ゲームのその後で
この話結構前に書いたのですが、あまりに内容がなかったので年単位で寝かせていたやつです!
テーマは都合のいい女です。
──これはどこにでもあるようなありふれたお話。
突如発売され瞬く間に世界中で大人気となったフルダイブ技術の使われたゲームがあった。
サーバーに作られた仮想世界で己のアバターを設定し、リアルな冒険を楽しむというまさにゲーマー達の夢が、理想が現実となったそれに大勢の人が夢中になり…ある日その世界に一人のプレイヤーが現れた。
「ソラ」と言う名前のその人物は類まれなプレイヤースキルや緻密に作りこまれたアバターも相まってソラは瞬く間に有名人となり、彼をリーダーとしたチームも出来上がり、大勢の中の一人としてソラはゲームを大いに楽しんでいた。
そして世界の危機が訪れた。
肥大化したネットウイルスか、システムに仕組まれていた破滅か…それを知る人物は数少なく、またそれを知る意味も今となっては無く…事実としてそのゲームが原因で現実世界までもを巻き込んだ終焉が訪れようとしていた。
それを食い止めたのはゲームを、そして仲間を何よりも大切に、そして愛していたとあるプレイヤー達。
「行け―!」
「お前が全てを終わらせるんだ!」
「あなたならやれる!」
「あとは任せたぜー!」
そして自らの意志を確立したただのプログラムだったはずの一人の少女型NPC。
「信じています…あなたならきっと世界を救えると…!」
そんなみんなの願いを力に変えて光り輝く剣が「元凶」に突き立てられる。
「「「「ソラーーーーーーー!!!」」」」
「うおおぉおおおおおおおおお!!世界は…俺が守るんだーーーー!!!!」
その日、一介のゲームプレイヤーだったはずのソラが人知れず仲間たちと共に現実と仮想の世界を救った。
これはそんなありふれたお話の…勇者が世界を救ったその後の物語。
────────
画面に映るチャット欄に仲間たちのメッセージが流れていく。
ソラ達は現在は新しく実装されたボスに挑み終え、まったりとした中でアプリを使ったチャットを楽しんでいた。
『今日もお疲れー』
『いやぁあのボス強すぎだね!こりゃあ攻略骨が折れるよー』
『でもドロップ品かなりよさげだし頑張りたいですね!』
『うんうん!実用性もあるし、オシャレにも使える!』
時計の針はもうすでに深夜ともいえる時間を差しかけており、そんな時間までボスの攻略をしていたのかと少し驚きながらチャットを打ち込む。
『でも今日はいっぱい頑張ったから、明日には攻略できそうな気はしますね』
少しばかり楽観的な発言ではあったが仲間たちはその言葉に各々肯定的な反応を返してくれる。
『うちのリーダーがそういうのなら間違いはないな!』
『そーそー!なんたって世界を救った英雄だからね』
『ちがいない!』
『もうみなさんからかわないでくださいよ!』
『『『あはははははは!』』』
そう彼等こそ人知れず世界を救った英雄…ソラとその仲間達だ。
大それたことを成し遂げはしたものの、今も彼らは変わらずゲームを楽しんでいる。
いや…世界を守ったからこそ、平和になったこの場所を大いに楽しんでいるのだ。
『あ!でも私は明日少し遅れるかもしれません!』
仲間の一人が申し訳なそうなリアクションと共にそんな事を書き込んだ。
『およ?何かあるのですか?』
『用事とか?』
ソラも仲間に続いて心配の言葉を書き込もうとしたが、それよりも早く新しくチャットが流れる。
『いえ…実は仕事が繁忙期でして~…残業なのです』
そのチャットを目にした途端、ピタリと現実のソラの手が止まる。
当然そんな事を仲間たちは知る由もなく、次々とチャット欄を埋めていく。
『それはそれは…大変ですのぅ』
『ひぃ~うちもそろそろ忙しくなりそうな気配があるんで他人事とは思えねぇっす』
『じゃあ時間ももう遅いですし、今日は解散しましょうか』
『賛成~じゃあソラさん、解散をお願いします!』
『…』
『…』
『…』
『あ、あれ?ソラさん寝ちゃった?』
『おーい!英雄様ー!おきろー!』
「あっ…!」
茫然とモニターの前で固まっていたソラは我に返り、慌ててチャット欄に反応を返す。
『すみません!そうですね、時間が遅いのでちょっと眠くなってたかもしれません!解散しますね!では!』
『お疲れ様でした~!』
『おつぅ』
『ばいばーい!ノシ』
そしてログアウトしていく仲間達を見送ってソラはなんとなくの寂しさを覚えた。
明日になればまた会える上に、ソラ達はアプリやSNS等でも繋がっているため寂しさを覚える必要などないのだが…どうしてもこの瞬間だけソラはいつもそう言う感情を覚えてしまう。
それは何故か…そんな事考える間でもない。
「やめやめ。こっちも寝なくちゃ…」
数度頭を振って雑念を飛ばしつつ、自分もログアウトしようとした時、誰もいなくなったはずチャット欄にピコンとメッセージが書き込まれた。
『ソラさん!』
