第2話:大いなる森への旅(2)
----翌朝
ゼロワンは「カン!カン!」という木の棒を叩く音で目が覚めた。
「ふああああ、何の音だ?」と言いながら、ベッドから立ち上がり、ドーマー窓を開けて、外を見た。
すると、宿屋の裏庭でリンとマキが木剣で練習試合をしていた。
リンをマキに足をかけられ、盛大にすっ転ぶと、首元に剣を当てられた。
「くっ!」
「はいリンさん、これでまた俺の勝ち~」
「これでマキの9連勝ね」
キュルルも稽古を観戦していた。
(…弱いな)と、ゼロワンもあらためて思った。
リンは「はあはあ…」と荒い呼吸になっていたが、
「まだよ!10戦めは私が勝つわ!」と言い放つと「たあああああっ」と掛け声をあげながら、マキに突っ込んでいった。
ところがマキは、リンの木剣を軽くはじいた。
リンの剣はその場に落ちた。
「ええええ~っ」と、情けない声を上げながらリンは完全にくじけた。
「はーい、マキの10連勝~!」
キュルルは冷静にカウントしていた。
「リンさん、いくらなんでも弱すぎない?」と、マキが声をかけたが「ほっといて!」と、リンは拒絶した。
「あのなぁ、リン」と、ゼロワンは窓から顔を出した。
「お前、攻撃体勢に入る時に、一瞬、手が下がるんだよ。だからそこを突かれる」
「えっ、そうなの?」リンはその指摘に驚いた。
「うん、俺も二試合めくらいから気がついてた」とマキも言った。
「あーーん!これでも30年間、剣の修行をしてきたのにぃ!」とリンは思わず正直に話してしまった。
「えっ! 30年って。リンさんて20才くらいだろ?」とマキは驚いた。
リンは二人に「ううん。実は私、70才なの」と告白した。
「70才にしては、若く見えますけど?」とキュルルは不思議に思った。
「もう隠しててもしょうがないか」リンはそう言いながら頭のタオルを外した。
「エルフ!?」マキは思わず驚きの声を上げた。
「私もエルフを見るのは初めてです」キュルルは冷静だった。
リンは二人に「エルフがパーティー仲間じゃ、いや?」と尋ねた。
「いやいや、そんなことねぇって」
「私たちは『カラヅカ』の人間じゃないから、他種族に差別意識なんかありませんよ」
「ありがとう!」リンはホッとした。
「じゃあ、ゼロワンのおっさんもエルフ?」とマキは言ったが、
ゼロワンは「いや、俺はエルフじゃない。正体は街を出てから見せるよ」
「そりゃあ楽しみだね」
「それより、そろそろ朝メシに行かないか?」と、ゼロワンは三人を誘った。
宿屋の朝食は、トーストに目玉焼きという普通のメニューだったが、卵は良いものを使っているらしく、なかなか旨かった。
(ふむ、俺の勘に間違いは無いな)とゼロワンは再確認した。
朝食を終え、荷物や装備を整えると「紅の拳銃」は初めての冒険に出立した。
「行ってらっしゃいまし! またのおこしを」
宿屋の主人は最後まで愛想が良かった。
門の衛兵たちも素通りさせてくれた。
街を出ていく分にはチェックも緩いのだろうが、冒険者ギルドのレザータグに効き目があるようだ。
身分証明書になっているのだろう。
「紅の拳銃」一行は、昨晩、冒険者ギルドに教えられた密林を目指して、南へと進んだ。
1キロほど歩いたところで、ゼロワンは立ち止まり、マキとキュルルに、
「じゃあ、俺の正体を教えてやる」と言って、ベルトからカードを引き抜いた。
「ビーストモードォォ!」と、またベルトが叫んだ。
ゼロワンは瞬時に、獣人の姿に変化した。
「これが俺の本当の姿だ。怖いか?」
しかし、マキとキュルルは、もの凄い勢いでゼロワンに抱きついてきた!
