第二十六話 三馬鹿と乱入聖女
撲殺天使ド◯ロちゃんがもう20年前という事実。そう言えば、確かに原作読んだの高校生の時だったわ、と戦慄するおっさんです。
翌朝。ラティア、カズハを迎えたシリアスブレイカーズ一行がエルフの村を後にして、ニヤカンド山へ向けて出発した所で後方が何やら騒がしくなった。
ドタドタと土煙を巻き上げて何かを叫びながら爆走する人影を認めた一行が首を傾げていると、その叫び声の意味が認識できるほどまで接近した。
「おね―――さま―――――――――!!」
「げぇっ!?リリティア!!」
馬鹿でかいメイスを背負い、2つくくりにした長い青髪を振り乱しながら突撃してきた神官服の少女―――リリティアを、一行は直前で躱した。
「どうして避けるのですかお姉様!!あたしの愛を受け取って!!」
ズザーっと転進して再び突貫するリリティアから逃走しつつ、マリアーネは叫ぶ。
「どうしてここにいるんですの!?」
「お姉様の匂いを追ってきました♡」
「ワンコですか貴女―――!」
「お望みなら犬でも猫でもタチにでも―――!!」
うわぁまた濃い奴が出てきたよ、と自分の事を棚に上げ傍観状態に入るジオグリフとレイターであるが、マリアーネがそんな逃避など許すはずがなかった。
「くっ!この野郎共モブに徹するんじゃありませんわ………!」
さっとリリティアの突撃を躱し、馬鹿二人の後方へ回り込むと。
「―――悪友防壁!!」
その背中を押してリリティアへと突き出した。
『ちょっ!待っ………!!』
「邪魔だ!お姉様に纏わりつく男は死ね!!」
瞳のハートマークがハイライトの消えた瞳へと変化し、背負った巨大メイスをリリティアは引き抜いて馬鹿二人へ向かって振るう。
「ッ―――!!」
攻撃を認識するよりも早く、レイターが聖武典を大剣へと変化させて剣の腹で受け止める。だが。
「こ、いつ………!」
響いた打撃音に似合った重さに、レイターの足元が沈んだ。僅か数センチではあるが、打撃の衝撃は乾いた大地にヒビを走らせたのだ。
「おお、ナイスだ、レイ」
「感心してないで手を貸せ先生!変なバフ掛かってんぞこの撲殺聖女!」
「血まみれメイスとか嫌な愛もあったもんだ。―――解凍!」
「ぐっ!」
ジオグリフが魔術を発動させると、虚空と地面から鉄の鎖が出現しリリティアの両手足に巻き付いて拘束した。
「ふぅ………とっさに魔力で身体強化してなきゃ死んでたぞ、オイ」
「うーん………。順調に進化してるねぇ。元が聖女なだけにこの先が怖いよ」
まだクレイジーサイコレズとまでは行かないし、片鱗はあるがヤンデレラにもなっていない。精々が男を嫌う百合で収まる範囲。だと言うのにこれである。ここからステップアップしていった先を考えると憂鬱である。
いい加減道筋立てておいたほうが良いなとジオグリフが幾つかの要素を含めて計算していると、視界の端でそろりそろりと忍び足で去ろうとする馬鹿が一人。
「おいコラ、逃げんな百合豚。人を囮にしやがって」
「自分で蒔いた種なんだから、年貢の納め時と思ってそろそろ自分で何とかしなよ」
「い、嫌ですわ嫌ですわ!私は百合畑を飛び交う蝶でいたいのですわ!!」
しかしレイターが見逃すはずもなく、首根っこを掴まれてマリアーネはジタバタと往生際が悪い事を宣う。それが悪かったのだろうか。
「お姉様に気安く触るな………!」
『え?』
リリティアから膨大な魔力の渦が放出され、ジオグリフの縛鎖魔法から抜けて出た。いや、違う。消し飛ばすのではなく、破壊するのでもなく、自らの手足の骨を魔力で砕いて緩んだ隙間から脱出したのだ。
当然、そんな事をすれば立つこともままならないが。
「ふぅ………ふぅ………ふぅ………大いなる光神よ、この者に慈悲なる光を………第四回復術式」
聖女の真骨頂とも言うべき回復術を用いて即座に復帰。彼女に降り注いだ光は、まるで時間を巻き戻すかのように砕かれたリリティアの手足を回復させた。
そして取り落とした巨大メイスを拾い、ジオグリフとレイターを睨む。
「お姉様………今、このむさ苦しい男共からお救いします!!」
『バーサーカー過ぎる………!』
ゾンビアタックをリアルに可能とする聖女に三馬鹿は慄く。
「どうすんだ先生!殺っちまうか!?」
「いや後々面倒でしょ!?その子、養子だけどハーバート家の縁者だよ!?」
「後、聖女殺したら教会から報復されますわね!指名手配どころか世界の敵は流石に嫌ですわよ私!!」
「じゃぁどうすんだ!?あんま手加減できる相手じゃねぇぞコイツ!!」
「お姉様に纏わりつく虫は死ねぇぇぇ―――!」
ブンブンと鉄塊を振り回して嵐を巻き起こすリリティアから三馬鹿は逃げ惑う。だが、そんな中でジオグリフが閃きに至る。
「―――よし、整った。まずは札を1つ切る………!」
使うべきは彼の切り札の内の1つだ。
「重複―――解凍」
詠唱と同時、再びリリティアの手足を鉄の鎖が縛り上げた。
「っ!こんなもの………!―――!?」
