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第四十八話 幼さが連れてきた憧れ、憧れが追いついた夢

第一部終了まであと2話。

 馬鹿(ジオグリフ)の叫びに、やはり馬鹿(マリアーネ)はくすりと笑ってみせた。


 思い出すのは15年前。リフィール神に転生の話を持ちかけられた際だ。


 人魂状態だった三馬鹿は、お互いに顔も名前も知らないが妙に波長が合っていたのはすぐに理解した。だからマリアーネから腹を割って話すように言い出したのだ。


『―――ねぇ。転生するのは良いけどさ、二人はどういう風に生きたい?』

『あん?どういう風にって、そりゃぁ―――獣ハーレム?』

『それ動物園と何が違うのさ。私は空飛ぶ戦艦作りたいなぁ………』

『そうじゃなくてさ。えぇっと………ああもう、しょーがないな。ボクさ、結構鬱屈してたの。もう前世になる地球で』

『まぁ、そりゃ俺もだけどさ』

『私も、そうと言えばそうかな………』

『だから次は、これからはどういう風に生きたい?』


 うーん、と考え込む―――いや、躊躇う二人に、まだ彼だった彼女は自分の考えを開陳する。


『ボクはね、女の子になりたい』

『は?女の子?』

『うん。―――今度は、憧れだけで終わらせたくないから』

『あー………俺も一度ぐれーは、ちゃんと報われる恋愛してみてーかな』

『私は………そうだな、ほんの少しでいい。今度こそ、自分の力で人助けをしたい。誰かやシステムに任せると、きっとどこかで捻子曲がるから』


 三人で語った、おそらく前世でも胸の内に仕舞っていた本音。


 ほんの少しの時代の移ろいで、容易く変わってしまう程度の常識に傷つけられ、打ちのめされ、やがて笑顔を失っていく。だからそれを守るために、ずっと伏してた心の一番柔らかい場所。


 それを詳らかにしたからこそ三人は互いを理解し、それでいて尚、共に並んで歩くことを選んだ。


 翻って今だ。


 最早魔力はからっけつ。動くのですら億劫だ。しかしそれでも、声ぐらいは出る。だから手伝ってやろうと思う。前世で世の中を変えようと、民衆を助けようとしていた馬鹿(お人好し)を。必死で足掻き、しかし数の暴力(民主主義)に勝てなかった馬鹿(政治家)を。それでも尚、誰かを助けたい気持ちを失わなかった馬鹿(魔王)を。


 正しさばかり気にして心を腐す現実に、理不尽な蹴りを入れてやるのだ。


 今度こそ、ゲラゲラ笑って生きるために―――マリアーネは大きく息を吸う。


「リリティア!今こそ貴女の力を見せておやりなさい!トライアード全軍を癒やすのです!」

「お、お姉様!?そんな無茶苦茶な!?」


 ラドグリフとルドグリフの治療を終えたリリティアは、マリアーネの無茶ぶりに思わず悲鳴を上げた。いくら聖女とは言え、トライアード全軍を―――これまでの戦闘で数は減ったとは言え二万を超える兵を癒やすことなど到底不可能だ。


 そう、常ならば。


「ジオの魔法があります!この切り札は望む自身になれる魔法!今この瞬間だけは、貴女はどんな聖女すら届かぬ回復魔法の使い手になれるのです!!」


 マリアーネは知っている。


 SFオタが考察し、研究し、辿り着いたこの魔術。幻想侵食と名付けられたこれは、本質的に復讐の魔術だ。大人になるに連れ、周囲から抱いた夢を幼さと断じられ、世間と協調するために切り捨てられることを余儀なくされた感性。想像や妄想―――いや、《《幻想を現実に侵食させる》》魔法。


 大人になることを迫られた幼さの反逆。


 無理と無茶と無謀を、意地で通すための魔法。


 だからこの瞬間だけは、聖女たるリリティアは神に迫る奇跡を扱えると彼女は判断したのだ。




 ●




「で、でも………!」


 しかしながら、ジオグリフの展開した魔法の本質など知るはずもないリリティアは当然のように躊躇う。2万の軍を全て癒やすなど、伝説の初代聖女ですら成し得ていないだろう。


