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第四十三話 復活、人造邪神デルガミリデ

シリアスさん「あっ」

 禁忌の魔女が討ち取られた直後の事だ。


 彼女が維持していた地獄門が閉じ、それに連動するようにして悪魔達が黒い砂になって風に溶けていく。十数秒後には、今までの地獄がなかったような平原がそこにはあった。だが、トライアード、ケッセル問わず散乱した死体の山がこれは現実だと突きつけている。


 そんな中、一部焼け野原になった場所で大の字に倒れ込んだラドグリフにルドグリフが身体を引きずるようにして駆け寄った。


「生きてんな!?親父!」

「ああ。どうにか………死に損なったぞ」


 軽口を叩くラドグリフは、それに反して満身創痍という言葉が相応しい程にボロボロであった。ある程度の攻撃は地竜装備で防げてはいたが、それでも悪魔の攻撃はそれを容易く貫通し得るものであった。どうにか四肢の欠損は免れたが、幾度か行動不能になりそうなほどの手傷を負い、その度に自分の炎で傷を焼いて応急処置を施していた。


 駆け寄るルドグリフも既に補助魔術が切れており、手足が鉛のように重く、正直口を開くことすら億劫であった。愚連隊の面々に至っては周囲に敵がいなくなったこともあってその場に座り込んで体力の回復に努めている。


「それにしても………」

「何だよ」

「いや、変われば変わるものだ、と思ってな」


 覗き込んでくる自身と同じようにボロボロの次男坊をまじまじと見つめ、ラドグリフは苦笑する。3人の息子の中で一番育てるのに難儀したドラ息子が、よもや禁忌の魔女を仕留める部隊を率いることになるとは、人生何が起こるか分からないものだ。


 そう思うと、知れず手を伸ばして。


「―――よくやった」


 くしゃりとルドグリフの頭を乱暴に撫でていた。された方は一瞬だけ面食らったような表情をした後、呆れたように、あるいは照れたように視線をそらして。


「………………………馬ァ鹿、そりゃあいつらと、あいつらの地竜装備への更新を許可した自分に言えよ。でなきゃここまで来れなかったさ」


 そう言って、ラドグリフに肩を貸すべく抱き起こした。


「そうだな。今日の大殊勲は愚連隊だ。帰ったら褒美を考え―――ぬ………?」


 言いかけた直後の事であった。


 大地が鳴動し、大気が歪み、チリチリと不穏な雷音がハーヴェスタ平原に響き始める。急速に魔力の渦がケッセル軍の近くに集まり始め―――。


『は………?』


 次の瞬間、唐突にソレは現れた。


 音も無い。風も無い。まるで始めからそこにあったかのように。


 翼が無いためか、シルエットは竜人族(リザードマン)に似ている。黒光りする龍鱗、黄金に輝く龍眼に長い尻尾。一見すると二足歩行の竜、あるいはトカゲ。更にそこに外骨格のような装甲があり、その隙間からは魔力が緑の色を伴って燐光を放っていた。異質な、そして禍々しい姿の竜人族と言えた。だが、そうではないと言い切れるのはその規格外の大きさだ。


 目測で約90m。大型地竜を軽く超える巨体である。


「な、何だあれは………?」


 彼我の距離としては、それなりに開いているというのにも関わらず、見上げて圧倒されるほどのその存在感にラドグリフは絶句していた。その思考の虚を突くかのように、ソレから黒い靄を伴った風が吹く。


 それを受けて、ルドグリフは父に肩を貸したままだと言うのに思わず膝を着く。


「これ、は………瘴気………?」


 疲労しきった身体に追い打ちをかけるようにして、虚脱感が襲う。なけなしの魔力さえ吸い取られるようにして目減りしていき、体力が枯渇しかける。それを気合と根性で耐えると、彼は同じように体力を奪われて意識を失いかけている父を担ぎ、仲間へ向かって走る。


