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第四十七話 三馬鹿の本気 ~幻想を浸食する魔王~

大トリへのタメ回。

 そも魔力とはなんぞや、という根本的な疑問に際してジオグリフは科学的な見地から切り込むことにした。


 この世界に存在する機材では確証までに至れていないが、素粒子の一種ではないか―――というのが彼の出した結論である。


 理由としてはいわゆる属性魔術を行使した際に起こる現象―――例えば土魔術や氷魔術と言ったように質量を伴う魔法の発動を考えるに、既にある原子を組み替えるよりも更に小さい素粒子を並べた方が圧倒的に早く力が少なく済むからだ。もしも魔力が原子だった場合、固定されている原子構造を並び変えて相応の現象を引き起こそうとするならば、基礎と言える四大属性ですら難易度に差が出てしまうのである。


 その場合、風が最も楽で、加熱するための初速エネルギーを必要とする火、空中の水素だけを意図して集めなければならない水、水よりも更に粉塵や埃を集める必要がある土―――と難易度と要求される力が急上昇していく。


 ところが、地水火風の四属性は個人によって向き不向きこそあるものの同じ難易度とされているし、実際にジオグリフ自身も同じぐらいの難しさだと体感しているのだ。


 このことから、魔法とは原子操作によるものではなく、素粒子、及びそれに類似した物質操作による科学反応―――と言うよりは現象の励起ではないかと結論づけた。


 では魔力というのが素粒子に似た何かであったとして、それを何故生物が運用できるのか。魔石を持つ存在と持たぬ存在がいるのか。いくつもの疑問の先に、見出した鍵は詠唱であった。


 もっと言うならば詠唱=声=音―――即ち、波動である。


 声帯から脳波という意識と意図を整えた特定振動を発することによって、魔力という素粒子にぶつけ、任意の現象を引き起こす。少なくとも人間はそうしているからこそ、魔石を無しに魔法の行使が可能なのだ。言葉を持たぬ魔物が魔法のような力を持ちながら詠唱をせずにそれを行使できるのは、体内で生成した魔石―――奇しくも水晶と同じ構成組織をしている―――に脳波をぶつけ、規則性を持って増幅しているからである。因みに、ジオグリフの考えでは無詠唱は脳波だけでそれを行う技術のことである。


 これに気づいた時、彼は「つまり『フハハハ怖かろう!しかも脳波コントロールできる!』ってことか!」と言ってみたかった言葉ランキング上位の台詞を言えてキャッキャと喜んでいた。本当にSFオタは度し難い。


 さて、ではイメージという波動で魔力という素粒子を操作して任意の現象を引き起こすが可能とならば、どこまでそれは可能なのか―――というのが次の課題だ。


 結論から言おう。


 ()()()()()()


 彼のSF小説家が口にした名言を、ジオグリフは知っている。覚えている。そして信じている。


 SFオタにとっての偉人、ジュール・ヴェルヌはかく語った。『人間が想像できることは、人間が必ず実現できる』と。


 一部ではあるが、確かにその一端は見えた。


 確かにきっかけは単なるおふざけではあった。だが、ネタだと思っていたキャラの必殺技さえ再現できてしまった。


 前世から魔法少女や変身物に憧れていたTS百合豚はそのものになり、いつか巨大獣をモフるために巨大化することを望んだケモナーは一時的にそうなった。


 物理的にあり得ないを超越し、空想を現実へと持ってくる。


 言うならば魔力は限界を超える為の鍵。


 言うならば魔力は己を進化させる撃発。


 言うならば魔力は願望を叶える素粒子。


 そう、使い方と法則さえ知っているのならば、生き物が持つ空想を、幻想を、願望を叶えてしまうのだ。だがこの世界では、魔力という存在はあまりにも概念化しすぎていた。


 陸で生きる生き物が、水中で呼吸が出来ずに死ぬ―――というのは経験則や感覚、あるいは本能で理解は出来るだろう。しかし、その理由や大気、あるいは水中に含まれる構成成分にまで思い至ることはない。


 つまるところ、この世界の学問はそこで止まっているのだ。人が呼吸を無意識に行えるように、魚が水中で肺呼吸を本能で行えるように、魔力に関してはそこにあって特に考えることもなく扱えるもの―――という認識でしか無いのだ。


 勿論、このまま時代が進み、いわゆる近代に入る頃にはいずれ魔力そのものを研究対象にする者も出てくるだろう。この世界の秘密を解き明かし、摂理を踏み越え、理外に至る者も。


