表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/102

第三十八話 トライアード家無双

シリアスさん「あれ?フツーに戦争始まったけど………」

 そしてその日、ハーヴェスタ平原にて遂に両軍が向かい合った。


 一方、カリム王国はケッセル辺境領軍。


 一方、レオネスタ帝国はトライアード辺境領軍。


 数の上ではケッセル軍が上である。元々、領軍のほぼ全軍を動員し、魔物を従えることによってその数を増した。その総数は7万に及ぶ。それに比べ、トライアードも周辺領主に国土防衛の援軍を頼んだ上で領軍を全て投入している。加えて戦闘訓練は浅いが領民も参加しており、対魔物用戦力として冒険者も雇い入れている。その総数は、ラドグリフの予測通り僅かに4万に届かず。


 数では倍近い開きがある双方ではあるが、軍の士気は対象的であった。


 一方、トライアード。意気軒昂、領民から冒険者に至るまで戦を吹っ掛けられ更には土地を荒らしたケッセルに激怒し、むしろ統率するトライアード領主一家が暴発を危惧するぐらいには高まっていた。折しも前回の戦争から16年の月日が流れている。当時現役だった軍人は引退しているかそれなりの地位になっている者も多く、大凡は未だ存命中。過日と言うには遠いが、古と呼ぶには近すぎる。


 ぶっちゃけ、年食っても血の気の多い元軍人が同窓会よろしく集まってしまったのだ。ヒャッハーする気満々である。


 さて、翻ってケッセルである。同じように16年前の戦争を経験した者も多いがこちらは士気が高くない。むしろどん底を突き破って二番底に到達しかねないほどである。


 そもそもこの世界―――もっと言うならば中世の戦争というのは現代よりも即物的だ。特に仕掛ける側は相手の土地、相手の財産、相手の人的資源を主に狙う。指導側が因縁だとかそう言った尤もらしい理由付けをすることはあるが、従う領民からしてみれば知ったこっちゃなく、上記3つが己の力の限りで許されるからこそ参加するのだ。地球でも十字軍のお題目はキリスト教の聖地奪還であるが、それに従軍する信徒や聖職者は各地で略奪行為を行っている。「敬虔な盗人」などと揶揄されるぐらいである。余談だが、日本でも戦国期における刈田狼藉、人身売買は基本である。中世で蛮族ムーブはデフォなのだ。


 結局の所、利があるからこそ人は従うのである。ケッセルに従軍した民兵は勿論、正規軍もそれがあるからこそ上の下知に素直に従い、何なら心の中でヒャッハーしていたことだろう。今回は魔物兵という使い潰しても良い戦力もあることだし、自分達は安全に、楽に略奪行為に勤しめるぞと。


 ところが、である。


 いざ進軍してみれば初戦こそ快勝したものの、敵地を進めば進むほど土地は焼き払われ、人はおらず、補給線は伸び切った所を狙われて波状的にゲリラ戦を仕掛けられる。糧食は心許なくなり、井戸に毒を仕込まれたため水の補給も距離のある河川に頼らねばならなくなって思うような進軍ルートを取れず、更には味方であるはずの魔物軍が空腹から味方を襲い始める。


 何一つ利が得られないのに命の危険が直ぐ側にあるのだ。これで士気を上げろという方がどうかしている。もういい加減にしてくれ、と雑兵が音を上げかけた所で決戦に至った。数の上では有利なのだから、これでどうにかなる―――という気持ちはあるのだがそれよりも早く帰りたいという気持ちで一杯だった。


 だからこそ。


「ふん。開戦の挨拶もなしか。ケッセルの連中は礼儀も知らんと見えますな」

「その余裕もないのだろう。そう仕向けたし、こちらとしても好都合さ」


 儀礼的な挨拶もなしに突撃を開始したケッセル軍に対し、トライアード軍の左翼に展開するミドグリフは副官の嘲笑に苦笑した。


 新調したばかりの地竜の軽鎧に身を包み、家紋の入った群青のマントを風に靡かせて彼は思う。


 以前の常識ならば憤りを覚えつつも味方を鼓舞し、まずはひと当て、とでも考えていただろう。だが、ミドグリフは優秀な弟の教えによって戦いの常識が変わっている。まして彼は次期領主―――今後の内政の中心となる人間だ。ジオグリフが何故損耗率に拘るのか、人的資源とは何なのかを次期領主として内定した今ならば理解している。