名前を確認し、ソラは返事を返すよりも先にたくさんのコードが繋がれたゴテゴテとしたヘルメットのようなものを被り顔全体を覆った。
これこそ人を現実世界から電子の仮想世界に送り込むための道具だ。
チャット欄よりも「彼女」と話すのなら直接のほうがいい。
そう判断して深夜に差し掛かろうとしている時間ながらソラはゲームの中に飛び込んだ。
そうして現実とは反対に日が昇り、晴れ渡る空が広がる地にソラが降り立つ。
かっこいいからと装備している肩を流れる赤いマントが風にそって流れる。
そしてその流れに逆らうようにしてソラに向かって駆け寄って来た誰かが、その背にトンと抱き着いた。
「…ユメ」
「はい!あなたのユメです!ソラさん!」
ソラが振り向くとそこに、頬を少し赤らめて笑う少女の姿があった。
ふわふわとした緑色の髪に、優しそうな印象を与えるたれ目、これぞファンタジーと言いたくなるようなドレスとまるで等身大の妖精のような容姿をした少女だ。
それと同時に彼女にはとんでもない秘密がある。
それは…彼女が人ではないという事。
ゲームシステムや設定的な話ではなく真実人ではない。
彼女はこの世界に配置されたNPC…そして先の騒動でなんやかんやあり意志を獲得してしまったイレギュラーなんて言葉では片づけられないほどの存在なのだ。
当然そんな彼女が存在していることなどゲームとして許されるはずがなく、彼女と言うバグの存在も世界の終わりを引き起こした原因の一つだったという事情もあり、本来なら騒動の最中世界から危険なバグとして消されるはずだった。
しかしそれを良しとしなかったのがソラとその仲間達だ。
ユメという一人の存在を最初に見つけ交流し絆を深めたソラは必至にユメに死ねと迫る世界に抗った。
そして全てを救ってみせた。
だからこそソラは世界を救った英雄であると共に、ユメの中で誰よりも強くてかっこいいナイトなのだ。
「もう夜も遅いよ。どうしたの?」
「えへへ…ソラさんが一人だけ残っていたので少しお話をしたいなって!…ご迷惑でしたか?」
騒動の後、ユメも自らをプレイヤーと偽りソラ達の仲間としてゲームを遊んでいた。
しかし事情を知る者たちからはいつもニヤニヤとした視線をもって生暖かく関係を見守られており、ふとした拍子に二人きりにされることはあった。
そしてその度に今のようにしてユメは幼い少女の様にソラに甘えるのだ。
「ううん。俺はまだ時間あったから…ちょうど暇してたんだ」
「ならよかった!えっとね聞いてくださいソラさん!私遂にやったんです!」
「やった?何を?」
普段から二人きりの時はテンションが高めのユメだったが、それでも今日はまた一段と高い。
よっぽど嬉しいことがあったんだなとソラはユメの話を聞く。
「えっとですね~…なーんと!このユメ!ついに現実の世界に…ソラさん達が普段暮らす世界に進出することが出来るようになりました!」
「…え?」
ででーん!と効果音が聞こえてきそうなほど嬉しそうに身振り手振り付きでそう語るユメとは対照的にソラの心臓はバクバクとうるさいほどに鼓動し始めた。
「…あれ?ソラさんどうかしましたか?具合が悪そうですけど…」
「あ、いや…その…」
汗が止まらない。
勿論アバターのソラではない。
現実の…そらの中身がだ。
「もしかして…嬉しくないですか?ユメがそちらに行くことは…ダメな事なのでしょうか…」
「えっと…そ、そうだ!現実に来れるようになったってどういうことなのかなって!」
ユメには実体がない。
いや、この世界にいる今のユメが実態と言うべきなのか…自我を持った電子の存在。
それがユメだ。
だから当然現実に来ることなどできるはずがない。
生身の身体がないのだから。
「それなんですけどね~人間さんたちは最近とてもすごいものを発明してるじゃないですか!AIで制御できるお手伝いロボットさん!」
「あ…うん、それは俺も聞いた気がする…」
年々技術が向上していく現代において特に電子機器関連の成長は目まぐるしい。
今のソラの様にゲームの中に入ってしまえるような時代なのだ、お手伝いロボットというジャンルにおいてもとてもすごいものが開発されたらしい。
「なんでも見た目をオーダーメイドでカスタムできたりするんだよね?動きも人と遜色なくて…理想のメイドさんとか執事さんが出来るとかっていうあの…」
「そうなんです!それです!そしてそのロボットの中に私が入って、見た目も私のようにしてもらえれば…私も現実の世界で行動ができるという寸法です!」
なるほど、確かにそれならばユメの言っている事が実現できるのかもしれないとソラは思った。
おそらく安全面を考えてそこそこの制限はかけられているのだろうが…ユメが自分で動かせる人と同じ動きが出来て見た目もそのままなロボット。
それはまさに身体を手に入れたと言えるだろう。
「でもそんなの手に入れられる…?買うとしてもめっちゃ高いんじゃ」
「なんと!「ガラスメロン」さんが私にそれを一体譲ってくれるそうなのですよ!何でもあの方はそのロボットの開発をしている会社で働いているそうです!」
