眠くなるまでの暇つぶしとして、シリアスブレイカーズ一行はポーカーに興じていたのだが―――。
「ジオー………ちょっとマリーが強すぎるわ………」
「だから言ったじゃないか。遊びならともかく、賭けるならマリー相手にするのはやめておきなさいって」
「何かが掛かった時の勝負勘は尋常じゃねぇからな、姫。これでイカサマ解禁したら俺等でも手が付けられねぇんだわ」
ただのお遊びではなく、賭けをし始めたのである。尚、マリアーネの性質というか悪運というか逆境無頼的な勝負根性を既に知っていたジオグリフとレイターは即座に退避してギャラリーになっていた。
因みに、賭けの内容とは。
「おーほっほっほ!では三人とも!お着替えの時間ですわ―――!」
彼女が収納魔術から取り出した衣装の数々である。それも前世から引っ張り出したデザインで、今をときめくロマネット商会の傘下、アトリエフォミュラの渾身の品。
そう、賭けの内容とは負けたら着せ替えさせられる、という至ってシンプルかつ欲望に直球な内容であった。
マリアーネはさぁさぁ!と衣装を押し付けつつ三人娘を別室に追いやり、その背後をさり気なくついていこうとし―――。
『待てや』
「ぐにゅっ………!」
馬鹿二人に首根っこを掴まれて鳴いた。
「げほっ!ごほっ!何ですの!?何なんですの!?」
急に気道を塞がれた為、咽ながら彼女は抗議の声を上げるが、馬鹿二人はマリアーネに詰め寄ったままこう告げる。
「罰ゲームでコスプレさせるのはまぁ良いとしよう。―――セーラーエルフさんは僕も見たいし」
「狐っ娘メイドは俺も見たい。―――だが付き添いは許さねぇぞ」
「同性なんだから良いでしょう!?」
『鏡見ろ』
真顔で突っ込まれたマリアーネは渋々収納魔術から手鏡を取り出し、正面を見て、横を見て、斜めのポーズでバチコンとウィンクを決めた後。
「―――うん。今日もマリーちゃん、可愛いですわ」
『そのぐへへ顔で言っても説得力ないわ!!』
そのだらしのない垂涎状態を見て見ぬふりをしたが、馬鹿二人が納得するはずがなかった。
●
トライアード辺境領最西端には、交通の要所と目される場所がある。
帝国を円で結ぶ大動脈、マツネ大街道と帝国のど真ん中を抜くようにして東西に走るイクヨ大街道の交差地であり、元は地下鉱脈で栄えた土地、ベルチューレである。
帝国の冶金技術を支えた鉱石の一大産地であり、数十年前までは『金が無ければベルチューレでツルハシ握れ』がスローガンになるほど稼げた場所であった。
だがある時を境にいくら掘っても鉱石が出てこなくなり、潮が引くようにして人もいなくなった。
しかし十年程前、時の代官が寂れて宿場町のようになってしまったベルチューレをどうにかすべく、ある事業に乗り出した。元手も観光資源もない。それでもやれる、金になる事業。それは。
「やって来ました帝国最大規模を誇る鐘鳴る最果て、ベルチューレ!別名、賭博都市………!」
派手な門を潜ってベルチューレに足を踏み入れたマリアーネが感無量とばかりに万歳三唱でこの賭博都市を讃えた。
そう、このベルチューレ、今では『ツルハシではなくカードと馬券を握れ』と言われる程に賭博で経済成長した都市なのである。
「元気だねぇ」
「先生よ、ここトライアード領だろ?何で物珍しげなんだよ」
ヒャッハーとテンションを上げまくる馬鹿の制御を三人娘に任せつつ、レイターは後方でベルチューレの街並みを興味深げに眺めるジオグリフに声を掛けた。
「実はここの基礎設計、ほぼ僕の案なんだよ」
「マジで?」
目を丸くするレイターにジオグリフはまぁね、と頷く。
先述したようにここは地下鉱脈で栄えた場所でありトライアード辺境領。即ち、税収はトライアードの管轄であり、ここの興亡はトライアードの懐事情にも関わることになる。
それが十数年前、突然の廃鉱である。無論、ここだけがトライアードの税収の全てではないのでいきなり傾くことはないのだが、だからと言って無視できるほど少なくはない。
とは言え、鉱脈が枯れた後の再建などどうすれば良いのか分からずに困ったのがトライアード家の当主、ラドグリフである。
もう鉱石が取れないと聞き、三日三晩悩み、夕食時にポロっと家族に愚痴のような零しをしたのだ。
その時に居合わせたのがジオグリフで、「交通の要所ですし、いっそ観光地化すればいいのでは?」と何気なく言ってしまったのだ。
これにはパパも目から鱗、一にも二にもなく飛び付き、アイデアを持っているであろう息子を抱えて現地へ飛んだ。それから二ヶ月ほどジオグリフはベルチューレでカンヅメになって都市設計と基礎開発をする羽目になった。
「って、ことがあってね。ずっと張り付いていたわけじゃないから完成形を見ると感慨深くてさ。いやぁ、経過報告は貰ってたけど十年足らずでデカくなったねぇ………」
