第1話:ファーポイントでの遭遇(4)
------翌朝。
リンは「激おこぷんぷん丸」状態になっていた。
ゼロワンを恨みがましい目でみつめ「とっても痛かったんだからぁ」と非難した。
「すまん」と、ゼロワンは謝罪したが、リンの怒りは収まらず、
「あなたねぇ、エルフ女性の、それもこーーんなに美少女の『水揚げ料』がいくらになるか知ってる?」と問い詰めた。
「いや、そういう方面には疎くてな…」
「相場は12万ボルってとこね。払える?」
12万ボルは日本円に換算すると約3000万円になる。
「さすがにそんな大金は持ってないぞ」
リンはさっきまでの怒りの表情とは違って、小狡い顔になり、
「じゃああなた、私の用心棒にならない?」と話を持ち掛けた。
「昨日の戦いぶりも凄かったし、あなたかなり強いんでしょ?」
「まぁな」
「私はね、伝説の秘宝『ダモクレスの剣』を探す旅をしているの。神の守護に守られた、真の王者の剣よ」
ゼロワンは(あー「ダモクレスの剣」ってそういう物じゃ無いんだけどな)と、すぐに気づいたが(まぁ女の子の夢を壊すのも悪いし)と思い、黙っておく事にした。
「でね、あなたみたいな強いボディーガードがいると、助かっちゃうんだけどな~」
「うーーん」
ゼロワンはあまり乗り気にはなれなかった。
「自分で『風来坊』って言ってたし、どうせヒマなんでしょ?」
「まぁ、俺の信じる神様から『魔王が復活したら、全身全霊を持って打ち倒すように』とは言われてるんだが、今のところその兆候も無いしなぁ…」
「じゃあ決まりね、用心棒さん!」
リンは勝手に決定した。
「…いや、ちょっと待ってくれよ」
「12万ボル!」
「うっ!」
「12万ボル!!」
「わかった、俺の負けだ。お前の旅に付き合うよ」
この時、ゼロワンは安請け合いしてしまった事を、後で後悔する破目になるのだが…。
「じゃあ、長い長い旅に出るか」とゼロワンは諦めた様に言って、慣れた手つきでテントや焚き火台をトランクに押し込んだ。
リンは便乗して、自分の荷物も入れてもらった。剣だけは大切に手元に持っていたが。
「さてとお嬢さん、どこへ行く?」と、ゼロワンはそう言いながらバイクにまたがった。
「うーーん。『ダモクレスの剣』については、実はまだわからない事の方が多いのよね」とリンは側車から答えた。
「そういう時は、まずは情報収集だな」
「セオリーとしては大きな街へ行くのがいいんだが、ここから一番近いのは『カラヅカ』だな」
「じゃあ、そこに行きましょ!」
リンは「エルフの里」しか知らなかったので「街に行く」というのはちょっと憧れだった。
ゼロワンは少し複雑な表情をしたが、「わかった」と、一言言って、アルカディア号のアクセルを回した。
昨日よりもスピードは早めだ。
草原からしばらく行くと、舗装はやや崩れていたが街道があり、ゼロワンはその道なりに進んだ。
風がリンの髪を乱し、アルカディア号が街道を駆け抜けると、リンの心は高鳴っていた。
彼女は手を風に広げ、指先で風をなぞり、ドライブを楽しんでいた。
自由の魔法に触れているかのようだった。
「ねぇゼロワン、サイドカーの旅って楽しいのね」とリンは少し興奮しながらゼロワンにそう言った。
「そうだな。風に吹かれて、未知の地を旅するのは最高だ」
リンは風に髪をなびかせながら、満面の笑顔を返した。
「うん、楽しい!」
ここでゼロワンはハンドルを右に切り、街道から草原に入った。
リンは驚いて尋ねた。
「えっ、なんで草原に来ちゃたの?」
「ショートカットだ。この草原を抜けた方が『カラヅカ』に近い」
「なんかガタガタ揺れるんですけどー?」とリンは不安になった。
「心配するな。アルカディア号はオフロード仕様だ」
しかしリンは、エルフの知覚で前方に何か巨大な動物がいることを察知した。
「ゼロワン、何かいるよ!」と言って、リンは前方を指さした。
ゼロワンもそれに気づいてエンジンを止めた。
信じられないような光景だった。
全長は約8メートルほどの、大きな怪物がもぐもぐと辺りの草を食んでいた。
背中には大きな骨質の板が、互い違いに立ち並んでおり、そして尾の先には、2対の長大なスパイク「サゴマイザー」が生えていた。
「…ダ、ダイドロア」ゼロワンは驚愕した。
「あれ、何。やっぱり魔物?」とリンは尋ねた。
「魔物じゃない。あれは『恐竜』と言ってな、大むかしに滅びた動物だよ」
「へえー」
「正式な名前は『ステゴザウルス』と言う。まさかこんなところに生き残りがいたとは…」
「あれ、襲ってきたりしないよね?」とリンは不安そうに言った。
「おとなしい草食恐竜と言われているんだが…」ゼロワンも自信無さげに答えた。
どうやらステゴザウルスの方もゼロワンたちを認識したようだ。
ステゴザウルスは穏やかな草食動物とは思えないほどに、目つきが鋭く、興奮状態にあるようだった。
ステゴザウルスはふいにゼロワンたちに向かって突進してきた。
その巨大な体躯からは想像できないほどのスピードだ。
恐竜の重さは地面を揺さぶり、足元からは土煙が立ちのぼっていた。
「まずい!」
ゼロワンはアルカディア号を急発進させ、右に旋回しようとしたのだが、時すでに遅く、サイドカーはステゴザウルスの体当たりをもろに食らった。
どどーーん!