ガラスメロンとはソラの仲間の一人であり、先ほど残業で忙しいと口にしていた人物だった。
なるほどそう言う事かと事情を理解し、同時にソラはさらに心臓の鼓動を速めた。
もはや痛いくらいなそれに思わず胸を抑える。
「…やっぱりソラさんは嬉しくないのですか…?私が…そちらに行くのは迷惑ですか…?」
「そんなことは無い…ないけど…」
「けど?なんですか?何でも言ってください!私はソラさんに会いに行くためならなんだって…」
「その会いに来るってやつは…やめた方がいいんじゃないかなって」
ソラは絞り出すようにそう言った。
「え…?それはどういうことですか…?」
胸が痛い。
呼吸も荒くなって汗も止まらない。
それでもソラは…どうしてもユメを止めなければならなかった。
「ほら…ユメはこっちの俺しか知らないから…現実であったらがっかりしちゃうかもだし…」
「そんなことないですよ!だってソラさんはかっこよくて私を守ってくれた人だから現実でも──」
「だからそう言うのわからないから!ゲームと現実は別だから!ユメにはわからないと思うけど人間なんてみんなそうなの!ゲームの中で現実と全く変わらない人なんていないから!そこは同一視しないでゲームはゲーム!現実は現実でって思ってたほうがいいんだよ!…あっ」
つい声を荒げてしまったと慌てて口を塞いだソラだったが、吐いてしまった言葉を取り消すことなどできず、恐る恐るとユメの様子を窺うと…顔を俯かせて震えていた。
「えっと…その!ごめん…大声出して…」
「いえ…」
「で、でも俺の考えは変わらないから!ここでの理想を…現実に持ち込むことなんてしないほうがいいんだ。そこをほら…よく考えてみて欲しいな」
「…はい。ごめんなさい」
謝らせてしまったと自責の念に駆られるが、今日はもうソラはとにかくその場から逃げ出したかった。
逃げ出したくて雑に挨拶を済ませるとログアウトをして逃げた。
────────
目の前が真っ暗に染まり、ヘッドギアの固定が解除される。
ゆっくりと頭全体を覆っていたそれを外すと押し込められていた「長い髪」が広がり、流れていく。
「会えないよ…だって…「わたし」…本当は強くなんてないから…」
そこにはぎゅっと膝を抱えて震える女性の姿があった。
身長は高めで髪はどれだけ切られていないのか地面につきそうなほど長い。
使い古されてよれよれになったシャツと短パンに身を包む彼女こそ…ソラというアバターで世界を救った本人。
沖原羽海その人だった。
────────
それが何故なのか誰にも理由は説明できない。
だがある日突如として羽海は学校に通うことが出来なくなった。
事故にあったわけでも家庭の事情があったわけでもない。
イジメもなかったし、不満があったわけでもない。
それでも何故かある日を境に羽海は学校に行くことが出来なくなった。
ベッドから出ることが出来ず、学校に行かなければならないと思うと吐き気が止まらず、体調を崩した。
勉強が億劫になったわけでもない。
むしろ羽海は成績は優秀な方であったし、勉強自体も嫌いではなかった。
何も問題はなかった…なかったはずだった。
しいて言うのならば羽海には友達がいなかった。
昔から人付き合いという物が苦手で…なるべく他人には関わらないように生きてきて…学校でも常に一人だった。
それでいいと思っていたし、不満もなかった。
なのに学校に行くことが出来なくなり…そして羽海は自分でも理由がわからないままに引きこもりとなってしまった。
幸いな事に両親は羽海に無理に学校に通う事を強制したりはせず、通信教育などの手段で最低限の勉強ができる態勢は整えつつ、静かに見守った。
他の誰でもない、大切な娘を守りたい優しい両親…しかしそれがさらに羽海を追い詰める。
あんなにも優しい両親に迷惑を賭ける事しかできない自分を責め、ついには自殺未遂の事件までも起こしてしまったのだ。
どこにも逃げ場がなくて…そもそも何から逃げているのかもわからないそんな地獄で両親は少しでも気がまぎれればと羽海にゲームを渡した。
それは当時はやっていた王道のRPG。
勇者となり世界を救うために冒険をする…言ってしまえばそれだけのものだ。
しかし羽海はそれにのめり込んだ。
ゲームの世界では羽海は惨めな引きこもりではなく、誰かのために頑張れる強くてかっこいい勇者になれたから。
ゲームとの出会いを境に羽海の精神は安定を見せた。
必要以上に気に病むことは無くなり、多少だが外出もできるようになり、両親はそれを泣いて喜び、羽海もここから少しづつ頑張ろうと前向きになれていた。
なんとか自分にもできる仕事を見つけてお金を稼がなくてはと、出来る範囲で就活をしていた折、例の世界の命運をかけた事件が起こったのだ。
仲間と共に強くてかっこいい勇者である「ソラ」は見事世界を救ってみせた。
でも…現実の羽海はまだ何も変われていない。
