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第一話 真祖様はトマトがお好き?・前編

第二部開始です。

 穏やかな日差しの中、一台の馬車が街道をゆっくりと走っていた。


 周囲には他の馬車はおらず、ぽつねん、とその馬車だけが道をひた走る。主要街道の1つではあるのだが、もっと大きくて走りやすく、更に山越えせずに隧道を抜けれる街道が数年前に出来たことから、この街道は辺境から郊外へ抜ける旧街道のような扱いをされており、安全性の観点からもこの道を使う者は少ない。


 しかしもしも他の旅人が周囲にいたのならば、その馬車を見て絶句したことだろう。何しろ馬としては体格が凄まじく大きく、更に輪郭が揺らいで見える影の馬なのだ。


 そう、シリアスブレイカーズ一行の馬車である。


 ハーヴェスタ平原でのデルガミリデ戦後、シリアスブレイカーズ一行は1週間程トライアード家で療養を取った。


 三馬鹿は自身の限界まで魔力を使い切ったし、カズハ、リリティアに至っては『幻想侵食ブロークン・リアリティ』の影響で『未来の自分の力』を呼び込むという無茶を叶えてしまったために気力、体力、魔力を全て使い果たし丸4日寝込む羽目になったのだ。


 因みに、三馬鹿は一時的に総白髪になったジオグリフですら一日ガッツリ休んだら全快していた。無駄に回復力のある連中である。


 その後、折角だからとトライアード領内を数日観光し、昨日の朝、帝都へ向けて出立したのだ。


「―――はぁ、疲れた。今日はここまで。やっぱりサスの無い馬車だと振動酷くて詠唱し辛いね」


 そんな馬車の中で、ジオグリフが馬車後部のアオリに背を預けて吐息した。


「便利だけど大変そうよね、ジオの魔法って」

「まぁ、事前準備に全振りしているだけで、やっていることは一般の魔導士と変わらないからね。使った分は補充しなきゃだし、使い切ったらそれこそ一般の魔道士と一緒だよ」


 ラティアにジオグリフは苦笑した。


 あの時―――デルガミリデを倒すために、ジオグリフは自身が開発した最大の魔術である『幻想侵食』を展開する必要があった。望む全てを叶える一種の願望具現化魔術である『幻想侵食』は、既存の魔法学の分類に当てはめてれば第零魔術式―――所謂始祖魔法と呼ばれる神代の時代に相当するほどで、見方を変えれば神の奇跡に等しい所業である。


 当然のことながら、そんなものを何のリスクもなく―――一応という但し書きが付くとは言え―――ただの人間であるジオグリフが使えるはずがない。


 そもそも術式的に組めたとしても、走らせるための燃料―――即ち魔力が一生命体では圧倒的に足りない。並の魔術士なら吸われるだけ吸われて何も起こらないか、さもなくば回路逆流(ブローバック)で暴発して術者の脳を焼くことさえあるだろう。


 それを解消するために、ジオグリフは魔術―――正確には弾倉詠唱(ストック)を覚えて十年溜め込み続けていた魔術群を全て魔力へと逆変換(コンバート)し、それを以て『幻想侵食』を成立させた。


 とは言え制御関係はまた別に魔力を必要としたため、保管していた魔力と彼自身が保持している魔力全てを用いることになり―――結果、魔力欠乏で総白髪という形になって現れた。尤も、そのふざけた魔力量に準拠する回復力で、今では元の金髪に戻ってはいるが。


 しかし、戻らなかったものもある。


 そう、十年溜め込み続けて待機状態で収納魔術に収めていた魔術群である。


 この数日で何回か通常戦闘なら可能ぐらいまでは補給したが、今までと比べれば流石に雲泥であり、再び『幻想侵食』を使うならば相応に時間がかかる。そのため、今のように暇を見つけては詠唱して魔術をストックしているのだ。