 だが。


「それとも、私の隣に並び立ちたくないんですの?私、己で何も成せない女を側に置くつもりはありませんわよ?」

「―――!わっかりましたぁ―――!!」


 リリティア・ハーバートという女は、そんな前例になど興味はなかった。


 いいや、元々聖女という立場にすら興味はなかったのだ。回復術を習得したのも、生家の近所にリフィール教会があって、そこの修道女の手伝いをしている内に見様見真似で覚えた手慰みのようないきさつだ。才能を見出され、政治的理由で養子に出された。聖女と認定され、周囲に人が増えても、しかし彼女は俯いたままであった。誰もがリリティアを聖女として見ていて、ただの少女でいられなかったから。


 けれど。


(お姉様だけが、あたしをただのリリティアとして見てくれた………)


 マリアーネに出会って、初めてリリティアは聖女になる前のリリティアに戻れた気がした。


(変な奴らの仲間になって、案外居心地が良かった………)


 シリアスブレイカーズに転がり込んで、色々と騒がしい毎日を送るようになって、世界が色づいて見えた。


(だから今がいい。今のままが良い。もう少し、この居心地の良さを感じていたいから―――)


 その為に必要だというのなら―――。


(―――伝説くらい、超えてやる!!)


 背にしたメイスを抜き放ち、天へ掲げたリリティアはトライアード軍へ向かって声を張り上げる。


「おい!兵隊共!今からあたしが癒やしてやる!!完膚なきまでに全員治してやっからヘタれたら承知しねぇぞ!?」


 リフィール教会にある聖書にて、最初の聖女はどこからともなく現れたという。


 長い黒髪を靡かせ、夜空のような黒と星星のような輝きを持った瞳で人々を魅了し、争いごとを嫌う慈愛溢れる性格だったと記述されている。国同士の戦争にはあまり関知しなかったが、勇者戦争と呼ばれる大乱期に自国が巻き込まれ、否応なく参戦。


 神器を携え、一個大隊を率いて自軍の負傷者を治しながら敵国の中央政府に突撃を掛ける聖女に、人々は畏敬の念を覚えたそうだ。その時は5000人を一度に回復したと聖書の記述に残っている。これは歴代聖女の中でも最大の公式記録であり、未だ抜かれていない偉業でもある。


「繋がれた万象を紐解き、今こそ理の外へ」


 唱えるのは、歴代聖女ですら数えるほどしか使い手がいなかった回復術最大の術式。


「奇跡に祈らず、奇跡に縋らず、されど奇跡を起こすべく」


 あるいは死んでさえいなければ、あるいは魂さえ肉体に留まっているのならば、例え髪の毛一本、例え爪の先一欠片からでも完全再生する女神の奇跡。


「女神の示す道の、その先へ!」


 その()()()()


「―――第一復元術式(リザレクション)!」


 叩きつけたメイスが大地に罅を作り、それをなぞるように、まるで神経のような魔力線がハーヴェスタ平原を走り抜ける。


 その日、歴史上の聖女が誰一人として成したことのない偉業を、世界は観測した。




 ●




 ここに至るまでとんでもない理不尽や想像だにしないイレギュラーにも慣れてきたトライアード軍であっても、流石に戸惑っていた。


 領主一族の三男坊が何か大きな魔法を使った。その仲間が伝説にある回復術を行使した。ハーヴェスタ平原に魔力の線が走って、それに触れた怪我人が即座に全快した。半死半生は言わずもがな、後数秒で息を引き取る者、息を引き取った直後の者ですらだ。


 まさに神話のような奇跡だ。


 だが、既にトライアード軍は先を見据えている。喜びもそこそこに、これから先を考えた。即ち、あの化け物相手に、如何すれば良いのか、と。逃げるという選択肢は既にない。あんなものを放置した所で、追い付かれてしまえば結局は死ぬし、更に深く侵攻されれば家族まで巻き込む。


 ではどうすればいい。どうすればアレを倒せる。ただの兵士でしか無い自分達に、何が為せる。


 ジオグリフの言葉を聞き、奇跡をその身に受けて、尚も戸惑うトライアード軍―――その中で、一人だけ思うところがあった者がいた。


「望む、自分………」


 むくり、と大柄な身を起こした一人の男は、感覚を取り戻した自分の右腕に視線を落としてポツリと呟いた。


 先の禁忌の魔女戦の折、何とか生き残りはしたものの右腕は失い、左足は欠け、失血量も多かったため意識は朦朧としていた。そして沈みゆく意識の中でジオグリフの言葉を聞き、気づけば手足は復活しており、今は意識もはっきりしている。


