第四十九話 SF世界の侵略者 ~未だ空を飛べない漢の浪漫~
次回、第一部最終話。
幼き日―――ブラウン管越しに見た光景に心を踊らせた。
思春期―――活字や絵で妄想し、自分で作ることもしてみた。
大人になって―――幼稚なことだと言う世間の風潮に抗えなくて、好きなのに背を向けなければならなかった。
生きるためには食べる必要がある。食べるためには金がいる。金を手に入れるためには働かなければならない。では、働くために捧げるものは何か。
答えは、時間と体力である。プラスαは人それぞれあるが、万人に共通しているのはこの二点だ。
現代社会で死の間際まで政治家であったジオグリフではあるが、無論、25になってすぐに出馬したわけではない。そのために必要な人脈づくり、供託金集め、知名度を上げるためのドサ回り―――そこに至るまで極一般的な企業に勤め、力と経験を蓄える時期があった。
正直、思い出そうとしても難しいぐらいに無味乾燥な日々であった。
ただ、不満、不平、疲労を押し隠して機械的に動き、日々を浪費して金に変えていくだけ。振り返ってみても、何一つ面白いことなどありはしなかった。勿論、ジオグリフ自身が政治家を志していてそのための踏み台期間なのだから満足するはずもない。そんなある日、ぽっかりと空洞のような連休が出来た。
始まりは主な取引先が世界不況から生産減となって、稼働率を大きく下げたこと。元請けであり、世界的にも有名な企業だったために関連企業子会社下請けと軒並み急ブレーキ。そこから一気に別業界にまで波及するのも時間の問題であった。彼が所属していた会社も例に漏れず、取り敢えずの対策として会社は溜まった有給を消化しろと命令を出した。
こっちから申請しても使わせてくれない上に規定超過分は切り捨てするので元から有給などあってないものだというのに何を偉そうに、とジオグリフは毒を吐きつつ小バカンスとも言える連休を受諾。さて何をしようか、と休みの初日に朝からテレビを付けてみれば、やっていたのは「夏休み子供スペシャル」。
最初はなんだか懐かしい気分だった。そういうのもあったね、と。
次にああそうそうこんなお話だった、と記憶を探りながら楽しんでいた。
気づいたらあの頃の気持ちを思い出して、当時ハマっていた数々の作品を探すべく家ひっくり返す勢いで家探ししていて、結局休みを全てそれに費やした。
その時に気付いたのだ。
男という生き物は、いつまでも少年の心を忘れられないのだ、と。
故にこそ浪漫は死なず、鉄の城は少年ハートと共にある。
「鉄不足で未完成、しかも試射無しのぶっつけ本番というのが残念であるが―――オタクにとってはまたそこも唆るのだよ!未完の最終兵器って最高!!」
腕を組み、仁王立ちしたジオグリフが興奮して叫ぶと、呼応するように背後の1000t超の鉄インゴットが形を変え始める。
幻想侵食を既存の魔法学に分類するならば、第零魔術式。空想を具現化する場を形成する、という特性の魔術であるが、その使い方は想像だけに限る訳ではない。鉄壁デブと呼ばれた名もなき兵士が自らの愛槍を触媒にしたように、既にあるものを使って省略、あるいは増幅、または補強しても構わないのだ。
夢に見たのは空飛ぶ戦艦。
いつか鋼鉄の船を作って空に浮かべ、その無敵戦艦を駆って果ては宇宙の海へと漕ぎ出す―――そんな妄想を、幾度したことか。
ジオグリフは思い出す。幼き日、拙い理屈をこねくり回して考えた「ぼくのかんがえたさいきょうのうちゅうせんかん」のスペックを。そしてこの世界用に改変、落とし込んでいく。
「船体造形は旧日本海軍の戦艦ベースだが、艦首砲と格納された回転衝角、そして六発の噴射ノズルを備えたために全長412m、全幅64m、主翼展開時には87m。主機は試作魔導機関、始動用補助機関は通常内燃機関―――」
「ジ、ジオ?―――え………?」
唐突にブツブツと、しかも早口で何事か呟き始めたジオグリフを心配してラティアが声を掛けるが、それを遮るようにして彼等の背後に巨大な塔が出来上がる。その影に入って初めて気付いたラティアは、ぽかん、とそれを見上げた。
全幅で言えば40m超、全高は100m。気付いたら鉄の塔が出来た―――この世界の住人であるラティアは思った。しかしもしも、ここに三馬鹿と同じ世界から来た人間がいたのならばこう思ったはずだ。
あれ、地面に埋まった大砲じゃね?と。
そしてそれをジオグリフが聞いたとしたならばこう答えるはずだ。
正確には主機直結系の艦首砲を抜き出したもの。だって鉄足りなくて未完成だし、と。
ぐらり、とその艦首砲が揺れて、轟音とともに転倒―――いや、鋼鉄の砲口をデルガミリデへと向けた。
「行くよ、ラティア!」