「此れ程の数の魔物、まともに相手などしていられないから―――先んじて潰すに限る」


 故に、魔物を肉壁にして突撃をしてくる最早蛮族と言っても差し支えのないほどに堕ちた敵兵を、冷徹な目で見据えた。気持ちが切り替わる。


 兵が増えるには安全な場所がいる。兵が育つには時間が掛かる。兵を失うということは、即ち育てた兵に掛けた時間―――ひいては金を失うということ。それがポケットマネーならば良い。自分で稼いだ金ならば誰憚ることなく仕方ないで済むだろう。だが、その金は領民から回収した税金だ。彼らとて好き好んで納めているわけではない。それが義務であるから仕方なく払っているのだ。義務である理由を深く考えてはいないもしれないが、その理由を知れば弱軍は悪だと断ずるだろう。


 だからこの戦に勝って示す必要がある。日々の糧から切り売りしたその税金は、決して無駄ではなかったと。その道を付けるのが、領主の役割だ。


 身体に流れる青い血が励起する。


 これから行うのは虐殺だ。


 そこに気負いはない。元より優秀な魔術士とは戦略級の兵器と同義。自分が戦場に出たということは、そういうことなのだ。己の手を血で染めるのは、貴族としての義務だ。


 口ずさむは弟の魔法を模した魔法―――その詠唱。


「晦冥に刻むは幻視の落城」


 あの弟は、本来数分は掛かるこの魔法の詠唱を『解凍(デコード)』なるよく分からない一言で済ませてしまう。一度だけどうやっているのか聞いては見たが、可逆圧縮だとか動的符号化だとかやはり意味の分からない言葉が返ってきた。


「歪な楔を打ち込み、陽を翳し、朽ち果てよ」


 だから一家揃って真似は早々に諦めた。代わりに、短縮する方向に舵を切った。主に詠唱短縮は個人の反復訓練によって成せる技術ではあるが、その際に一つ弟が面白い提案をした。予め魔法の発動地点に仕込みをしておけば、効果範囲や浸透率、効率性に係る詠唱は無視しても良いということだ。


 幾度かの実験の末、ミドグリフはそれを習得し、仕込みありの限定的ではあるが第三位階魔法式を三小節まで圧縮することが出来た。宮廷魔導士の採用基準が第六魔法の三小節圧縮である事を考えると、彼がいかに優秀か分かるだろう。


 そしてこの戦場にトライアードは先んじて布陣し―――仕込みは済ませてある。


「今ここに逆さまの幻想を示し、反逆者よ、荒みゆく地の下で眠れ―――」


 唱えるはミドグリフにとって人生最初の敗北とも言えるあの模擬戦で、弟が使っていたフィールド魔法なるもの。だが、彼のような(バカ)魔力を持たないミドグリフでは完全再現はいかんともしがたく、多少ダウングレードをせざるを得なかった。


 だが、対軍として十分に使える魔法となった。


 魔法陣が戦場半域―――ケッセル軍の大地に奔り、地割れのような音を立てて大地が変形する。


「―――巌山崩落陣(グランドダスト)


 かつてこれを為した弟は、『対軍なら足場崩しって基本だよね』とやはり意味の分からないことを言っていた。




 ●




 大地が鳴動し、突撃してきたケッセル軍の足場が崩れた。


 完全再現こそ出来なかったので塹壕のような横に伸びた落とし穴だが、全軍で突撃している状態でそんなものが出現すれば、まさに推して知るべしである。先陣はまるで滝のように落とし穴に吸い込まれていき、途中で気づいた中衛も止まれぬ後方から押し出され、半数近くが落とし穴に飲まれた。この場に三馬鹿がいたら『見ろ!人がメダルゲームのようだ!』とネタに走ってゲラゲラ笑っていただろう。


「………第三魔術式を三小節まで短縮ですか。凄まじいですな、ご子息様は」


 その様子を本陣で見ていた一人の男が戦慄した様子で感想を口にした。


 銀髪を後ろに撫でつけた壮年の男の名は、バルザル・ラッカス。帝国中央で文官として働く法衣貴族で、子爵位。本来、トライアードとは関係のない彼ではあるが、皇帝勅使として軍監の任を帯びてここにいる。