(そうだ、僕は………僕はずっと変わりたかったんだ………)


 元は騎士爵の次男坊。家族にも愛され、我儘放題に育ったせいか身体は横にも大きくなり、力もそれなりにあったからよく暴れていた。


 そんな中、彼は愚連隊の話を聞く。まるで物語の英雄のようだった彼等に憧れ、その門戸を叩き、しかし拒絶された。それでもどうしても彼等のように成りたかった彼は、騎士の親とともに直談判に行き―――逆に諭されてしまった。


『否だ!泥に塗れ、生まれ変わる覚悟の無い者、今に満足しているような温い連中に、隊に入る資格はない!そして、被った泥一つ、傷一つ誇れぬ人間など信用できるか!!』


 その8歳児の説教に衝撃を受けた。自分よりも年下の子供に、思わず膝を屈してしまうほどに。


 結局愚連隊には入れず、しかし程なくして実家が騎士爵だったために第二騎士団には入れた。それから男は一人でずっと自分を鍛え続けてきた。ぶよぶよだった身体は鍛えてもさほど引き締まらなかったが、非常に肉厚になってちょっとやそっとの攻撃には動じなくなったし、鉄壁デブだなんてあだ名されるようになった。


 そんな彼でも、この戦争では戦闘不能になるぐらいに酷いものだった。


 魔物はまだ良かった。強い弱いはあっても、まだ戦って勝てるイメージが湧いたから。だが、あの禁忌の魔女相手には何もさせてもらえなかった。気づけば死の風が飛んできて、右腕が斬り飛ばされた。怪我を押して相手の魔力補充の隙を狙って突撃したが、それも間に合わずに左足を消し飛ばされ、落伍した。


 分かっている。自分は英雄の器ではないと。故に英雄級の相手には雑草が如く刈られるのが常だと。


 だが。


(まだだ………まだ、終わっちゃいない………)


 腕に力が籠もる。意識を失ったままでも握りしめていた左手の槍に気づいた。陽光に照らされた鈍い輝きが、一緒に行こうと応じたように見えた。


(ありがとう。ずっとそばにいてくれて。これからも、君と一緒に―――)


 左手の愛槍を改めて握る。


 愚連隊には入れなかったが、いつか憧れた彼等の流儀に倣って愛槍に名前をつけ、柄に彫り込んでいた。


 だから彼は叫ぶ―――彼女(愛槍)の名を。


「シャ―――リ―――ン!!」


 直後、愛槍(シャーリーン)が光り輝いた。




 ●




 そしてトライアード軍は戸惑いの中で見た。


 自軍の後方から誰かの名前を叫ぶ声とともに光の柱が立ち昇り、転がるようにして丸っこい人影が最前線に躍り出たのを。平原を爆走するその人影を認識して、誰かが気づく。


「あれ………第二騎士団の鉄壁デブじゃねぇか!?」

「だがアレは………あの背中のは、何だ………!?っていうか誰だ!?」


 白銀に輝く大槍を携え、巨獣に向かって一直線に駆ける丸っこい兵士の背中には、翼の生えた少女がいた。まるで天使族の少女に見えるが、彼の手にした槍から生えているように見える。彼女は羽衣を身に纏い、慈愛の微笑みを湛えて丸っこい兵士を背後から抱きしめていた。


 そして白い翼を広げて、丸っこい兵士が更に加速する。巨獣が体勢を立て直す。迫る脅威を龍眼で見据え、身を捻った慣性を利用して尻尾を叩き落とすように振り下ろす。


「オイ、あいつ死ぬ気か………!」


 さながら特攻兵器のように巨獣へと突撃する兵士にトライアード軍が危惧するが、それを見たジオグリフはゲラゲラ笑って否定する。


「死なんさ!彼は見つけたのだ!成りたかった自分を!望んだのだ!最強の自分を!ならば叫べ!さすれば君の掲げる幻想()が―――その理不尽(現実)侵食(破壊)する!!」


