第1話:ファーポイントでの遭遇(2)
「わあっ!」
リンは思わず声をあげた。
森が開けた空地に、緑の天然芝が地面を覆っていた。
中央には泉が湧き出していて、その水は小川に繋がっていた
「素敵なところね」
「ああ、俺のような風来坊は、こういう秘密の場所をいくつか知ってるものだ」
ゼロワンは続けて、
「泉が瘴気を払うので、ここには魔物は出ない」と付け加えた。
「それって最高ね!」リンは満面の笑みを浮かべた。
「今日はここで野営しよう」と言って、ゼロワンはダブルマシンの小さなトランクから、その中には入りきれないような、大きなキャリーバッグを取り出した。
「えっ?」
リンの「大きさの概念」が少し揺らいだ。
ゼロワンはキャリーバックからテントを出して組み立て始めた。手慣れた様子でペグを打ち、上部にフライシートを取り付けた。
「あ、私も手伝い…」とリンが言い終わる前に、テントは完成してしまった。
ゼロワンはリンに説明した。
「これは『ポップアップテント』と言ってな、傘の原理を応用してるから、設営が簡単なんだ」
「ほへー」リンは驚いた。
「チーキュのアウトドア用品は、優れたものが多いから、かなり色々と買いこんできた」
リンは疑問に思った。
「でもなんでこんな大きい物が、サイドカーのトランクに入ってたの?」
「あ!ひょっとして魔法箱」
ゼロワンはこう答えた。
「いや、ここは『四次元ポケット』になっていてな、魔法箱よりずっと大量の物が入る」
「へえええ~」
リンはトランクの中を覗きこんだ。
暗闇の中には、リンの知らない道具がいくつも、キラキラと輝きながら浮かんでいた。
「それはニッポンポンに住む、青い猫型ロボットからスペアを譲ってもらってな」
「苦労したんだぞ。ご機嫌とりに老舗のドラ焼きを贈ったりしてな」
ゼロワンは愚痴をこぼしたが、リンは中を見るのに夢中で聞いていなかった。
その様子を見たゼロワンは、
「覗くのはかまわんが、絶対にその中に落ちるなよ」と警告した。
「なんで?」
ゼロワンは語り始めた。
「四次元空間では、時間の感覚が違う」
「前にそこに落ちた男がいて、10分くらいで救出したんだが…」
「その男の中では1万年経っていた」
「結局、そいつは廃人になった」
「ひええ」
リンはあわててトランクから顔を離した。
「それにしても…」
リンはサイドカーをしげしげと観察し、側面の黒と白のマークを見つけた。
「これはなんのマーク? あなたの家の家紋かしら」
「モモンガの頭骨だ。人間たちの言う髑髏の様なものだ」
ゼロワンは由来を語った。
「俺のおやじは冒険家でな、『わが青春のアルカディア号』という帆船でいくつもの島を見つけたものだ」」
「最後に『西の大陸を発見する』と言って出港した」
ゼロワンは少ししんみりとした表情を浮かべた。
「そして20年経っても戻って来なかった。もうおやじと会うことは無いだろう」
「立派なおやじだった。だから、このサイドカーにも『わが青春のアルカディア号』と書いている」
リンは「どこにも字は見えないけど…?」と尋ねた。
ゼロワンは、
「昔はそのマークの右側に文字があった」
「今ではこれだけで『わが青春のアルカディア号』だと、誰もがわかってくれる」
と説明した。
リンは「でも、それじゃ不親切じゃない? 字は苦手だけどアルカディアと書いておくわ」と言い出した。
ゼロワンは、一言「すまん」とつぶやいた。
リンは怖々とトランクを開け、
「筆と塗料が欲しいんだけど、どうすればいいの?」と質問した。
「だいたい心でイメージすると、目的の物が浮き上がってくる仕組みだ」
そしてリンに注意した。
「くれぐれも中に落ちるなよ」
「わーーかーってるって! あ、筆と塗料を発見」
------小一時間後。
「できたわ」
見事な出来栄えだった。
それを見たゼロワンは、
「おまえ、剣士より絵を描く仕事の方が向いてるんじゃないか?」と率直な感想を述べた。
リンは「それは嫌。私は剣士でありたいの」と突っぱねた。
ゼロワンはリンを助けた時から、疑問に思っていたことを聞いた。
「しかし、そんな装備で大丈夫か? 最初見た時は踊り子かと思ったぞ」
「へへーん。実は露出している部分には魔法薬が塗ってあるの」
「魔法薬?」
リンは得意気に「特殊耐熱透明ジェルよ。これでガードもバッチリ!」と豪語した。
ゼロワンは(怪しいな…)と怪訝に思ったので、
「ちょっと試してみていいか?」と尋ねた。
リンは自信満々に「いいわよ」と口にした。
ゼロワンは力を抑えつつ、リンの腹に軽くパンチを入れた。
「ひでぶっ!」
変な声出た。
「ひでぶ?」
リンは失神してしまい、その場にずるずると倒れ落ちた。