第2話:大いなる森への旅(1)
城壁がそびえたっていた。
カラヅカにたどり着いた二人だったが、ゼロワンは観光気分で城壁を眺めていた。
リンは退屈して「石なんか見てて面白いの?」とつぶやいたが、ゼロワンは意に介さず、
「ああ、面白いぞ。この石を見てみろ。一辺が6メートルもある。どうやって切り出したんだろうな?」と解説を始めた。
「そう言われると、確かに不思議ね」
「しかも…だ」
ゼロワンは胸元のポケットからメモ用紙を取り出し、石の隙き間に入れてみようとした。
しかし城壁の石は、それすらも侵入を拒んだ。
「石同士もピッタリ積んである。これは建造の時、魔法を使ってるな」
「でもなんか閉鎖的な感じよね?」
「それはそうだ。カラヅカは人間族にとって、最終防衛拠点みたいな街だからな。前門と後門があるが、非常時以外は前門しか使わないという徹底ぶりだ」
「ねー、そろそろ行こうよ。もう夕方になっちゃうよ?」
リンはもう石を見るのに飽きていた。
「確かに頃合いだな。では行くとするか」
カラヅカの前門には、馬車や様々な身なりをした人々が、50メートルほどの列を作っていた。
門には横柄な感じの衛兵が四人ほどいて、街に入ろうとする者をチェックしていた。
「ほらな。このくらいの時間の方がすいてるんだ」
「あなた、前にもカラヅカに来たことがあるでしょ?」
「さぁな?」とゼロワンは、はぐらかした。
普段ならもう少し愚痴るところだが、エルフであることがバレてはいけないので、リンも静かに列に並んだ。
そして列は進み、ゼロワンとリンの番になった。
「身分証を見せろ」
「身分証など見る必要ないんじゃないかな?」
そう答えると、衛兵はなぜか棒読み口調で、
「そうだな。別に見る必要はない」とゼロワンの言葉を繰り返した。
別の衛兵が「そっちの女、エルフじゃないのか?」と質問してきた。
リンはドキッとしたが、ゼロワンは動ずることも無く、
「いいや。この女性はエルフでは無いよ」
その衛兵もまた棒読み口調で、
「…この女性はエルフでは無い」と繰り返した。
「もう行っても構わんかな?」とゼロワンは衛兵に念を押した。
「はっ『カラヅカ』にようこそ」と衛兵は答えた。
そして街に入って20メートルほど過ぎたあたりで、リンはゼロワンに問いただした。
「なぜあんなにすんなり通れたのよ?」
「ちょっとした魔法だよ。信念のない相手には特によく効くんだ」
ゼロワンはそう言ってニヤリと笑った。
「さて情報収集と言えば、やっぱり酒場が定番だな」
リンはカラフルに彩られた看板を見つけ、
「あっ、すっごく大きい酒場があるわよ」とゼロワンを誘った。
二人が店に入ると、やたら威勢のいい元気な女性店員が駆け付け、
「いらっしゃいませー! お一人様20ボルになりまーす!」と大声で言った。
「…ん、ちょっと高くないか?」
相場より高かったので、ゼロワンは訝しんだ。
「はいっ、そのかわり時間無制限飲み放題となっておりまーーす!」
見ると椅子席は無く、他の客たちは酒樽から「ワイルドワーム・ワイン」を、直接ジョッキに酌んでガブガブと飲んでいた。…クリンゴン方式だ。
「ワイルドワーム・ワイン」は特に繁殖力の強い葡萄で、人間が世話をしなくても湿地帯に繁茂し、巨大な実をつける。湿地帯にはワイルドワームという触手状の魔物が生息しており、少し危険なのだが、冒険者にとっては楽な獲物なので、小遣い稼ぎに葡萄の実を取ってくる。簡単に安くて旨いワインが作れるので、大衆酒場では基本メニューとなっている。
「わかった。じゃあ40ボルだ」
ゼロワンは店員に金を渡した。
「ありがとーございまーーす!」
そして奥の酒樽に陣取ると、その鋭敏な聴覚で、何か有益な情報は無いか、他の客たちの会話に耳をかたむけた。
右の二人組は、
「最近はどんな冒険に行ってきたんだ?」
「ああ、ちょっと地味な仕事ばかりだな。ゴブリンの巣窟掃討とか、そんな感じさ」
「それも重要な仕事だよ。町の安全のために、ちゃんとやらなきゃね」
「そうだな。でも、もっと興味深い仕事もやりたいところだ」
「ああ、それは分かるよ。俺も久しぶりにちょっとスリルのある仕事がしたいと思ってるんだ」
…ふむ、大した情報は無いな。
ゼロワンは左側の冒険者パーティーの会話を探った。
「先日の洞窟探索、思い出すとまだゾクゾクするな」
「ああ、あの時は本当に危険だったわね。でも、あの宝物を手に入れるためにはリスクを冒さなきゃいけないってことよ」
「冒険者としての楽しみだろう。危険な目に遭っても、宝物を手に入れた時の喜びは格別だ」
「そうだな。でも、俺はもっと強力な敵と戦ってみたいと思うよ」
「それなら慎重に準備をしてからね。無茶はしないで、私たちが皆生きて帰れるように」
ゼロワンはハッとした。
(…あれっ、俺は何をやってるんだ?「ダモクレスの剣」の情報なんてあるわけないのに!)