所詮同じ手だ、と彼女は魔力で再び自分の手足を砕こうとするが―――その直前で、魔力が消失した。
「元の縛鎖魔術は第九魔術式だが、それは少々手を加えていてな。出力自体は第二魔術式と変わらん。身体能力を多少増幅した所で人の身で解けはせん。小娘風情が我が手から逃れられると思うなよ」
ばさぁっとマントを翻し、片手で顔を覆うジオグリフは皮肉げな笑みを浮かべた。
彼の切り札が1つ、弾倉詠唱と対をなす重複変異である。1つの魔法を発動時に幾つか重ねあわせることで威力を強化したり、効果を歪めて別個の魔法にするというものだ。理論自体は元々この世界にあり、複数人で行う魔法式―――所謂合奏魔法と呼ばれる。
だが、合奏魔法の発動にはシビアなタイミングでの同時発動が前提で、使用者は双子や長年連れ添った者が大多数を占める事から現実的な技術ではない。
そこで有用になってくるのが弾倉詠唱だ。これは発動直前の魔術を圧縮して待機状態のまま収納魔術に収め、任意のタイミングで発動するというもの。そう、《《任意のタイミング》》で起動できるのだから、複数の魔術を同時に発動など朝飯前なのである。詰まる所、一人合奏魔法なのだ。
ジオグリフは縛鎖魔術と縛鎖魔術をかけ合わせたことで、拘束対象の魔力を吸い取るという副次効果を付与したのだ。しかも吸い取った分だけより強固に、そして持続もするらしい。
「あ!今はもう一人の自分なのね!?ジオ!」
「第九魔術式を第二魔術式の出力まで………?あの短縮詠唱でどうやって………?」
急展開過ぎる状況から置いてきぼりだったラティアとカズハが口々にしているが、三馬鹿はそこまで気が回らない。
「さぁて、と。世の中、オイタをした馬鹿はケツ百叩きと相場が決まってるが―――」
「ひぅっ………!」
レイターが聖武典をハリセンに変化させて振るうと、ぴしゃん!と小気味いい音を立てる。リリティアも元は平民なので百叩きの経験があるのか、首を竦めた。
「待って、レイ」
「あぁ?何だよ先生。ケジメは必要だろ?」
「その前に話し合いをしようと思う。こっちへ」
ジオグリフはレイターとリリティアを伴ってマリアーネから距離を取ると、こう告げた。
「―――君は、マリーが好きなんだろう?」
「そうだ!お前達なんかにお姉様は………!」
「そこが勘違いだ。僕達はマリーとは単なるパーティメンバー、仲間、友達でそういう関係じゃない」
「どっちかって言うと悪友だな」
「嘘だ!」
「根拠は?」
「え………?」
「根拠だよ根拠。僕達が、マリーを女性として好きだという根拠はどこにある?」
ジオグリフの問い詰めに、リリティアは言葉を詰めながら。
「そ、それは、マリーお姉様は綺麗だし、優しいし―――魅力的な女性だろう!?同じパーティーを組んでれば………!」
「じゃぁ君は僕やレイが魅力的に見える?」
「そんな訳あるか!男なんかガサツで、臭くて、ゴツゴツしてて美しさのかけらもない!」
「同じように、僕達はマリーをそういう目で見ていない。いや、《《見れないんだよ》》」
だってアレの中身は男だもん、とはマリアーネの名誉のために言わないでおく。しかし上手く伝わらなかったのか、リリティアは困惑しつつも頬を赤に染めて。
「何………?つまり………その………お前達は、《《そういう》》、仲なのか………?」
『違う』
即座に否定するジオグリフとレイターは腐女子の気質まであるとか業が深すぎないかこの子、と深く吐息した。仕方ないので、自らの性癖を開陳することにする。
「俺はな、モフモフが好きだ。具体的に言えば、ああいうの」
「僕はね、ロマンが好きなの。具体的に言えば、ああいうの」
レイターはカズハを、ジオグリフはラティアを指差し、その上で。
『だからマリーやコイツは論外』
マリアーネと互いを指差した後で手を交差してバッテンを作った。
「な、成る程………色々な趣味があるんだな………」
そこまでやってようやく誤解が解けたようで、ジオグリフはリリティアの捕縛を解除。改めて説得を開始する。
「ともかく、僕達は君の恋路を邪魔するつもりはない。君の態度如何によっては協力してあげても良い。それは理解できるかい?」
「う、うん………」
「で?ろくに調べもせずに勘違いで襲いかかってきたからにゃ、まず言わなきゃならんことがあるわな?」
「ご、ごめんなさい………」
「ふん。ま、それが分かるんならいい。ただ、今後似たようなことがありゃ………」
「ひぅっ!」
ぴしゃん!と再びハリセンの音を立てて脅すレイターにジオグリフは苦笑して、居住まいを正す。
「はいはい。躾と格付けはそれぐらいで良いでしょ。―――で、本題はここからだ」
そう。このクレイジーサイコレズ化しつつある少女を救い、且つ自分達に被害を及ばさないようにする策。
即ち―――。
「君、僕達と契約してウチのメンバーに入ってよ」
取り込みによる教育である。
マリアーネを売った、とも言う。
続きはまた明日。