「邪神相手に大盤振る舞いでしたものねぇ。元に戻るんですの?それ」

「まぁ時間をかければ。一応、マクロ組んで自動化と並列処理はしているけど、邪神戦前までにするのなら半年から一年ぐらいは掛かりそう」

「十年分の魔力の蓄積を半年から一年に圧縮できる辺りで十分異常だぞ、お前………」


 マリアーネの尋ねにジオグリフは肩を竦め、リリティアは絶句している。


「しかしこうなってくると、ここ最近近接戦闘の訓練していた甲斐も出てくるかなー」

「武器でも買うの?」

「うーん。一応、剣が習ってて一番長いんだけど、ただの店売り装備買うのもなんかねぇ。かと言って名のある鍛冶師に打ってもらうのもなんか失礼な気がしてさ。僕、本質的には魔術士だし」

「武器………ねぇ、ジオ。あの時のばーん!ってやつ、使えないの?」

「うん?あの時?ばーん?」

「ほら、邪神倒す時に使った、ばーん!」

「ああ、波◯砲………。アレは今の所、『幻想侵食』展開時でしか使えないし………いや、しかし、銃か………うーん、でもなぁ………」


 ラティアの問いに、ジオグリフは腕を組んで唸る。


 正直な所、元の世界であった銃器の再現はやれなくはない。その精度や性能はさておいて、原理自体は火薬の爆発力で礫を飛ばしてぶつける、という酷く原始的な物理法則の極地だからだ。問題があるとすればその拡張性と利便性か。


 大きくすれば大砲になるし、引き金さえ引ければ子供でも大人を殺せる。


 そんな危険物をこの世界に持ち込んで良いのだろうか、という懸念点があるのだ。とは言え既に魔法という銃器を超える拡張性のある武器がある。それにいずれ時代が進めば似たような武器は出てくるだろうし、ジオグリフ達以降の時代でまたぞろ異世界人が転生すれば、今ここでその流れを堰き止めた所で意味がなくなるかも知れない。


 けど僕の場合は魔法あるしそんなのいらないんだよなぁ、とジオグリフが考えていると、ラティアが目を輝かせて彼を見ていた。


「―――気に入ったの?ばーん………」

「とっても!」


 食い気味に頷かれて、これはとんでもないトリガーハッピーを生み出してしまったかも知れない、と戦慄したジオグリフは曖昧に微笑む。


「まぁ、それに関しては追々考えるよ。―――それより、リリティアの体調は大丈夫かい?君とカズハが一番無茶してたからね」


 元政治家らしく玉虫色の返答で有耶無耶にして、ジオグリフはリリティアへと水を向けた。


「まだ少し怠さはあるけど、何とか―――あ、いやぁ、やっぱ辛いからお姉様、あたしに膝枕を………!」

「しませんわ」

「お姉様のいけずー!」

「ほーっほっほ!捕まえてご覧なさーい!」


 狭い場所の中でドタバタといちゃつく二人に、ジオグリフとラティアは顔を見合わせる。


「影響されてるわねぇ」

「されてるねぇ」


 そして、二人は揃って御者台に視線を向けた。


「なぁ、カズハ。妙に近い気がするんだが」


 そこには御者台で手綱を握るレイターと、地図を片手に彼に寄り添うカズハの姿があった。


 あの決戦後、『未来の自分』を呼び込んだカズハはリリティア同様寝込んだ。どうもその時にレイターが甲斐甲斐しく世話をしていたようで、復調後もその距離を維持しようとしているのだ。ケモナーにしてみればもふもふ獣人が苦しそうだから世話するのは当然、という思考回路の上での行動なのだろうが、カズハはそう見ず、むしろ勝機と見て踏み込んできている。


 その上。


「お嫌ですか?」


 しゅるり、と自慢の尻尾を腕に絡ませるというケモナー特攻ムーブをいつの間にやら身に着け、実践している。


「俺は一向に構わんッ………!」


 当然のごとく弱点を突かれたケモナーは劇画調でウェルカム。結果、なし崩し的に密着状態を継続することになる。それはいいけど事故るなよー、とジオグリフは吐息した。


(まぁ、僕等の場合、恋愛関係はそう簡単には行かないんだけどね。―――前世の記憶があるってのも、存外に厄介なもんだよ)