「つい、いつものクセが出たか…」
ゼロワンは少し落ち込んだ。
「ん?どしたの」
リンはがばがばとワイルドワーム・ワインを飲んでいた。酒樽を飲み干すような勢いで。
「おいおい、そんなに飲んで平気なのか?」
「こんなの、水みたいなもんだよ」
リンは、酔っぱらう様子は微塵も無く平然と答えた。
ゼロワンは理解した。
(この女は、しょうもない方面にだけ長所があるのだな)
ゼロワンが深くため息をついていると、突然、背後から声がした。
「あのー、ちょっといいですか?」
振り向くと、年のころ14~5才くらいの、二人組の女の子がいた。
声をかけて来た方は、金髪のショートカットで、魔法特性に優れたメケメケのローブを身にまとい、国宝と呼ばれた「ミグミグ族の杖」を研究して作られた、普及品の「ジャッカルの杖」を装備していた。
明らかに魔法使いだ。
もう一人の子は、黒髪のポニーテール。左頬に特徴的な古傷があった。
背中にはこの地方では珍しい「日本刀」を差し、リンほどでは無いが、露出度の高い皮鎧を着ていた。スピード重視の剣士といったところか。
「おいおい、未成年が酒場に入っちゃいけないぞ」
ゼロワンは注意したが、魔法使いの女の子の方がこう言い出した。
「…あの、私はまだ新米の魔法使いなんですけど『魔力探知』の能力だけは高いんです」
そして続けざまに
「あなた、相当の魔力をお持ちですね!」
「うっ!」
ゼロワンは少し焦った。普段、魔力は隠ぺいしているので、見抜かれたのはこれが初めてだったからだ。
(この娘、かなりの素質持ちか?)
「まぁ…、多少は魔術も使える程度だが、いったい俺に何の用だね?」
「あの、私たちとパーティーを組んでほしいんです!」
ポニーテールの子も話に加わった。
「俺たち、冒険者になりたくて一週間前にカラヅカに来たんだけど『ガキはダメだ』って言われてばっかで、パーティーを組めなくてさぁ…」
「お願いします。どうか…」金髪の子が食い下がった。
(…ふむ、才能はありそうだな)
ゼロワンは人を見るのにも長けている。
「ダ・メ・よ」
大酒飲みが口を開いた。
「私たちはね、伝説の『ダモクレスの剣』を探す旅の途中なの。冒険者なんかやってるヒマは無いわ」
金髪の子はキョトンとして、
「『ダモクレスの剣』って、それは…」
ゼロワンは金髪の子の脇をそっとつついた。
勘のいい子だったので、その行為をすぐ理解した。
「あっ、そっ『ダモクレスの剣』ですね? 私たち、重要情報を知ってますよ!」
リンは驚いた。
「えっ、それ本当?」
「本当です本当です。私たちが鉄級になるまで、冒険に付き合ってくれたら、知ってることを全部教えます!」
「ゼロワン、どうする?」
「他に情報も無いし、いいんじゃないか」
ゼロワンはありもしない剣を探すより、こっちの方が面白そうだと思ったので、リンにそう答えた。
「やったー、ついにパーティ結成だー」
ポニーテールの子が、心底嬉しそうな顔で叫んだ。
「じゃあ、自己紹介しますね。私は魔法使いの『アル・キュルルオーネ』。私の部族は姓・名の順なので『キュルル』とお呼びください」
「俺っちは剣士の『マキ・ミューラー』、『マキ』でいいぜ」
「あら奇遇ね。私も剣士の『リンゼイ・グーリン』よ。『リン』って呼んでね」
「俺の名は『モモンガー01』だ。『ゼロワン』と呼んでくれ」
マキは「『モモンガー』? おっさん、面白い名前だな」と言い出した。
キュルルは慌てて「マキ、失礼だよ!『ももんがぁ』と言えば、ドラゴンに匹敵する神獣の名前だよ!」とマキをたしなめた。
「いやー悪い悪い。俺は田舎モンだから、キュルルほど物知りじゃないんだ」
マキはあまり悪びれた様子も無く、ゼロワンにそう言った。
「気にするな」ゼロワンはそう言ったあと、
「じゃあ、パーティー結成記念に乾杯と行くか。君らは未成年だからノン・アルコールでな。おーい、店員さん!」
「はいはーい!」
