第1話:ファーポイントでの遭遇(5)
------その日の夕方。
この日も、ゼロワンが「風来坊しか知らない」安全な休憩場所に行き、テキパキと野営の準備にとりかかった。
リンには手伝えることが無かったので、夕映えの中、鍛錬として剣の素振りを始めた。
先ほど使ったフランベルジュだ。
…が、フランベルジュはどうにもクセがありすぎた。
「うーーん。これは私には向いてないわ」とリンはあきらめた。
そしてアルカディア号の方に向かって歩き出し、炊事の支度をしているゼロワンに「ねぇゼロワン、何か剣を貰ってもいい?」と尋ねた。
ゼロワンは「かまわんが、俺は剣士じゃないから、大した剣は入ってないぞ」と答えた。
リンは既に慣れた手つきでトランクの中をまさぐった。
そして、一本の剣を手に取った。
リンは どうのつるぎを てにいれた。
そして銅の剣を上下左右に振り回してみて「うん。これはしっくりくる!」と喜んだ。
「おーい、そろそろメシにするぞ」と、焚き火台の方からゼロワンはリンを呼んだ。
「はいはーい」
そう言うとリンは、銅の剣をいったんトランクに戻し、早足で焚き火台に向かった。
「今日は貴重物質が手に入ったお祝いの日だから、特別にチーキュの美味い料理をふるまってやろう」
ゼロワンの傍らに置いてある「3割うまい!!」と書かれたダンボール箱の中から、白いプラスチックのパックを取り出した。
どちらもこの世界には存在しないものだ。
リンはエルフの持つ鋭敏な感覚で、それが冷凍されていることに気づいた。
「へぇー、チーキュの人たちは、食べ物を凍らせて保存するのね。賢いなぁ」と感心した。
「…で、何を食べさせてくれるの?」と、リンは期待した。
「餃子だ」
「ぎょうざ?」
「小麦粉で作った皮で、肉や野菜などで作った餡を包んだものだ」と、ゼロワンは説明した。
「ほうほう」
「まぁ冷凍状態のままでもいいんだが、俺にはちょっとこだわりがあってな」
「解凍!」
リンは(無駄に魔法を使う人だな)と思った。
ゼロワンは焚き火台にフライパンをかけ、軽く温めた。
そして解凍した餃子を丸く並べ、大さじ一杯の油を回しながら均等にかけた。
リンは興味深げに見守っていた。
ゼロワンは次に少量の水を入れ、フライパンにフタをした。
リンは驚いた。
「えっ、ガラス製のフタ! 超高級品じゃない?」
「ああ、そうか。こっちではそうだったな」と言って、中強火で餃子を焼き始めた。
「途中でひっくり返さなくていいの?」と、リンは聞いてみた。
「うむ。これは片面焼きでいいのだ」
数分後「よし、焼けたな」と言って、ゼロワンはフタを開けた。
かすかなニンニクの匂いが、あたりに広まった。
「…さて、と」
「本来は長ネギや旨辛みそを入れて、凝ったタレを作るのだが…」
「お前さんは餃子を食べるのは初めてだろうから、シンプルに酢とソイソースのタレにしておこう」
そう言ってゼロワンは、小皿に取り分けた餃子とタレを渡した。
リンは餃子にタレを付け、口に入れたが、
「あち、あち、あちちちち」と騒いだ。
「落ち着いて食え」
リンは少し外気にさらし、餃子を冷ました。
そして再び餃子を口にした。
「!!」
「なにこれ!おいしーー!」リンは思わず叫んだ。
「そうだろうそうだろう」
ゼロワンは得意げに語りはじめた。
「これは『ぎょうざの満州』という店で買ったものでな…」
「チーキュのニッポンポンに行った時、いろいろ食べ歩いたんだが、これはその中でもトップクラスだな」
「うーーん、でもこんなにおいしいんなら、さぞかし値段もお高いんでしょうね?」
「…それがな、1パック12個入りで2ボルくらいなんだよ」
「ええーーっ!」リンは驚愕した。
「では次に」と言って、ゼロワンは一つめの飯盒を開けた。
「茶色いお米?」リンは初めて見るものだった。
「玄米だ。『満州』の餃子にはこれがよく合う」
リンは玄米を口にすると「本当ね。餃子が引き立つって感じ…」と率直に言った。
「そして締めは…」と言いながら、ゼロワンは二つめの飯盒を開けた。
その中には、お湯に入った餃子が浮かんでいた。
「こっ、これは?」
「水餃子というものだ」
リンは水餃子を箸でつかむと「ううっ、なんかプルプルしてるぅ」と言いながらタレにつけ、口に運んだ。
「わぁ、このモチモチした食感…」
「暴力よ。これはもうおいしさの暴力よ!」
リンは感激のあまり涙を流しながら、次々と餃子を食べ続けた。
「うんうん、そうだな」
ゼロワンはそんなリンを満足気に見つめていた。
------そして深夜、テントの中。
リンはいつものビキニアーマーでは無く、ナイトウエアに着替えていた。
ある意味、こちらの方が色っぽい雰囲気が出ていた。
ふとんの上に座ったリンは、もじもじしながら「今日はその、…しないの?」と小声で言った。
「ん、なにをだ?」
ゼロワンには通じていなかった。
「女の子の口から、言わせないでよ!」
リンは少し怒った。
ゼロワンもやっと気が付いた。
「ああー、『交尾』か」
「交尾言うな!」
ゼロワンは説明を始めた。