「うわーー、ふわっふわーーっ!」
「ふわふわのもこもこーー!」
意外な反応にゼロワンも驚いた。
無理もない。二人ともまだ子供なのだ。
「へぇ~、獣人ってそんなに人気あるんだ」とリンは、自分もふわもこ好きなことを棚にあげて、少し嫌味を言った。
「なんかテーマパークのマスコットになった気分だ…」
「またわけのわからない単語が出た」
リンもゼロワンの言動には慣れてきたのだが、思わずツッコミを入れていた。
さて、一行は南の密林に入った。
ワイルドワームが出るという湿地帯だ。
マキとリンは密林を進むにつれ、愚痴をこばし始めた。
「ううっ、あちこち蚊に刺されてしまった」
「いやーん。この密林、ヒルが降ってくるよう」
「お前らはもう少し、ジャングルに合った恰好をしてこい!」
ゼロワンはちょっと怒った。
そしてリーダーのキュルルを先頭に、密林をさらに進むと「ダゴバの洞窟」の入り口が見えた。
しかしそれは、沼の中の小島だった。
「沼に入るのなんて、私はイヤよ」と、リンは文句を言った。
「なるほど。ここから既にテストは始まっているわけだ」ゼロワンは感心した。
しかしキュルルは、自身満々に「ここはリーダーである私に任せてください!」と頼もしい発言をした。
「氷結!」
キュルルが杖を降ると、一瞬で沼地は凍ってしまった。
「これでこの上を歩いて行けます」
「なるほどね」と、ゼロワンは若いリーダーを頼もしく思った。
しかしキュルルが、「この魔法は、私の尊敬する大魔導士『アインズ・ウール・ゴウン』様が、初戦の対リザードマン戦で使ったものなんですよぉ~」と、薄笑いを浮かべたので、ゼロワンは(あっ、こいつ「魔法マニア」だ)と気づいた。
「みんな、滑らないようにね」と、マニアックなリーダーに率いられた「紅の拳銃」は「ダゴバの洞窟」に入った。
地下一階はカビっぽい臭いの中規模の部屋だった。
そこには流動体生物が一匹、侵入者を待ち構えていた。
「定番のザコだな。俺が始末してやる」と、マキは背中の剣を抜き、流動体生物を真っ二つに切り裂いた。
ところが!
流動体生物は、そのまま二つの個体となった。
「舐めやがって!」
マキが剣を振るうたび、流動体生物は数を増やしていった。
「マキ、止めて! キリが無いわ」
キュルルはそう言って、
「こいつらも凍らせちゃいましょう。氷結!」と、ジャッカルの杖を振った。
その瞬間、部屋中に稲妻のような青い閃光が走った。
「きゃああああ」キュルルは思わず悲鳴を上げた!
すると流動体生物は、一匹の大きなブロブに変化していた。
「あー、こりゃ『マックイーンの絶対の危機』だな」と、ゼロワンは呑気そうに呟いた。
「マックイーンって、なに?」とマキは疑問に思ったが、
「あー、この人。時々わけのわかんない事を言うのよ」とリンが教えた。
キュルルは呼吸を荒げながら、
「どうやら魔法をエネルギーにする魔物のようです」とメンバーに伝えた。
「ゼロワンさんから魔力を吸われると危険です。後ろに下がってください」
「わかった」ゼロワンは即答した。
ブロブに対峙する形で、前衛はリンとマキ、後衛はキュルルとゼロワンという構成になった。
「で、これからどうするね? リーダー」
「ううう…」キュルルも打つ手が見つからなかった。
「しょーがない。じゃあ私がやりますか」
珍しくリンが前向きなことを言った。
「おいおい、どうするんだ?」
「ふふふ、私にも隠し技くらいあるのです」
「バタフライ・エフェクト!!」
リンがそう叫ぶと、天井に光で描かれた魔法陣が出現した。
そして!
そこから無数の猿がブロブの上に降ってきた。
猿の群れはモーレツな勢いでブロブを食いはじめた。
信じられないような光景だった。
「なんだこれは!」マキは動揺して、岡本太郎のようなことを言い出した。
猿の群れは約10分ほどでブロブを食いつくした。
そして、一匹づつ天井の魔法陣に吸い込まれて行き、最後の一匹は「紅の拳銃」のメンバーに、
「オレ、社長の代理」
…と、謎の言葉を残して光の中に消えて行った。
「一応、助かったのか?」マキは呆然としていた。
キュルルはズザザザザーという音を立てて、リンの前にジャンピング土下座をした。
そして、
「リンゼイ・グーリン様、今までのご無礼、お許しください!」
「その魔法『バタフライ・エフェクト』を、どうか私めに、どうかご伝授くださいっ!!!」
魔法マニアの本領発揮だった。
リンはバツが悪そうに語り始めた。
「あー、『バタフライ・エフェクト』はね…」
「使ってみるまで、何が起こるか分からない技なの」
「だから教えるわけには…」
「ちっ、使えねぇな」
キュルルはコロリと態度を変え、顔を上げた。
「あー、みんな」
「とりあえずこれで地下一階はクリアだ。次に進もうじゃないか」
ゼロワンは年長者らしく、この場を締めた。
そして、ズズズズと奥の扉が開く重い音がして、地下二階への階段が出現した。
第1話(5)で書いた「ぎょうざの満州」ですが、関西でも店舗を開き始めましたね。
ちなみに、製造工場から1時間半以内に配送できる場所にしか出店できないという決まりがあります。
埼玉県民の誇りなので、みんなも食べてほしいです。
「うまい、うますぎる!」
(いやこれは埼玉銘菓「十万石まんじゅう」の方)