第二話 真祖様はトマトがお好き?・後編
「―――全く。何故オレ様がこんな事を………」
街道を徒歩で進む集団の後ろで、一人の男が我知れず愚痴を吐く。
どうにも陽光が似合わぬ出で立ちの男だ。黒の上下に黒の外套。細部に金糸が入っているのでそれなりに手間は掛かっていそうな服装ではあるが、端麗ではあれど陰気な顔色と合わさって非常に怪しい風貌であった。
どうにも疲労困憊のようで、アッシュブロンドの長髪を後ろに張り付かせ、紫の瞳は妖しさよりも異常状態のような焦点の合わなさである。
男の名はベオステラル・ゲアハルト。
過日、騒動を巻き起こしたデルガミリデ教団の幹部であり。
「オレ様は真祖だぞ。それが何故こんな、山賊のような真似事なぞ………」
真祖の吸血鬼でもある―――。
「お頭ぁ!見えてきましたぜ!」
―――のだが、今は何故かこの一団の頭を張っていた。
「えぇい!お頭ではないわ!大体貴様ら!一応、教団の信者だろうが!こんな山賊のような真似をして恥ずかしいとは思わんのか!?」
「そんな事言いましてもねぇ。元はオイラ達、食うに困って教団に拾われただけですし」
「まさか信者の命使って儀式するなんてなぁ。………手の込んだ自殺には付き合えんべ」
「逃げようにも周りが怖すぎましたし………。いやぁ、幹部のお頭がいの一番に逃げて風穴開けてくれたおかげでやりやすかったですよ」
元々、ベオステラルはある目的のために各地を放浪しており、その折に出会ったバスラに勧誘される形でデルガミリデ教団に入った。
衣食住確保と目的の捜索に教団の力は思いの外便利で、気づけば十年近く身を寄せており、知らぬ内に幹部クラスになっていた。
なのであの邪神召喚も手伝っていたのだが、まさか召喚時に集めた魂だけでなく、術者の魂まで使うとは知らされていなかったベオステラルは直前で召喚陣の仕様に気づき、付き合ってられるかと出奔。生活を理由に教団に身を寄せていただけの信者達もそれに便乗して脱走。
しかし最早帰る当て所もない彼等は、取り敢えず食い扶持を確保するために周辺の村々を襲って食料を確保していた。ベオステラルは名誉ある徴発だの、山賊の真似事だのと心に棚を作っているが、立派な山賊行為である。
「よっ!流石吸血鬼!」
「なんちゃって真祖!」
「逃げ上手のお頭っ!」
「貴様ら褒めているのか?けなしているのか?」
「と言うかお頭も逃げたってことは、教団の教義に賛成していなかったのでは?」
「ぐぬっ………オ、オレ様は奪われた力を求めて門戸を叩いたのだ!その力を取り戻す前に死ぬとかアベコベではないか!だから戦略的撤退………ではなく!あれは転進!名誉ある転進なのだ!!」
『えー………』
「き、貴様らぁっ!!」
そんな風にやいのやいのと街道を進んで行けば。
「お頭、例の村ですぜ。取り敢えず食料を奪ってトンズラといきましょう」
「それにしてもお頭、わざわざ一度脅してではなく最初から分捕ればよかったじゃないですか。領主に通報されては面倒ですぜ」
目標にした村が見えて、ベオステラルはやっとか、と嘆息をつく。しかし何故こんな面倒なことをせにゃならんのだ、と部下達が見つめてきて、彼は眦を釣り上げる。
「貴様ァ!これから奪うのは農家の方々が丹精込めて育てられた収穫物だ!やむにやまれず奪うことになるが、可能な限り季節を超える程度の蓄えを隠させてやらねばあまりに不憫ではないか!オレ様達はケツ毛まで毟る悪徳領主ではないのだぞ!?」
「お頭のその妙な善良性は何なんです?」
「吸血鬼なのに血を吸わないでトマトばっか食べてるし」
「いえ、お頭もなんのかんの教団で幹部やってたしそれなりに強いのは知っているんですけど………」
「やかましいわ!大体、血など鉄臭いし生臭い!吸血など劣等吸血鬼が行う蛮族の所業だ!トマトこそ、真祖たるオレ様にふさわしい供物よ!!」
『えぇ………』
懐からトマトを取り出してむしゃりと齧る真祖を自称する吸血鬼に、部下達は困惑の視線を向けていた。
かくして、デルガミリデ教団残党―――もとい、山賊達は今日の食い扶持を確保するために村へと侵入した。適当に脅して奪うだけの簡単なお仕事だと。
●
―――ところがどっこい、そうすんなりいかないのが世の常である。
「待てぇい!」
「何奴!?」
ベオステラル一行が「おそようございます!約束通りお野菜頂きに上がりました!!」と妙に礼儀正しく村に入ってみれば、人の姿が見えなかった。不審に思っていれば、上から声を掛けられてベオステラルは振り仰ぐ。
「力なき民草相手に、数の頼みの暴力たぁ不逞ぇヤツ」
声の発生源―――民家の屋根を見上げれば、夕日を背に受けた3つの影があった。
「人、それを外道という………ですわ」
ぽろーん、ぽろーん、とリュートをゆったり流しながら影達はベオステラル達のやろうとしている行為を断罪する。
「ぬぅっ!おのれ貴様ら!オレ様をベオステラル・ゲアハルトと知って見下ろしているか!何者だ!?名を名乗れ!!」
誰何された影3つはふむ、と若干考える仕草をした後。