「すまんすまん。俺ら獣人は人間やエルフと違って『発情期』というものがあってな、その期間以外はセックスをしないのだ」
「えっ、昨日はしたじゃない!」
「うむ。今季の『発情期』は今朝終わった」
「えええっ、じゃあ次の『発情期』はいつよ!」
「半年後くらいかな?」
「馬鹿っ!」
リンはゼロワンに枕を投げつけ、背中を向けて寝てしまった。
ゼロワンは(女心はわからんなぁ)と思いながら、いつものようにカナール酒を飲み、眠りについた。
そして翌朝から「わが青春のアルカディア号」の旅は続いた。
サイドカーのエンジンが嗚咽を上げ、風が草原を駆け抜ける。ゼロワンは落ち着いた表情でハンドルを握り、その経験豊富な手つきで車を安定させる。
街道、草原、荒地とアルカディア号は走り続け、エルフの里からほとんど出たことの無いリンは、興奮と期待に満ちた視線で周囲を見渡した。波打つ草原、通り過ぎる木々、遠くに広がる山々。この広大な自然の中での冒険は、彼女にとって夢のような体験だった。
「さて、この辺でいいかな?」
ゼロワンはカラヅカまで1キロほど離れた木陰に、アルカディア号を止めた。
「えっ、なんでこんなところに停めるの?」と、リンは疑問に思った。
ゼロワンは説明した。
「これから行く『カラヅカ』は人間族中心の街でな、俺たちのような獣人やエルフが行っても、いい顔はされない」
「なによそれ、差別じゃない!」リンは怒った。
「まぁこの世界も、まだ完全じゃないってだけの話さ」
ゼロワンはどこか達観していた。
「さぁて、準備といきますか」と言ってトランクから、何かゴテゴテしたベルト取り出した。
「またチーキュのもの?」と、リンは尋ねた。
「いや、これは馴染みの骨董品屋から手に入れたんだが、出所が不明でな。何回か試してみて、やっと使い方が分かった」
ゼロワンが腰にベルトを巻くと「ビュイイイイィン」という大きな音がした。
「カード・イン!」と言いながらベルトにカードを差し込むと「サイクロン!」「ジョーカー!」とベルトが喋った。
リンは「なんだかうるさい魔道具ね」と率直な意見を言った。
「うん、俺もそう思ってる」というゼロワンの声をかき消すかのように、
ズギュン
ドュクドュクドュク
ドギュウン
ドギュウゥン
チャララチャッ
チャラララララー
…と、さらにベルトは鳴り響き、リンはうんざりした目でその光景を見つめていたが、
「ヒューマンモードォォ!」
パーンパラパラ
ブリュウオオオ
ドドドドド
アーアー
アァーーーー
パァァアンッァァァ
フォォウオオオ
ドゴォーン
やかましい電子音が終了した瞬間、ゼロワンは人間に変身していた。
しかも精悍なミドルエイジの男性に。
「えっ、えっ、すごい。かっこいい!」
リンは一瞬でその魅力に取りつかれてしまった。
そして…。
「ねっねっ、私はどうなるの? 何か変身魔法とかかけてくれるの?」と、期待してはしゃいだ。
ゼロワンはトランクから無造作にフェイスタオルを取り出して、リンに投げ渡した。
「へ?」
「それを頭に巻いて、耳を隠せ」
リンは怒った。
「なによーー。私の変装、雑すぎるじゃない!」
ゼロワンはその言葉に耳を貸さず「あと、これも着ておけ」と言って、地味な色のマントを手渡した。
「イヤよこんなの。男どもに私のナイスバディを見せつけられないじゃない」
ゼロワンはリンに諭した。
「あのなぁ、情報収集は地道にやるものだぞ。目立ってどうする?」
「ちぇっ」
リンは不満たらたらだったが、マントを羽織ることにした。
「さて、誰か知らん奴にいじられては面倒だからな」
「遮蔽装置、起動!」
ゼロワンがそう言うと「わが青春のアルカディア号」は、背景に溶け込むように消えていった。
「えっ、どうなったの?」
ゼロワンは落ち着いた口ぶりで「見えなくなっただけだ。触ってみろ」と言った。
リンがおずおずと手を伸ばすと、固い金属に当たった。
アルカディア号は確かにそこにあった。
「本当だ、凄い。これもチーキュの科学ってやつ?」
「いや、この技術はロミュランのものだ」
「ロミュラン? また知らない地名が出てきた」
リンはゼロワンを詰問した。
「それにあなたが寝る時に飲んでるお酒、確か『カーデシアのカナール酒』って言ってたわよね?」
「うっ。お前、意外と記憶力いいな」
ゼロワンは焦ったが「カーデシアって国も、この世界には無いわよ」と、リンにキッパリ言われてしまった。
「…あなた、一体いくつの別世界に行ってるのよ?」
リンは疑いの目で見つめたが、ゼロワンは「それはまぁ、おいおい話すさ」と誤魔化した。
「では、行くぞ」
こうして二人は、カラヅカの街に向かって歩き出した。
「ぎょうざの満州」は、埼玉~西東京のローカルチェーンで、まだ全国的には知られていませんが、小説中に書いたように「3割うまい!!」です。
冷凍品は通販でどこからでも買えるので、ぜひ皆さんもご賞味ください。
そして第1話「ファーポイントの遭遇」はこれでおしまいです。
次回からは第2話「大いなる森への旅」になります。
新しい仲間も増えて、さらににぎやかになります。