 レオネスタ帝国とカリム王国は仮初ではあるが終戦を迎えている。無論、領地が接しているのだから大なり小なり紛争のたぐいはしょっちゅう起こっているし、今回もそうである、とするための帝国側のお目付け役がバルザルである。


 ぶっちゃけそろそろ本格的に戦争しても良いんじゃないかなと言うのが領地持ち貴族―――もっと言うならば先々代皇帝の領土拡張政策で美味しい目を見てきた貴族達の本音だ。だが、先代皇帝、今代皇帝はどちらかと言えば内政に注力している。防衛戦争ぐらいはするが、侵略戦争は極力しない方針だ。


 要はトライアードに対してやり過ぎるなよ、という皇帝からの暗黙のメッセージなのであるが初手からコレである。


「うむ。常識的な優秀さだ」


 しかも父であるラドグリフが流石私の息子、とばかりに満足気に頷いているのだからバルザルは頭を抱えた。


 無論、ラドグリフとて皇帝のメッセージを無視したわけではない。だが今回に限ってはやり過ぎはないと思っていて事前にバルザルにも伝えているのだ。そもそもケッセルの進軍はカリム王国としても寝耳に水で、かつての戦争に於いても周辺諸侯を集めての連合軍だったのに対し、今回はケッセル単独なのだ。


 ラドグリフがカリム王国に放っていた草の報告では、進駐は当然の事、出撃自体にもカリムの中枢は驚いて慌てているらしい。仮に今回で関係性が悪化したとしても即座に国の威信を掛けた戦争にはならない。そもそも領土防衛というお題目がトライアードにもあるのだから。


 故に『そろそろ目障りなアイツ等滅ぼしちゃって良くね?ボス?ああ、大義名分もあるしテキトーに言い訳しとけばいいっしょ』とチンピラムーブをかましているのだ。げに恐ろしきは中世の蛮族価値観である。


 それらを踏まえた上でラドグリフは徹底的に叩くつもりであった。そんなヤクザの親玉みたいな思考の彼ではあるが、埒外はある。


「噂の三男様のことですか?」

「ああ、ジオなら一言で第一魔術式を使う」

「伝説級の魔法を、ですか………」


 ジオグリフである。


 ミドグリフが理解できる天才に手が掛かりそうな秀才、ルドグリフが努力型の秀才ならば―――ジオグリフはこの世界に於いては理解不能の異才だ。天才は理解されにくいだけで、出した結果から逆算すれば大抵納得はできる。その道を逆に辿れば、良くもまぁ考えついてこんなか細い綱渡りをしたものだと呆れながらも関心して。


 だが、異才が出す結果を全て理解することは不可能に近い。何がどうなってそうなるのか。本人は一生懸命説明するが、まるで意味が分からない結果に結びつくのだ。その道行きもどう考えたらそんな寄り道して、それが振り返ってみれば最適解で、更には詰めのタイミングで「こんなこともあろうかと!」とばかりに無駄と思えた行動から伏線回収してくるのだ。まるで意味が分からんぞ、と何度呆れたことか。


「だが―――あの子は駄目だ」


 故にラドグリフはジオグリフについて深く考えることは止めにした。


「魔術士としては間違いなく英雄級であるし、為政者にしても歴史に残る手腕を発揮するだろうが、あまりにも享楽的過ぎる。その上発想する概念がどれも時代を先取りしすぎているから、周りの理解を得にくい。あの性格では神輿に徹することも出来んし、やれて独立性のある一地方の領主が精々だろう。一時は私の後継に押し込もうとも考えたが―――」


 人品は悪くない。ただ、能力と趣味嗜好があまりにも規格外―――いや、異次元すぎる。唯一の救いはきちんと一般的なコミュニケーションが取れることか。少なくとも、ラドグリフはジオグリフを育てるに当たってその能力に驚いたり呆れたりすることはあっても、手を煩わされたことはないのだ。