「え?あ、ちょっと………!?」
ジオグリフは戸惑うラティアの手を取って艦首砲の背後、即席で作り上げた艦橋に似た場所に回り込み、そこに備え付けられた操作盤に陣取る。
「では憧れの発射シーケンス、行ってみようかぁ………!」
指をパキパキ鳴らし、口の端を歪めてジオグリフは操作盤に指を走らせる。
「システム、砲撃シークエンスへ移行。補助エンジン始動―――」
追加詠唱!?とラティアが慄くが半分違う。魔法はイメージの世界。これは言ってしまえばイメージの補強だが、半分はSFオタの悪ノリである。
だが幻想侵食の展開下において、その悪ノリはこの上ない力となる。
ガコン、と鈍い鉄の音とエアーが抜ける音、それからモーター駆動音が鳴り響いて艦首砲の内部で安全装置が解除されていく。一拍置いて僅かな振動が伝わったかと思えば、一定間隔のノッキング音をラティアの耳が捉えた。この世界の人間は知る由もない、重厚且つ低速のエンジン音。
「規定電圧に到達。―――試作魔導機関、点火」
そして火入れの瞬間、燐光が爆ぜて艦首砲を包みこんだ。
「ひっ………」
今までに感じたことのない、それこそこの世のものとは思えぬ魔力の高まりに、ラティアは思わず息を呑んだ。精霊達が暴れている―――否、興奮している。それも無差別無作為ではなく、これから起こることに対して喜びにも似た動きだ。
その狂喜乱舞具合に彼女は驚くが、精霊が見えないジオグリフは特に気にせずに次の段取りへと移行する。無論、盤面に備え付けられた幾つもの計器類のダンスを確認しつつ、やはり物理メーターは良いものだ、と悦に浸って。
「試作魔動機関、圧力上昇を確認―――非常弁全閉鎖開始」
圧力暴走を防ぐための閉鎖弁が塞がれ、定常出力される魔力が圧力調整室へと送り込まれる。
「仮想砲身展開。ファイアリングロックシステム解放。薬室への流入路開放。全魔力回路の直結を確認。重力錨射出―――固定完了」
砲身の先端から光の短い道が形成され、砲口が伸長される。それと同時に砲撃加速装置の安全が解除され、エネルギー経路が確立される。さらには砲身の横から左右に錨が飛び出て平原に突き刺さり、砲身そのものをガッチリと固定。
「諸元入力開始、気象、及び地磁気による誤差修正―――完了。放出レベル最大に設定。調整室内正常加圧中。ライフリング回転開始―――」
操作盤のエンターキーをターンッと叩いてジオグリフはメーターを見守り、限界域手前で。
「トリガーシステム起動―――!」
ジオグリフの言葉とともに、ラティアの眼の前に鉄の台座が出現した。その台座には、何か握りのあるものが備え付けられており、この世界の住人であるラティアでも何かのスイッチであることぐらいしか理解できなかった。
他の馬鹿二人なら、「あーはいはい、波◯砲の発射引き金ね」と即座に理解したことだろう。
「ラティア。私は出力制御に忙しいから、それを」
「ど、どうすれば?」
「僕の合図とともにそこの引き金を引けば良い。狙いはこっちでやるから。美味しいところを譲るんだ―――頼んだぞ、《《ラティ》》」
「………!?―――ええっ!」
唐突に魔王の声音で愛称を呼ばれ、ラティアは一瞬戸惑ったが気合を入れて、その銃座に付いた。その際に穂先の耳がぴーんと上に伸びたのをエルフスキーは見逃さなかった。
ともあれ、状況は整った。
「魔力出力、上昇………!」
主機が吠えて更に圧を上げる。
だがデルガミリデも突如現れ、更には自身に迫る魔力を発露させる存在を看過できようはずもない。まずは自分に纏わりつくトライアード軍を蹴散らすべく、新たな手段を取る。
身を屈めるようにして丸くすると、体中の装甲板が跳ね上がって、そこから隠れた砲口が出現する。直後、口蓋から発射された破滅の光よりは小規模ではあるが全周囲へ向けて光が発射された。
それに対しトライアード軍は。
『なんとぉ―――!!』
被弾しながらも全員が気合で回避。直後にリリティアの第一復元術式を受けて回復。しかし、その無理な回避の影響で僅かなりとも空隙ができる。
巨獣はそれを見逃さなかった。
最大放射ではないものの、口蓋から艦首砲へと向けて極光が放たれる。
だが。
「―――カズハ!」
ジオグリフの呼びかけの先―――艦首砲とデルガミリデの間に、狐獣人の少女が立っていた。
●
「硝子ノ鋼!」
迫りくる極光に対し、カズハは懐から符を取り出して投げ放ち、即座に結界を展開する。
全力を正面に傾け、ハニカム構造の燐光を伴った壁が出現。更に追加で重ねて展開し、都合12枚の障壁が極光に立ちふさがって―――直後に7枚貫通した。どうにか保った8枚目も、すぐに罅が入って割れる。9枚目到達。
(やっぱり、私では………!!)