アルカディア号は派手に横転し、ゼロワンとリンも席から投げ出された。
ステゴザウルスは最初の一撃に満足したようで、少し警戒してサイドカーから距離をとった。
ゼロワンはすぐに飛び起きると、アルカディア号の元に行き、その怪力でサイドカーを元の状態にひっくり返した。
「鑑定!」
「よし、アルカディア号に損傷無し!」
ゼロワンは安心して一息入れた。
その時「あのねーー!」とリンの声がした。
リンは吹き飛ばされた繁みから、体中に葉っぱを付けた状態でゼロワンの方に歩み寄った。
「こういう場合、機械より女の子の方を心配するべきでしょ!」と怒鳴った。
「今は非常事態だ。話は後で聞く」とゼロワンはリンの怒りをかわした。
ゼロワンは右手を空に上げ「障壁」と叫んだ。
ステゴザウルスはその行為を不思議そうに見ていたが、怒りに満ちた眼差しでゼロワンたちを睨みつけ、再び突進した。
「!?」
見えない壁に突進は阻まれた。
ステゴザウルスの脳では、障壁は理解できないようだ。
そのため、何度も壁に頭を叩きつけていた。
「よしっ!」ゼロワンはそう言うと、アルガディア号のトランクを開け、先端部に円柱状の鈍器が付いた棒と、ヘルメットを取り出した。
「それは何?」リンは不思議そうに聞いた。
「アンボー術の装備だ」とゼロワンは答えた。
「アンボー術? 聞いた事無いけど…」
「まぁそうだろう。獣人族の古武術なんだが、今ではこれを使えるのは親父と俺くらいだからな」
「へええ…」リンは(この人、謎が多いなぁ)とあらためて思った。
一方、ステゴザウルスもさすがに戦法を変え、今度は尻尾のサゴマイザーを「見えない壁」に繰り返し打ち付けた。
すると「ピシッ」という音がして、見えない壁にガラスのようなヒビが入った。
「えっ、ヤバいんじゃないのコレ!」リンはおののいた。
「そう心配するな。この『障壁』は、どうせ短時間しか持たん。時間稼ぎに使っただけだ」ゼロワンは落ち着きはらっていた。
「障壁解除!」
「さて、久しぶりに一丁やってみるか」と言って、ゼロワンはヘルメットの金属製バイザーを下ろした。
「えっ、それじゃ前が見えないんじゃない?」
「実はな、エルフや人間に比べて、俺たち獣人は視力が弱い」
「そーだったの?」
「だから、聴力と嗅覚、そして相手の気配を感じられれば、機敏に戦える」
「ほへーー」リンには驚くことばかりだ。
「さーて、行くぞ恐竜さん」
ステゴザウルスとゼロワンの戦いが始まった。
ステゴザウルスはその巨体からは信じられない機敏さで、ゼロワンの棒術をかわしていた。
一方、ステゴザウルスのサゴマイザー攻撃も、ゼロワンは余裕でよけていた。
そんな攻防を繰り返すうち、
「これではあまりに長期戦になるな」とゼロワンは考えていた。
「何かもっと良い手は…」
ゼロワンは閃いた!