さっきの元気な店員さんが飛んで来た。
「このお嬢さんたちに『SaSuKe』を二つ」
「『コーラの前を横切る奴』ですね! はいっ、ご注文、承りましたーーー!」
「えっ、まだ在庫あるの?」
注文した当人が驚いていた。
そして四人は乾杯した。
マキは「うえっ、なんだこの味?」と不平を漏らしたが。
---冒険者ギルド
カラヅカの冒険者ギルドは、酒場のすぐそばだった。
大きな街だけあって、夜も冒険者たちでにぎわっていた。
ゼロワンたちの相手をしてくれた受付嬢は、聡明なおねいさんという感じの美女だった。
受付嬢はテキパキと仕事を進めてくれた。
「新規登録するのは、モモンガー01さん、リンゼイ・グーリンさん、アル・キュルルオーネさん、マキ・ミューラーさんで間違い無いですね?」
「ああ、それでいい」とゼロワンは答えた。
「パーティーのリーダーは、やはり年長のゼロワンさんですか?」
「いや、俺はずっと一匹狼だったから、集団戦には慣れてない」
すると、マキがこう言い出した。
「だったら、キュルルがいいと思うぜ。なんせ魔法使いで賢いし」
「えっ、私がっ!」キュルルは驚いた。
「ふむ、悪くないな」とゼロワンも賛成した。
「私もオッケーよー」
リンはどうでもいいらしい。
「では、アル・キュルルオーネさんがリーダーという事で。パーティー名はどうされます?」
受付嬢にそう聞かれて、キュルルはちょっと悩んだが、
「では『紅の拳銃』でお願いします!」
「ほう。『拳銃』なんて新しい武器を、よく知ってたな」
「えへへー。常に勉強してますから」キュルルは照れくさそうにそう言った。
「はい『紅の拳銃』で登録しました。ではこれを…」
受付嬢は四人に一枚ずつ、レザータグを手渡した。
「これは銅級のしるしです。服の上の、見えるところに付けてください」
「冒険で功績を上げると、ランクは上がります。ですが皆さんには最初に…」
そう言っておねいさんは、机の上に地図を広げた。
「この街の南にある『ダゴバの洞窟』を攻略してください。三層構造で最深部には、これと同じ木札が置いてあります」
そして四人に、上に紐の付いた、将棋の駒の形をした木札を見せた。
木札には筆文字で「鰻」と墨痕淋漓に描かれていた。意味はよくわからない。
「これを持ち帰ってきてください」
「入会テストってところか?」
「はい、そうですね。でも簡単なダンジョンですので、試験に落ちる方は滅多にいません」
おねいさんは微笑みを浮かべてそう言った。
「よしっ、これで俺たちも冒険者スタートだな」
マキは嬉しそうだった。
四人が冒険者ギルドを出ると、けっこう時間が経っていた。
「よし、今日の宿を探すか」
ゼロワンはブラブラと道を歩き出した。
しかしマキは「あのー俺ら、金持ってなくて」と打ち明けた。
ゼロワンは笑いながら「宿代くらいある。心配するな」とマキに言った。
「よかった~、カラヅカに来てから、ずっとそこらの軒下で寝てたからなぁ」
マキはほっとした表情になった。
「つらかったよね~」キュルルも同調した。
「お前ら、宿に着いたら身体を拭けよ」
「さてと、どこの宿にするかな?」
ゼロワンはこういう時、だいたい勘に頼る。そしてその勘は滅多に外れない。
「よし、ここだ」
ゼロワンは三人を連れて、やや古びた宿に入った。
扉を開けると、カウンターに店主らしき中年男がいた。
「はやいおつきで。8ボルでとまりなさるか」
「もう早くはないと思うが…」
「はっ、どの時間でもそう言うのがこの宿のしきたりでして!」
店主は愛想のいい表情でそう言った。
(そういえば、この街は愛想のいい奴が多いな。まぁ人間同士だけなんだろうが…)
「男一人、女三人なんだが、空きはあるか?」
「それは困りもうした。この宿は一人部屋と二人部屋だけですので」
(おや、珍しく勘が外れたか)とゼロワンは思ったが、
「あっ、簡易ベッドを使えば、三人とまれます」