 だが、今この瞬間は。


 この一瞬だけは―――。


「在りし日の願いへ、いつか届く場所へ、我らを誘え」


 異世界の魂を起源に持つ、ジオグリフだけが世界の誰よりも一歩先へ行く。


「―――幻想浸食ブロークン・リアリティ


 世界の理を書き換える魔術が、今、成った。




 ●




 白銀色の燐光がハーヴェスタ平原に広がっていく。


「きれい………」


 その中心にいるジオグリフを見て、ラティアは我知れず呟いていた。


 この感覚と感情は二度目だ。


 最初は地竜騒動の折。決死隊として地竜の足止めをすべく後衛を担った時だ。空から魔法をばら撒き、あらゆる生き物を見下すようにして降りてくる彼を見た。


 実力もさることながら、その馬鹿げた魔力を纏いながら精霊達が怯えもせず、いっそ歓喜していたことにラティアは驚愕した。


 精霊は魔力のような自然エネルギーでありながらも、一個の意志を持つ一種の精神生命体だ。彼等にも本能があり、だからこそ強大な魔力や威圧的な武威には怯えや恐怖を得て逃げ出すこともある。いや、余分な身体を持たない分、精霊はもっと本能に即している。故にこそ、エルフにとっては精霊は気まぐれの代名詞のように扱われ、彼等を御して精霊術を扱える者は一目置かれる。


 その精霊が、いっそ暴力的とも言える魔力を前にして逃げ出すどころか歓喜し、高ぶっているのだ。


 滞留する魔力に踊るように乗って、ジオグリフを中心に彼等は舞う。


 精霊を従え、引き連れるその姿はまるで古の―――。


「―――魔王、さま」


 今代の魔族の王ではない。


 かつて、ガオガ王国よりも古い時代に魔族を統一した王がいた。まだ獣人もエルフも、ドワーフや他の亜人も、等しく魔族と呼ばれていた時代だ。


 7つの魔眼を持つ初代魔王ユースケは、人間でありながらやがて魔族たちの頂点へと立った。膨大な魔力を持ちながら、やはり彼も精霊に好かれていたようで、エルフの言い伝えでは精霊王とも呼ばれていたらしい。


 その伝説を彷彿とさせたジオグリフは、しかしデルガミリデに背を向け、両手を広げてトライアード軍へ語りかける。


「諸君。諸君。諸君―――トライアードを故郷とする親愛なる諸君」


 拡声魔術でも使っているのだろうか、それにしてはやけに染み入る声でジオグリフは朗々と謳う。


「今、余が行使した魔術は補助魔術に近いものだ。だが、単なる強化ではない。これは意志の魔法だ。夢の魔法だ。浪漫の魔法だ」


 10年貯めた魔術を紐解き、ただの魔力へと戻した事により、周囲と言わずハーヴェスタ平原を飲み込む勢いで広がった魔力は、ジオグリフが紡いだ祝詞によって只一つ、そして唯一の効果へと変質した。


「なぁ、諸君。最早誰もが自分の限界を知っていることだろう。何でもは出来ないと。あの巨獣を前に現実を知ったと。打ちのめされて膝を折り、自分の有り様すらも見失いかけているだろう」


 性質としては補助魔術に属する。ただ、無形であり、撃発は各々に委ねられている。


 何故ならば―――。


「心の何処かで―――後は、英雄にでも任せておけば良いとでも思っているんじゃないか?」


 意思を持たぬ者に、自分の力を貸したくなかったからだ。


「違う。違うな諸君。間違っているぞ諸君。かつて、力はなくとも心優しき少女が残した言葉がある。―――誰かが英雄になれるのなら、誰もが英雄になれるはずだと」


 ジオグリフに限らず、三馬鹿は転生者ではあるが―――よくある物語のように、お手軽な反則チートは貰えなかった。


「力がない?―――ならば貸してやろう」


 だが、彼等はそれを悲観することなど無かった。


「剣がない?―――ならば作ってやろう」


 前世で40年近く、今生を含めれば50年以上生きているのだ。無理無茶無謀を通す時に、意地と拳を握る必要性があることは経験で知っていた。


「魂がない?―――それはトライアードに属しているのなら最初から持っているはずだ」


 出来る出来ないの選別は得意になった。そしてそれ以上に、やってやれないことはない事もやらずにできない事も理解していた。


 流石に周囲と見比べて、三馬鹿はかなり特殊な能力を持っていることはもう自覚している。おそらく自重も制限もなく持てる力を振るえば、あらゆる理不尽を跳ね返す。だが同時に、救ったはずの誰かへの新しい理不尽に代わるだけということも理解していた。


「今や奇跡は現実へと変わる!意思を掲げ、魂を燃やせ!生まれ変わらなくても生きてみせよ!」


 故に三馬鹿は三者相談の上でルールを決めていた。単純で、明確で、後で自分達が成したことを振り返ってゲラゲラ笑えるように。


 やがて前世と同じように歳を取り、しかし今度は楽しかったと笑って人生を終えられるように。


「そして叫べ!成りたい自分に!イメージしろ!最強の自分を!行き着くための言葉こそが、祝詞となって諸君を導く!!」


 誰かを助ける時に、本気で動くのは身内が関わった時、反射的に身体が動いた時と―――。


「この魔法が生きている限り―――余が諸君の望む、全てを叶える!!」


 ―――理不尽に晒された者が、理不尽へ抗う意思を見せた時だけと。

次回もまた来週。

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「英雄」なんていらないッ!!! そんなものによって守られる世界になんて価値などありはしないんだ・・・ 誰もが心をひとつにして立ち上がることができたなら そうー 「英雄」なんて生け贄にすがらなくても世界…
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