 故に鉄壁デブは槍を振り上げながら叫ぶ。


 いつか憧れた彼等(愚連隊)に追いつくべく、決して彼等(蓮の花)のようになれなくても、それでも彼等(英雄)の隣に並び立ちたいから。


「―――()()()()()()()()()()()()()!!」


 直後、金色に輝いた名無し(ロータス愚連隊で)の英雄(すらないモブ)が、頭上から迫る巨獣の尻尾を叩きつけた大槍で斬り飛ばした。




 ●




 絶叫がハーヴェスタ平原に響き渡る。


 終末の獣、とまで渾名された最終兵器が痛みに耐えきれずに吠える。血と魔力と瘴気を振りまきながらおそらく生まれて初めて味合う激痛にのたうち回り、しかし徐々にではあるが斬り飛ばされた尻尾も再生されていく。


 それを成したのがただの一兵卒、という事態にロータス愚連隊はゲラゲラ笑っていた。


「本当に、坊っちゃんにはいつもいつも驚かされる」

「お仲間も大概だったが、やはり坊っちゃんもおかしい。何なんでしょうな、この出鱈目」

「然り然り。我々の苦労を嘲笑うようではないか。いや全く、痛快痛快」

「しかしアレか。今、我々も愛槍の名を叫べば、ヤツのように美少女の背後霊が………?」


 そんな中、一人がふと呟いた疑問に愚連隊全員が一斉に自分の槍に視線を落とした。


「巨乳、巨乳の金髪美女が良いな………」

「分かっているよな?君はきっとロリなはずだ。大槍だからきっと母性ロリ………!!」

「八重歯っ娘!八重歯っ娘!八重歯っ娘!!」

「メカクレメカクレメカクレメカクレメカクレメカクレ………」

「デコデコデコデコデコデコデコデコデコデコデコデコ………」

「お清楚が一番に決まってるだろ!」

「この破廉恥共が!―――筋肉フェチの熟女の良さが分からぬか!!」

「褐色のギャルおくれ―――!!」


 続々と性癖暴露と勢力争いを始める部下達に、リードリヒは喉を鳴らす。


「全く、ここが戦場であることを忘れそうになるな」

「とは言え我々のやることは変わりませんな、リードリヒ副長」

「そうだな。いつだって俺達はそうだ。元から馬鹿だ。難しいことはよく分からん。それしか出来ないし、それしか知らなくて良い。無駄に考えれば鈍る。無為に悩めば止まる。無理に先を見すぎれば心が折れる。だから、ただ眼の前のことだけ集中していれば良い。結果なぞ所詮、我々の足跡でしか無いのだから」


 部下の問いかけにリードリヒは頷いて、槍を掲げて最前列へと出る。それを見た部下達も続く。


「とどのつまりは―――」


 敵が何であろうと関係ない。いつものように―――ただ真っ直ぐに、愚かしく、咲き誇れればそれでいい。


『ぶっ倒れるまでインファイト!!』


 傷は治り、体力は回復、ついでに魔力まで充実したロータス愚連隊は再び声を重ねて切り札を切って黄金に輝く。―――今度は、それぞれが望んだ通りの美女や美少女を背後に浮かばせて。




 ●




「行かんのか?」

「知ってるだろ、親父。アレの隊長だぜ?俺。―――まかり間違って婚約者(サテラ)にバレたら殺されそう」


 痛みに暴れる巨獣に向かって突撃を始めたロータス愚連隊と、それに続くようにして走り始めた全軍を見送るルドグリフを見てラドグリフは尋ねるが、当の本人は肩を竦めて韜晦した。


 愚連隊の中には妻帯者もいるのだが、背後に出現したのは彼等の嫁とは似ても似つかぬ美少女や美女である。もしバレたら大丈夫だろうか、とルドグリフは心配しつつ兄に水を向ける。


「まぁ、行きたいのは山々だが、次男坊にだってやりたいことがあるのさ。―――なぁ?兄貴」

「そうだね。私―――いや、僕等にだって憧れはあったんだよ、父上」


 憧れ?と疑問に思う父に答えるようにミドグリフは右手を掲げて口ずさむ。


「残響の空、絡みつく熱砂の風を呼び起こせ」


 16年前、まだ子供だった頃に聞かされた父の英雄譚。今だけは、それに手が届くというのだ。


「滲む陽炎よ、今こそ絶望の灼熱へと姿を顕せ」


 だから兄に倣ってルドグリフも続くようにして唱える。


「赤なる輝きよ、絶望も苦難も災怨すらを穿く剣となれ」


 そして息子達に向けられた視線に苦笑したラドグリフも、最後の一小節を口ずさんで―――。


天破光爆(ダーインスレイブ)