 どうもこの一行、遅まきながら春の気配が訪れていたが―――一筋縄ではいきそうにないのは、三馬鹿故だろうか。




 ●




 そんな風にして街道を進み、陽が傾いてきた頃、山道沿いの村が見えてきた。


 急ぐ旅でもないし、今日の所はここで一泊かー、と一行が気を抜いていると、ドタドタと完全武装の男達が村の入口から出てきて立ち塞がった。


「止まれ!止まれぇっ!!」


 鬼気迫る表情で、敵意はあるのは理解したが理由がわからないレイターは取り敢えず指示に従って手綱を締めて馬車を停車させる。すると男達が馬車を取り囲み、物々しい空気を維持したまま一行の真正面に陣取った老人が誰何する。


「あんたら、何者だ?」

「何って俺等はただの冒険者だけど」

「嘘こけ!こんな禍々しい馬をただの冒険者が使うか!デルガミリデ教団の一味だろう!?」

『あー………』


 おそらくは村人であろう男達に指摘を受けて、一行は天を仰いだ。


 あの決戦の折、乱入時に無茶をした影響で元々使っていた馬車は大破して使い物にならなくなっていた。直すにも少々手間なので、応急処置的にトライアードから普通の馬車を貰ったのだが、曳く馬はいつもの影の馬。


 オルバス、とマリアーネに呼ばれるこの馬は禍々しさはあっても、何しろ必要な時に召喚して必要がなくなったら還せるので場所を取らずに食費もかからないのだ。


 言ってしまえばメンテナンスフリーなので便利に使っているのだが、やはり会う人会う人を警戒させる。


「マリー」

「はいはい」


 仕方無しにマリアーネが影の馬を送還すれば、少しだけ警戒が和らいだ。


「それにしてもこいつら気になることを言ったな。先生、デルガミリデ教団っていやぁ、確かあの巨獣を呼び出したんじゃないかって連中だろう?」

「そうだね。兄様の調査報告ではそうなってた」


 三馬鹿にとっては後から聞いた話だ。あの戦争自体が仕組まれていたものらしく、裏で暗躍していたのがデルガミリデ教団であることと、どうやったかは知らないが、あの邪神も教団が呼び出したのではないか―――という話を父から後始末を任され奔走していたミドグリフから示唆された。


 三馬鹿にとっては直接絡みが無かったので「ふーん、そんなのいたんだ」程度の軽い認識であるが、どうにも民に飛び火している空気を察した。


「僕はジオグリフ・トライアード。トライアード家の三男坊ですよ。ほら」


 なのでジオグリフは三本の大槍が交差するという意匠のトライアード家の家紋入りマントをこれ見よがしに見せて、無害アピールを試みる。


「一応、証明じゃないけれど私達もギルドカードを見せておいた方が良いわね」


 それに乗っかるようにして、ラティアを筆頭に他のメンバーもギルドカードを見せると、ようやく村人達は武器を下ろした。警戒が解けた所で、最初に誰何した老人が頭を下げる。


「すんませんだ。またぞろ連中が来たんじゃないのかと思って………。私はギズ。この村の村長をしております」

「それは構いませんが、一体何があったんです?」

「実は………いえ、立ち話もなんですから、まずは村へどうぞ」


 そう言って、一行を村へと案内し始める村長は、とても疲れた顔をしていた。




 ●




「なるほど。連中の残党か、また別の一派が周辺で跋扈していると」

「はい………。今日貰いに来るから食料を用意しておけと………。わざわざ前日に通告してきまして………。領主様にも使いを走らせましたが、おそらく間に合わぬかと………」


 村長宅で、事のあらましを聞いた一行は、茶を啜りお茶請けを頬張りながら遠慮なく寛いでいた。この連中、紛いなりにも邪神を討伐してしまった影響で危機感のボーダーが上がりすぎているのかも知れない。


