第三十七話 そして三馬鹿が動き出す
シリアスさん「ほぉらやっぱりギャグ入れ出すー」
レオネスタ帝国東部で戦火が燃え広がっている頃―――。
「暇だな」
「暇ですわ」
「暇だねぇ………」
三馬鹿はそんなことを知る由もなく、帝都の拠点のリビングでひたすらにダラダラしていた。
何を隠そう未だに謹慎中の身である。依頼を受けることも出来るのだが、謹慎中の彼等では精々が帝都内での雑用が主で、そういうのは駆け出しの黒鉄等級の仕事だ。何を間違ったか今は赤銅等級であり、更に近い内に銀等級へ昇級が予定されているらしく、そんなパーティーが黒鉄の生活の糧とも言える依頼を奪ってしまうのは対外的によろしくない。
幸いにして地竜の群れを売った金で数年単位でダラダラできてしまうので切羽詰まって稼ぐ必要もなく、結果として拠点でぐだを巻いているのだ。
「帝都の外に出れないってのが痛ってーな」
「せめて旅禁止なら帝都周辺の依頼受けたり狩りしたりするんだけど」
「リリティア達が羨ましいですわ………女の子だけできゃっきゃっと冒険して………最近、仲も良いようですし………」
ギルドマスターのダスクから謹慎命令が出てから今日で二週間程。その間、ジオグリフは上流階級との付き合い、レイターは帝国騎士団との模擬戦と拠点の工事、マリアーネは実家の商売の手伝いとやっぱり上流階級の付き合い。
それぞれにやることはあったのだが、それも大体落ち着いてきている。
目下残すところは彼等に興味を覚えた皇帝が望んだ謁見だ。どうもパーティー揃っての謁見を希望しているようなのだが、流石に最高権力者ともなると多忙を極めるようで日程の調整に難儀している。主にダスクが。その御蔭でポッカリと暇ができてしまった三馬鹿。しかし帝都の外へは出るな、とのお達しを守っているために身動きも取れずここ数日はニートもかくやと言わんばかりの暇人生活である。
そんな折―――。
「あら?来客ですの?」
玄関のドアノッカーが叩かれ、しかし三馬鹿は億劫そうに天井を見上げる。
「先生、行けよ」
「やだよ面倒い………。マリー?家主なんだから出てよ」
「居候なんですから率先して動きなさいな。しかし家を管理するお手伝いさんが欲しいですわね………。―――美少女メイド、有りだと思います」
「ケモミミモフモフメイド………」
「エルフメイドも良いけど………どうせならメイド天使が良いかな。大体周回限定キャラだから強いんだ」
尚も叩かれるノックに急かされるように三馬鹿は吐息を一つして視線を巡らせ。
『ジャーンケーン―――ポン!』
三人揃ってパーを出した。互いに舌打ち。
『あーいこで―――』
何度かあいこを繰り返していると、勝手に玄関口が開かれて声が聞こえた。
「マリー!いないのかマリー!!」
「あれ?お祖父様?」
その老人の声に聞き覚えのあったマリアーネが視線をリビングの入口に向ければ、ジャケット姿の老紳士が一人いた。
「おお!マリー!いるではないか!!」
白い口ひげを蓄えたその老紳士は喜悦の表情を浮かべると、マリアーネに近づき抱きしめた。
「んん?姫のじいちゃん?」
「ということは、ロマネット大商会会長?」
「ええ、リード・ロマネット。私の祖父ですわ」
「紹介に預かったリードだ。それで―――」
老紳士―――リード・ロマネットはこほん、と一つ咳払いしてから―――。
「君達が、パーティーメンバーかね?」
ジロリ、と獲物を見据える猛禽のような目をジオグリフとレイターに向けた。
『ふむ………』
二人は考える。
どうもこの老紳士は自分達と孫娘との仲を疑っているようだ。彼女の中身がおっさんと知っているので二人にとっては有り無いことではある。即座に否定しても良いのだが、下手に慌てた様子では返って猜疑心を呼び込むだろう。だから二人はまず老紳士の立場に立って物を考えてみる。
