第1話:ファーポイントでの遭遇(3)
「…ん? 何かいい匂いがする」
リンが目覚めたのはもう夕方だった。
ゼロワンは焚き火台に飯盒を乗せ、何か料理を作っていた
「やっとお目覚めか」
そして苦笑しながら、
「特殊耐熱透明ジェル、効かなかったな」と言った。
リンは愕然とした。
「えーーっ、これ1200ボルもしたのにいぃぃ」
ボルとはこの世界の通貨で、日本円にすると30万円ほどになる。
「そりゃ、悪い道具屋に騙されたんだよ」
「ううううう」とリンは泣きそびれた。
ゼロワンはリンを励ますように「まぁそう気を落とすな。それより夕飯ができたぞ。一緒に食わないか」と誘った。
「何を作ったの?」
「ジャガイモと肉を煮付けた『肉じゃが』という料理だ。レシピはニッポンポンの物だ」
「ジャ、ジャガイモ!?」
ゼロワンはリンの反応を変に思った。
「どうした? ジャガイモは嫌いか」
リンはこう答えた。
「ジャガイモを食べる時には『ジャガイモ警察』に気をつけないといけないの」
「なんだそりゃ?」
「この世界にジャガイモが存在するのはおかしいって主張する連中よ」
「それは面倒くさい感じだな。まぁ食え」
そう言ってゼロワンは、アルマイトの皿に入った肉じゃがと、箸を渡した。
「これは…、チョップスティック?」
「…ん? フォークの方が良かったか」
「ううん、お箸もちゃんと使えるよ」
リンは器用に箸を使って、料理を口に運んだ。
「んん~、おいしい。この味付けはどうやってるの?」
「ニッポンポンの『ソイソース』という調味料だ」
「この細い麺は?」
「『糸こんにゃく』という物だ」
夕食を共にし、二人はだいぶ打ち解けてきたようだ。
「ゼロワンは、いつもこういう物を食べてるの?」
ゼロワンは説明した。
「俺はモモンガの獣人だから、本来は木の実やドングリを食べるのだ」
「しかしこの図体では、木の実じゃ足らない。だからいろいろ食っているぞ」
ゼロワンもリンに聞き返した。
「お前はエルフだから、菜食主義じゃないのか?」
「それは誤解。弓矢で狩りもするから、お肉も食べるよ」
焚き火も燃え尽きようとしていた。
「さて、最後にトウモロコシの炒め物もあるぞ」
「トウモロコシね」
「ああ、トウモロコシだ。『トウモロコシ警察』も来るのか?」
「あー、そっちは規模が小さいから、気にしなくていいわ」
そして、焚き火が消えた。
「火事になるとマズいからな」とゼロワンは泉の水を汲み、それを焚き火跡に丹念にかけた。
「夜も更けてきたし、そろそろ寝るか」と言って、ゼロワンはテントに入った。
しかし、なぜかリンはテントの中に入らず、その場でもじもじしていた。
リンは困り顔で話し出した。
「…あの、助けてもらった恩はあるんだけど」
「私 今70歳なの」
…そうか。エルフは長命種だからな。とゼロワンは思った。
「つまり、お年頃なわけ。だから、男性と同衾するのはちょっと…」
「あーーはっはっは」
ゼロワンは大爆笑した。
「な、何が可笑しいのよ? 私は真剣なのよ!」
リンは怒った。
逆にゼロワンは穏やかに語りかけた。
「お前はイヌやネコに欲情するか?」
「しないわよ!変態じゃあるまいし」
「それと同じことだ」
「…あ」リンは理解した。
「獣人とエルフじゃ、そのくらい種族が違うってことさ」
そしてリンは安心してテントに入った。
コンパクトだが、柔らかそうな寝具が二組置いてあった。
「あ、ふわふわだー」とリンは喜んだ。
横で寝ているゼロワンは、胸元からスキットルを取り出し、何か飲みはじめた。
「何を飲んでるの?」
「これはカーデシアのカナール酒だ。クセが強いから他人には薦めんが…」
「俺はいつも、こいつを飲んでから寝ることにしている」
「じゃ、お休み」
「ええ、お休みなさい」
------1時間後
リンは「ムクッ」と起き上がった。
その目はギラリと光っていた。
そしてゼロワンが完全に寝入っているのを確認し、音をたてないように慎重に近づいた。
「最初に会った時から、気になってたんだよねー」
リンはゼロワンのナイトウェアのボタンを、静かにはずした。
ゼロワンの胸の毛皮が露わになった。
「わぁ、やっぱりふわふわだー」
リンは毛皮をそっとなでた。彼女の手に心地よい感触が広がった。
初めはなでるだけのつもりだったのだが、次第にその行為はエスカレートしてしまった。
リンはゼロワンの毛皮に顔を埋め、もふもふを楽しんだ。
「うーふふふ。これは最高ですなぁ」
ついには即興の歌まで唄いはじめた。
♪ふわっふわっのもーふもふ
ふわっふわっのもーふもふ
さすがにゼロワンも目を開いた。
「ん、なんだぁ?」
…げっ、起こしてしまった!
「あんな事言ってたが、本当は俺に抱かれたかったのか?」
…う、酔ってる上に寝ぼけてる。
「じゃあ、なんで俺の服を脱がせたんだ?」
…まずい。リンはあわあわしながら釈明した。
「ち、ちがうの! これはふわふわのもふもふだったのでーー!」
…ヤバい、このままじゃ!
そしてテントの中でドタバタしているうちに、リンの上にゼロワンがのしかかる体勢になってしまった。
…お、重い。逃げられない!
「そう暴れるなって」
…ちがーう、そうじゃないのー!
ゼロワンがズボンを脱ぐ衣擦れ音がした。
…待って! まだ濡れてない濡れてない!
「!!」
こうして深夜のタルホの森に、色気もクソも無いリンの嬌声が響きわたった。