「今すぐ逃げろ!!」


 叫んだ直後、ソレの産声が世界に木霊した。




 ●




 天に向かって吠えた巨獣に一瞬だけ呆気にとられたケッセル軍は、一人が正気に戻って逃げ出すと、我も我もと狂乱状態になって散り散りになって遁走していく。


「嘘だ………カリーナ………」


 そんな中、本陣で遠見の魔術で禁忌の魔女の奮戦と、その最期を看取ったディアドは自失の中にいた。


「ディアド様!ここは危険です!退避を―――!」


 部下に腕を取られ、引きずられるようにして本陣から離れていく。だが、そんなケッセル軍の恐慌が呼び水となったのだろうか。天を突かん巨体の怪物が、ジロリとその龍眼をこちらへと向けた。


 金の龍眼、その瞳孔が窄まる。


 その巨体をこちらへ向け、四つん這いになったかと思うと手足の爪をアンカー代わりに大地に打ち込んでホールド。その振動だけで逃げるケッセル軍が足を取られ、将棋倒しになるレベルだが、怪物は気にした様子もなく次のシーケンスに移行する。


 振りまいた瘴気によって絡め取った大気中や生物が保有する魔力を回収。自身の炉へと放り込んで瘴気と融合、増幅し、その余剰エネルギーを体内器官へ蓄える。


 急速に怪物の熱量が上昇していく。


 その熱量で大気が歪み、巨躯から湯気が立ち上り、余剰熱を逃がすべく外骨格のような装甲が放熱フィン宜しく順次開放される。緑の輝きを放っていた魔力の燐光が、まるで危険色を表すようにして赤へと変貌していく。


 やがて圧力の臨界へ達した体内エネルギーは、開放を求めて出口へと殺到する。


 そう、巨獣が開いた口―――その先の、ケッセル軍へと。


 そして、横薙ぎするようにして放出された光の柱は、散り散りになるケッセル軍残存2万を捉え―――。


「カリーナ………俺は………」


 その中にいたディアドの呟きも、意識も、存在そのものも―――全てを塵も残さず溶かし、消した。




 ●




「父上は無事か」

「はっ。愚連隊と共に退いてきております。流石に戦闘における損害は看過できませんが………いえ、損害を語るならケッセルの方が深刻でしょう」

「かといって素直に喜べる状況でもないがな」


 突如現れた巨獣の斉射を目の当たりにしながら、しかし現実逃避できない立場にあるミドグリフは遠見の魔法でどうにか逃げおおせた父と弟、そして愚連隊の様子を確認し、副官の言葉に愚痴をこぼしていた。


 あの斉射から数分。それほど連射が効かないのか、巨獣は放出体制のままで停止している。立ち上る湯気の熱気が数キロは離れているここまで感じられるほどだ。おそらくは、放熱作業に専念しているのだろう。


(本当に、何の準備もしていなかったからと思うとぞっとする………)


 一体何が起こったかは全く分からないミドグリフではあるが、あらゆる状況に対応できるようにと教育を受けていた。その中には当然、敗戦処理も含まれている。負けるつもりで戦うことはないが、負けることも考えず動くことは為政者としてできない。


 故にラドグリフが禁忌の魔女に敗北した後のシナリオも考え、その準備もしていたのだ。その一部を流用して、今、全軍を再招集している。集結するまでまだ幾分掛かる。その間に大方針だけでも決めねば、とミドグリフは部下に問いかける。


「問題はアレだ。アレも悪魔族なのか?」


 禁忌の魔女が呼び込んだ悪魔の系譜にしては些か趣が違う気がしなくもない。だが、あんな理不尽且つ不条理な存在が何の理由もなくぽっと現れるはずもないだろう。魔法に関してそれほど明るくないミドグリフは当然、部下達も首を捻るばかりだ。


 そんな中、本陣にて軍監の任務で従軍していたバルザル・ラッカスが挙手をした。


「おそらくは、古の人造邪神ではないかと」

「ラッカス卿。ご存知なので?」

「昔、皇室保有の禁書庫で読んだ本に、似たような存在が出てきておりました」


 元々、領地を持たない中央貴族出身であるバルザルは、同年代であるという理由で現皇帝―――当時は皇太子の所謂『お友達』として幼少期を過ごしていた。その過程で皇太子に気に入られ、皇室の秘事にも踏み込むことになった。まぁそれはともあれ、色々とあった末に一般貴族では知り得ない知識を数多保有する彼は、その源泉である皇室禁書庫にてあの巨獣に酷似した存在に見覚えがあるという。