まず、孫娘というのが男にとっては強い。単純に目に入れても痛くないほど可愛いのだから仕方がないだろう。更にマリアーネ自体、ガワは整っているのだから幼児期から見守ってきたリードの愛情はそれはそれは深いはずだ。加えて、元々規模の大きかったロマネット商会を更に大きくしたのはマリアーネが行使した知識チートであり、実利面から見ても大事な存在だと伺える。
そんな可愛く大事な孫娘が何を思ったか冒険者になって、何処の馬の骨とも知れぬ野郎二人と寝食を共にしているのである。疑って掛かるはさもありなんであろう。
故に、ここでの返答はたった一つ。
「まず、誤解のないように言っておきます。―――僕が異性として好むのは亜人です」
「俺はケモナーなんでな。―――獣人以外に興味は無ぇ」
自らの性癖を先手を打って曝け出しておくことだ。
「ほぉ………ではウチのマリーに手を出すことは………」
『無いです』
尚も厳しい視線のリードに、ジオグリフとレイターはきっぱりと返答しておく。言葉を濁してはならない。いずれという但し書きの元、心の変節を疑われかねないからだ。
そこまで言い切ってやっと納得したのか、リードは鷹揚に頷いた。
「ウチの孫娘は良い友人を持ったようだ。これからもよろしく頼むよ。悪い虫が付きそうなら物理的な排除をしてもらって構わない。長く商売をやっているとどうしてもツテも敵も増えていくものでね。―――死体の処理は心得ているから、困ったら頼りなさい」
『イエッサー!』
流石天下のロマネット大商会。一般人にとっては暗い方向にも明るいらしい。
「所で、お祖父様は何の用でしたの?確か、お祖母様と一緒に休暇を取りに行ったのでは?」
「うむ。何か商売の種は無いかと気分転換がてら帝国東側に行っていたのだがな………どうもきな臭くなって帰ってきたのだ。実際、戦端も開かれたようだしな」
マリアーネの尋ねにリードが答え、三人は顔を見合わせた。
「おい、帝国東側って先生ん家の………」
「トライアード辺境領ですわよね………」
「ええっと、ジオグリフ・トライアードです。ウチで何か………?」
「おお、辺境伯家の………確か、三男であったか」
ジオグリフの尋ねに、リードは気まずそうにしながらこう口にした。
「―――君ん家、戦争しておるぞ」
●
朝焼け前の瑠璃色の空を見上げて一息つき、ジオグリフは拠点の門を潜った。
「で?行くのかよ、先生」
「―――早起きじゃないか、レイ」
そしてすぐに拠点を囲う外壁に背を預けて待っていたレイターに声を掛けられて、額に手を当てた。
「ま、こうなりそうな気はしてたしな」
昨日、リードに実家の話を聞いたジオグリフは表面上は冷静を取り繕っていた。情報が足りないが、カリム王国全軍とでもなければトライアード領はそうは簡単に落ちないと嘯いていたし、実際そのように領地改革をしていた。
元々が武門の家柄だ。その上、当代のラドグリフは『火炎魔人』と異名を取るほどの優秀な魔術士でもある。武だけではなく魔導も極める必要がある、と襲名直後から領地改革に勤しみ自ら魔術士部隊も組織している。その影響もあってか次代の嫡子であるミドグリフはどちらかと言えば魔術の方が得意なほどだ。
そうした下地もあってジオグリフの提案を色々と受け入れ、前世知識によるブースト恩恵を最も受けている。今や宮廷魔術士がダース単位で襲ってきても単体で撃破できるぐらいに超強化された領主一家なのである。
とは言え、だ。
心配か否かと問えば間違いなく前者。そしてジオグリフは父であるラドグリフと自由を引き替えにある契約をしていた。曰く、『故郷の危機とあらば馳せ参じる』と。
故に元々帰るつもりで、しかし個人的なことにシリアスブレイカーズを巻き込めないと判断したジオグリフは一人で帰郷しようとしたのだが、どうも読まれていたらしい。
「それに、俺だけじゃねーぜ」
「いくらジオでも故郷までずっと飛行魔術は辛いでしょう?足は用意しておりますわ」
レイターが親指で示す先にはいつもの豪奢な馬車があり、しかしそこにマリアーネが繋ごうとしているはいつもの影の馬ではなく、影のペガサスであった。まさか飛ぶのか、とジオグリフが唖然としていると、その馬車から顔を出す三人を認めた。