「簡易ベッド! 俺それがいいそれがいい!」とマキがはしゃいだ。
「そういう変わった寝床、好きなんだよね。軒下より全然マシだし」
ゼロワンは店主に金を渡して、二本のカギを受け取り、女の子たちを連れて二階に上がった。
そしてリンに二人部屋のカギを渡すと、
「明日は初のダンジョン攻略だ。身体を拭いて、ちゃんと睡眠もとっておけ。じゃ、おやすみ」と言って、静かに自分の部屋に入った。
三人もゼロワンに「おやすみなさ~い」と言って自分たちの部屋に入室した。
二人部屋の中、古びた宿にしてはちゃんとした綺麗なベッドが、二床置いてあった。
「ふああああ~」と言いながらキュルルはベッドに突っ伏した。
「柔らかいおふとんで寝るの久しぶり~。気持ちいい~」
「そういえば、私もベッドで寝るの、久しぶりだったわ」とリンも言った。
初めての旅が楽しくて忘れていたのだった。
一方、マキは壁に貼られた説明書を読んでいた。
「なになに? まず床板を外し…」
二床のベッドの間の床板を外すと、チーキュの健康器具「スタイリー」みたいな物が出てきた。
「こりゃまた変わったベッドだな。どれどれ?」
マキは早速寝てみた。
「おっ、これは割と寝心地がいい!」
「よかったわね」とキュルルが声をかけた。
その後、キュルルはベッドから起き上がって、部屋の隅に間仕切りを立てた。
そして、たらい桶に水を張ると、
「湯作り!」という簡単な魔法をかけた。
キュルルは服を脱ぎ、身体を拭いた。
「ふう…」と、思わずため息が出た。
「俺はかなり汚れてるから、次はリンさんでいいぜ」
「ありがとう」
リンも間仕切りの中に入って、お湯で身体を拭いた。
「もういいわよ」とリンが言うと、最後にマキが身体を拭いた。
その頃には、もうお湯は真っ黒になっていた。
そして三人は、宿の浴衣に着替え「ふううううう」と同時にベッドへダイブインした。
リンが二人に話し始めた。
「マキとキュルルって、なんか息が合ってるけど、幼馴染か何かなの?」
「違うよ。一週間前にカラヅカに来て、出会ったばかりだぜ」とマキは答えた。
「なんか、ピンと来るものがあったのよ」とキュルルも言った。
「へええ~。ところでマキは顔に傷があるけど、回復魔法で治さないの?」
「私もそう言ったんだけどね」キュルルも同意見だった。
「えへへー。この傷は10才の時に、4メートルのワニを、モリで仕留めた時に尻尾が当たってできた傷なんだ。俺にとっては勲章みたいなものだから、消さないことにしている」
キュルルがすかさずツッコんだ。
「ちょっと待って! 私に話した時は『3メートルのワニ』って言ってたじゃない!」
「こういう話は盛るもんだよ」
マキは笑いながら返した。
「で、さぁ。リンさんはゼロワンのおっさんとどういう関係なんだい?」
「うん、私も気になってる。あの人、なんか妙に強そうだし…」
「あー、実はね」リンは語り始めた。
「私も一週間前に、オークに襲われてた時に助けてもらったの」
「…で、まぁなりゆきで一緒に旅する事になったんだけど」
「どこまで行ったの?」と、今度はキュルルが質問してきた。
「どこまでって…」リンは少し困った表情を浮かべた。
「だって一週間、ナイスガイと寝食を共にしてきたんでしょ? 何も無かったとは言わせないわよ」
キュルルは意地悪だった。
リンは赤面しながら
「えーと、まぁ、一応最後まで…」
「きゃーーー!!」キュルルは喜んだ。
「大人だ大人だ」マキもはやし立てた。
「恥ずかしいなぁ、もう」
リンは照れまくった。
一方、隣室。
ゼロワンは獣人の優れた聴力で、リンたちのガールズトークを聞いていたが、飽きてきたのでいつものようにカナール酒を飲み…。
寝た。
だいぶ日にちが空いてしまいましたが、第2話スタートです。
初心者テストと言われた「ダゴバの洞窟」ですが、意外な展開が待っています。
引き続き、ゼロワンたちの冒険をお楽しみください。