 だがそれでも。


「―――流石に故郷で博打は打てん。手に余るよ、私では」


 故に冒険者になる事を許した。無論、領地が危急の時は救援に来るという約束をして。おそらくそろそろ帝都にいるであろうジオグリフにもトライアードの現状が伝わったはずだ。取り敢えずは来るであろうし、それまでにはこの騒動も終わっているだろうから、久方ぶりに親子としてお互いの近況報告でもしようとラドグリフは思っている。


「親である閣下で手が余るなら、他の誰でも無理でしょうとも。―――陛下にはそうお伝えしておきますよ。少なくとも今は見が吉、とね」


 どうやらあの息子は冒険者になっても、あちこちで騒動を起こしているらしいのは風の噂で聞いていた。皇帝への謁見もしていて、どうもその能力に目をつけられているということも。だが、アレは常人の手に負えるものではない。お仕着せで使うよりも、いっそ友誼を結んで自主的に便宜を図ってもらった方が利益になるタイプだ。


 流石に貴族の末席として相応しいようにと教育も施したので、徒に皇帝の勅勘を買うようなヘマはしないだろうが、皇帝の動き次第ではやらかしかねないので釘を差してみたが、その意図をバルザルはきちんと理解してくれたようだった。


「君も聡明な人物で良かった。―――前回での戦争の軍監は酷かったから特にそう思う」

「汚職をする上に自己保身に走りすぎて現陛下自ら手を汚す羽目になりましたからな。流石に今代の我々は皆襟を正しておりますよ」


 ラドグリフが名を馳せた16年前の戦争にも軍監はいた。


 中央貴族と辺境は揶揄し、本人達は誇りに思う領地無しの貴族の出で、基本的に考え方が相容れない。貴族の誇りを大事にするのは良いが、言動が地に足がついていないのだ。戦況が有利ならば自分達が陣地にいるからだと宣い、不利になれば他者に責任を押し付け、阿って白羽の矢を立てれば出てくる作戦は「勇壮なる帝国軍ならば粉骨砕身突撃あるのみ」である。


 それに係る被害や復興などは領地を運営しない中央貴族にとっては考慮に値しないのだ。故に、実際に徴兵して訓練を施し、戦場へと領民を引き連れることになる領地持ち貴族達はいい顔をしない。彼らは勝っても負けてもその後を考えねばならないのだから当然だ。


 16年前、ああまで戦争が長引いたのはそうした背景もあった。流石にこれに関しては皇帝も反省したようで、戦後、大分《《身綺麗》》にはなった。


 あの日の続きが、今ここにあった。ただし、今回は優秀な息子達が紡いだ軍がある。


 父親としてラドグリフは誇りに思うが、頼ってばかりもいられない。おそらく、親子で戦場に出る機会はそれほど多くない。その内の一回で、息子達には親として目標にならねばならないと考えていた。


「さて―――良い感じに混乱している。冒険者達が狩りやすいようにもう少し下拵えをしてやろう」


 魔物達は流石にタフだ。落とし穴に落とされ、後続に押し潰されて死ぬ個体もいるが、生き残って這い上がってこようとする個体もいる。這い上がってきた魔物は冒険者が狩る算段になっているが、ダメ押しで追撃しておく。


 ラドグリフは右手を掲げ、詠唱を開始する。


「残響の空、絡みつく熱砂の風を呼び起こせ」


 元となったのはトライアード家に伝わる伝承魔術。


「滲む陽炎よ、今こそ絶望の灼熱へと姿を顕せ」


 威力は戦略級のため、本来は三分近い長尺詠唱を必要とする第二魔術式―――いわゆる大魔法に大別されるものではあるが、末の息子の手に掛かって三小節まで短縮された。


「赤なる輝きよ、絶望も苦難も災怨すらを穿く剣となれ」


 曰く―――「大魔法は持ってりゃ嬉しいコレクションじゃぁない。強力な兵器なんですよ。兵器は使わなきゃ。できるだけ簡単に」などと宣って邪悪な笑顔をしていた。当時はちょっと甘引きしたラドグリフだが、こうやって再び戦場に立てばその意味も分かる。