ラティア、カズハ、リリティアの三名である。既にちゃっかり馬車に乗り込んでいた。
「お姉様が行くのならあたしも行くぞ。―――聖女の回復術は使えるだろ?」
「結界術も何かの役に立てるかと」
「そこの馬鹿二人はともかく、君達は止めておきなよ。戦争だから、危ないよ」
「それは貴方もでしょう?ジオ。貴方が強いのは良く知ってるけど、一人で何でも出来るわけじゃない―――って、そんなの言われるまでもなく分かってると思うけど?」
呆れたようにジオグリフは三人に翻意を促すが、ラティアにそう突っ込まれて吐息。それは勿論分かっている。何なら他の馬鹿二人なら巻き込んで良いかなとは思っていた。
「あのね、僕は家の柵から自由になるのと引き換えに父様と約束してるから行かなきゃならないんだ。けど、君達は違う。―――人を殺すんだよ?」
しかし今から赴くのは戦場だ。殺し合いの場だ。今までのような狩りではない。食べるため、糧を得るための戦いではない。殺し殺されるための戦いだ。相手も獣ではなく人。
前世の倫理観に照らし合わせれば忌避するべき―――なのだが。
「村に来た野盗の類は既に何百人と殺してるぜ、俺」
「行商の視察してるとボウフラみたいに出て来ますわよね、盗賊。結構溜め込んでいる場合があるので退治するのは良い副業になるのですけど。盗賊は資源ですわ」
「巡礼や修行の旅をしてるとリフィール教会の人間と分かってても仕掛けてくるな」
「獣人を奴隷にしようと里にやってくる不逞の輩を始末することは結構あります」
「エルフの奴隷って高く売れるのよね。偶に人間が誘蛾灯に寄ってくる蛾に見えるわ」
「そうだった。この世界の倫理観は中世暗黒期仕様だった………」
ところがどっこい、中世の倫理観などこんなものである。時代が違えば殺人に対する倫理観も違う。まして世界が違えば相応に変わってくるということをジオグリフは失念していた。
「―――痛い目見ても、文句言わないでよ?」
こりゃどんな説得しても無駄だな、と判断したジオグリフは結局折れた。
●
「さぁて、ようやくこの妙な仕事が終わるな」
その日もダスクはいつものようにギルドへと出勤してきて、自分の机で予定表を広げながら先の見えた案件に安堵していた。
「明日ってのが急だが、まぁ陛下の忙しさからしてみりゃ仕方ないか」
取り敢えず明日、皇帝陛下へのシリアスブレイカーズの謁見を終えれば一息つける。大体の貴族には既に顔見せはさせたし、自派閥へ引き込みするための暗闘は既に始まっているが、そこまで行っていれば自分の手を離れるのだ。彼らが何処の派閥に入るかは知らないが、冒険者とは自由を旨にしているのだ。ダスクとしても後は『冒険者ですから本人の意志を尊重します』で押し通すつもりであった。
とにかく明日。明日の謁見さえ乗り切ればこの面倒極まる世話役から開放される―――と思っていた時だった。
「た、大変です!ギルドマスター!」
職員が部屋へと駆け込んできた。その職員は定期的にシリアスブレイカーズへの監視を命じている者だ。朝昼夕とつぶさに彼らを監視し、何かあればダスクへと知らせに走るようにしていた。
冷たい汗が、背筋に走る。
「どう、した。朝、早くから」
「あの三人が拠点にいません!」
嫌な予感が的中し、ダスクは天を仰ぐ。よりにもよってこのタイミングでと嘆きつつ、ちょっとだけ現実逃避を試みる。
「………………………たまたま、だよな?今までだって、雁首揃えて帝都をぶらつくことぐらいあったし………。今日も朝から、そうだ、例えば市場に繰り出したとか………」
「それにこんな書き置きが!」
しかしそんな彼の希望を打ち砕くように、職員が見せた紙にはこう書いてあった。
『実家に帰らせていただきます』
「―――離婚寸前の夫婦かっ!!」
ダスクの魂のツッコミは、帝都の朝に響いたという。
次回はまた明日。