強い勇者の殻を被った臆病で弱い何かのまま。
だからこそ…。
「こわい…」
そんな自分を見られるのが何よりも怖かった。
ゲームでの自分しか知らない仲間たちはきっとこんな自分を見て幻滅する。
もしかしたら自らの元を離れてしまうかもしれない。
そんな事になればもう二度と立ち直れないような気がして…。
「ユメ…」
特にそれはユメの事を考えている時に湧き上がる恐怖だった。
自分に懐いてくれていて、ありったけの感謝と好意を伝えてくれる大切な仲間。
そんな彼女にこそ…いや彼女だけには絶対にソラではない羽海の姿を見られたくなかった。
「会えない…絶対に…あっちゃだめだ…」
そう硬く決意する。
あんなに嬉しそうにしていたユメはとても悲しむかもしれないけれど…それでも現実の羽海をみて理想が壊れてしまうよりは何倍もマシなはずだからと自分を納得させた。
「…ごめん…ごめんね…」
何に謝っているのかもわからないまま…知らないうちに羽海は眠ってしまっていた。
────────
「ん…」
目を覚ましてみればすでに昼過ぎ。
くるくると悩んでいる最中でもお腹は空腹を訴えかけてくる。
「ごはん…あぁそう言えばお母さんが醤油切れてるって言ってた…」
のそのそと起き上がり、軽い身支度を整えて羽海は外に出る。
女性が昼間うろつくにはあまりにもラフであったが、それでも羽海には精一杯なのだ。
フラフラと昼ごはんと醤油を求めて歩くその姿はさながら幽霊のようだと長い髪も相まって通行人たちに思わせた。
そしてそんな羽海を遠くから見つめる影が一つ。
「あ…見つけた」
ぼそりと呟いた影のそんな視線には気づかず、コンビニに足を踏み入れ、お弁当と醤油を無事に手に入れた羽海はなるべくユメの事を考えないようにと頭の中でゲームの主題歌を再生しながら帰路に就く。
しかしよりにもよってそのゲームの主題歌を流していたためか、どうしても思考はユメに事に引っ張らられた。
今日はどうしよう…いいやこれからどうすればいいのだろうか。
そんな想いがぐるぐると渦巻いては形の見えない何かになって消えていく。
そして最終的に残る想いは一つ…。
「…嫌われたく…ないなぁ…」
街中と言うのに何故か無性に泣きたくなってしまって…わけも分からず駆け出した。
袋の中で弁当が揺れてきっと大変な事になってしまっているが、そんな事に気を割く余裕もあるはずがなく、ただ走って走って…とにかく家に帰りたかった。
そして羽海は気づかぬまま赤信号の先に飛び出してしまい…誰かに腕を掴まれて引き留められた。
「危ないですよ」
「あ、ご、ごめ、ごめんなさい…」
どもりながらも謝罪を口にし、引き留めてくれた腕の主に振り返る。
そして思わず目を見開いた。
何故ならそこにいたのは…。
「ゆ、ユメ…?」
「はいっ!あなたのユメですよソラさん」
そこにいたのは見間違えるはずもない、紛れもなくユメだった。
ゲームの中でいつも一緒に居るあのユメが、そのまま目の前にいる。
自分はついにおかしくなってしまったのかと混乱したがユメはそんな羽海をきょとんとした顔で覗き込んでいた。
「大丈夫ですかソラさん?はっ!もしかしてどこかケガを!?それは大変です!ええっとヒールを…ってこちらでは魔法は使えないんでしたね!ではえっと…そう病院です!」
「え、え…本当にユメなの…?」
「本当にユメですよ!正真正銘あなた様のユメです!」
「な、なんで…」
「なんでとは?あ!どうしてソラさんを見つけられたのかって事ですか?以前の会話からエリア自体は絞り込めていたので歩き回って探しましたっ!すぐにわかりましたよ「あなた」がソラさんだって」
いやそんなのおかしい。
本当に目の前の彼女がユメなのだとしても、自分とソラを結び付けられるはずがない。
強くてかっこいい勇者と、迷惑をかけることしかできない引きこもりの女…結びつくはずがないのだ。
「そ、そんなの…嘘だよ…」
「嘘をついていたのはソラさんです!」
「え…?」
「理想と現実は違うって言ってましたけど…同じでしたよ。とても優しくて心地のいい雰囲気…一目見てわかりましたもん、間違いなくこの人がソラさんなんだって。なにも変わりませんでした。こうして私とあなたがこちらで出会えたのが何よりの証拠です」
────────
「ひ、人違いです…ソラなんて人知りません…」
咄嗟に羽海はユメの言葉を否定していた。
ユメと言う名前をすでに呼んでしまっているという事実に思い至らないほどに、その脳内は混乱してた。
目の前にいるユメはどう見ても現実の人間にしか見えなかった。
表情も動きもとても自然で…昨日の話の通りならばユメの身体はロボットのはずだがとてもそうは見えない。
おそらく素肌を見れば関節部分で一目瞭然なのかもしれないが、それもうまく服で隠している。
まさに人間…だからこそ羽海は戸惑う事しかできない。
昨日話したばかりでもう身体が用意出来たの?
なんで自分がソラの「中身」だとバレたの?