 古代文明よりも遥か昔。神魔大戦の折に魔神族によって邪神を模して創られた巨獣は、当時をして破格の性能を有しており、そこからいみじくも邪神そのものの名を冠されたそうだ。


 瘴気と呼ばれる魔力とは違う、生命に反する力を用いながらも生命と同じように魔力も扱え、それらを融合することによって強靭な巨躯、脅威の再生能力、そして一夜と掛からず国を滅ぼせるほどの破壊能力を保有する生体兵器。


 その能力から当時劣勢であった魔神族の戦況を覆すことを期待されたが、しかし制御が難しく、結局本土決戦時における自爆用の特攻兵器としてしか使えないまま待機状態で封印され、作った魔神族からも忘れ去られた。後に大戦に勝利した神族によって発見、危険視されて悪魔族と同じく無幻牢獄へと放り込まれた―――と言うのが、禁書庫に残された手記の経緯らしい。


 最終決戦兵器、デルガミリデ―――あの巨獣は、そう呼ばれていた。


「何故そんなものが………」

「いや、元から悪魔を呼び出すような女だ。それぐらいしても不思議ではないが………」

「なんとも面倒な置き土産を………」


 その話を聞いて、諸将が苦い顔をする。


 それもそうである。人間同士の難しくも分かりやすい戦争していたら、突然対化け物の分かりやすく難しい戦闘へと変わってしまったのだ。人間相手ならば倒せる倒せないの議論は必要ない。生きているのだから、難しさはあっても殺せる。


 だがあれはどうだ。


 同じく生きているとは言えるだろうが、蟻が象を殺すのに果たしてどれだけの犠牲を欲するか分からない。魔物を倒すノウハウは職業軍人故に多少はあるが、あれ程の巨体を相手にして通用するかどうかは不明だ。


 かと言って、ここハーヴェスタ平原はトライアードの領地である。下手な放置は物理的にも政治的にも出来ない。あのまま動かずにいてくれるのならば、最悪は平原を禁域地に指定して封鎖すればいいが、生き物相手にそれは難しいだろう。


 となると、どの道排除に動かざるを得ないのだが、現状の手持ちでそれは難しい。


「―――やむを得ないな………撤退する。このまま挑んでも徒に被害が拡大するだけだ。残存兵力を収容したら一度退くぞ。その上で対策を立て―――」


 ミドグリフがそう決断した直後であった。


「おい、まさか………」

「もう撃てるのか!?しかもこの距離で………!?」


 巨獣が回頭し、こちらを向いた。


 ケッセル軍にしたように、あの光の柱を放つ気だと本能的に気づく。あの理不尽が、今度はこちらに向くのだと。


「総員、退避を………!!」


 即座に指示を飛ばし、しかし何処へ、という自問にミドグリフ自身は答えられそうになかった。




 ●




 だからこそ、その戦場にいた生き残りは全員が見た。


 口蓋を開き、今まさに巨獣から放たれんとする破滅の光。


 それを掣肘するかのように、頭上から流星の鉄槌が降り注いで、巨獣は鰐のように地を這う蜥蜴が如く突っ伏した。


 巨獣に一撃を喰らわせた流星は、そのまま天を飛び回って戦域を俯瞰するように周遊すると叫ぶ。


 そう―――。


『トライアードよ!私は帰って来たぁ―――!!』


 遂に()()がやって来た。


 言ってみたかったセリフのtodoリストを一つ埋めながら、混迷極まる戦場へ。


 理不尽(ネタ)を以て理不尽(シリアス)をぶち壊す三馬鹿(シリアスブレイカーズ)が―――その名の通り、馬鹿を(シリアスを壊)しに。

次の更新は来週の水曜日。

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