「そうだ、確かステゴザウルスは腰に『第2の脳』を持っていて、それで身体の動きをコントロールしてるんだ!『第2の脳』さえ潰せば!」
ゼロワンはバイザーを上げ、リンに怒鳴った。
「リン、ステゴザウルスの脚の付け根を剣で突き刺せ!そこが奴の弱点だ!」
「わかったわ!」
リンは初めての戦闘に緊張していたが、すらりと愛刀を抜き、ゼロワンがステゴザウルスを引き付けてる間に、脚の付け根に剣を突き立てようとした。
ぺきーーーん!
激闘の最中に、なんかマヌケな音がした。
リンの剣は、ステゴザウルスの厚い皮膚に阻まれ、折れてしまったのだ。
「とんだなまくらだな」ゼロワンは呆れた。
…が、すぐに気持ちを切り替え、「リン、トランクに入ってる適当な剣を使え!」と指示した。
リンはあわててトランクを探った。
「えー、適当な剣、適当な剣と…」
リンは「フランベルジュ」を引き当てた。
波打つような刀身を持った大剣だ。
「うう。確かに適当な剣だわ」
ちなみにフランベルジュで斬られると、普通の剣より痛いらしい。
リンは勇気を出して、再度チャレンジした。
フランベルジュは、ずぶずぶとステゴザウルスの体内に入っていった。
ステゴザウルスは大きな悲鳴を上げ、その場に突っ伏した。
「やったか!」ゼロワンは勝利を確信した。
しかし、ステゴザウルスにはまだ最後の攻撃手段が残されていた。
ガン!ガン!ガン!ガン!と、背中の骨質の板がせりあがっていき、紫色に輝きはじめた。
「紫色の光? まさか『ヒヒイロカネ』か!」
ゼロワンは珍しく焦りの表情を見せた。
ステゴザウルスは苦悶の表情を浮かべつつ、口を開いた。
そして紫色の激ヤバ光線を吐いた。
「危ないっ!」
ゼロワンはリンを抱えて伏せた。
光線はあたりの木や草を、一瞬で消滅させた。
「火!火力まであるのか!?」とゼロワンは驚いた。
そして起き上がりながら「…捕獲は無理だな」と呟いた。
「えっ?生け捕りにするつもりだったの??」とリンは逆に驚いた。
「当たり前だ。希少物質を背負った、超貴重動物だぞ」
しかし、そんな悠長な事を言っている暇は無かった。ステゴザウルスが2度目の光線発射体制に入ったからだ。
ゼロワンはリンに叫んだ「ブラストエンドを使うぞ。奴の口を封じてくれ!」
「待ってよ、そんなの非力なエルフには無理よぉ」リンはたじろいだ。
「『ゴリラテープ』を使うんだ。トランクに入ってる」
リンはトランクから、黒く巻かれた「ゴリラテープ」を取り出した。
しかしこの世界には、粘着テープという物が無かったので、リンは少しとまどった。
「急げ!」ゼロワンは大声を出した。
リンは「ええい、ままよ」と言って、恐竜に近づき、稚拙ながらステゴザウルスの顔をゴリラテープでグルグル巻きにした。
「よくやった。離れてろ!」
ゼロワンは稲葉ジャンプをトントンと二回繰り返し、三回めの跳躍からのクロスチョップをかけた!
「ブラストエンド!」
強烈な電撃と衝撃波が、ステゴザウルスの全身を内部から焼きつくした。
ステゴザウルスは頭部をゴリラテープに巻かれていたので、断末魔の叫びを上げる事も叶わず、静かに絶命した。
リンは不思議に思った。
「あれ? オークの時みたいに爆発しないね」
ゼロワンは「ブラストエンドの威力を4分の3にとどめておいた。バラバラにすると、回収が難しくなるからな」と、こともなげに答えた。
「そんな微調整までできるの?」
リンはあらためて、ゼロワンの凄さを知った。
そしてゼロワンは、怪力でステゴザウルスの死体を持ち上げた。
「持ってくの、それ!?」とリンは驚いた。
「ああ『ステゴザウルス』も『ヒヒイロカネ』も滅多に手に入らない貴重なお宝だからな」
ゼロワンはトランクにステゴザウルスの頭を突っ込んだ。
ステゴザウルスの身体は、そのままするするとトランクに吸い込まれていき、リンの「大きさの概念」がまた揺らいだ。
ゼロワンは「いやー、化石からではわからんもんだなぁ~」と一息付いた。
(いや、わからないのはあなたの方よ)と、リンは心の中でつぶやいた。
Xから来た皆さん、いらっしゃいませ。
今回は、ありきたりのモンスターではつまらないと思ったので、恐竜を出しました。
中学生の頃に読んだ、エドガー・ライス・バロ-ズの「地底世界ペルシダー」の影響ですね。