 戦場で発動に三分も掛かる大魔法を唱える術者など、一小節で完了する初級魔術で簡単に殺せる。邪魔されず、的確に、最適な場所に発動するには、可能な限り短縮する必要があったのだ。固定観念に囚われて、大魔法は時間が掛かるものと研鑽を怠った。ジオグリフの向上心には脱帽したものだ。


 尚、本人は「一度言ってみたかったんだよねぇ、盟主王のセリフ」と言ってみたいセリフのtodoリストを一つ埋めていた。


天破光爆(ダーインスレイヴ)


 巨大な炎の剣の群れが、落とし穴へと突き刺さって噴火のような炎が天を焦がした。




 ●




 火炎魔人、という通り名が父、ラドグリフのものであることはルドグリフも知っていた。


 16年前の戦争で戦場ごと敵を焼き尽くし、ただ一人で焼死体の山と大量の重度軽度問わない熱傷患者を生み出したラドグリフ・トライアードは、生き残った敵側から魔人と恐れられ「まだドスが効いていない」という理由で自身が得意とする火炎魔術に掛けて火炎魔人と名乗った。


 そんな父が再び戦場に立ち、トライアードの代名詞ともされる伝承魔術を解き放った。その光景を初めて見ることになったルドグリフは思うのだ。


「うーん………この絶望感………」


 天より降ってきた大黒柱サイズの炎の剣が複数、ミドグリフが作り出した塹壕へと叩き込まれた直後、それを起点に大爆発を引き起こした。しかし塹壕の壁によって行き場のない爆炎は上空、そして壁伝いに破壊力を拡散させて足止めを食らっていた魔物軍や混じっていたケッセル軍人を満遍なく焼き殺したのである。


 状況的にこの場に三馬鹿がいたならば「ボン◯ーマンだコレ―――!」とゲラゲラ笑って突っ込んでいたことだろう。


「火炎魔人の異名は健在ですな」

「親父もそうだけど、兄貴との相性が良すぎる」


 副長のリードリヒの感心したような表情に、ルドグリフは頷いた。


 地球では地の利を活かす、という兵法の基礎とも言える概念は、しかしこの世界では魔法という圧倒的な力を前にあまり育まれていない。そんな中で降って湧いた兵法三十六計。トライアードですらまだ浅いその概念は、初の実践にて猛威を振るい始めている。


「さぁて、じゃぁこっちも行くぞ」


 そんな焼き場の中から、耐久力のある魔物達が死にかけながらも這い出てきたのをルドグリフは認めた。ロータス愚連隊とそれに従う現地の冒険者達は遊撃―――もっと言うならばこうした撃ち漏らしの掃討だ。


「―――良いか諸君!これより若がそなた等に付与魔法を授ける!心してその身に受けるが良い!!」

(期待が重いぜ、オイ。俺は他の家族と違って魔術は得意じゃねぇんだから)


 背後を振り返り、居並ぶ将兵を前に声を張り上げるリードリヒにルドグリフは苦笑して、彼らの顔を見る。


 臨時で参加している冒険者以外は、全員覚えている。


 あれから十年。


 十年経ったのだ。


 腐っていた自分からの脱却。


 過酷な環境で結んだ魂の絆。


 驕らず、捻くれず、ただ強くなるためだけに駆け抜けた十年。


 その真価が―――今、問われる。


「懐郷に背を向け明日へ灯火を掲げる者達よ、時は満ちた」


 元よりルドグリフは魔術士ではない。故に、父のような必殺とも言える伝承魔術も、兄のようなフィールド魔術も、弟のような超短縮詠唱も使えはしない。そんな才能、欠片もない。


「歩み続け彷徨った日々を糧へと変えて、自らを戒める幼き幻影を壊せ」


 だからたった一つに絞った。


 将兵を率い、先陣に立ち、敵軍を切り裂きながらも悠々と帰還するための魔術。


「例え泡沫であろうとも何度でも這い上がり、あの日の誓いを今こそ叶えよ」


 あらゆる攻撃を退ける防御力、自分達の攻撃力の倍加、移動速度も引き上げ、更には微弱ながらも自動回復まで備える。


 即ち、全部入り補助魔術(オール・インバフ)


我が経験こそ真なる宝オーバラップ・エクスペリエンス


 その一点だけに特化したルドグリフの魔術が成った。

次回はまた明日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