だとか以前にとにかく羽海は人と話すのが苦手なのだ。
コミュ障と言ってもいい。
ゲームの中の強くてかっこいい男である「ソラ」ならば初対面の人とでも仲良く話すことが出来る。
でも羽海はどうか。
たとえそれが知り合いであったとしてもその場から逃げ出したくなってしまうほどに対人スキルは低い。
そして何より…ユメに自分がソラだとは絶対に知られてはいけないと思った。
彼女の…彼女の中のソラというヒーロー像を壊したくない…もっと深く辿るならば…嫌われたくないと思ってしまうから。
だから否定することしかできなかった。
しかしそんな羽海にユメはキョトンとした表情を見せた。
「え?何を言ってるんですか?ソラさんですよね?」
「ち、ちが…っ」
「違くないですよ?ほら!」
ぎゅっとユメはいつもソラにしているように羽海に抱き着いた。
「あ、え、あ…あわわ…」
そこが町中であることもお構いなしに身体を密着させて来るユメにあわあわと両手をバタバタさせることしかできない。
機械の身体のはずなのに若干柔らかさを感じるだとか、人の体温まで再現されてるのかだとか余計な事を考えつつも冷静な思考は出来ない。
「ぎゅっぎゅぅ~!ほらこの落ち着く感じ…間違いなくソラさんです!」
「…!」
その言葉に羽海の頭は一気に冷静さを取り戻した。
そうだ…慌てている場合じゃない。
何を置いても羽海は自分がソラであることを否定しなければいけないのだと。
「ち、違う…わ、わわ私は…ソラじゃない…」
「まだ言うのですか!」
「だ、だって…ちょっと、みれば…わ、わかるでしょ…わたっ私は…ソラみたいに…かっこよく、ないから…人違いで…だからっ…」
「おかしなことを言いますね?あっちの世界と現実が違うと言っていたのはソラさんの方じゃないですか?だから見た目が違うのは私もそうだって理解してますよ?でも…あっ!ソラさんってお呼びしてるのがダメって事です!?私としたことが失礼しました!あのあの!でもお名前を存じ上げないので今さらですがお名前を窺ってもよろしいでしょうか!?」
「あ、え…?えっと、えっと…沖原…羽海で、す…」
「ウミさんですね!ではあらためまして!こちらの世界では初めまして、あなたのユメです。ずっとお会いしたかったです私の英雄様」
身を正し、ユメは羽海の手を取ってにっこりと微笑んだ。
何故かその姿にドキリとしたものを感じたが…それでも羽海も折れることは出来ない。
「だ、だから人違いで…!わたしっ女だ、し…!」
「私がたった一人の大切なあなたを見間違えるはずがありません。姿や喋り方が違ってもです。だってソラさんもウミさんもあなたであることに変わりはないのですから」
「…っ。か、変わるよ!」
つい大声をあげてしまった羽海だったが、もう止まることは出来ない。
「私がっ…ソラだとして…げ、幻滅するでしょ!こ。こんな…まともに喋れなくて、オドオドしてて…っ、なにも取り柄なんかなくて!人に迷惑ばっかりかけて…!そ、そんな私がそ、ソラだなんて嫌だって、思うでしょう…!?」
「まぁ確かに…?」
「で、でしょ!?なら…!」
「でもウミさんは私とこうして話してくれてますし…きっと優しい人です。今私に何故か正体を隠そうとするのは意地悪だと思いますけど…それに私が消えそうになってた時にソラさんは言ってくれましたよね?「迷惑だなんて思わないでくれ!俺たちはキミと一緒に居たいからここに居るんだ」って。だから幻滅するなんてないですよ?それよりも喜んでくださいよぅ!ついに私!こちらの世界にこれたんですよ!こっちでもウミさんと一緒なんて嬉しいです!」
キャッキャと子供の様にはしゃぐユメにもはや羽海は何も言えなくなってしまったのだった。
────────
「た、ただいま…」
「おじゃましまーす!」
結局なし崩し的に羽海はユメを家まで連れてきてしまった。
両親は仕事で留守にしているのでユメの事を説明しなくていいからそこだけはよかったと安堵する。
当のユメは物珍しそうにきょろきょろと辺りを見渡していた。
「わー!ここがこちらの世界のウミさんのギルドハウスですか!向こうの様に豪邸ではないですがこういうのも私はとても好きです!」
「あ、うん…そう…と、とりあえず部屋に…」
「はいっ!」
ユメには部屋の外で少し待ってもらい、大慌てで部屋を見れる程度に片づけ、招き入れた。
来客など想定していない羽海の部屋に座布団や椅子の余りなどあるはずがなく…ひとまずベッドの上に座ってもらったのだが…。
「ゆ、ユメが私のベッドに座っている…」
何故か無性に身体がそわそわし始め、不思議で正体不明の居心地の悪さのようなものを感じ、羽海の頬から汗が流れ落ちる。
そんな心情を知らずにユメはベッドに腰かけたままキラキラとした瞳で辺りを見ていた。
「わぁ~!ゲームがいっぱいですね!私はいつものあの世界以外のゲームは体験したことがないのですがこの身体なら他のゲームも遊べたりするんですよね!あのあの!もしよろしければ何かで遊んでくださいませんか!」
「あ、あそぶ…?」
「はい!たまに皆さんが話されているじゃないですか!対戦ゲームに協力ゲーム…私にとって向こうの世界の戦いは運動のような物なので、ゲームを遊ぶという事を一度やってみたかったんです!」
「あっ…えーっと…」
羽海は困った。
困りに困った。