あまりの破壊力に絶望がカズハの脳内で鎌首を擡げる。その心を反映するかのように、9枚目にも罅が入る。極光に目を細め、もう保たない、と諦めかけたその時だ。
「よぉカズハ。どうした、ビビってんのか?」
「レイター様………!?ここは危険です!」
背後から声がかかって、思わず振り返ってみれば疲れた顔をしながらも笑っているレイターがいた。彼は飄々と歩きながらカズハの隣に立った。この戦場で、今最も危険な場所に。自らの力は全て使い果たしたのにも関わらず、身一つで。
「大丈夫さ。先生も言ってただろ?望む全てを叶えるって。―――いつか届く自分を想像すりゃいいだけさ」
「いつか届く、自分………?」
「いつかはああなりたい、こうなりたい。そんな夢さ」
9枚目の障壁が割れる。10枚目到達。
「確かに、世の中にゃ夢を馬鹿にする奴は一杯いる。けどよぉ、したり顔で夢を否定する連中は、結局は自分達が抱いた夢に辿り着かなかったもんだから存外知らないもんさ。人の夢ってぇのは、どうあったって最初の一歩はそんな馬鹿な妄想から始まるもんだってことを。だからいいんだ―――思うがままに望んで」
10枚目に亀裂が走る。だがレイターは不敵な笑みを浮かべたままだ。
「レイター、さま………」
「でなきゃぁみーんな死んじまうぜ?だからさぁ―――」
10枚目が弾け飛ぶ。11枚目が悲鳴を上げる。
「やっちまえカズハ!お前のやり方で!あんな邪神の最後っ屁なんぞに、お稲荷さんのご利益が負けるもんか!!」
11枚目を貫かれ、とうとう12枚目。
最後の一枚。眼前に破滅の光。だが、カズハはかつて無いほど集中力を高めていた。
いつかなりたい自分。幼い頃、見上げて育ったあの背中。無意識に手が伸びたあの尻尾。
望んだものは、そう―――義母のような聖獣だ。
「いつか―――いつか、クレハ様のような聖獣に………!!」
決意の言葉と同時にカズハの尻尾に変化が起こった。彼女の尻尾が分かたれ、九尾に変化。更には顔や身体の骨格も狐のそれへと近くなっていく。鳶色の瞳は黄金に輝き、髪から尻尾まで色は眩いばかりの銀毛へと変わる。
聖獣化、と呼ばれる現象を早回しで見ているようだった。
思い出すのは幼き日、結界術の修行時に聞いた義母の言葉。
『良いかカズハ。柳に雪折れなし、ぞ。ただ結界を張るだけが結界術ではない。これの深奥は有形にして無形。故にあらゆる無法に通じ、果ては天に通ず術よ。守り狐たるやを目指すのであれば、常にそれを忘れてはならぬ』
懐から残りの符を全て取り出す。今更障壁を追加で展開して、出力を上げた所で砕かれるだけだ。硬い木は折れる。この極光を受け止めきることは、カズハには出来ない。
ならば受け止めずとも良い。躱してしまえば良い。逸らしてしまえば良い。
『反射ノ―――』
《《相手に向かって》》。
『―――矜持!!』
その瞬間、最後の障壁の形が変わった。
壁一枚であった障壁が、Uの字の曲面へ。極光がそこを滑るようにして捻子曲がり、放った側の巨獣へと向かって返っていた。
●
再び、絶叫がハーヴェスタ平原に響き渡る。
デルガミリデの魔力砲を、その発射口―――即ち、巨獣の口へと向かって跳ね返したのだ。貯める時間も無く全力ではなかったとは言え、さしもの巨獣も自分の攻撃は痛かったようで、高熱と再生で全身から煙を吹き出しながらのたうち回る。
「守り狐の矜持―――見事であった」
カズハの成した結果にジオグリフは満足気に頷くと、計器類に目を走らせる。魔力充填率は既に70%を超えた。更に出力は止まること無く上昇していく。