正直税収は鉱脈掘っていた頃よりも増えており、何なら今ではトライアード本領より稼いでいるぐらいだ。
「この世界、トロッコがまだ無かったから、掘った鉱石運搬するのに馬使ってたんだよね。その影響で細々とした馬産地にもなってたんだここ。だから競馬でも広めたら良いんじゃないかと思ってさ」
「へぇ、競馬か。サラブレッドでも作ったんか?」
「いや、元々は軍馬育成と調教目的に作ったんだ。多種多様な馬を集めて、多角的に運用できるようにってね。ただ、やっぱり動物の配合や運用にはお金が掛かるからさ………」
元々、ジオグリフはここまで賭博都市にするつもりは無かった。小さくても歓楽街を作れば治安はともかく金が動くので、そこから軍馬の育成費用を捻出しつつ、それを使ったレースを観光の目玉にして更に人と金を集め、ゆくゆくはトライアード産の馬として諸外国に売りに出せば外貨獲得手段になると考えていたのだ。
彼が目算を誤ったのは、この世界に娯楽が少なすぎたことだ。
早い話、ギャンブルに嵌まる人間が続出した。
社会一般通念的には堕落するのがギャンブルだが、経済的に見れば何のことはない。誰かから誰かに金が渡るだけの話だ。ジオグリフもこれはどうなんだろう、と思いつつもそう言えばこの世界、前世以上に自己責任が強かったわとあまり締め付けはしなかった。
とは言え何の施策もしなかった訳ではなく、マフィアを閉め出し借金関係は取り締まったし、未だに都市拡張工事をしているのでスッテンテンになった人間には割りのよい工事の仕事を斡旋したりとそれなりの救済策は用意した。
その集大成を眺めて、何だか新鮮な気持ちになっていたのだ。
「マリーはギャンブル狂だから一通りやってるんだろうけど、レイは?やっぱりパチンコ?」
「いんや、やるのは馬ぐれーかなぁ。船とオートは本場でエンジン音聞くのは好きで、チャリは岸和田とかのヤジ見るぐらい。パチ屋は時間が掛かるし休みの日にまで行ってらんねー。そんな暇があるなら寝てるわ。次の日寝不足で事故るのヤだし。―――先生は?」
「昔、自主的に社会見学気分で触ってはみたけどシステム上胴元が勝つようにできているって気付いてからは手を引いたよ。スルスル諭吉が溶けていくのを見て肝が冷えた。僕にはそんな胆力がないよ。投資も一緒だね」
「へぇ、意外だな。先生だから株やらFXやらやってそうだけど」
レイターの言葉にジオグリフはフッと遠い目をして、極めて早口で語り始める。
「いいかい?レイ。投資って本質的にはギャンブルなんだよ。よく投資と投機は違うって言うけれど、中長期と短期って意味で違うだけで、基本的には市場を舞台にプレイヤー同士の奪い合いだし、100%儲けたいならプレイヤーじゃなくて証券会社でも作ってプレイヤーから約定手数料チューチューするか、国家として投資家の上前を税金としてハネてた方が遥かに安全で儲かる。絶対倒産しない会社が存在するなら別だけど、現実にはしにくいだけで大企業でも潰れたり買収されたり不祥事起こしたりで株価下げたりしてるからね。持ってる株が紙くずになって損をする可能性が少しでもあるってだけで、どう誤魔化しても投資はギャンブルになるんだよ。パチンコメーカーが確定ではなく濃厚って表現を使うのと一緒。絶対と謳っていない以上、不確定要素で予想が外れても自己責任ってね」
「そうか。―――先生、溶かしたんだな?」
レイターの突っ込みにジオグリフは答えず。
「だから僕は胴元を目指した………!」
「途端に怪しくなったぞこの男。と言うかやっぱり全額溶かして引退した口だろ先生!」
「いっしょうけんめいためた500まんえーん!!」
表情を蕩かすジオグリフは、しばらくそうした後、やおらスンといつも通りになって。
「取り敢えず、代官の所へ行ってみようか」
「先生、トラウマ発症すると躁鬱の気が出てくるよな」
尚、レイターの突っ込みはスルーされた。
●
ベツレム・ドーバーは元は騎士爵の次男坊だ。生家であるドーバー家を継ぐこともできず、長男に何かあったとき用のスペアか出奔か放逐を運命付けられた立場であった。
転機があったのは20年前。当時から若き英才として鳴らしたラドグリフと出会い、しばらくの間彼の従僕をしていた。そこまでならよくある話であった。それから4年後、今から16年前、カリム王国との戦争があった。
ベツレムもラドグリフに従い、戦地へ赴くべきだったのだが、当時のトライアード当主の病没、帝国の内地主義に染まった軍監、勝手する敵国と難事が畳み掛けるように重なった結果、如何にラドグリフと言えど一人では手が回らない状況であった。