オンラインの世界ではいざ知らず、現実では友達なんて一人もいない羽海の部屋に二人プレイができるゲームなどあるはずがない。
いや、対戦や協力機能があるゲームなど数えるのが億劫なほど存在はしている。
しているが…それをオフラインでプレイするためのコントローラーが存在していなかったのである。
先日ずっと使っていたパッドが壊れてしまったので予備を出したばかりで、そちらも頼れない。
ワクワクウキウキといった視線を向けてくるユメの姿に、羽海は冷や汗が止まらない。
考えに考えて…さらに考えて…最終的に羽海はユメに普段自分が使っているものを渡して自分はまだ捨てていなかった壊れたものを使うことに決めた。
「あれ?ウミさんのこんとろーらーなんだか古いですね?あれ?私のほうがこの綺麗なの使っていいのです?」
「う、うん…大丈夫…お、お客様…だし…」
「お客様…むー…」
「え、ど、どうしたの…?」
突然頬を膨らませて不機嫌になったユメの様子に困惑しつつ、頬を膨らませるなんてところも再現できるのか…と人類の技術力に驚愕し…結局なぜユメが不機嫌になったのかわからないまま、二人は対戦ゲームで遊ぶことにした。
最初に格闘ゲーム、次にすごろく、その次はレースゲームと次々に対戦を繰り返し…そのすべてが羽海の圧勝という結果に終わった。
(…ゲームパッド壊れてるから本気でやらないと気を使ったのがバレると思ってやったけど…これはさすがに…やりすぎてしまったかも…)
恐る恐るユメの様子を横目で伺うと…。
「う~…!」
涙をこらえているような表情でプルプルと震えていた。
まずい…!と思いはしたがこんな時どうすればいいのか現実においてコミュ障を極めている羽海にわかるはずもなく…ただただあわあわとすることしかできなかった。
「あ、あの!ご、ごめ…!」
「うー!う~~!!」
ぽふぽふとユメが力の入ってない打撃を羽海に繰り出していく。
「あ~…やめてよ~、痛…くはないけどやめてよ~ごめんって~」
「う~!」
訴えかけてもユメは止まらず、羽海はどんどんと後ろに追い詰められていき…ベッドの上に倒れこんだ。
いや…押し倒されたと言っていいかもしれない。
「あ、あの…ユメ…さん…?」
「ウミさんは意地悪ですね。手加減してくれませんでした。まだこの身体に慣れてないですのに」
「そ、それはごめんって…で、でも…」
「でも?なんです?」
パッドが壊れていたので…とは言えないので言葉を飲み込む。
いや…飲み込んだのは別のものかもしれない。
なぜか徐々にユメが顔を近づけてくるからだ。
作り物とわかっているけれど…いや、作り物だからこそあまりにも綺麗で…同じ女なのになぜかドキドキしてしまう。
RP…ロールプレイに近かったとはいえゲームの中では半ば恋人のような関係だったユメが相手なのだ…平常心でいろというほうが無理があるともいえる。
(で、でも本当の私は女で…で、でも…!)
「ウミさん?どうかしましたか?」
「え、あ、い、いや…あ、あの…ち、近くて!」
「いつもはもっと近いではないですか」
まさに目と鼻の先…少しでも押されれば唇が触れてしまいそうなほどユメが近づいていた。
吐息は…聞こえない。
そこは再現されてはいないらしい。
だが羽海のそれは当然聞こえているだろう…緊張で汗をかいているのも丸わかりだ。
ゲームの中では二人はいつも近くにいた。
ぴったりと…ユメは「ソラ」にくっついていたし、ふざけてキスをする寸前まで顔を近づけたこともあった。
だが今は状況が違う。
ユメにとってはいつもと変わらなくても…羽海にとってはいつもよりも近いのだ。
画面が…投影された世界に隔たれていないのだから。
「い、いや…でもわ、私…!」
「なんですか~?」
いつもは可愛らしい少女の笑みが、なぜか妖艶なものに見えてくる。
いろいろなものが限界を迎えようとしたその時…ユメの身体が力なく崩れ落ちた。
「え!?ゆ、ユメ!?」
「…すこし…無理をしすぎてしまいました…」
慌ててユメの身体を羽海は抱き起したが、想像以上の重さであり、どこかに運ぶことは難しそうだった。
まるで冷たい機械のように…そこからぬくもりが失われていくように感じた。
「む、無理って…いったい何が…!!」
「わたし…どうしても…あいたくて…あなた、に…だから…とーっても…むりして…それもげんかい、みたいです…」
「私に…なんで…!私なんかそんな…そんな価値ないのに…」
ユメが会いたかったのはソラであり、羽海ではない。
彼女が望んだのは強くてかっこいい勇者で、何もできない引きこもりなんかじゃない。
きっとがっかりさせるだけだった…そんな事のためにユメが無理をしていたという事実がたまらなく悔しくて恥ずかしくて…悲しかった。
「ご、ごめ…!こんな…わた、わたし…で…ごめん、な…さい…!」
「…なにを…謝っているのですか…?あなた様は…ずっと変です…私はこんなにうれしいのに…自分はソラじゃないとか…価値がないだとか…おかしい…です、よ…」
「なんで…?がっかりしたでしょ…嫌だって本当は思ったでしょ…だって私が…そう思ってるから…私を一番よく知ってるのは私で…」
「何度も言わせないでくださいな…嫌だなんて思いませんでしたし…がっかりなんてしていません。あなた様は間違いなく私がずっと…こうして触れ合いたかったあなた様です」
力なく伸ばされたユメの手が羽海の頬に触れる。