「なぁ、リリの字。結局デルガミリデ教団ってのは何なんだ?元はリフィール教会だってのはこの間、聞いたけどよ」

「何だよその呼び名。まぁ、確かに元は教会の一派だったんだけどさ」


 レイターがリリティアに尋ねると、彼女はその呼び名に嘆息つきながら説明した。


 元々、リフィール教会というのは女神リフィールを主神とする宗派である。とは言え一神教というわけではなく、その他にも様々な神を奉っている多神教だ。あくまでその中心である神が、リフィールである、というだけである。


 歴史的には初代魔王ユースケの頃―――およそ3000年前から存在する宗教であり、少なくとも分派する600年前まではデリガミリデ派もリフィール教会の中の一派で、記録では特に問題なく仲良くやっていたようだ。


 ただその頃、デルガミリデ派の中で教主の代替わりがあった。そして新しく教主になった男の主張が、リフィール教会の中で論争を巻き起こすことになる。


 曰く、『主神リフィールは女神であり、その伴侶が男神であるデルガミリデ様である』。


 心の中で思っているだけならばまだ良かったが、大っぴらに主張した上に他派にまで押し付け始めたので大問題となった。いよいよ人死が出る宗教戦争まで発展し始めた頃―――見るに見かねたリフィール本神が聖地に降臨し、その主張を否定。


 曰く、『何が悲しくて私があんな邪神と結婚しなくちゃならないんですか!わ、私は、その、ちょっと強引で、容赦ないけど、何だかんだ面倒見てくれる人が―――はっ………!べ、別に鳴神さんのことなんか、全然好きじゃないんですからね!?』とのこと。


 余談だが、鳴神という神のことなど知り得なかったリフィール教会は慌てて宗派を立ち上げたそうな。


 とは言えそこで一件落着とはいかず、本神から否定されても納得がいかない―――いや、引っ込みがつかなくなったであろうデルガミルデ教団はリフィール教会を出奔。『この世界を正す、其の為に一度破壊する』というそれっぽい名目で地下に潜って日夜テロ工作を行っているらしい。あの邪神復活の一件も、その流れで起こったもののようだ。


「ってな事があって、数百年前にリフィール教会とは袂を分かっている。裏社会だと未だに色々根を張っているみたいだが、ウチとは一切関わりがない」

「世界最大宗教でカプ論争してましたの?しかも推しから直接否定されるとかお通夜確定ですわね………」

「そう考えるとしょうもない争いに見えるね、宗教論争。過激派信者は厄介ファンか………」


 おそらくはリフィール教会の秘事―――よく見ても研究家ぐらいしか知りようのない事実に、マリアーネとジオグリフはうんざりした。


 一方のレイターはと言うと。


「ふーん………。昔の比叡山と日蓮宗みたいなもんか。過去に天文法華の乱みたいな宗教戦争して、仲裁するやつも勅許するやつもいないから分派したまま再興すること無くそのまま地下に潜ったと」


 日本の歴史に照らし合わせて納得していた。


「この男、妙に歴史に詳しいですわね。勉強とかしていたイメージ無いのですけど」

「いや多分、戦国時代専門だと思うなぁ。歴史を題材にした漫画とか見てて、気になって背景を調べたらその前後だけ妙に詳しくなっちゃった系。例えば―――レイ、鎌倉幕府はいつできたか覚えてる?」

「1192作ろう鎌倉幕府」

「最近では1185年らしいよ」

「へぇー」


 その興味なさげな生返事から、案の定、漫画知識だったようだが。


 と、そこへ―――。


「てぇへんだ!また奴らが!―――デルガミリデ教団が来たぞ!!」


 渦中のデルガミルデ教団が、村へと侵攻してきたとの知らせが舞い込んだ。

今回、カクヨム側で自爆更新してしまったので合わせて投稿しましたので、次回投稿はまだ未定です。

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