「魔力充填率80%、90%、100%―――120%到達。調整弁開放、薬室内へ装填開始」
艦首砲の内圧が高まり続け、それが音と振動となって遂には大気を揺らし始めた。
「圧力循環安全装置解除、最終安全装置解除―――薬室内の加圧限界域到達………!」
砲口に魔力が集約するように集まり始める。
「発射15秒前!総員!射線から退避しろ!!」
まるで可視光線の収斂のようなその光景と、ジオグリフの呼びかけにトライアード軍は全速力で退避を始めた。
「耐ショック、対閃光防御………!」
そして彼は何処からともなくサングラスを取り出して、自身とラティアに装着させる。
「征くぞ!ラティ!」
「うん!」
「10カウントスタート!」
力を使い果たし、ただの獣人に戻ってぐったりしたカズハをレイターが抱えて後方へ退避していく。
それを見送って、射線の確保を確認。
「5」
これから起こるであろう事態に対し備えるため、マリアーネは収納魔法からサングラスを取り出して装着。
「4」
馬鹿が馬鹿をすると察したトライアード一家は揃って身をかがめ、耳に指を突っ込み、口を半開きにして防御姿勢。
「3」
デルガミリデは未だ痛みに悶えている。
「2」
艦首に収束する光が、まるで小さな太陽のように輝きを放つ。
「1―――」
そして。
「―――発射ぁっ!!」
直後、艦首から解き放たれた極大の彗星が、螺旋を描いて世界を裂くようにして疾走る。
●
最初に到達したものは僅かな光であった。
デルガミリデの胸に吸い込まれた光点は、硬い鱗、皮膚、胸骨、臓器を食い破り、更には背中へと抜けていく。
おそらく、それだけならば巨獣の持ち得る再生能力で事なきを得ただろう。
だが、それはあくまで前兆―――誘導線、照準光に過ぎなかった。
螺旋を描く本命、魔導砲の光芒がデルガミリデの尋常ではない再生能力を上回って、まるで削岩機のように巻き込み、破砕しながら直進してくる。その大きさはデルガミリデの巨体の倍近く、さながら全てを飲み込む彗星を前に対峙しているかのような無常感。
一瞬にも満たぬ時の中で、デルガミリデは本能として死を感じ―――到達した光芒は、巨獣に瞬きすら許さず、その全てをこの世から消し飛ばした。
●
そしてラティアは見た。
手にした引き金を引いた瞬間、新星のような煌めきとともに世界が白銀色に包まれ、それが収まる頃には景色が一変していたのを。
戦争によって血を吸った平原は大地が捲れ上がり、貯水湖かと思うほどの弾痕を刻み付け、その先の渓谷は幅が大きく改定され、更に直線上の山の頂上が半分以上削り取られていて三日月のように歪な形になっていた。
最初に認識したのが景色で、だからこそ巨獣の姿がないことを理解するのに一拍遅れた。
「あ………」
そう、あれほどの存在感を放つ巨獣の姿が失せていた。
「―――ふぅ、片付いたみたいだね」
「ジオ―――………!?」
隣から声を掛けられて振り返ってみれば、ジオグリフが膝を着いていた。肩で息をして、綺羅びやかだった金髪も色褪せて総白髪。ひと目見て分かるほどの疲弊具合―――典型的な魔力欠乏だ。
「いや全く、魔力全部使い果たすとか、魔法を使い始めてはしゃいでた子供の頃以来だよ。………ごめんラティ、後のことは任せた」
「ジオっ!」
ふっと力と意識を失ったジオグリフをラティアは抱き止めて、しかし呼吸の安定を確認し安堵する。
「………お疲れ様、ジオ」
こうして、ケッセル軍の侵攻から端を発する騒乱は収束することとなった。
次回はまた来週。