「あなた様は…私の思った通りの…やさしいあなたでした…ですから…」
「優しいなんて…なんでもないじゃん…そんなの…何もないのと同じだよ…私は優しいんじゃなくて…卑屈なだけ…」
「私の大好きな人をそんな風に言わないでくださいな…あなたがどう思っていても…私が救われたという事実は変わらないのです…あなた様が自分を嫌いでも…私はあなたがこんなにも大好きなのですから…私の…勇者…さ、ま…」
ユメの瞳が閉じられ、添えられていた手もぱたりと落ちる。
そして耳をつんざくような「ピー」という不快な電子音が数秒鳴り響き…ユメは完全に動かなくなった。
「そんな…ユメ…?うそでしょ…?だってまだ…何も…」
謝れてないのに。
その言葉を口にすることはできなかった。
完全に思考が止まってしまい、何をどうすればいいのか考えることすらできない。
動かなくなったユメの傍で…ただ力なく羽海は涙を流してうなだれていた。
────────
ピコン
どれくらいそうしていただろうか?ふと羽海の耳に軽い電子音…スマホの通知音が飛び込んできた。
ほとんど無意識で呆然としながらも羽海はスマホに手を伸ばし…画面を開くと「ガラスメロン」からメッセージが届いていた。
「そうだ…ガラスメロンさん…」
ユメの身体はガラスメロンから用意してもらったという話だったはずだと…ならばもしかすれば彼ならばなんとかできるのではないかと羽海は慌ててメッセージを開く。
だがそこに表示されたメッセージは…意外なものだった。
『あ、あの!リーダー!ちょぉつと聞きたいんですが、何を言っているかわからないかもしれませんがユメがそっちに行ったりしていませんか!?』
ユメの行方を捜しているようにとれるメッセージに目をぱちくりとさせて慌てて返信を行う。
『あの!来ましたユメ!現実に!』
『ああ!やっぱり…!!すみません説明すると長いのですが勝手ながら少しソラさんにサプライズといいますか…ユメに話を持ち掛けられまして…それで私もテンションが上がってしまいいろいろと準備をしていたのですが…いざ起動してみたら止める暇もなく走って行ってしまって…!場所は分かってるとは言っていたのですがまさか本当にリアルの居場所を把握しているなんて…いったいどうやったんでしょうね?』
『あ、あのそんなことより助けてください!ユメが動かなくなっちゃって…!急にでそれで…!』
『ああやっぱりですか…いや実はですね…』
そこからの話は実に肩の力が抜けるような内容だった。
事の次第はこういうことだった。
無事にボディーの制御AIとしてユメをインストールし起動ができた段階でガラスメロンとしてはひとまず様子を見る予定だったのだが話も聞かずユメが走り去ってしまった。
そしてユメのボディーはまだ本格稼働させる予定がなかったために充電が完全ではなく…また外部バッテリーも搭載前だったという話で…つまりは。
「ただの電池切れとか…」
「あははは申し訳ありません。お騒がせしました」
早急にガラスメロンから外部バッテリーを送ってもらい、それをつなぐことで簡単に再起動が完了し、中のユメもデータ破損等もなく無事な状態で目覚めたのだった。
「ていうかわかってたんじゃないのそれ…」
「わかってましたよ?でもウミさんがあまりにも私の言葉を疑うので演出を入れてみました!ゲームにはお決まりでしょう?」
「現実でやられると寿命が縮まっちゃうよ…」
「えへへ…ごめんなさい。でも私が他の誰でもない…あなた様のことがこんなにも大好きなんだって知ってほしかったんです」
またもやぐいぐいと距離を詰めてこようとするユメを羽海は必死に抑える。
「わ、わかった!もうわかったから…!」
「わかってくださいましたか!それでウミさんはどうですか?私の事大好きですか!?」
「え…?いや、それはその…」
「嫌いなんですか!?」
嫌いなわけはない…好きに決まっている。
一緒に遊んで、冒険して…世界まで救った大切な存在なのだから。
「す、すきだよ!きらいじゃ…ない…」
そう口にしたその瞬間…羽海の唇にユメの唇か重ねられた。
キス…言い逃れができないほどにそう言い表すことしかできない行為だった。
「え…?」
「好き同士はキスをする…あってますよね?」
「えええええええええ!?い、いや好きってそういう…!?わ、わたし女だよ!?」
「ええ存じておりますけど…ま、まさか羽海さん私のことを弄んだんですか!?ひどい!初めてのキスだったのに…!!」
「私だって初めてだよ!?あぁ!泣かないでお願いだから!」
「うぇーんうえぇーん」
両目を手のひらで覆って泣くユメの姿に文句も言えなくなっておどおど。
そうやっているうちにいつの間にか完全にユメのペースに乗せられていることに羽海は気が付くことができない。
「お願いだよ泣き止んでよ…な、なんでもするから!」
「え?本当ですか!」
「あれ!?泣いてない!?」
「涙を流す機能はこの身体にはついておりませんので。それでは羽海さん、こちらをお願いします」
急に冷静になったユメがどこからか取り出したのは目隠しだった。
それをして何をさせようというのか…ただただ恐怖だったが、ユメの期待するような視線から逃れることはできず、言われるがままに羽海は目隠しをする。
視界が闇に包まれて不安感に苛まれる。