「ネタ的に貴様らに名乗る名前はない!―――と言いたいところだが、折角なので初回ぐらいは名乗ってやろう」
「誰だ何だと聞かれたら、答えてあげるが世の情けだからな。一応、相手も名乗ったし、礼儀にゃ礼儀で返さんと」
「ぶっちゃけ一度やってみたかったんですの、この手の前口上。―――では行きますわよ!」
影3つはさささ、と均等に距離を取って朗々と謳うように口上を諳んじ始めた。
「ひとーつ、人のシリアス壊すため」
「ふたーつ、振り返らずゲラゲラ笑って生きるため」
「みっーつ、見下げた悪を斬り捨てる」
数え歌をしつつ、民家の屋根から飛び降りる影3つ。
「愛と勇気と独善貫く」
「ちょっといなせな流れ三匹」
「我ら―――」
それぞれに見栄を切り、最後に集合して。
『シリアスブレイカーズッ!!』
三人揃って爆発魔術を背景に決めポーズをするが―――。
「オ、オラの家が―――!?」
『あっ』
その背後には、自分たちが降りてきた民家があり、演出に巻き込まれて見事に爆散した。
最早語るまでもないが敢えて言おう。
三馬鹿である。
デルガミリデ教団の来襲の報を受けた三馬鹿は、「なんか面白そう!」という相変わらずしょーもない理由で首を突っ込んだのである。
「な、何がシリアスブレイカーズだ!ふざけおって!貴様ら!数の上ではこちらの方が上だ!やってしまえ!!―――闇幕の祝福!」
そのご無体というかやらかしというかポカに敵味方問わずに唖然としていた周囲だが、ベオステラルが真っ先に立ち直り、部下に指示を出しながら馬鹿が馬鹿やっている間にこっそり詠唱しておいた補助魔術を行使。
黒い霧に覆われた信者達は強化を受けて、手にした武器を掲げ三馬鹿に突撃を敢行。
だがしかし、所詮は食い詰めである。
「自分達でやっておいてなんだけど、口上のお陰で尺がないからサクッと行くよ。―――解凍!」
『ぎゃぁあぁっ!?』
ジオグリフの魔術であっさり蹴散らされ。
「そいじゃ俺も」
『どわぁぁああぁっ!?』
レイターが聖武典を如意棒が如く伸び縮みする棍棒に変えて、雑兵を雑草のように薙ぎ払い。
「逃がしませんわよー」
『ひぃいぃいいぃっ!?』
マリアーネが影の獣を使役して追い立てて、文字通り鎧袖一触となった。
「ジオー。山賊の捕縛と治療は私達でやっておくから後片付けしちゃっていいわよー」
更には三人娘が駆けつけて、山賊達を次々捕縛していく。
「さてと」
「残るは」
「お頭の貴方だけですわね」
気づけば三馬鹿に三方を囲まれていたベオステラルは、右見て、左見て、正面見て、最後にぐるり周囲を見渡して味方がいないことに絶句する。
「なぁっ!?三人がかりだと………!?おのれ!数に頼るとは卑怯な!恥ずかしくないのか貴様らっ!!」
『お前が言うな!!』
目を白黒させる数に頼っていた奴の台詞にイラッとした三馬鹿が、突っ込みがてら全力で攻撃を叩き込み。
「お―――ぼ―――え―――て―――ろ―――!!」
ベオステラルは天高く吹き飛ばされ、山の向こう側へと消えていった。
『………………………あんれー?』
しかし、三馬鹿はその感触に納得がいかずに自分の手を見つめる。
「ねぇ、レイ、マリー。手加減した?」
「いんや、リリティアもいるし、ツッコミで反射的にぶった斬るつもりで振ったんだが」
「私も、何となくイラッとしたので噛み切れと命令したんですけど。リリティアもいますし」
おかしい何で大したダメージにならずにかっ飛んでいったんだろ、と三人揃って首を傾げる。
三馬鹿は知る由もないが、ベオステラルが真祖の吸血鬼だからである。
肉体を持ってはいるが、本質的には精霊に近い生命体のため吸血行為によって蓄積した魔力が残存する限りは再生を続ける不死性があるのだ。吸血を嫌う彼が何故その不死性を維持しているかは不明であるが。
後は、地味にダメージ軽減のために本人が風魔術で大げさに吹っ飛んでいっただけである。どうやら、出力をミスって予定より吹き飛んだようだが。
とまれ、これで一件落着かと三馬鹿が振り返った所で―――自分たちがノリで爆散させた民家を目撃することになる。
「あの、ところでオラの家………」
『な、直させていただきます………』
その家主に声を掛けられ、三馬鹿は引きつった顔で建築作業を無償で引き受ける羽目になった。尚、この修復に―――というかほぼ建て直し―――に丸4日掛ける羽目になった。
余談だが、建てるだけなら1日で、後は三馬鹿が職人でもないのに無駄に凝ったせいである。
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一方、吹き飛ばされたベオステラルと言うと。
「おのれ………シリアスブレイカーズめ………ゆるさん………ゆるさんぞ………」
何処とも知れぬ山の中、一際高い杉の木の枝に、逆さまになって引っかかっていた。
「ここはどこだぁぁあぁあぁあっ!?」
彼の叫びは、夜の森に響くだけで、応える者は誰もいなかった。
次回はストックできてから。