そこを救ったのがベツレムだ。騎士爵次男坊としてはたいして戦闘力は無かった彼だが、内政官としては有能で、若かったラドグリフを裏方で無双して救っていた。
その時の恩賞で経営を傾けた前領主の代わりにベルチューレを任されることになったのだが、ベツレムは身分からこれを固辞。すったもんだの挙げ句、最終的にはベルチューレはトライアード家の直轄地、ベツレムはあくまで代官、と言う形に落ち着いた。
しかし代官に就任してしばらくして、急に鉱脈が枯れ始めた。いや、前領主の時に既にその兆候があったようだったのだが、引き継ぎ事項には記載されておらず、気づいた時には手遅れであった。如何に優秀な内政官であれど、無から有を産み出すことなど出来はしない。
また、報告を受けたラドグリフも心を砕いた。自分の窮地を救ってくれた忠義者に褒美を与えんとしてベルチューレを任せたのに、それが彼を悩ます結果になってしまったのだ。
そんな中、ジオグリフが呟いた一言が突破口となる。
そしてベルチューレ再建の結果、ベツレムはラドグリフと同じようにジオグリフを敬愛するようになり、その救いの主が訪ねてきたとあっては全ての仕事を放り出しても面会せねばならぬと彼は慌てて客間へとやってきたのだ。
「おおっ!これはこれはジオグリフ様!お久しゅうございます!」
「やぁ、ベツレムさん。お邪魔しているよ」
シリアスブレイカーズ一行で談笑していると、恰幅の良い中年が転がるようにして客間に入ってきた。
反りたつ髭、妙に撫でたくなるような丸みを帯びた太鼓腹、そして強面な笑みを浮かべるこの男こそベツレムである。正直、バスローブを着て手にワイン、膝に猫を抱えていそうな典型的な成金悪代官ヅラをしているが、これで忠義の士である。
「冒険者を始められた、とお聞きしましたぞ。成る程、そちらの方々がお仲間ですな?―――お初にお目にかかります、私はベルチューレが代官、ベツレム・ドーバーと申します。以後、お見知りおきを」
一礼してにこり、というよりはニヤリ、という擬音が聞こえてきそうなほど悪人ヅラを浮かべるベツレムであるが、これで疑いようもなく忠義の士である。
マリアーネとレイターがジオグリフに「大丈夫?この人ギリワンじゃない?」とか「その内茶器抱えて爆散しそうだけどコレ召し抱えててトライアード安泰?」みたいな視線が向けられるが、ジオグリフは「大丈夫、この人にとっての三好長慶が父様だから」と頷いて保証した。尚、「むしろその後が安心できなくなった」と馬鹿二人がトライアードの行く末を案じ天を仰いだ。
「景気は―――そのお腹を見る限り、良さそうだね?」
「お陰様でして、今や帝国最大―――いえ、大陸最大の賭博都市ですよ。私も街も、肥え太りましたな!」
「十年前は寂れた一地方都市だったのにねー」
「それも鉱脈が枯れてからは赤字続きでした。立地は悪くないのですが、どうしても帝都に近い分、人口の流出や目玉となる産業が少なくてですな………」
遠い目をするベツレムにジオグリフは頷いた。確かにベルチューレは主要街道の交差地ではあるのだが、昔は補給地として有能でも人の足を止めるほどではなかった。
人が通り過ぎる以上、最低限の金は落ちていくのだが、儲かるか?と問われれば首を傾げる。周囲に有望な街があれば尚更で、経由することはあっても逗留することはなくあっても素泊まり、というのがベルチューレの評価であった。これでは街は潤わず、潤わないから発展しない、発展しないから元からいる住人も他所へと出稼ぎに流出しての負のスパイラル。
これには当時、ベツレムは相当に頭を悩ませ、自分の不甲斐なさを恥じ入りながら主家に相談したとのことだ。
「しかしそれは昔の話。今や一大産業ですよ。いやぁ、笑いが止まりませんな!」
「何だかラスベガスみたいな流れですわね………」
「いや、実際に参考にしたよ。ただ、マフィア流入で治安が悪くなるのは困るから法権力でガチ目のテコ入れして、細々とした馬産地でもあったから一般的なカジノに競馬も足した。元々交通の要衝でもあるから客が素通りせずに連泊して留まれば栄えると思ったんだ」
ベルチューレの幸運は、ジオグリフの前世知識にラスベガスの成り立ちがあったこと。というか状況がほぼ一緒で、租税が領地の力に直結することを考えると、歓楽都市を1つぐらい抱えていたほうがいいと考えて彼の街を叩き台にして実行した。
結果としてジオグリフの目論みは功を奏し、十年後の今は大陸最大と言っても過言ではないほどの歓楽都市へと変貌を遂げていた。
「さて、皆様も長旅でお疲れでしょう?折角ですので当都市最高級のホテルを押さえておきました。是非、ご利用下さい」
こうしてシリアスブレイカーズ一行は、ベルチューレでしばらく羽を伸ばすことになったのである。
次回は来週。