 親子三人の伝承魔術が巨獣の身体を貫いた。




 ●




 幾つもの巨大な炎の剣が巨獣を平原に縫い付けるようにして突き刺さる。身を捩って暴れる巨獣に向かって、愚連隊を筆頭にトライアード軍が突撃を敢行し始めた。一時的にではあるが、各人が物語の英雄が如き力を手に入れて、それは確かに巨獣への有効打へとなる。


 だが。


()()()()無理か」


 その皆の様子を満足気に見ながら、ジオグリフはそんな言葉を零した。


 確かにデルガミリデに対し、彼等の攻撃は効いている。だが、それ以上にデルガミリデの再生能力は高い。今までで一番の痛手であったはずの尻尾ですらものの数分で再生し切っている。


 両手足や噛みつき、尻尾、単連射型のブレスを吐き、トライアード軍を蹴散らしていく。幻想侵食の影響で防御力や回復力が異常に上がっており、更にはそれが追い付かなければリリティアが第一復元術式で回復しているので死者は出ていない。しかし攻め切れておらず、このままではジリ貧だ。


 仕方がない部分もある。この幻想侵食という第零魔術式(始祖魔法)は、魔法はイメージの産物、という概念の極地になる。もっと正確に言うならば。


「これ、設定厨じゃなきゃ真価を発揮できないしなぁ………」


 自らの想像に対し、事細かに設定を組んで練れなければ真に迫れないのだ。これが強い、あれが強い、という程度のふわっとした子供のような概念では、出力自体はあっても出力するための出口が狭くなって、そのままを持っては来れない。


 翻って彼等―――いや、この世界の人間の想像は拙い。


 ああしたい、こうしたい、という人間的な願望はあるが、それを叶えるための知識や知恵というのがまちまちで、詰めきれない部分が出てきてしまうのだ。


 当然といえば当然だ。


 想像力を鍛えるということは、文化的な存在に触れる機会があったか否かでその効率性が大きく変わる。


 例えば本を読むという行為は、書いた作者の経験や知識というものをそっくりそのまま学習することが出来る。何故なら書き手はある程度想像で補うことはあっても、自身が経験しなかったことを上手く書くことが難しいからだ。出来たとしても、説得力に乏しく、拙い文章になってしまうだろう。


 特にこの世界では、まだ活版印刷がロマネット大商会を中心に出始めた頃合いで、本というのはまだまだ非常に高価だ。だから、兵士である彼等の手元にそうした文化的な存在はなかなか届かず、想像力を鍛えることが難しい。


 無論、他にも観劇や吟遊詩人の唄など他の文化的な存在はあるため、その影響で何とか形だけは整えて幻想侵食の恩恵を受けれているのだ。


 だが、全力で使うにはまだ足りない。


 根本的に矛盾した魔法なのだ。求められるのは幼さのような想像力なのに、扱うためには大人のような理論的な思考を必要とする。


 故にこの魔法の恩恵を十全に受けるのはとかく難しい―――そう、()()()()()()()では。


「じゃぁ、やるとしますか」


 そう言って、彼は自分の収納魔法の中から鉄のインゴット―――それを取り出して山のように積み上げる。いつか叶えようと思っている夢に対する試験材料として集めていたが、今こそまたとない機会だろう。


「幻想侵食とは―――こうして使うものだ」


 故に、遂に(魔王)も望む。


 異世界にて、想像力に特化した文化(サブカルチャー)に触れるどころかつま先から頭の天辺までどっぷり浸かってきたSFオタ(設定厨)が。


 未だ不完全な最終兵器。


 それでも、いつか叶えると誓った漢の浪漫。


 それが運用する、最強最大の切り札を―――今こそ顕現せしめる。


概念存在(オントロジー)―――救いなど無い(セロ・ザルバトール)


 1000t超の鉄の山が、意思を持って動き始めた。

次回更新は来週の水曜日。

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