「はいちょっと待ってくださいね~…えーっとここをこうして~…そうだあれはどこに…ウミさんの行動傾向からしてこの辺り…あ、ありましたね。それでサイトを…あ、ちょうどいいのが」
「ま、まって何をしているの…?」
「まぁまぁ。とりあえずウミさん…ここに指を置いてくれます?えっとここです」
何も見えない闇の中、ユメが手を取って何かに触らせる。
触りなれたその感覚は…おそらくパソコンのマウスのように思えた。
「まだ待ってくださいね…もう少しですよ~もう少し。あ、行けそうです。はーい人差し指に力を入れてくださーい」
言われたままにすると小気味のいい感触と共にクリック音が耳に届く。
やはり触らされてるのはマウスのようで…パソコンを操作させられているのは間違いないらしい。
「ユメ…本当に何を…」
「私を信じてください!もう少しです!」
「なにが…?」
「はい!今です!ぽちり~」
またもやマウスを押させられ…そこからしばらくそんな行動を繰り返させたのちにようやく解放される羽海。
ようやく戻った視界にまぶしさを感じ…いの一番に飛び込んできたユメの顔には苦笑いが浮かんでいた。
「あの…ウミさん。外ではもう少し警戒心を持ちましょうね?私との約束ですよ」
「やらせたくせに…!?」
そこから二人の新た日常が始まった。
ユメはそれから定期メンテナンス以外では羽海の家に入り浸るようになり…気が付けば両親とも仲良くなっており、完全に家族の一部として溶け込むことに成功していた。
ゲームの中でも現実でもずっと一緒で…そしていつだって大好きだと伝えてきてくれるユメに羽海は答えなければいけないと覚悟を決めた。
「それでいいって言われても…やっぱり私は…もう少し前に進まないとだめだと思うから。だから…ユメに大好きだって言ってもらうにふさわしい人間になりたい…だから私…ちゃんと働く…!まだ外で働くのは怖いけど…で、でも…せめてユメのバッテリー代くらいは稼げるようになりたい…!」
羽海がそうやって閉じこもった部屋の鍵を開き…一歩外に出ようとしたその時だった。
「だーめです」
それをまさかのユメが引き留めた。
「え…?」
「せっかくこっちにこれていつでもウミさんと一緒になれたのに…働きに行っちゃったら前と会える時間そんなに変わらなくなっちゃうじゃないですか。そんなのだめです」
「え、いやでも…私覚悟を決めて…」
「そうですね、覚悟を決めて外に出ようとした…それがもう一歩前に出た素晴らしいことだと思うんです!でも急ぎすぎもダメたと思うですよ私は。だからほら…もう少し私と一緒にいてください。私だけのユメさんでいてください。働くなんていつでもできます…でも今の私を愛してくださるのは…今しかできないかもしれませんよ?」
「そ、そんなこと言われても…お金とかあるし…」
「ちなみに今めちゃくちゃお金持ちですよ?ウミさん」
「いや一文無しだけど…?」
この年になってもまだ親にお小遣いをもらって生活しているという情けない事実を思い出し…それが余計に羽海に外に出る意思を強めさせる。
だが今は大金持ちという言葉がどうしてもひっかかった。
そして…ユメの口からとんでもない事実が語られる。
「先日目隠しして操作してもらったものがあるじゃないですか?」
「うん」
「あれ…株です」
「か…!?」
「あんまり大きな声では言えませんが私にかかればですね?ほら言ってしまえば私超高性能の演算装置みたいなものですし、割と流れが読めると言いますかね?」
「ま、待ってそれって絶対ダメなやつ…!!」
「ダメじゃないですよ?外部装置で株価を監視するだなんて普通のことですし…私のことを違法だと罰する法律もありません。それにもうしないつもりですし…だって一生遊んで暮らせるお金はありますから…ウミさんの通帳に」
「私のなの!?」
「そうですよ。だから無理に働く必要なんてないんです…ずっとここで私に大好きだって言ってください。私がずっと大好きだってあなたにいますから。いつまでもずっと私の傍にいてください。ね?私の英雄様」
いろいろと言いたいことがあるのに耳元でささやかれる甘い言葉に羽海は思考が解けていくような感覚を覚えて…手を引かれるままにベッドの上に押し倒される。
「私がなーんでも用意して差し上げます。だった私はあなたが救ってくれた命だから…この身のすべて、この身で可能なこと全てただ一人…なた様のために捧げます。だから私を愛してるって言ってください。いつまでも私のものであってください…そうやっていつまでもハッピーエンドのその先で甘く溶けるような日々を送りましょう?人知れず世界を救ったんですから、それくらいのご褒美はあってしかるべきでしょう?愛しています、愛しているんです…この世界の何よりも。だからほら…私だけを見て私に溶けてください…ただ一人のあなた様」
そして閉じた扉の奥で…二人はお互いの姿だけを映して閉じこもる。
愛にあふれたその場所が…たどり着いたエンディングなのだから。
ちなみにその数年後に羽海はシステム系の会社に見事就職が決まるのだった。
そこに至るまでまたひと騒動あったのだが…しかしそれでもいつまでもその傍らにはただただ幸せそうなユメがいたという。
都合のいい女という存在も突き詰めればモンスターになるという気がしたので書いてみたのですが、なんともですね!
多分羽海ちゃんはこのままだと本気でダメ人間にされるという恐怖心から就職に至った気がします。
ものは使いようですね。